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伝承の狂詩曲《エッダ・ラプソディ》  作者: えすこう
出逢い
13/25

工房にて

「でも・・・・・・」

 とノーラは絞り出すように呟く。

「この話を聞いて彼を好きになるって、ただの同情なのでしょうか」

「・・・・・・」

ツァオは少し考えてから口を開いた。

「それは、違うんじゃないかな。キミはあいつの過去が好意を抱いた始めだったのかい? 違うはずだな?」

「は、はい。私はレン君の優しさや、ぬ、温もりがとても心地よく感じたんです」

 でも、とノーラは続ける。

「レン君にそんな過去があったと知ると、そんな悲惨なことがあったからこそ彼が人に優しい態度を取ってくれるんじゃないかって思ってしまって」

「ふーん」

「ふーんって、私は真面目に考えているんです!」

 ノーラは憤慨する。

 しかしツァオはどうでもいいように言った。

「でもレンの過去を知ってしまったことなんてそんなに重要なことなのかい? レンって誰にも優しいかい?」

「え?」

 ノーラは一瞬止まった。

「まぁキミがあいつに好意をもっていると仮定しよう。するとそれって今のレンが好きってことなんだろ? それにレンは分け隔てなく優しいってわけじゃない。分かるだろ? ワタシにはアタリがきついし、相手が悪人だったら容赦なく拳をふるうじゃないか」

 ツァオは不敵な笑みを浮かべながら続ける。

「レンはね、戦狼種(ベルセルク)だからかは知らないが、直感的に相手を善人か悪人か嗅ぎ分けられるらしいんだよ。そのやつが言うにはキミは好ましい人物らしいかったんだ。だからキミが暴漢に襲われそうになったとき助けたいと思った。そうじゃなかったら恐らく無視したと思うよ? あの時は仕事の対象が暴漢だったというのもあったが、それはついでだと言っていたな」

「それって・・・・・・」

「あぁ、レンは自分の過去なんてあまり拘っていない。今の自分がどう思うかで行動しているんだ」

「え、え、え?!」

 途端にノーラの顔が真っ赤になった。

「あ~キミは本当に愉しいやつだなぁ」

 ツァオは満足気にしている。

 すると。

「帰ったぞ」

「あ、お帰り~」

「!!」

 レンが帰ってきた。

 ノーラは体をビクつかせた。

「? どうした、ノーラ。何か驚かせるようなことしたか?」

「いやいやお前は何も? それよりあれだな。ここからはワタシはいらん。あとは二人でどうぞ~」

「ちょっとツァオさん!?」

悲痛にも聞こえるノーラの声も無視して、ツァオはさっさと工房を出ていった。

自分の工房に他人を置き去りにするのも信じがたいが、それもツァオにとってはどうでもいいことなのだろう。

そんなことよりもノーラは今の状況が大事(おおごと)だった。


二人きりとなったノーラとレンは、お互い向き合ったまま黙っていた。

いや、向き合った、というのは確かではない。

ノーラは顔を俯かせたままだったから。

彼女とツァオのやり取りを知らないレンは、少し上機嫌な雰囲気を醸し出しながら言った。

「どうした、ノーラ。ツァオに何か言われたのか?」

「ひゃいっ!? い、いえそんなことないです、けど?」

ノーラはしどろもどろに言った。

「じゃあ何だ? 顔が赤いが熱でもあるのか?」

そう言ってレンは身をのり出し、ノーラのおでこを触ろうとした。

「そ、そういうことでもないです!!」

ギュンッ!! という音が聞こえてきそうな勢いでノーラは身じろいだ。

行くあてを無くした手を引っ込めながら、レンはしばし考え、考え至ったとばかりに口を開く。

「・・・・・・ツァオから俺のこと、過去を聞いたのか?」

「・・・・・・」

ノーラは黙って頷く。

それで全てを悟ったのか、レンはため息を吐いた。

「まったく、余計なことしやがって。いつか言おうとは思っていたのにな」

「聞いたら言ってくれたんですか?」

「ああ。それをノーラが望むのだったらな」

レンは当たり前のように言った。

「それで、どうだ。引いたか?」

「い、いいえ、引くなんてあり得ません!!」

ノーラは前のめりになって叫んだ。

「むしろ知れて良かったと思っています」

「そうか」

それ以上レンは何も言わなかった。

少し沈黙が流れた。

しかし、やがてノーラが耐えられないとでも言うようにレンに問うた。

「あの、『レン君』って呼んでいいですか?」

「ああ、構わない。むしろ嬉しいよ、そう呼んでくれるのはノーラが初めてだから」

レンは即答した。

「あ、ありがとうございます。そうですか、やっぱり私が初めてだったんですね、レン君をレン君って呼ぶの」

ノーラははにかんだ。

レンの前で初めてする表情だった。

「なんだ、こんなに簡単なことだったんですね。人に歩み寄るのって」

「何、俺だってそういうのは苦手だ。今までだってツァオくらいしか気安くいられるやつはいなかったからな」

「フフッ、ツァオさんくらいって。あの人以上に一緒にいるのと息が詰まる人なんてそうそういないですよ」

「そうか?」

「はい」

そうやって二人は笑った。

あの温もりが帰ってきた、ノーラはそう思った。

「あのですね、レン君」

「なんだ?」

「私、レン君のことが好きかもしれません」

「しれません、なのか」

レンは茶化すように言った。

だがノーラには心なしか嬉しそうに見える。

もし彼に尻尾が生えていたら、きっとパタパタと左右に振れているだろう。

「ええ。私、こういう感情を抱くのは初めてですから。でもこれからここで暮らしていけば、その答えがはっきり得られるかもしれません」

だから、とノーラは言葉を続ける。

「これからよろしくお願いします、レン君」

「ああ、よろしく、ノーラ」

二人は自然にそう言い合い、自然に握手をした。

薄暗い工房の中で、二人の周りだけ少し明るくなったように感じられた。

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