伝承刻印2
「ほう、魔術が使えないと」
「・・・・・・はい」
ノーラは苦々しく頷いた。
「魔術適性はあるんです。先程貴女が言ったように魔力も身体に流れています。澱んでいるのは恐らく魔術が使えないことに関係していると思います」
「なるほど、魔力を放出せずにそのまま循環させていれば新鮮な魔力ではなくなる。だからキミの魔力は澱んでいたわけだ。・・・・・・あぁそうだ、ワタシ相手だからって畏まらなくてもいい。ここにはワタシを敬う者など皆無だったから『貴女』なんて呼ばれ方はむず痒くて堪らん。気安くツァオ、は無理だろうからさん付けで呼んでくれたまえ」
「は、はい。ツァオ、さん」
「おお良いな、さん呼び! もっと呼んでくれ、もっと!」
「ツァオさん!」
「あ~良い。この尊敬と親しみが一緒くたになったような感じ。良いわ~」
「おい、変な悦に入ってないで話進めろよ」
恍惚とするツァオに、レンはそう言い捨てる。
ノーラは少し引き気味だ。
「うむ、まぁ呼び方の件は置いといて。なぁノーラ。キミも魔術士を志したものなら知っているはずだ。魔力が身体に流れているのなら、必然的に魔術は使えると」
「はい、分かっています。あとは行使する魔術の魔術式を編んで、それに魔力を通すだけでいい、ということは。・・・・・・でも、私は出来なかったんです。学んだ術式を編んで魔力を通しても、魔術が完成しなかったんです」
「・・・・・・目的とした魔術と術式が異なっていた、というのは?」
「そ、それはありえません。未熟者でも私はアウルの人間。そんな間違いは犯しません。簡易的な魔術式を一つ一つ確かめながら編んでも駄目だったんです。毎回、全てが」
「ふ~む・・・・・・」
ツァオは顎に手をやって何か考え始めた。
その間レンはほったらかしだったので、ノーラに話をすることにした。
「なぁノーラ。素朴な疑問なんだが、お前は帝国の人間なのに何でロイスに来たんだ?」
「もう、呼び捨てにされるとドキッとしますよ・・・・・・じゃなくて! 私がロイスに来た理由ですか? それはもちろん、今の状態を治して魔術士になるためにです。魔術に関する事といえばロイスですから。それに魔術士になるなら魔術の最高学府、国立ロイス魔術学院で学びたいと思ったんです」
「ん? でも確か帝国にも魔術学院はあるよな? 有名な家柄だったらそっちの方が有利なんじゃないか?」
「それは、そうかもしれません。でも、帝国で魔術士としているということは窮屈なことなんですよ」
そう言ってノーラは寂しそうに笑った。
レンは何となく、その表情が気に入らなかったが、その事情も知らない自分はまだ踏み込むべきではないと理由を聞くことをやめた。
その後もとりとめのない会話をしていると、ツァオが割って入ってきた。
「よしノーラ、外に出ようか。レン、私の工房から『石』持ってきてくれ」
「「え?」」
ノーラ、それと同時にレンは頭に疑問符を浮かべた。
ツァオに言われるがまま外に出てきたノーラとレンに、ツァオは向き直った。
「さてノーラ、勉強熱心であろうキミには無駄な説法かもしれないが、少し聞いていてもらうよ。この際ウチの馬鹿にも魔術のことを学んでほしいからね」
「は、はい」
「・・・・・・おい」
青筋を浮かべるレンを無視しツァオは話を始めた。
「さて、魔術というものは『魔素』と呼ばれる空気と同じように世界に存在するものを魔術士が『魔力』に変換し、それを魔術式に通して現象を起こすものを言う。例えば・・・・・・」
そう言ってツァオは手に持つ魔杖を振った。
すると空中に魔方陣が出現。その中心から鋭利に尖った真銀が射出され、森の木々を貫いた。
「まぁざっとこんなもんだ。基本的に呪文の詠唱を必要とする魔術だが、こうやって予め魔方陣を組んでおけば詠唱無しでも発動が可能だ」
「わあ・・・・・・」
ノーラは間近で見せられた魔術に感激している。
「おいツァオ、森の木がボロボロなんだが。あれ結界には問題ないのか」
「大丈夫大丈夫、館近くの木には刻印は無いからね」
「あ、やっぱり森の霧は魔術だったんですね。って刻印ってことはもしかして」
「ああ。霧の結界は木々に魔術式を刻印して発動させているものだ。つまり『刻印魔術』というものだね。一応聞くが、ノーラ。キミはこれも」
「はい、使えません・・・・・・」
ノーラは項垂れながら言った。
「そうか、刻印魔術は刻印に魔力を通すだけで使えるからな。使える魔術はその刻印にある術式のものに限られるが魔術士見習い程度でも簡単に使える、とは思ったが」
「それって俺にも使えるのか?」
「んん~、使えないことはないが無理ではないが、戦狼種の身体には無茶だなぁ」
そう言ってツァオは懐から一つの小石程度の結晶を取り出した。
「まぁ手慰み程度だが刻印魔術はこんなことも出来るぞ」
そう言うとツァオは結晶に触れた。
すると結晶から空間に何処かの街並みが映し出された。
「あれ、もしかしてレギンですか?」
「ご名答。これはこの結晶と同じ物をレギンの各所に置いて、そこから見える景色を投影した一種の遠見魔術さ。まぁこれがある場所しか見ることが出来ないから千里眼の類いには劣るがね」
そう肩を竦めながら映像を断った。
「さてノーラ、キミが刻印魔術をも使えないとなると結論は二つだな。まぁワタシはそこらの学問には疎いから確かとは言えん。だが銀色の魔女として言わせてもらうか」
「は、はい」
ツァオはノーラに向き直り、彼女もそれに倣った。
「まず一つの、と言ってもこちらである方がキミの為でもあると思うんだが。簡単に言えばあれだな、キミは魔術士として無能だ」
「――――――――」
その言葉に、ノーラは信じたくないという様な顔になる。
「ツァオ、そんな言い方は」
あんまりだ、とレンが非難する。
しかしツァオはどこ吹く風、とでもいうように言った。
「まあまあ諸君、すぐそんなふうになるのは早計だよ。言ったろ? 結論は二つだと」
「それじゃあ、もう一つというのは?」
ノーラはすがるような声音で問う。
それにツァオはどこか哀れむような、しかし歓迎するかのように応える。
「――――『伝承刻印』、さ」