終幕
「ハンス……!」
ルナは慌てて外に出ようとする。
「あー、一応ドアの前に居るぞ」
ドアノブに手をかける直前でルナは硬直する。
「ナーシャがお前のこと探してたぞ」
ハンスは壁にもたれかかり、腰を下ろす。
「ナーシャちゃんには……ごめんなさいって言っておいて……」
「そう言うなって、お前も本当はまだここに居たいんだろ?」
「違う! 私はここに居たらダメなの!」
ルナは声を荒げる。
「だから、責任感とかじゃなくてお前の本心を聞きたいんだよ。――また一人ぼっちになるぞ」
「どうしてそれを……!」
「悪いとは思ったが、あの日記見させてもらった」
「……!」
ルナは身を震えて頭を押さえる。ハンスは続けて言う。
「感想を言うとな、あの術は絶対に解けない」
「……どういうこと?」
ハンスは少し間を置いてから、
「すまん、訂正する。一応解除出来ることは出来る。しかし、時が流れすぎた。まだ早い段階ならどうにかなっただろう。けど、もうその術とお前は一本の線で繋がっているのと同じ。つまりそれを解けばお前は死ぬ」
「そんな……」
ルナはその場で崩れ落ちる。そんな中、フェアリー・フレンズはルナに近づく。
「なあ、俺を置き忘れたの、わざとだろ」
ルナは何も言わない。
「あの手紙を見てお前は俺に危害が加わらないように置いて行った。しかし俺がギリギリ間に合ってしまった。違うか?」
「……違う」
「それなら何で、ナーシャに行かせた? いつも一緒にいるならナーシャが方向音痴なことくらいわかってた筈だ。それとも、ナーシャのことなんて特に思っていなかった」
「そうじゃない! ナーシャちゃんは私の初めての友だち。私が学園で一人だった時に声をかけてくれた。ハンスがナーシャちゃんのことなんて分かるはずがない!」
ルナはドアを勢いよく叩き、ハンスに敵意を見せる。
「ああ、分かるわけがない。けど、お前はそのナーシャを裏切るようなまねをしている」
「それは……」
「全てのことを分かる人間なんて居ないんだよ。しかし分かろうと、理解しようとして、関係を築いていくんだ。今のお前はただ逃げているだけに過ぎない」
「勝手に人のこと論さないでよ……」
「それじゃあ、昔話をしようか」
「え……」
ルナは気になってドアに耳を当てる。
「昔々あるところに村一番の天才少女が居ました。少女は体が弱く、あと数日の命でした。ある日、村に魔法使いが現れました。魔法使いは言います。私が助けてやろう、と。それを聞いた少女は大喜び――」
「しかし少女は気づきませんでした。魔法使いは悪い魔法使いだということに」
ルナが話に割り込む。ルナは続けて言う。
「少女は後悔しました。得られたものと失ったものはイコールじゃない。全部自分のせい……」
「ある時、少女は優しい女の子に出会いました」
ルナはハンスの言葉にキョトンとする。
「一人ぼっちだった少女は女の子とその周りの人たちに囲まれ、一人ぼっちでは無くなりました」
すると、窓からカーテン越しに光が漏れ出す。ルナは窓に近づいてカーテンを開け、外の光景に目を見開く。
「マカナ学園の勝利を祝ってー!」
「カンパーイ!」
寮の外でマカナ学園の生徒がパーティを開いて盛り上がっていた。
「何……これ……?」
「交流会の祝勝会。俺が頼んどいた」
生徒たはワイワイと騒いで、料理を口に入れる。昨日の事態がまるで夢だったように笑顔をちらつかせる。
「飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。少女は気になって隙間からその光景を見ました」
ルナは釘付けになって外を見下ろす。
「はっはっはー! さあ見たまえ! フライライト家伝統の踊りを!」
「おい! マーレイが裸踊りしてるぞ!」
「いや、眩しくて見えねーよ!」
マーレイから目を逸らし、別の場所を見ると、クルシュとアレクサンダーが一際目立つ場所に座っており、二人の間に一つの空いた席があった。
「そういえばこのパーティには三人の主役が必要なんだが、あと一人がどうしても見つからなくてな」
「でも、私は……」
「おい、ちょっと窓開けてみろ」
「えっ……」
ルナはハンスの言うとおりに鍵を開け、窓の開けようとすると、
「よっ」
「えっ――」
目の前にハンスが現れる。ハンスは驚くルナをお構いなしに自ら窓を開け、ルナを引っ張って外に飛び降りた。
「ハ、ハンス!」
ルナは芝生の下に落ちる。幸い二階だった為、大きな怪我はなかった。
前を向くと、生徒の皆と自分が同じ目線にいることがわかる。
「ルナちゃーん!」
ナーシャが落ちてきたルナの前に慌てて寄って来る。
「ナーシャちゃん……」
「大丈夫? 立てる?」
「う、うん」
ルナはナーシャの手を握ってゆっくりと立つ。
「お? おーい、皆! 今夜の主役がやって来たぞー!」
服を着たマーレイがルナに気づき、生徒に呼びかける。その呼びかけにより、生徒達は一斉にルナの方を向く。
「あ……えっと……その……」
ルナは後ずさりする。生徒の目が軽蔑の目で見てるように見えたからだ。しかし、
「おつかれー!」
「まぁ、なんだ! 大変だったんだな!」
「最初はちょっと驚いたけど、それでもルナはルナだよ!」
生徒達はルナにいろんな言葉をかける。その中にルナを貶すような言葉はなかった。
「え……」
思いがけないことにルナは戸惑う。
「ほら! 行こっ、ルナちゃん!」
ナーシャが生徒達に混じり、前からルナを呼びかける。
「百年も経つと人の感性なんて変わるもんさ。現にこうしてお前を待ってくれる人達が居るんだ。自分の価値なんて他人によってそれぞれさ。ほら行ってこい!」
ハンスがルナの背中を押す。
「え!? ちょっと……」
ルナは前を向く。目に映るのは先程とは違う、皆の楽しげな笑顔。ルナを呼びかける暖かい声。ルナの心の奥にあった何かが一気に抜け出ていくのを感じた。
「あっ……あっ……うわぁぁぁぁん!」
ルナが抑えていた感情が一気に溢れだし、顔は涙と鼻水でクシャクシャになる。
「おいおい、主役がそんなんじゃ格好がつかないぞ」
ハンスはハンカチでルナの顔を隠し、ルナの席へと移動させる。
「ほら、パーティは始まったばかりだぞ」
ルナの周りに人だかりができ、ルナの涙は止まることはない。百年分の涙が一気に出たのだ。
「もうあいつは大丈夫だよ」
寮の庭に風が吹く。厚い雲がどき、夜空に月が見える。
「今宵は満月だ」
ハンスは空を見上げ、そう呟いた。




