神様は腐ってるらしい
※この話は、BL系の小説で使われる、オメガバースを元に書かれています。
ただし主人公はまったくBLしていません。ご了承下さい。
何という事だ。
俺はとんでもない現実を前に、頭を抱えた。しかし頭を抱えても、この現実から逃げられない。
「何でこんなに厄介事ばかりなんだよ」
そもそも俺は、生まれた時から頭を抱え続けている。
何故ならば、生まれた時から前世の記憶を持った、所謂異世界転生しちゃいました、テヘペロ★タイプの人間だったからだ。異世界だと気が付いたのは生まれた時と少しタイミングがずれたが、転生という言葉は前世の時から知っていた。なので気が付いたら赤ん坊だった事件も、思いっきり動揺はしたが何とか理解した。
何故前世の俺が死んだかは知らない。しかし成人をゆうに超えていたはずなのに、気が付いたら突然おっぱいを顔に近づけられというか押し付けられ、しゃぶらされたら、嫌でも非常事態だと気が付く。いや、うん。そういうプレイって可能性もあるかもしれないよ。
でもな、俺は知っている。彼女いない歴が年齢で、既に妖精とか魔法使いに突入していた俺が、唐突にそういう状況に陥るはずがないという事を。
そしてさっぱり理解できずにオロオロしていた俺は、おっぱいで窒息させられる前に、今度は哺乳瓶を咥えさせられた。てめぇ、何しやがる。変な性癖ができたらどうするんだといいたいが、相手の拘束力は強く、その上人間の三大欲求である空腹に負け、俺はプライドを捨てて中身を飲み干した。
生暖かったが、それをおいしいと感じている自分にぎょっとなりつつも、飲んだら今度は睡魔が襲い、それがよけいに俺をパニックにさせ、年甲斐もなくふえふえ泣き、いつしか眠りについた。
しばらくそんなサイクルを一日に何度も行っているうちに、自分が赤ん坊になっており、おっぱいやミルクをくれる相手が母親なのだと認識した。父親は時折俺の下の世話をしてくれる美形だろう。マジかこれが父親だったら、俺将来有望じゃない? 母親も美人だしと思ったが、現実はそこまで甘くできておらず、不細工ではないが平凡というか地味な容貌だった。
でも、さらなる衝撃を受けたのはもっと後だ。
風呂は父親が入れてくれていたから気がつくのに遅れた。ある日父親の帰りが遅かった為、俺は母親に風呂に入れてもらった。その時気がついたのだ。母親の股間にナニがついていることに。
ナニとは、あれだ。俺の股間にもついている男のシンボルだ。色々とナイーブな話なので、詳しい説明は割愛する。
つまりは父親は男、母親も男。
えっ。俺、もしかして、孤児?
それとも母親が特殊なのか? 半陰陽とか? だって、俺、間違いなく母親のおっぱいを咥えた記憶があるし、ちゃんと母乳も出てた。ということはだ。ただの男という事はないだろう。
良く分からない状況だったが、大切にしてもえていることぐらいは分かる。俺には兄がいたが、生まれた時から兄と変わらない愛情を注いでもらえたのだ。だから、仮に俺が孤児で両親がホモカップルだったとしても、俺は全て受け入れて家族として愛そうと思った。というかこれだけ大事にされているのだ。俺みたいな前世の記憶がない奴が息子なら、この状況を普通と判断して懐いただろう。俺にたまたま前世の記憶があったばっかりに、この仲のよい家族に亀裂を入れるのは申し訳なく感じた。
ただし、俺自身は前世の記憶を引きついでいるので、いたってノーマル。だから人は人、自分は自分と割り切ろうと考えていた。
そんな事を考えながらすくすく育っていると、俺が五歳の時に再び両親は身ごもった。ガチで、母親のお腹がでてきたのだ。やはり母親は普通の男ではないのだろう。
「ねえ。なんでママはおとこなのに、おなかにあかちゃんがいるの?」
子供だからこそ何のためらいもなく聞いても問題ない話だ。
何も分かっていません、ただ近所のお母さんは女だったんだという風を装い、舌足らずな口調で俺は尋ねた。母親は少しだけ戸惑ったように沈黙したが、すぐに俺に目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ママみたいな人はこの辺りにいないからね。少し星君には難しい話になるけれど、男でも子供を産める人がいるんだ」
「……ぼくもうめるの?」
「それはまだわからないかな。星君がもっと大きくなって、思春期のころにΩだと言われたら、産めるよ。でもパパはαだから産めないし、βといわれた場合も産めないから、みんながお母さんになれるわけではないんだ」
Ω、α、β。
前世では聞いたことがない区分だ。……本来なら。
だが、俺はその区分を知っていた。現実にあったわけではない。あれは前世でいうフィクションの一つだった。
オメガバースと呼ばれるそのフィクションの世界では、男性、女性以外に全部で六つの性区分に分かれていた。男のα、Ω、βと女のα、Ω、βだ。
αというのは、所謂優秀な遺伝子を持つもの達だ。知能指数や身体能力が高く、リーダー性が強い。ついでに容姿端麗だったりする。
そしてαというのは孕ませる性とも呼ばれ、女のαは相手を孕ませることができるというトンデモ設定だ。
βというのは、普通の人だ。普通の男女だと思ってもらえればいい。能力はいたって普通。頑張れば勿論頑張っただけ結果はついていくが、αの様な俺TUEEEE補正はない。
そして俺の母である、Ω。彼らは、αの対となる性で、所謂孕む性だ。男でも子供を妊娠する。
能力はβと同じだが、容姿は端麗だと思う。この辺りは色々あるので何とも言えないが、一番の問題が、Ωというのは発情期と呼ばれるものが定期的に起こるのだ。発情期というのは、所謂子作りにゃんにゃんしたくなる時で、ただそれだけなら問題がないが、周りにいるαを強制的に発情させるフェロモンを出す。そしてその期間ににゃんにゃんすると、一発で子を孕む。その為、フィクションでは立場が弱く差別対象となっている事が多い。
世界全体の割合が90%βで、9%α、1%Ωと、Ωの比率が異常に低いというのも立場が弱くなる理由に挙げられる。ただし、ここに更なる設定が加わり、オメガバースは複雑化するのだ。
それは、Ωはαと番というものになれるという設定だ。番というのはいわゆる夫婦で、書類上というものでもない。αがΩの項を噛む事で番契約が形成され、Ωのフェロモンは番のα以外を誘わなくなる。しかも番のαはその能力故に高い地位を持っているので、番のΩを悪意から守れるのだ。それにαにも利点があり、αとΩの子供はαの確率が高くなる。α同士だと極端に出生率が下がり、βが相手だと子供は大抵βとなる。高い地位にいるからこそ、優秀な後継者を欲しがるαはΩを求める。ただしこの番契約はΩにとっては諸刃の剣であり、契約解除はα側からしかできない。そして契約解除されたΩは、元番のαを求めすぎるが故に死に至る。
死ぬぐらいなら、いつまでもフリーでいた方がと思うが、フリーでいても体の負担が大きすぎて早死にする運命だったりとふざけるなよと思うぐらいΩは不幸になりやすい。まあ、その方が読者もΩを応援しやすいのだろう。
そしてこのΩバースで更なる厄介設定が、運命の番というものだ。どうやらαとΩの中には極端に相性が良く、相手をとにかく求めてしまうことがあるのだ。しかし、よく考えて欲しい。Ωの割合とαの割合はそもそも一対一ではなく、更に数も少ない。その為、運命なんて早々会わない。
しかし会ってしまって話がスタートするのが小説だ。運命って素敵じゃんと思った神様と言う名の作者が、その設定を使う使う。運命同士だから惹かれ合って設定から、好きになった相手が運命ではなくて設定まで色々だ。
そして、俺がこのオメガバーズで一つ言える事は、都合主義で、作者(神様)の胸1つでトンデモ設定が加えられる、BL小説なのだ。なんていったって、男同士でくっ付いてもおかしくない世界だし、子供までできてしまう。しかも主人公は可哀想にできるので、大抵が愛されキャラにできるという腐女子には美味しすぎる状況だ。実際、俺の前世の姉がその設定を使った二次小説でうまうましていた。
そう俺の腐女子な姉が俺に教えてくれたから、俺はオメガバースを知っていたのだ。
「ふざけるなよ」
この設定の怖い所は、本気で作者の胸1つでノーマルがお腐れ世界にダイブさせられるところだ。
βだから安心してよしなんて、なまっちょろいものではない。βだったけれど、αによってΩにされちゃいました(この辺り、色々な理由を後付けされる)なんて事もある。
何が悲しくて、前世から童貞やっているのに、来世で男に尻を狙われなければならないんだ。これが、女として転生してしまったのなら若干の諦めもつくが、俺は生憎男なのだ。嗜好もノーマルである。
だとしたら、これは全力回避するための人生を目指すしかない。神にどんな思惑があったとしても、どんな設定ぶっこまれても、俺は負けるわけにはいかない。
それから十年経った俺は、この世界の神と戦う為、色々フラグ折りする能力を磨いていた。
「星兄。また勉強?」
「ああ。知識は俺を裏切らないからな」
「何、その筋肉の脳味噌バージョン」
「もちろん筋肉も裏切らない」
机に向かってがり勉野郎をしていると、弟である月兎がのぞき込んできた。いたって普通なβな俺とは違い、明らかに弟はキラキラ輝いた美貌をしている。似ていないわけではないのに、何かが違うのだ。
そんな弟は納得の、腐神に愛されたΩだった。もっともまだ十歳なので、発情期は来ていない。来ていないけれど、かなりαに目を付けられている。十歳児にお見合いを申し込むショタコンαが後を絶たず、兄としては頭が痛い限りだ。
「だったら、俺と稽古しようよ」
「ちゃんと、朝のランニングに付き合っただろ。暇なら、陽兄のところに行けよ」
「やだよ。陽兄は強すぎて意味わかんないレベルだから楽しくないもん」
「馬鹿。折角のα様なんだぞ。陽兄を倒せるレベルになっとけば、大抵のαは撃退でいるから、望まない関係迫られなくも済むんだからな。とにかく、お前は陽兄をボコボコにできるぐらい鍛えろ」
俺の三歳上の陽太もまた美形だ。似ていないわけではないが、俺の数倍威圧感がある美貌を誇っている。そんな陽兄も納得の、腐神に愛されたαで、馬鹿みたいな身体能力と記憶力を誇っている。はっきり言って、俺がチマチマ勉強しているのなんて馬鹿馬鹿しくなってもおかしくないレベルだ。
しかし俺は、どれだけ能力が高かろうとも、目標を持たない奴より、持っている奴の方が能力を伸ばせると知っている。勿論ベースが違うから同じ方向を目指されると色々負けるが、そうではないのなら俺の方が伸ばせるはずだ。それに、元々俺が目指す場所は誰かと競いあいたいものでもない。
「うぅぅぅぅ。酷い。お兄ちゃんだけのけ者にしただけじゃなくて、ボコボコにする相談とか、あんまりだ」
「のけ者じゃなくて、勝手に月兎が俺の部屋に来ているだけだし、陽兄を信頼してるからボコボコにしても大丈夫だって思っているんだけど」
というか、頼むから天下のα様がドアの隙間からのぞき込んでいじけないでほしい。
αは確かに能力が高いが、だからといって人格も完璧というわけではないのだと、俺は家族のおかげで知ることができた。ちなみに俺の父の方も陽兄と同じで女々しく、Ωな母の方が男前な性格だった。普通のβ一家に生まれていたら知りえなかったことだろう。
「酷い。酷い。星夜はなんでいっつもそんなに塩対応なんだよ。でも、そこも好き」
「俺の方が星兄の事が好きなんだからな」
……マジ止めろ。フラグ臭がプンプンする兄弟喧嘩をするのは。
αの兄とΩの弟に挟まれたβな俺は、何だか同人誌とかにありそうな感じで、二人に異様に好かれていた。前世の姉が鼻息荒く語った、平凡受けの気配が濃厚とか、本当にやめてほしい。
「はいはい。陽兄は月兎も好きだろ。月兎も意地を張るなって。陽兄がいじけるから」
なので、俺は必ず長男と三男の仲を取り持つようにしている。あくまでみんな仲良しですよー兄弟だ。仲たがいする気はそもそもないし、かといって腐神の思うつぼになんてなってやる気もない。
ちなみにαとΩな兄弟だと近親相姦が発生してしまうのではないかという心配はあるが、この点だけは腐神にも最低限のモラルがあったらしく、血が近すぎる場合はフェロモンでひかれあう事はないそうだ。あくまでフェロモンではという問題点はあるが、オメガバースはこのフェロモンが最大の問題点となるのだから、かなりありがたい。
そして俺はこの神のわずかな慈悲を最大限に生かしてやると虎視眈々と狙っている。
「別に陽兄はどうでもいいけど、あれなら三人でやろうよ」
「俺は今忙しいんだよ。αと違って、能力値に補正がないから努力でカバーするしかないんだし」
「なら、俺が教えてやろうか?」
「えっ。いらない。だって、陽兄はできすぎるから、何でその問題が解けないかが分からないタイプだろ? 学校の先生を目指して能力磨いてるならまだしも、今の状態だとただ邪魔なだけだし」
「ねえ、星夜って俺の事嫌い? 泣いていい?」
チラッとめんどくせぇと思った俺は悪くないと思う。ちなみに、月兎の顔にも同じ言葉が書かれていた。これでαというだけで、学校でもモテモテだというのだから、世の中本当に腐神の胸三寸だ。そいつが贔屓した人間がいい目を見る。
とはいえ、腐神の加護はBLの加護。だったら俺はいらないし、できれば主人公クラスからはできるだけ距離を取りたい。この世界でも……というかこの世界だからこそ童貞処女で生き抜く覚悟はできている。
「別に嫌いじゃないけどさ、勉強の邪魔をされるのは嫌なんだよ。俺は将来薬剤師の方面に進んで、バース研究をする予定なんだから」
「星兄って、ずっと将来の夢がぶれないよね」
「当たり前だろ。大切な家族の為でもあるんだからな」
そして俺の為でもある。
五歳で状況を悟った俺は、すぐさま自分の進路を決めた。よくアスリートで成功した奴らが、かなり幼いころから目標を決めて動いていたと聞くが、俺もそれに習うつもりだ。
オメガバースの世界では大抵の作品で、フェロモンの抑制剤というのが出てくる。それがないと、現代社会でΩは生きにくいからだ。この抑制剤が運命の前では効かないとか、体質によって効きが悪いとか、副作用が酷いなどあるが、この辺りは腐神様の心次第だ。
でもそういう問題点を一つ一つなくしていくのが、薬剤師の仕事だろう。どれだけ突飛な追加設定を入れられても、理論的にせめていけば、腐神の思惑通りとはいかないはずだ。
「運命とかそれだけで理性無視して結婚なんてありえないし、薬の副作用とかだってもっとなくしていけるはずだ。αに捨てられたらΩは死ぬとかなしだろ。離婚も結婚も本人の自由になるようにしたいんだ」
そして童貞処女を貫く権利も本人の自由としてほしい。
「それに陽兄も月兎も俺よりずっと運動神経がいいから将来アスリートになる可能性もあるだろ? アスリートだとドーピング問題とかあるからさ、やっぱりもっと研究した方がいい分野なんだよ」
すでに近親相姦にならないようにフェロモンが効かない間柄というのも存在するのだ。そこを解明していけば、望まない番契約を壊していけると思う。理論攻めで俺は腐神の思惑を木っ端みじんにしてやる気満々だ。俺はこの十年神に喧嘩を売り続けている。
「本当に、星兄ってかっこいいよ。陽兄なんかよりずっとさ。なんでβなんだろ」
「その言い方だと俺がかっこ悪いみたいだからアレだけど、本当にβとは思えないできすぎた弟だよ」
「「(だから、変な虫が付きそうで心配なんだよな)」」
小声で兄弟がつぶやいた言葉はよく聞こえなかったが、βにしては能力値が高いと俺も思う。これは俺がすでに転生系という、主人公になりかねない厄介な能力をもらってしまっているからだろう。
だからこそ、一モブでいる為に、俺は力の限りこれからも神に喧嘩を売り続けるのだ。
転生したからって、神の思い通りにいくと思うなよ。
こうして俺は今日もせっせと、腐神のフラグを折っていく。その陰で兄弟が暗躍していて、盛大にBLフラグを打ち立ててるとも知らずに。
しかし、それだって俺は負ける気はない。
だって、姉は言っていた。小説を書いていると、キャラが勝手に動いて、プロットを破壊して想定外の終わりになってしまう事はよくあることだと。
だから、BLはやおい【やまなし、おちなし、いみなし】小説なのだ。