その杖、振り回される
「はっはっは、俺が杖だなんてそんな訳……」
納得していないハンスに少女は恐る恐る鏡を見せる。その姿は紛れもなく杖の形をしており、銀色の体に先端にある宝石が顔といった感じであろう。あの影に覆われた時に何かをされたか?と、ハンスは考え込む。
「意思を持つ杖なんておとぎ話でしか聞いた事ありません……」
「それって凄い事じゃない! 決めた、ナーシャちゃん! 私、この杖にする!」
そう言って、元気いっぱいな女性は杖となったハンスを持ち上げる。
「ま、待ってよルナちゃん。先生に先に言った方が……」
「いや、俺に選択権はないのか」
ルナに思い切り振り回されながらもハンスは頑張って口を挟む。そしてハンスはルナに地面に突き刺してもらい、二人を目の前に座らせる。
「いや、あのね。杖にだって決定権はあるんだよ? なんか二人で色々話し合っていたけど俺もそこに入る権利はあると思うんだよ」
申し訳なさそうにナーシャは肩をすくめる。短い金髪で眼鏡をかけており、大人しい優等生タイプというのが第一印象であった。反対にルナという少女は黒と白が入り混じった長髪、自由気ままな性格らしく今も話を聞かずうたた寝をしている。
「それに俺にはやる事があるんだ。申し訳ないが研究材料にされる気は毛頭ないのでね」
そう言ってハンスはこの場から立ち去ろうとするが地面から抜け出すことが出来ず、パタパタと左右に揺れる。
「……ップ」
うたた寝をしていると思っていたルナが顔を上げずに吹き出した。それにつられるようにナーシャも必死で笑いを堪えている。
「おい、笑ってないで助けて下さい……?」
突如、空からハンスを攫ったあの鳥が突然落ちてきた。落ちてきた鳥を心配そうにナーシャが近づく。しかしハンスは鳥に覆われた異様な魔力に気付くと咄嗟に、
「触るな!」
ナーシャは驚いてサッと手を引っ込める。しかし烏を覆う魔力が烏の中心に集まる。すると鳥に異常な変化が起こり始め、
「クルアァァァァ!」
なんと、鳥は体長約三という巨大な怪鳥と化した。
「……え? 何? あれ……?」
「ん……?」
目の前にいたナーシャは足が竦み、ただ怪鳥を見るしかなかった。
「あ……いや……」
「クルアァァァァ!」
怪鳥がナーシャを獲物として捉え、襲いかかる。
「ナーシャちゃん!」
状況を把握したルナは急いでハンスを手に取り、そのまま怪鳥に向かって放り投げた。
「え、ちょっ――」
ハンスは怪鳥に直撃し、怪鳥はルナを捉える。
「クルアァァァァ!」
「ほらこっち、こっち」
怪鳥はルナを襲うが、ルナは巧みに攻撃を避ける。
「おい、大丈夫か?」
「あ……うん……」
ナーシャはハンスを握り締める。その手はかすかに震えていた。
「ファイアボール! ファイアボール!」
ルナはバックステップをしながら怪鳥に攻撃を仕掛ける。しかし注意を引く事は出来ても怪鳥にダメージを与えている感じはしない。
「このままじゃルナちゃんでもやられちゃう――!」
「ナーシャ、俺をルナに向かって投げろ」
ハンスの発言にナーシャは少し戸惑う。
「いいから投げろ! あいつを助けたいんだろ!」
「……! はい!」
ナーシャはハンスをギュッと握りしめ、力いっぱいにルナの方に向かって投げる。
「ルナちゃん!」
「……! え!?」
ルナは飛んできたハンスを巧みにキャッチする。だが、驚いて硬直しているスキを怪鳥は逃さずクチバシをルナに突き刺そうとする。しかしクチバシはハンスに当たり、その衝撃でルナは遠くに飛ばされた。
「あうっ」
「……って! しかし間一髪だ」
ハンスは尻餅をついているルナに話しかける。
「おいルナ、少し聞け。奴にそんなチマチマ攻撃してても倒せるわけがない。お前にはとてつもない魔力を感じる。ありったけの力を奴にぶつければ危機は回避できる」
しかしルナは少し力のない声で言う。
「でも私、本気出すと周りに被害が出てナーシャちゃんが巻き込まれるよ?」
「なんだそんなことか。心配すんな、お前がどんだけ本気出そうが俺が最小限の力で抑えてやるよ」
そうこういう間に怪鳥がルナに向かって突進すると構えに入った。
「さあ、未来を決める時だ」
怪鳥がルナに向かって襲いかかる。そしてルナはその場から立ち上がり、ハンスを怪鳥に向けた。ルナは魔力をハンスに込める。
ルナの魔力が身体中に伝わってくるのが分かり、同時に計り知れない魔力をルナにはあるとハンスは把握した。しかしだからこそこの魔力をコントロールしてやると、改めて決意する。
「さあ、来い!」
「セット、フレイムピラー!」
ルナが魔法を唱えると怪鳥の足下に魔法陣が浮かび上がる。怪鳥がその魔法陣を踏んだ瞬間、魔法陣から炎が巻き上がる。炎は怪鳥を包み込むように天高く伸びていく。
「うわぁ……」
「す……凄い……」
「とりあえず上に伸ばしてみたが……」
炎の柱は雲を突き抜けて先端がどこにあるのか想像も出来ない。しかしそれでも魔力が凝縮されているのか、辺りは熱気で包まれ、気温の上昇に異常を感じた学生達が集まって来る。
「と、とりあえずこれ消さなきゃ……」
ナーシャがそう言うと、ルナはハッとして急いで魔法陣を消す。焼け焦げた地面にはもはや原型を留めていない焼け焦げた怪鳥が残っていた。
「なあルナ、ちょっとアレに俺を近づけてくれないか?」
「え? うん」
そう言うとルナは怪鳥に向かってハンスを放り投げた。
「おい」
ハンスはそのまま頭から怪鳥に突き刺さる。腑に落ちないところもあるが、ハンスはこのまま怪鳥に流れている魔力の流れを感じとる。
「やはり『錆』の影響か……。となればあいつらもやって来るだろうな。しばらくはこのままやり過ごすのが吉か――」
ハンスが考え込んでいるとルナはハンスを思い切り引っこ抜く。
「ねー、何してたのさー?」
「いや、何でもない。ところでルナ、お前俺に決めたとか言ってたけど、あれどういうことだ?」
「んー、実は今まで使っていた杖が壊れちゃって新しいの探していたんだー」
なるほど。と、ハンスは思った。あんな考えも無しに魔力を込めていたら並の杖じゃ一回も持たない。
「よしルナ、もし良かったらお前の杖になってやってもいいけど――」
ハンスが言葉を言い切る前にルナは目を輝かせ、ハンスを上下に高速に振る。
「ホント? ホント、ホント! 取り消し無しだよ!」
「あ、ああ分かったから、一旦止めて……いや、マジで」
ルナの興奮が収まり、改めて二人(?)は向かい合う。
「それで本当に私の杖になってくれるの?」
「ああ、元の姿に戻る為には魔術に詳しいところにいた方が何かと便利だ」
「君って元はどういう人なの?」
「そうだなぁ、お前と同じくらいの年齢ってだけ言っておく」
「ふーん……そっかー」
ルナの表情が一瞬哀しみを帯びていたのをハンスは感じた。
「まいっか、私はルナ・ドロップス。ルナでいいよ!」
「ハンス・クロイス。呼び方はなんでもいい」
「分かった! よろしく、ハンス」
「ああ。――さて、そろそろナーシャのところに行きますか」
ナーシャは先生達にこの場の状況を説明しており、質問責めに今にも泣きそうにになっていた。
「うん! 行こっ、ハンス」
ルナはハンスを手に取り、ナーシャのもとに走り出した。