ロイス公国と銀色の魔女《ズィルバーヘクセ》
事の起こりは人暦千六百七十五年。アイラッド帝国の魔術士達が突如として帝国からの離反を計った事だった。
魔術士とは神代に神から授けられた『魔術』を扱うことの出来る者を指す。
魔術は、世界に空気のように存在する『魔素』を元にした魔力を元に様々な現象を起こすものだ。
魔術士は国家資格であり、各国に存在する魔術学校を卒業することで得ることが出来る。
アイラッド帝国も例に漏れず魔術士の育成や魔術の研究を行っていたのだが、帝国は人の時代が始まってから、人の力でその多くを築き続けてきた国だけに、元が人間の力ではなかった魔術を疎んでいた。
それでも魔術を――渋々だが――受け入れていたのは、それが帝国にとって利になるからであった。
しかしそれ故に帝国の魔術士に対する態度は厳しく、結果を出せぬ魔術士達は臣民権や魔術士資格の剥奪など厳しい処分を下されていた。
そのような仕打ちを長年受け続けていた帝国の魔術士約八百人は、政争に敗れて帝位を継ぐことの出来なかった時の皇帝の弟を担ぎ上げ、帝国から一斉に離反し、魔術士の為の国家を建てることをを宣言したのだ。
当然それを許さない帝国はすぐに約二千人からなる征伐軍を投入した。
人知を超えた魔術で対抗した魔術士達であったが、それで数の差は覆すことは出来ず、じりじりと後退を繰り返すしかなかった。
為す術無く帝国領東端に追いやられ、ここで自分達の運命は途絶えるのかと全員が思ったであろうその時、突如として目の前に迫った帝国軍に銀色に輝く救済という名の災厄が降り注いだ。
その無慈悲に帝国軍を蹂躙し、殺戮していく死の雨は、雨粒などではなく、その一つ一つが金剛石よりも硬く鋭い真銀塊であった。
途切れることなく帝国を刺し貫き、すり潰していく真銀の豪雨は一人の女魔術士によって碧空より放たれていた。
その女魔術士こそがツァオ・ラーズスヴィズ。
この白昼の大虐殺によって魔術士達を救い、後に建国の英雄とまで呼ばれた『銀色の魔女』その人なのであった。
征伐軍の七割をたった一人の魔術士に壊滅させられた帝国は、それ以上戦うことはせず、魔術士らと和平を結ぶことにした。
それはこれ以上戦うことは損でしかなく、むしろ帝国軍を遥かに凌ぐ魔術と、それを得る可能性を秘めた魔術士は残した方が、今後自分達の利になると踏んだ帝国の思惑からでもあったが。
しかしそれでも帝国から離反した魔術士達は、追いやられた場所とはいえ帝国の東端に自治領を得ることができたのだ。
そしてそれが礎となり、魔術士の魔術士による魔術士の国家『ロイス公国』が誕生したのであった。
建国の雄となったツァオは、しかしその後行方を晦ませ、その数十年後にレンを連れて霧の森に引き籠るまで姿を現すことはなかった。
その数十年の間に何があったのかはツァオをレンしか知らないのだった。
帰国したツァオは、ロイスの政治に口を出すことも、かつて帝国の軍相手に猛威を振るった真銀の魔術を何処の戦場で披露することもなく、たまにどこの誰それから頼まれる面倒な案件をレンに任せるだけの日々を送っていたのだった。