8. 三連休が待ってるなら、こんな役回りも許せる
大勢の観衆、いわば野次馬が大量にいるこの場。学校に併設された模擬戦場に俺はいる。
目の前には敵意剥き出しの危険そうな奴がいて、今にも俺の命を奪ってきそうな、状況。
何故こうなった。
「邪魔をするんじゃねぇよ、こいつを壊してる途中なんだ」
奴に負けたのか、気を失い足下に転がっている男を指差し、怒り、吠える。
ご察しの通り、珍しくなんの関わりもない男を助けている最中なのだが、状況は良くない。
このままだと、俺も床に転がる羽目になるかもしれん。
「やり過ぎだ。これ以上やると……これ死ぬだろ? 俺は構わないけど、あの2人に死体は見せたくないから、止めて欲しい」
ダメ元で頼んでみるが、目の前の男は我慢してくれそうに無い。
はぁ、この場へ飛び出した事に後悔しかない。
「ーーそうか、ならお前から壊してやる! 手加減はしねぇ」
手加減をしないって事は能力を使うんでしょうね。
一先ず、両腕に最大限の【保護】を展開して防御に徹する。
それと、床に転がる男を蹴り捨てる。一応【保護】はしてやった。怪我はしてないはずだ。
助けてやってなんだが、床に転がってたのは本当に知らない人だ、扱いが少々雑でも構わないだろう。
さて、気合を入れ直そう。
奴はもう既に、目の前まで迫ってきたので、身構える。
相手は右ストレートを思い切り、俺の身体めがけて打ち込む。
随分速いストレートに思えて不安でしかないが、弱音ばかり言ってられない。
俺は能力の性質上、避ける事はそれ程鍛えていないからな、ひたすら防御だけに集中して、右腕で受けた。
「……おかしい」
確かに【保護】をしていたはずの右腕にダメージを負っている。明らかに俺の能力が破られていた。
一応、力量差が格段に離れた相手なら、単なる物理攻撃でも【保護】は破れる。
だが、相手は同じ学生。【保護】を壊せるほど実力が離れているとは思えなかったし、思いたくなかった。
では、異常な現象の答えに、俺が考えた理由は簡単で恐ろしいものしかない。
俺の【保護】を無効果する、あるいは壊す能力。どちらにしろ相性が悪い。
「最悪だ。首突っ込まなきゃよかった」
少なくとも、無闇に触れたら危険。
苦手な回避を意識して、可能なら反撃時の接触さえ減らす。
ーーーーて、なにしっかり戦う気でいるんだ
誰かがこの状況に気がつくまで耐えれば済む話だろうに。
はぁ、どうして俺の日常はこんな事になってんだ…………
*****
見ず知らずの男を助けてしまうほど、御盾 灰十の調子が狂っていたのは今日の朝からだった。
(それは、学校に着いた時)
あれ? 今日の朝はいつもより校内が騒がしいな。もしや、登校時間を間違えた……のか?
いや、それは無いはずだ、多分。
…………思い出した。確か、帰り学活でなんか言ってたっけか
模擬戦だ。なるほどな、やる気のある奴が朝練か準備運動でもしてんのか。実に迷惑だ。朝早く誰もいない、俺にとっての平穏な日常が奪われてしまった。
「まったく、朝から星座占いは最下位だし、学校は騒がしいし、とても運が悪い」
俺は1人、誰にも聞こえない声で呟きながら自分の教室へ向かった。
心の中では、せめて教室が静かでありますようにと願いながら
そんな願いは届かなかったよ。教室には、大嫌いな淡名、桐島などなど。俺が関わりたくない人間が勢揃いしている。
行く当てはないが、自分の机に鞄を置いて、逃げるように教室を抜け出した。だってあの場な友達いないんだもの。
それからは御手洗いに行ったり、校内をうろちょろしたり、人気の少ない家庭科室の前で横になったり。
結局、暇を持て余し続けて、朝学活までの苦痛な時間を乗り切った。
いつも通りに朝学活は寝たふりをしてやり過ごす。
今日はそのあとの英語表現IIを受けたくなかったから、俺は1人で模擬戦場に、他の生徒を観察する言い訳を携えて、見学を選んだ。
今日は普段の授業か、模擬戦の見学かを選べる仕様だから、そりゃ見学を選びますよね。
「どうせ、強い奴は模擬戦で手の内を明かさないだろうし、参加はしなくていい。なら俺が観察するのは同じ見学をする人間だ」
葉月さんとの約束だからな、今回は勝ちを狙う。
なら少しくらいは情報が必要だろう。俺の人間観察スキルが上手く働いた記憶はあまりないから、意味は無いかもしれないが。
「思ったより人が多くて、気分が悪い……」
情報を集めると意気込んだ気持ちは何処へやら、さっきまでと打って変わって、やる気はゼロに近い。葉月さんの為? 最悪情報が無くても、常に壁になれるよう頑張ればいいさ。
開き直っていたら、噂をすれば……というやつだ。
同じチームの2人が視界に入った。
「あの2人も見学か、まぁ、それが普通か」
味方2人はさておき、一応、模擬戦側を視界に入れてみる。
あっさり勝負がつく所があれば、拮抗してる所もあったが、その中に一際明らかに様子がおかしい所がある。周囲とは遠く離れて試合をしているのだ。
それだけじゃない。勝ちを得た男が、既に倒れてる男に、とどめを刺そうとしてるように見える。
男が右手で触れようとした姿は、命を奪う直前のようで、勿論真偽は分からない。俺の勘違いかもしれない。
勘違いなら恥ずかしい、乱入なんて馬鹿馬鹿しい。
けど、もし、もしもだ。本当に俺の想像通りなら、試験は中止もあり得る。それは駄目だ。許容出来ない。
これが原因。俺の友達が楽しみにしてるものを、理不尽に潰されるのが我慢ならなかった。
全く、俺らしくない。
*****
「本当、今日は……運が悪いな」
帰りたい、すごく帰りたい。こんな怖い顔した危険な奴と戦ってたくない!
そもそも、こいつが居なきゃ良かったのに。
俺はこんな文句ばかりが頭に浮かんでるのに、目の前のこいつは殺る気満々で、なんか言ってる
「は? なんで俺が触ったのに壊れてねぇんだ?」
聞こえてきたのは、非常に嫌な内容だった。
壊れる、か……。どうやら、悪い予想は的中した。予想が的中したってのに、運が悪いのは如何いう事だ、全く。
奴の言葉を信じるなら、理屈は謎だが、壊す系の能力か。【能力の破壊】とかだったら最悪だな、相性が頗る悪い。
でも【保護】は出来ているから、相手にとっても相性は良くないと言えるか、言っていいよな。
それに気付いて諦めてくれればいいんだけど……
その願いとは裏腹に、壊したい欲望を押さえ切れてないのか苛立ちを隠さずに、奴は再び向かってくる。
「ですよね……仕方ない、頑張るか」
諦めた俺は覚悟を決め、もう一度【保護】して奴の攻撃に備える。
こいつの初撃を受けて気付いたが、怒っているようで動き自体に無駄が無い。だから怒ってるからと、油断は出来ない。
漫画ではお決まりの「怒った相手の動きを読むなんて簡単だよ」ってのも出来やしない。現実は非常である。
今度は左手から、身体というよりは【保護】を壊す事を狙った素早い連打、ボクシングのジャブってのが何度も打ち出される。時折、右腕の重い打撃も混ぜられていて、嫌になる。
その間も避けに徹し、手を探すが、苦手な事は上手くはいかない。
避けきれないものを片腕で防ぐが、当然の事ながらその度に【保護】を壊される。
だから、次の【保護】をするまでに避けきれないものは、もう片腕で防ぐ。それの繰り返し。
連続で触れられたら終わりの緊張感に、今にも吐きそうになる。
あくまで体感時間だろうが、とても長かった防衛の間に、ほんの少し隙が生まれた気がした。
出来れば、奴の疲労が溜まったもので、決して罠じゃないと思いたい
右腕による大振りの打撃をギリギリで避けて、すぐさま奴の右腕を掴む。
【保護】はーーーー無事だ。
何度か壊されての推測だが、壊れる時は拳に触れてしまった時だけだった。だから、能力が発動しているのは拳だけと、仮定して腕を狙って。結果、上手くいった。
ここにきて運が上がり始めたのかもしれない。
よし、掴んだ腕を起点にして投げたいが……無理か。
おおよそ武術で人を投げる際には、体を密着させるか、相手の動きを利用するか、一工夫がいる。
それか凄まじい腕力か……やはり筋肉は正義なのか。
言ってみれば腕だけ掴んで、止まってる状態からぶん投げる方法は、現在の武術に存在しない。
では、古き武術ならどうか……
今は失われてしまい、世間の誰も知らない技があるのなら。
そんなものを秘匿しながら、継承し続けている者らがいたのなら。
偶々、それを教えてもらえた男がいたのなら。
模擬戦ごときで見せるには、少し惜しいが、散々
【保護】を壊してくれたんだ、一泡吹かせてやろう。
「白守流護衛術、『降雪』」
ーーまるで、真っ白な雪が地上に降り落ちるような自然さで、ゆっくりと、ゆっくりと、投げ落ちる
落下の最中は投げる側も、投げられる側も時間感覚が遅滞する。けれど、相手は地面への直撃を避けられない。自らが投げ落ちていく光景を、ただ眺めている事しか出来ないーー
この技というか、護衛術を教わった話は若干恥ずかしいから、またの機会にしたい。
けれど、この護衛術の触りくらいは語らせてほしい。
所謂、護身術が自分を含めた他人を守るためなら、護衛術は貴きものを守るためだけのもの。
さらに白守流に至っては、守りたい人を守れればそれでいい。「どんな手を使っても守り抜け」と、そういうものだと教わった。
だから護衛と言いながら、守るために相手を傷つける技も多数ある。
その中に、不可能な投げを可能にしてしまう技があっただけの事。
故に俺はこの体勢からでも、奴を投げることが出来る。
全く、隊長には足を向けて寝られないな。今度菓子折りを持って行こうと、奴を投げながら心に決めた俺だった。
「は、はぁ? 投げられた? まさかオレが、こんなのに?」
奴が床に直撃する寸前で、床を【保護】したが、間一髪な所で壊されてしまったようで、床に叩きつけられただけで済んでしまった。それは済んだとは言わないか。
「勘が鋭すぎるだろ……」
本当は【保護】した床に直撃させて終わらせるつもりで失敗した。それでも床は床なので硬いはずなんだが。
むしろ投げた事は奴を怒らせただけのようで、俺にとって最悪かもしれない。
と言うか、そろそろ先生が止めに来てくれないかな? なんで、この場が危険だと判断してくんないんだよ。
不思議に思い、ふと観客席を見る。ここが端っこの方だからって、俺達の戦いを見てる人間が明らかに少ない。しかも、騒いですらいない。
理由を考えようとするが、その邪魔をするように彼は立ち上がる。
「こうなりゃ、外すしかないな」
怒りながらも冷静に思考出来るからなのか、奴は迷いなく、自分の右手を自身の頭に触れようとする。
ーーーーその瞬間、銃声が鳴り響いた。
俺は驚いて、音の聞こえた方を見たが、誰が放ったかは分からなかった。
その後、視線を奴に戻した時、先程まで元気に苛立っていた奴は、俯けに倒れていた。
「2人とも、私が少し離れてた間に何をしてるんだ?」
俺と最初に倒れてた知らん男と、破壊野郎の3人だけだったはずの場所に、これまた知らない人が2人。
1人は見た事ない女、もう1人は銃を持った男。この距離でも、銃を持った男が女に説教してる事は分かった。
「すまない……仲間の2人が君に迷惑をかけた。止めてくれた事は感謝してる。ーーけど、この件に関しては、他言しないで頂きたい。私達も一応、試験に出る身だ、できれば騒ぎになって問題になるのは困る。どうだろうか?」
こっちには利益がない提案に、乗るべきか迷う。
出来れば問題にならない方が楽ってだけで、俺に得はない。
得はないが、当初の理由と合ってる方を選ぼう。
どうしても試験の中止は避けたい。だから結論は『騒ぎにしたくない』である。
「別に構わない。俺も無駄に騒ぎ立てたくない」
「ありがとう……お互い、頑張ろうじゃないか」
知らない男に礼を言われるなんて、気持ちのいいものじゃないな。
「では失礼する」
次の瞬間、視界から3人は消えた。まるで一瞬で、視界から消滅したように感じるほど完璧に……
「⋯⋯疲れた。教室戻ろ」
模擬戦とは名ばかりの命のやり取りを終えた俺は、観客で溢れている廊下を通り、教室へ戻る。
幸い、教室で授業を受ける事を選んだ人はいなかったようで、俺は自分の机で頭を伏せる。すると、想像以上に疲れていたのか、生まれて初めて学校で眠ってしまった………
*****
起きた頃には、教室は帰り学活中だった。
知らぬ間に話が進んでるような気がして、困惑した俺は情報を集めようと、キョロキョロと周囲を見渡した後、諦めるように、もう一度頭を伏せる。
不自然な挙動にクラスの何人かは、気付いただろう。寝てない風を装っても少なくとも前の女子には気付かれていて、笑われていた。
「珍しいね、御盾君が寝てるなんて」
俺が滅多に寝ない事を知ってる葉月さんは、不思議そうに聞いてきた。内容を口止めされてるので話せないが何となくで話そうか。
「色々とな……まぁ疲れてちゃって、気付いたら寝てた。あと、先生の話も全く聞いてないので教えて……頂けないでしょうか……」
下手に意地悪な性格を刺激しないように、寝起きでだが、言葉を選んで、出来る限り丁寧に聞けたと思う。
それでも葉月さんは筋金入りの意地悪だから油断できないのだが、今はそこまで頭が回らない……
「しかたないなー、教えてあげる。明日休みだってさ。金、土、日って3日。休んだり、自主練したりに使っていいってさー」
予想外な事に、優しく教えてくれた。
「三連休か……やった。教えてくれてありがと」
休みと聞いて、疲れた身体にも元気が漲ってくる。
それに休みはありがたい、明日はあのカフェに注文した品を取りに行って、それを慣らすには十分な時間が確保できる。
「うん、でも怠けすぎないでね。今回は優勝狙うんだからね?」
「分かってる」
彼女の言う通り、俺は怠けるつもりはない。
そんなやり取りをしてると帰り学活は終わりを迎え。
「起立! さよならー」
「「さよなら!」」
今日1日も終わった。数時間、寝たもののまだ身体はだるい。少しでも回復するため、今日は帰って寝よう。
*****
ーーーーーーとある部屋に3人はいた。
「いいの? あの人、見逃して」
黒の前髪を片目が隠れるほど伸ばしている女子が、あの場で銃を持っていた長身の男に問う。
「心配ない。彼も馬鹿じゃないはずだ。それに何より目立つのを嫌っているように思えた。そんな者が騒ぎ立てるはずがないよ」
その問いに、男は平気だと答えた。
「あいつは俺が壊す……」
もう1人の男は怒りに満ちた声で言う。
その男が御盾と顔を合わせれば、殺してしまうかもしれない。それほど、彼には投げられて仕切直しになったのが許せなかった。
「頼むから試験で当たるまで我慢してくれ。出来れば計画には従いたい。だから、少なくとも試験以外ではこの学校に馴染まなきゃならない。一応言っとくが、試験では本気を出してもいいが……絶対に殺すなよ」
フリとかではなく、ただ真剣に釘をさす。
「はぁ……。なんで私が君達のリーダーをやらなきゃいけないのか。今日も思ったが、少し居なくなった途端に壊は好き勝手してるし、ほんと先が思いやられるよ。東雲も壊に甘いのはどうにかして欲しい」
「無理」
東雲と呼ばれた女の子だけが呟く。もう1人の問題児は返事もせずに1人の生徒に熱中しているようだ。
東雲はそんな彼しか見ていなかった。自分達のリーダーに注意されようと、耳くらいは向けているが殆どの意識は彼に向いている。言ってしまえば好意を持っている。
それを、気づいてもらえない彼女は可哀想と言うべきか。
それに、少しも気づかない彼は愚かとも言うべきか。
その所為で、自分達を纏める事の出来ないリーダーは不幸と言うべきか。
詰まるところ、この3人は物語の主役ではない。
恋や青春や栄光とといった幸せを手に入れる事はないのだ。
このままでは何の未来も無い、悪役の道を歩んでいるのだから
もちろん護衛術は作り物です。
ほんの少しは主人公にも強さを授けたかったのです。