兄妹対話 その2
とった調査書を、ざっと見る。ほんとに読んでんの?っていうスピードだが、兄は私の速読の倍の早さで読む。速読できたときは喜んだが、兄の速読をみたら誰にも言えなくなった。私の速読もすごいことのはずなのにな。なんでだろう。
「30点。」
「はい?」
「中身30点。」
「申し訳ございません。採点基準をお願いします。」
「元々教師と生徒ということで、四六時中一緒にいられるわけがないことは承知だし、この短期間で一部の生徒の協力が得られているのを評価した。」
「なら、何で赤点よ!?」
「報告書をだすんだ。誰もお前の妄想が聞きたい訳じゃねえんだよ。」
確かに、箇条書きでそれっぽくまとめたものの、〔クラスメイトを四名、担任を恋愛対象と定めた模様。〕〔クラスメイトの一部には、柳田の思考、行動を見破ってるものがいる。〕など、柳田の本心など知らないのに、私の妄想で展開している報告がいくつかみられた。
「お前の真面目な性格を否定するつもりはないが、前もって資料を頭に詰め込みすぎて、偏見でものをみている可能性がある。それは、事実をねじ曲げることを忘れるな。」
悔しいが、正論だ。歯を食いしばって、声を出す。
「申し訳ありませんでした。」
「謝ってもらっても困る。次回からは、もっとまともなものをもってこい。」
「はい。」
「で、他に何かあるか?」
何とでもないように、次を促す仕草に、より悔しくなる。でも悔やんでても仕方ない。兄には、他にも仕事がある。私に割ける時間は限られている。
「相談事が5つ。ひとつ、対象者への接触、観察時間が予想以上にとれないこと。ふたつ、生徒からの情報をどこまで開示するか。みっつ、対象者への好意、悪意などどの段階での報告が必要か。よっつ、対象者の交流関係をどこまで明記するべきか。いつつ、情報協力者を1人手に入れたいが、こちらの状況を相手に伝えてもいいか。」
元々指示を仰ごうと決めていたことを伝える。最後の相談は、もちろん栗林先生の事だ。
「まずひとつめ、想定済みなので、こちらからの過度の接触はしないこと。今求めているのは、第三者として、つまり親でも学校でもない立場から、同じ空間で見た調査だから仕方ない。それは、クライアントたちも了承済みだ。ふたつめ、生徒からの情報は、必ず調査書にのせること。そこに信憑性がなくてもいい。判断は俺がする。みっつめ、生徒本人、または、他の生徒、職員からの情報なら報告を。お前の予測ならいらん。よっつめ、正直、友人ができた、恋人ができたはどうでもいいと俺は思っているが、これはクライアントに確認しておく。必要なのは、前のように訴えられる手前までいくような暴走した恋愛にならないように、監視することのはずだ。まぁ、一応調査書には書いておけ。後日変更の連絡をする。で、5つめだが。誰だそれは?」
ふむふむと、ボイスレコーダーのスイッチをいれ、メモを取りながら聞いていたら、突然質問されて、一瞬声がでなかった。
「えっと、養護教諭の栗林先生です。栗林ゆき。桜先生いわく、心理学にたけているそうで。話もあうのですが、たぶん情報を聞き出しているうちに、思惑がばれそうな気がして。」
「あー、あの女か。あの女はすぐバレるな。きっともう、俺と兄妹なのも気がついているんじゃないか?」
「勘づいてはいそうですが。知り合いですか?」
「1度旦那経由で挨拶だけ交わしたことがある。そうだな。確かに味方にしときたいとは思うが、面倒な気がするんだよな。」
「いい人ですよ?」
「あの実力の心理学者が悪いやつだったら、そこらの高校の養護教諭で収まるわけないだろ。ばかか。まぁ、仲良くしてもいいが、決して、協力を仰ぐような真似はするな。そして、事情も話すな。きっと、すぐにバレるがたぶん踏み込んでは来ないはずだ。」
変な根拠があるようだが、兄の言うことは聞かなくてはならない。
「わかりました。では、以上になります。」
それを聞くと、兄は紙をファイルにいれ机にしまうと、鞄を持ち上げ、扉に向かった。また、どこかに行くらしい。
「まぁ、頑張ってくれ。ボッチで彼氏なしのかなめっち。」
「ちょっ、誰から!!?桜か!?」
笑いながら出ていく兄に、手に持ってたボイスレコーダーを投げそうになる。実際持っていた物が高級ボイスレコーダーでなければ、当たらなくても投げていただろう。それも想定済みの兄に本当に腹が立つ。そして、その様子は、兄がタイミングよく開いた扉で、ボッチの下りから全部フロア内に響いていた。これも計画していたのだろう。フロアにいた所員はみんなクスクス笑っている。冷静になればなるほど、イライラしてくる。
「じゃ、出てくる。今日は直帰で。お疲れ。」
「「「「「お疲れ様です。」」」」」
所長に対しての挨拶はとてもきれいに揃っていた。そこには聞いていたようなピリピリ感もなく、いつもの穏やかな雰囲気だった。
「要ちゃん、ありがとね。」
「え?簡単にはめられるようなバカな子ですけど?何か?」
「いや、確かにノッてもらって助かったけどさ。でも、やっぱり違うよ。勝の意図を会話してすぐ気づいたろ?ほとんどの奴が気づけなかったのは事実なんだよ。だから、予想よりピリピリしちゃってさ。俺は勝と反対の位置にいないとダメだから、よりフォロー出来なくてさ。」
まぁ、確かに、事務所の最高責任者とその次の権力者が、タック組んじゃったら、うんとしか言えないしな。つまり、自主的に意図に気付いて欲しかったってことか。で、タイムリミットが1週間。
「でも、笠弁護士いませんでしたよ?」
「大丈夫だろ。笠の補佐してる今藤が電話してたから。」
「どっちにしろ、私はやられた感満載です。調査書もダメ出しガッツリされましたし。」
「次で見返せばいいだろ。まぁ、勝がいない日々を楽しめ。」
「週一であうほうが、気を使う。」
「準備で1ヶ月こなかったろ?結構さみしがってたぞ?」
「それはないですね。」
その言葉に苦笑いを浮かべる竜崎弁護士は、そっと袋を差し出した。
「はい、報酬。で、こっちがお土産。」
「ありがとうございます!まさかのふたつ!!」
「俺は勝じゃないからね。お土産は日本酒にしといた。」
「大切に飲みますっ!」
お酒が2つ手にはいり、ホクホク顔で、事務所を後にした。今日は飲もう!明日は来週の準備をしなければならないから。今日くらいは。冷蔵庫にあるもので、どれがワインにあうか考えながら、家路についた。