6. 日常への一歩 ー紅ー
聴き慣れたアラームの音で私は眠りから目覚める。昨日は遅くまで遊んでいたせいか、疲れが抜けきっていない。それはいい、普段と違う事が1つあった。
私は、悪夢をよく見る。不安や恐怖などの感情が記憶と混じり合ったやつ、だから内容は決まって過去の出来事だった。
けど、今日は見なかった。それが普段と違った事。眠りが深くて夢自体を見てない訳ではなく、内容をはっきりと思い出せないけど、夢自体は見ていた。
「うーん、久しぶりに、ほんとに久しぶりに楽しかったから? そのおかげ、かな」
お得意の勝手な解釈で、一応の結論を出した。
答えは出ないけど、悪夢を見た記憶が無いなら「何でもいっか』とも思う。
兎に角、帰ってすぐに寝てしまったみたいだ。
初登校という事で緊張してたせいか、はたまた親睦会の疲れか、相当体に響いたのだろう。制服を着たまま寝てしまったのがいい証拠
「風呂……時間的に考えればシャワーを浴びないと」
流石にシャワーを浴びずに学校に行くのは女の子には厳しい。幸い朝シャンの余裕くらいはあった。
そうと決まれば、朝ごはんの前に終えてしまおう
*****
「ふぅー、さっぱりしたー」
普段、朝シャンはしないけど案外悪くないかも。
寝起きのシャワーは寝汗を落とせて気持ちかったし、合理的だった。寝癖を解消し、気分もすっきりとして眠気も覚める。問題は時間くらい。
朝シャンを日課にするか否か、髪を乾かしながら悩む。
「と、朝ごはん、朝ごはん!」
今日は何かな、と想像する時間は今日の私にはなく。早歩きでリビングへと直行する。
「お母さん、おはよ」
テーブルへと目を向ける。一面に広がるのは和、日本古来の和だ。
お米、鮭の塩焼き、おひたし、アサリの味噌汁、味付け海苔……
「これぞ、日本人の朝ごはんって感じで、風情があるね」
けど昨日のフレンチトーストから、今日は日本食。相変わらず、朝食の振り幅が凄いような気がしないでもない……
「そうね、旅館で食べるのも昔ながらの風情があるけど、家で食べるのも昔を受け継ぐ風情があっていいわ」
時々、深い事を言い出すのも娘ながら面白い。長く一緒にいると、深い言葉の一端くらいは掴めるようになるらしい。
意味は、旅館だと旅館も含めた昔っぽさ。今もなお続く昔。家だと内装には昔っぽさは無いけど、それでも料理に残る昔ながらの光景。それらに風情を感じてると、娘は思います。
解釈が合ってるかは定かでは無いけど。
ここまで、料理が凝っているのは、お母さんの能力に秘密がある。
食材というのは、生きていた状態から収穫されて、時が経過する毎に劣化し味は落ちていく。落ちた味は戻らず、せいぜい香辛料で誤魔化すので精一杯だ。
でも、もしも、常に食材を美味しい状態に出来るのなら?
何を作っても安全で新鮮で美味しいのなら?
料理というのは最高に楽しいものかもしれない。
いや、楽しいのだ。事実、お母さんは楽しんでいる。
世間一般の親よりも、ずっと楽しそうに料理をして、それを美味しく食べる私を見て微笑むのが何故だか誇らしくもある。
話が逸れたけど、お母さんは食材⋯⋯物の状態? を保存したり、少しだけ戻したり出来る。
能力名は無かった。
と言っても、お母さんの世代だと能力があった人はせいぜいクラスの半分だったらしく、授業で能力を教わったりは無かったそうだ。
今では、子供の頃から能力を測定して名称を付けたり、カテゴライズしているけど、実はここ最近の話らしい。
私の【電気】はお父さんが能力の研究をしていたから、お父さんが付けてくれた大切な名前。
ありふれた能力だし、私とって忌まわしい能力だけど、その思い出は確かに大事なものだから⋯⋯使わないと決めても、【電気】を使ってしまうのだろう。はぁ、愚かだなぁ。
*****
朝ごはんを食べ終えた私は、台所にお茶碗をちゃんと水をつけて片付ける。水につけないとお米とか落ちにくいからね、大事。
昨日と同じように自室で制服に着替える。
朝シャンのおかげで髪に静電気はなかったので、今日は能力を使わなくても平気そうだ。
起きた時は間に合うのか不安だったけど、少し余裕が出来てしまっていた。いっそ登校してしまうべきか⋯⋯
実際、家にいてもする事が無く。何となくうろちょろしてると、玄関に来てしまい、お気に入りの靴を履き、ふと思う。
確か、今日から授業が始まるはず……
おそらく、来週に控えた試験に関わる事だと思われる。
ーーーーとても不安だ
でも転校2日目から休む訳にも行かないし、同じ班の2人に迷惑はかけられない。しょうがない、学校に行こう。
「いってらっしゃい」
私が行こうとした瞬間に不意をつかれ、出かける時の挨拶を、先に言われてしまうけど、気にしない。
「うん、いってきます」
家を出て、学校へ向かうが昨日と同じ道。季節は当然変わらないので、雰囲気は変わらず、何事もなく学校に辿り着く。
*****
余裕をもって家を出たのはいいが、早すぎたかもしれない。思ったより人がいない……
それもそのはず、家から学校までの時間を私は把握しきれてないから。
家で時間が無いと思っても、それが合ってるとは限らない。転校して2日目だからまぁ、しょうがないか。
ん? 遅刻してないなら別にいいのでは……
考えてみればそうなのだが、早くこの学校に慣れてしまいたいと思う。
さて。こんな時間に来るのは私くらいかと考えさせられてしまう。それぐらい静かだった。
「教室どこだったけ」
故に、困る。
学校にはまだ人が少ない。だから、今教室に行っても、同じクラスの人がいて安心ってのが出来ない恐れがある……弱った。
そもそも教室の場所さえ怪しい。これに関しては建物の造りが悪いと思う。
文句を胸に抱えながら職員室の前を通るルートから向かう。学生なら近寄りたくはない職員室を態々通るルートなのかは、この道のりで初日は行ったから。行った事のあるルートの方が安心できるもの。迷うのは恥ずかしすぎる。
何はともあれ、恐らく教室には着いた。合ってるかは怪しい。
なので、「ここであってるはず」と恐る恐るドアを開ける。すると見知った姿が教室にあった。
「ん、あれは御盾君? よかった、合ってたっぽい」
私の席の前、机に頭を伏せているけど御盾君だ。同じクラスの人だったおかげで、不安がなくなり私は安心した。
にしても、彼はいつからいるのだろうか。
私も結構早く来たはずなのに、それよりも早くいるとは……やはり真面目なのか、私と同じで暇なのか。
私からは聞けそうにないので、その真実は分かりそうにない。暇だし、軽く寝ることに決めて至高の寝やすい体勢を模索する。
一方、御盾は寝ているのではなく、寝たふりのため「どうしたものか」と苦しんでいるのであった⋯⋯⋯
教室にはただ2人、近くにはいるけれど、1人の女子が訪れるまで話しだす事は無かった。
*****
「紅里ちゃん! 御盾君! おはよ!」
続々と教室に人が来始めるころ、葉月 橙火だけが、頭を伏せてクラスに馴染めきっていない2人に話しかける。転校して来てない片方はクラスに馴染んでいてもいいはずなのだが⋯⋯
「うぅん、おはよぅ……橙火ちゃん」
「眠そうだねー、昨日は楽しかったね」
「うん、たのしかった。私のためにほんとありがと」
「また行こうね、おはようって言ってあげたのに寝たふりしてる御盾君は置いて」
「⋯⋯いや、すまん、話し始めちゃったから、顔上げるタイミングが掴めなくて」
どうやら、寝てると思った彼は起きていたらしい。そうなると寝息を聞かれたりしていないか心配……
話の途中でチャイムが鳴り、着席しなくてはいけないので話は一旦中断される。
「みんな、朝学活するので座ってね。座らない人は遅刻にしますからね」
「え〜、今週は、来週の試験関係の話が多くなるよ。正確な日程を言ってなかったけど、来週の月曜日から実施するから時間無いよー頑張って」
予想外の時間の無さに教室から非難の声が所々で上がっていたが、先生は御構い無しに話を続けて学活は終わった。
「と言うことで、1、2時間目は大まかな内容説明をします。くれぐれも寝ないでよ」
内容を教えてくれるらしい、なんて易しい。偏差値が原因なのだろうか…・
5分休憩中もこのクラスは騒がしく、ちょっと面食らってしまう。
ーーーーん? なんか見られている気がする……突然、人の目線、的な違和感を感じた。
この目線の犯人が誰なのか、私の左側は廊下だから違う。教室側を見ると昨日、結果的に怒らせてしまった淡名さんが、凄い形相でこっちを見ている。
100%昨日のいざこざが原因だと思うけど、困った。私自身は何もしてないのに。
それから休憩時間見られっぱなしで、全く心休まらないまま、1時間目が始まってしまった。
ともあれ、新しい友達に、因縁をつけてくるクラスメイト……私の新しい日常が確かに始まった気がした。