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良し悪しの色とりどり  作者: 黒檸檬
一章 能ある鷹は爪を隠す
17/18

17. 間違えた問題は忘れない


 葉月はづきさん達がお風呂に向かい、部屋に1人取り残され30分くらい経っただろうか。


 30分と長い時間であるが、その間何もしてなかったわけじゃない。


 葉月さんに指図されたことに従って、第1試験「かくれんぼ」について真面目に考えていた。

 しかし、「かくれんぼ」について考えようにも、俺が今日やったことといえば、【獣化(虎)】の男と戦闘になったくらいだ。


 つまりは俺1人の持つ情報が少なすぎて、対策を考えようがない。


「ふー、スッキリした〜。ーーーーは? 御盾君? そんな部屋の隅っこで何してるの?」


 悩み果てていると、風呂を終えた葉月さんが部屋に戻ってきた。

 彼女は濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に入ってきたため、顔が覆われ視線が隠れていた。


 が、ひとしきり拭き終えたのか、タオルを手に持ち替えて、部屋の隅にいる俺を見かけた瞬間。ひとっ風呂浴びて、幸せを噛み締めていた顔をしかめて、こちらを見ている。


「ーーこれは、万が一にも葉月さん達のいやらしい姿を見ないためで、別に変な事をしてるわけじゃないんだ。なあ、そんな顔しないでくれ……頼むから」


「えー、そういう目でみてるのー? 今夜みんなで寝るわけだけど襲わない?」


 弁明したはずのに、新たな方向から攻められている。確かに、寝る事に関しては失念していたけども、酷い言われようだ。


 男子高校生の誰もが盛ってるわけじゃないんだからな、関係性を失うのが怖くて何も出来ない奴もいるんだからな。

 というか目が笑ってやがる。それは、いつもみたく俺を揶揄って楽しんでるということ。


「はいはい、可愛い可愛い。その声と雰囲気と優しいキャラが相まって個人的には学校で1番可愛いよ。ーーーーーー(未だに顔も名前も知らない女子がたくさんいるけど)」


 この際だから、思い切って葉月さんへの反抗を試みた。いつも揶揄われぱなしってのも面白くないだろう。言わずもがな彼女は面白い事が好きなのだ、たまにはこういうのもいいだろう。


「ーーへ? い、いやだなもう、可愛いなんてやめてよ! 調子狂うじゃない……。なんかもやもやするから、もうずっと隅っこにいて」


 それは酷すぎやしないか。ちょっと言い返してみただけなのに理不尽だ。


 親睦会でスプーンで間接キスしかけた時にも思ったが、この手の話は苦手なようだ。

 かと言ってこれで揶揄うにも、俺の平常心が持つか怪しい。


「ーーふふ、」


 俺達がわいわいと騒いでると、後ろから風呂を終えたもう1人の子が戻ってきた。ニコニコと、しかし羨ましさも感じさせる表情で、篠原しのはら 紅里あかりは笑っている。


「御盾君のおかげで、新感覚のお風呂を楽しめました」


 俺のおかげというのも、風呂が諸事情により沸かせなかった。そのまま水風呂に入るわけにもいかないため、俺の【保護】で肌を冷たさから護り、汚れは問題なく洗い落とせるようにしたという話だ。


(ま、そこら辺の詳しい事は前話にあるのだが)


 しかしな、水分を電気分解させて霧散させる事が出来るなら、濡れた髪も乾かせそうだが。

 彼女は、自らの髪をポンポンとタオルで優しく叩いている。


 葉月さんも篠原 紅里の能力に頼ってないあたり多分だが、その方が髪に良いのだろう。なにせ髪は女の命という、俺が無駄に指摘する必要はない。


「ああ、問題なく入れたようで良かった」


 だから、手短に返す。出会ったばかりの篠原 紅里との距離感があまり掴めてないのもあるが、こればっかりは慣れない事にはどうしようもない。

 あと数週間から数ヶ月は関わる時間が欲しい。

 

「よし、みんな揃ったところで作戦会議、しましょ!」


 少し気まずさを覚えた心中を知ってか知らずか、葉月さんは取りまとめてくれる。


 俺と篠原 紅里は互いに、賛同の頷きを彼女に向けた。それを確認した葉月さんは続ける。


「ーーでは、まずは方針確認ね。あたし達は能力【岩石鎧】を使う有岡ありおか先生を狙うよ」


 初めに、この小屋を拠点にした時俺が提案して決まった方針を、再度確認する。


「【獣化(兎)】の織部おりべ先生は小さい、速いなんかの問題で俺達には難しいからな、そのままでいこう」


「だよね、じゃあ次。この後、つまり夜の間も探しに行くかだね。日が出てるうちにろくな成果残せてないから、どうしよっか?」


 事前の話では、夜出歩く事も一応考えてはいたが、電灯類1つさえ支給してくれない学校のせいで悩みどころだ。

 ま、たとえ出るとなったら俺1人で行くつもりだ。試験とはいえ、女子に夜道を行かせるのは良くないですから。


「最悪俺が出る。暗くて見えなくても全身【保護】しとけば怪我はしないだろ」


「はぁ、見えなくてどうやって探すのよ……とりま保留ね」


「ーー確かに」


 葉月さんの正論に思わず口をつぐむ。優勝すると息巻いていたものの、酷い状況だ。

 作戦会議を始めるも、肝心の解決策は出てこないでいる。


「あの、有岡先生ってどんな人なの?」


 この場で黙っていた篠原 紅里が、本会議に疑問を疑問を投げかけた。


「そっかあ、紅里ちゃんは転校してきたばっかりだから知らないよね。先生の姿くらいは開会式で見た?」


「あの上下ジャージでがたいの良い先生だよね」


 そういえば開会式で説明してたか。俺、あの人苦手なんだよな、廊下ですれ違って挨拶しないと怒られるのが、ほんと怠い。


「あれさ、ジャージ着てるから体育教師にしか見えないじゃん? けどね、ああみえて生物の先生なの」


「ーーあの見た目で生物……、ほ、ほんとに?」


 思いもよらない事実に動揺した篠原 紅里は、ぽかんとしている。

 無理もない。俺も初めて有岡先生を見たときは体育の人かと思ったし、後ろ姿だけなら今でも間違える自信がある。


「ほんとだよ。あ! ねぇねぇ、御盾君も去年、有岡先生に生物教わったでしょ?」


 有岡が生物の先生というのは、事実ではあるが、その信憑性を高めるために、葉月さんは俺に証言を求めた。


「あの先生は生物の人で間違いない。あいつの学年末テストに関しては、未だに根に持ってるからな」


「えぇ……生徒にそこまで言わせるなんて、何があったか聞いてもいい?」


 妙に憤りを覚える俺へ、篠原 紅里は心配しつつも興味深そうに尋ねる。


 聞いてくるなら教えるとしよう。かくいう俺も人に話す事で少し気が晴れる。


「構わない、こっちとしても愚痴を吐けてちょうど良いよ。ーー学年末ってことはさ、生物に関しちゃ、正真正銘最後のテストだったんだ。そこで有岡先生は『教科書の全ページがテスト範囲だ。今回は手加減無し(・・・・・)の問題でいく、ただし! そのため赤点は存在しないものとする! ハッハッハ!! 勉学に励め若人よ!』ってな。

 そうは言っても、決して偏差値の高くない学校だからって、俺も油断しつつ本番に挑んだ。結果は、まぁ、悪くはなかったんだが、最後の問がいかれてた……」


 話しすぎて唇が乾燥したので、手で口を覆ったのち、舌で湿らせ小休憩。本当は水を飲めばいいんだろうけど、ペットボトルが入った鞄までは距離があるので、話が終わってから。


 途中で口を挟むことなく聞き入る彼女らに向けて、俺は続ける。


「”この絵を見て、その生き物の名を空欄に書き込め”って問題でな。ま、そういう問題は珍しくないんだが、その、絵がな……。アノマロカリスと三葉虫は許せるけど、ハルキゲニア、ピカイア、オドンドグリフス。てめぇらはおかしい。人生で一度も聞いたことねぇよ……

 いやまぁ、テスト終わりに教科書を確認したら、載ってはいた。いたんだけど、教科書の目次前にある、おまけ部分から出題ってのは、本当いかれてる……あいつは許せない」


 生物の成績としては5段階評価最高の5を貰ったのだが、この問題のせいで100点を逃してしまったのだ、悔しすぎる。

 そのせいで、あいつら三匹を忘れることは出来そうにない。その証拠に、今でもこうしてハルキゲニア、ピカイア、オドンドグリフスの名前を挙げれている。


 ま、こいつらに関しては意外と可愛い奴らで、何故か憎めない。ピカイアなんて脊索持ってたんだぞ? 俺らの祖先と言っても過言じゃない。


 許せないのは、これを出題した有岡先生だけだ。


「昔の生き物の名前がテストに……。それってすごい難しいね」


 比較的有名なアノマロカリスあたりで、篠原 紅里は得心が行ったようだ。

 会った時から彼女には真面目っぽい雰囲気を感じるし、おそらく頭が良いのだろう。


 そうなると転校先に、どうして偏差値の低いこの学校を選んだのか、謎になるな。俺だって、近くなけりゃこの学校を選んでなかったもの……。


「そーなるとさ、意外と森の入り口とかにいたりして……」


 葉月さんの素っ頓狂な発言に驚かされた。

 ーーまさか、「かくれんぼ」が始まるまでの30分間で近くに隠れる。そんなリスクを犯すだろうか。


 ここで、あの時開会式で有岡が話した台詞を思い返す。

 ーー「あー、あー、よしっと。それでは第1試験について説明させてもらおう! と言っても聞かされている通り「かくれんぼ」だ。隠れるのは俺と、開催式の司会をやってる織部先生の2人。隠れ場所は公園内の森の中だ。そして第2試験に進めるチームは2つ。先に見つけて俺達の体についてる、この機械に攻撃が当たったら合格とする。質問は一切受け付けん。俺は手加減無し(・・・・・)で行くぞ! ハッハッハ!! 本気でかかってこい若人よ!」ーー


 確かこう言っていた……手加減無し、か。

 余りに学年末テストの時と似通った言葉選びに、なんらかの意図を感じる。


「葉月さん。まだ分からんが、あながち間違いじゃないかもしれない」


「それってつまり、どういうこと?」


 本人も冗談半分で口にしていたのだろう。俺の賛同に対して、困惑の表情を隠せていない。

 他の人なら気づかないレベルの困惑だが、半年ってのは長いものらしい、俺にはわかった。


 だから困惑する葉月さんに、可能な限り分かりやすく伝えるべく試みる。


「学年末テストと開会式で有岡先生が、全く同じ言葉を使ってた事に気づいた。それでもしかしたら、教科書の最初の部分から出題したみたいに、最初の方……案外、開会式場の近くにいるかもしれない」


 その台詞以外に何の確証もない。

 だから、そんな目を向けないで欲しい。


 葉月 橙火は俺の発言に、全幅の信頼を寄せてくる。ちょっと記憶力が良くて、学校の成績が少し良くて、護衛術のおかげで少しだけ腕が立つ、その程度しか取り柄がないのに。


 貴女みたいに明るくて可愛らしい人が、期待と尊敬の眼差しを向けるような奴じゃない。


 ーーじゃないからこそ、それに見合うようにと。


 一種の脅迫なのだ。俺が人付き合いに臆病で、誰かとの繋がりを失うのが、怖いと分かってて、彼女はその目を向けているーーあたしの期待を裏切らないでねという。


 はぁまったく、めんどくさい。もしもこの推測が間違ってた時は、彼女にも責任を取らせてやる。


 そう決意して、俺の提案が採用されてしまうのを、半ば仕方なく受け入れる。


「じゃあ決まり、あたし達は入り口近くを重点的に調べよー!」


「ーーあ! あの時のってもしかして……」


 方針が決まりかけたその時、篠原 紅里が何かに気づいたような声を上げる。


「んー、紅里ちゃんどうかした?」


「かくれんぼが始まってすぐ、私が転んじゃいそうになったところを、御盾君が助けてくれたの覚えてる?」


 ちょうど森に入るタイミングだったか。俺の後ろをついてきていた篠原 紅里が転ぶのに気づき、自然と手を伸ばしていた。


 前を歩いていたのに気付けたのはきっと、【保護】なんて能力だから。誰かを護ることに関しては長けているらしい。


「覚えてる。それがどうかしたのか?」

「あたしも覚えてるー、あの時の御盾君ったら珍しくカッコよく見えたんだから、もう一生忘れないよ!」


 俺の行動に対する評価に、どう返したらいいか分からなくて、考えただけで頭が痛い。

 かといって無視すると怒るので、葉月さんに向けて苦笑いをしておいた。


「あの時、石に躓いたの……。爪先に当たりそうになって蹴飛ばそうとしたら、びくともしなくて転びかけて。でもどうしてだろうって見当もつかなかったけど、御盾君の話を聞いて、もしかしたら先生が地面の下にいてヒントみたいに、岩の断片が出てたんじゃないかって。それに場所も、開会式場からそう遠く離れてなかったから」


 ひと通り話終わった彼女は、不安になったのか、おずおずとした表情でこちらを伺う。


 俺から言い出した開会式場の近辺説が、もう取り返しのつかないところまで話が進んでしまって困惑してる。その表情をしたいのは俺なのだが……。


「ーーーー紅里ちゃん……」


 顔を俯かせ、ぷるぷると震える葉月さんが目に映った。

 

「ーーと、橙火ちゃん。私何か気に触るようなこと言っちゃったかな……」


 葉月さんの状態を見て、さらに不安感を増してしまった篠原 紅里だったが、多分勘違いをしてる。


 それを教えようと、女子に話しかけるという、いつまで経っても慣れない行動に出る。


「あー、怖がらなくて大丈夫だ。分かりにくいけど、あれは喜んでるだけだから」


「良かったぁ、ありがーー」


 この状況を理解して安堵したのも束の間、篠原 紅里は、真正面から葉月さんに抱きつかれた。そして、勢いよく彼女の胸に引き寄せられ、揉みくちゃになっている。


 あの胸……正確な大きさは分からないが、葉月さんのは結構ある。普段の制服姿や、ジャージを着込んだ姿では着痩せしてしまって分かりづらいが、彼女の体育着姿を見たことある俺が言うのだから間違いない。


 そんな胸が、篠原 紅里の存在によって、ジャージが身体に密着し、ありありと浮き出てしまっている。

 この光景は、男子高校生にとって余りに刺激が強い。俺はつい目を逸らしてしまった。


「紅里ちゃーん! 最高! これで第1試験突破できそうだよ。ほんとありがとー、愛してる〜!」


「むぅー、ぷふぁ……おっきい。ーーじゃなくて、間違ってる可能性もあるから、信じすぎないで」


「それは分かってるけどさ嬉しいじゃん。もしこれで当たってたら凄くない? あたしが思いついて、御盾君が根拠づけて、紅里ちゃんが証拠を見つけた。これこそみんなの力ってやつ? すっごく燃える展開だよね!」


「うー、分からなくないけど……」


 熱い展開に盛り上がる葉月さんに押され、篠原 紅里が俺と同じく、森の入り口近くを探しに行く流れを受け入れつつある。

 みんなの力……その表現の仕方、俺嫌いじゃないです。


「大丈夫! ここであたしの力による確認も足して、先生みつけよー」


 葉月さんがインクを使う例のをやるのか……それは是非見たい。

 声を聞く限り、篠原 紅里は解放されてらようだし、見ても大丈夫だろうと、俺は2人の方を向き直した。


 そして手に持つ畳まれた制服から、インクの瓶とGペンを取り出した。


「よーし、さっき見せたのよりも凄いの見せるよ。あ、御盾君には、なんだかんだで初めてだね。凄かったら、ちゃんと口に出して(・・・・・)褒めなさい」


「ーー検討しとくよ」


 いつもみたく返すしかない。自然な流れならまだしも、改めて賞賛を求められると気恥ずかしくて堪える。


「ふふっ、貴方らしいけど、そこは了解しなさいよ」


 変わらない俺の態度に、葉月さんは小さく笑う。


 その顔が、コミュ障で貧しい俺の世界を鮮やかに彩ってくれているのを、彼女は知らないし、恥ずかしくて言えないけど、これからも護りたいと思う。


「ーーさて、2人とも。期待してるとこ悪いですが、何を描くかちゃんと決まってません。案をくださいなー、てへっ」

 

 凄いものを描くと意気込んでたのに、決まってなかったのか……葉月さんらしいけれど、はぁ仕方ない手伝おう。


「はぁ……。うーん、地中なら土竜もぐらとかがいいんじゃないか?」


「うんうん、じゃあ採用。明日からうちで働いてね」


「ありがとうございます、いやー、バイトの面接初めてで緊張してたんですよ……。ーーすまん、バイトした事なかった……だめだ、このノリ、乗り切れない」


「えー、途中までよかったのにー。なんて言うかテキトーが出来てて見直すところだったのに、ざんねん」


 その適当が難しいんだよ……、とは彼女によく言っていたが、まだ練習不足みたいだ。勝手が分からん。


「もぐらかー、1匹だけじゃ不安だから、2匹くらい描いといたほうがいいよね」


 そう言って、インクの蓋を開け、ペン先をインクに浸す。そのペンで床に絵を描き始めた。


 見る見るうちに、可愛らしい土竜の鼻が、土を掘る土竜の手が、丸々とした土竜の胴体が、ふさふさな土竜の毛並みが表現されていく。


 そして1匹の土竜が描かれた後、コツを掴んだ葉月さんは、一瞬でもう1匹を床に描き切った。


 床に描かれた土竜2匹に、葉月さんはその傷一つない細い手で優しく撫でる。

 すると息を吹き込まれたかのように、土竜の絵が鼓動を鳴らし、その身を揺らし始めた。


 平面上に存在してたはずの土竜は、爪を床に引っ掛け這い出ていく。それを真似して、もう1匹も床の上へと這い出た。


「はい、完成! もぐら二丁出来上がりー」


「ーー驚いた。触り心地の良い毛並み、手に伝わってくる心臓の動き……本当に生きてるみたいだ」


 俺は後に出てきた土竜の方を抱き抱え、撫でながら言う。最初に出てきた土竜はというと、葉月さんにとても懐いていて、触れられそうになかった。


 篠原 紅里は俺が抱き抱えている土竜を、恐る恐るといった風に指を伸ばし、ちょんと触れた。


「ほんとに生きてるみたい……」


「実は生き物も本物にできるのです! びっくりしたでしょー、ということで、この子達の命名タイムね〜良い案ちょうだい」


 彼女が言うに、こいつらに名前をつけるそうだ。変に愛着が湧くと、消すときに躊躇してしまう気もするが、俺が繊細すぎるのだろう。


 とにかく、名前か……土竜、もぐら。

 俺も篠原 紅里も頭を捻っていると、作成者が一足先に案を述べ始めた。


「じゃあ、あたしからね。もぐらから取って、『もぐ』と『ぐら』ってどう?」


「安直すぎないか……。ま、葉月さんがいいならそれでも構わないんだが」


「シンプルイズベストって言うじゃん。ーーでも安直すぎるかー。だったらさ御盾君、なにか案だしてよ」


 そう言われると困るな。

 めんどくさいから、もうシンプルなので良い気もしてきたが、案を出せと言われて出さないのもあれか。


 ーーあ、ちょうど土竜っぽいのが、俺の好きな作品に2匹いたはずだ。そこから名前を借りよう。


「じゃあ、ドリモゲとニセドリモゲで」


 その作品とはデジタルなモンスターにいる奴らである。無論、ポケットの方も好きではあるのだが、進化も退化も出来るデジタルの方を好んでいる。

 進化退化を繰り返してくと、どんな子でも強くなれるゲームだ……、なにそれ最高かよ。


「長い、わかりにくい、却下。御盾君のセンスってそんな微妙だったっけ」


 渾身のアイデアだと思ったが、元ネタを知らない葉月さんにとってはピンとこなかったようだ。

 挙句に、俺のセンスが疑われている。


「言い過ぎだ、傷つく」


「だったらもっとマシな案だしてよー」


 もう、『もぐ』と『ぐら』でいいよと言いかけたところで、篠原 紅里が「ーーニセは髭がかわいいけど、色が好きじゃないかな……」と心の声らしきものが漏れていた。

 

 それを聞いた俺はというと、思考が完全に停止しました。

 本物と偽物の違いを知ることが意味するのは、この作品を知っているということ。


 それも、ドリモゲモ○をともなると、かなり詳しいとみた。まじかよ、相手は女子だが、滅茶苦茶仲を深めたいと思い始めてるぞ俺。


「篠原 紅里さん? もしかしてだが、ドリモゲモ○知ってたりします?」


 余りにも気になったが故に、勇気を出して聞いてみることにした。


「えっと……、口に出てた? ーーは、恥ずかしい」


 まさか俺が、テレパシー能力に目覚めたわけじゃあるまいし。あれは、本当に心の声が漏れていたらしい。

 だが羞恥心自体は小さなものだったようで、反応は薄い。


 意外と抜けてるとこがあるんだな、この人。

 こうして、彼女の評価を改めることになったが、篠原 紅里から先程の質問の答えが続けられる。


「お父さんとゲームしたことがあって、アニメも見たりして、それで」


「なるほど。ゲームもいいけど、アニメもいいよな。デジクロスには男心を鷲掴みにされた、いい思い出があるよ。お父さんとは気が合いそうだ」


 合体は男のロマンだから仕方ない。それが日曜の朝っぱらから放送してたのが、ひどく懐かしい。


「そうかも。そのお父さんの影響で、私も好きだから、私とも気が合うかもね。なんて」


「ーーそれってどういう、」


 と言葉の真意を確認しようとしたところで、ここまで蚊帳の外に追いやられていた者が口を開く。

 退屈に耐えられるような人では無い。彼女は面白いことが好きなのだ。


「ねー、これって分からないあたしがおかしいの? ねぇお願いだからまぜて、仲間外れがつらい!」


「悪い悪い、趣味の合う人を見つけた感動でついな」

「ごめん、懐かしくてつい」


 仲間外れと言われると、コミュ障で友達少ない俺のトラウマやら、何やらが刺激されて急に申し訳なく感じてきた。

 篠原 紅里も似たようなことを感じたのか、2人揃って葉月さんを慰め合っていた。


「ぐすっ。じゃあ名前、『もぐ』と『ぐら』にして。この子達よく分かんない名前がついちゃうのはやだ」


 仲間外れに傷ついた葉月さんは、自らのジャージの袖を伸ばし、涙を拭う。


 いつになく感傷的になってるけど、そりゃ自作した絵に変な名前をつけられるのは嫌だよな……。


 いや、待って欲しい。土竜に付ける名前の案を要求してきたのは葉月さんではなかったか? 最初から自分で名付けてれば……って、袖の合間からこっちの態度を伺ってやがる。それ嘘泣きかよ、女怖いな!


 なんだか、今日の葉月さんは少しめんどくさいな。多分、泊まりの試験でテンションが上がってる。その気分を害さないよう、適当に俺が折れた雰囲気で話す。


「分かったよ、『もぐ』と『ぐら』にしよう。よくよく聞いたら可愛い響きだし、俺の案より遥かに呼び易い。流石は産みの親である葉月さんだ」


「ーーじゃあ許します」


 実際、俺の案だと分かりにくい。それに、片方にはニセと名付けるのはかわいそうだ、なぜか俺に懐いてる2匹目をニセにされちゃ堪らない。


 少ない語彙から美辞麗句を絞り出し、なんとか彼女からの許しを得れた。

 とはいえ、そもそも嘘泣きだった葉月さん側も、少しばつが悪そうだったのは黙っておこう。


「ん、『もぐ』、『ぐら』森の入り口近くまで土の中を掘ってでっかい岩を探して。ーーねぇ『ぐら』、御盾君から離れて。あなたも行くの。2人でやらないと誰があたし達に伝えに来るのよ、もう。『もぐ』お願い、あなたからも説得して」


 葉月さんは、自分に懐いてる方の土竜へ指示を出した。未だ動かずにいる土竜は、座る俺の腕の中で寛いで……というか眠ってる。

 この子の創造主は俺じゃないんだが、懐きすぎやしないだろうか。


 このまま眠らせてやりたい寝顔であるが、この子らに、俺達が試験に通過出来るかどうかが掛かっている。

 仕方なく俺も協力して、腕に抱く『ぐら』を揺すって起こす。


「キュウ!?」


 優しく起こしたつもりだったが、目を覚ました土竜は、驚いて鳴き声を上げる。

 寝起きのこの子に申し訳ないけれど、腕から下ろし、床で待つもう1匹の土竜に向けて差し出した。


「キュー」


 すると、任されたと言わんばかりの頼もしい鳴き声が返ってきた。

 こちらこそ任せたぞ『もぐ』、それから頑張れよ『ぐら』と心の中でエールを送っておいた。


「やっと行ったー。あとは2人に任せて、あたしたちは寝る? それともなんかゲームする?」


「土竜達が見つけ次第、明るくなる朝イチで向かいたい、それに誰かが先に見つけたら全力で向かわないと不味い……」


 小屋で寛いでる間にも、他のチームが見つける可能性もないわけじゃない。夜中とはいえ、有効な能力があれば暗闇での探索も可能だろう。


 それと、先生を見つけるだけで合格にならないのも、厄介な点だ。見つけ次第、必ず戦闘になる。だから眠って体力を回復した方がいい。


 これらを普通に考えれば、早く寝たほうがいいに決まってる。けど俺達は学生、歪とはいえ、お泊まりの機会に遊ばないのも悲しい。


「けどまぁ、学生だもの。ちょっとくらい遊んでも悪くないよな」


「さっすが御盾君。さらにさらに、都合の良いことに、学校からもらったカバンにトランプが入ってたのです! 


「つまり学校が推奨してるってことだな、よしやろう」


 葉月さんは鞄をゴソゴソと漁って、箱に入ったトランプを取り出し、中身をこちらに差し出した。


 とりあえず、受け取ったトランプを切り始めることにした。


「私も混ざって良いかな」


 わざわざ言うことでもないだろうに、篠原 紅里は許可を求める。聞かれたところで、俺に決定権はないので答えるのは葉月さんだ。


「もちろん、3人でやったほうが出来るゲームも多いし、楽しいもん!」


「参加人数は3人か。ところで何します?」

 

 絶えずカードを切っている俺が、何をするにしても配ったりの準備をするつもりだ。

 けど、俺って友達とトランプとか経験が少なすぎて、勝手にやって良いものなのか分からなかったから聞いておく。


「ここは公平に、せーのでやりたいゲームを言お! いいよね、そんな難しい話じゃないしシンキングタイムはいらないね。じゃ、さっそく、せーの!!」


 聞いたはいいが、葉月さんはトントン拍子に話を進ませていく。今日は本当にテンションが高い、ついていくので精一杯。

 それで疲れてしまわないよう、やっぱり寝るべきだったのでは……、と思わずにはいられない。


 今更、「明日に備えて寝よう」なんて言う勇気は無いのだった


「ババ抜き!」

「神経衰弱……」

「ーーババ抜き」


 ん、これじゃ誰が何を言ったのか、よく分からないって? 

 もちろん、仲間外れの神経衰弱が俺の案ですよ、知ってた。

 女子2人は揃ってババ抜きを提案してました、仲良いね。


「ーーねぇ御盾君? 貴方ほんとはバカなの? 神経衰弱なんてやったら、肝心の明日に響いちゃうじゃない」


 ですよね。凄く分かります。神経が衰弱するゲームと銘打ってますし。


「ごめん御盾君。私も神経衰弱をやるのは違うかなって思う」


 篠原 紅里までもが、俺の神経衰弱を否定する。けど、俺のせいなので何も言えない。本当ごめんなさい。


「はい、ジョーカー1枚抜いてっと。ババ抜きなんて久しぶりだなー、楽しみだなー」


 俺はカードを表側にして、絵柄を見てちゃんと切れているか確認するのと同時に、ジョーカーを抜き取ってババ抜きに備える。

 そして、再びカードを切って、俺、葉月さん、篠原紅里と、1枚1枚配って手札の山を3つ作っていく。


 どこか白々しく、話題をすり替えようとする俺を、2人は呆れた顔を浮かべながら、ババ抜きをしやすいよう各自のカードが置かれてる位置を囲い、輪になって座った。


 そこで、ちょうどカードを配り終える。それぞれが1番近くにある山を手に取って、ダブったカードを中央に捨てていく。


「んー、1番手札の多い御盾君から時計回りにしよっか。御盾君があたしのとって、あたしが紅里ちゃんのとって、紅里ちゃんが御盾君のをとる感じでね、ゲームスタート!」


 やけに、丁寧な説明による進行。MC適正が高そうですね葉月さん。それとも、陽キャラの方々は大抵こんな感じなのかもな、憶測だし確かめる気もないから知らんけど。


 つか手札も多ければ、ジョーカーの位置も俺の手元……なんなんですかね、こうも運が悪いと、試験の先行きが不安で仕方がないです。

 叶うなら簡単に優勝したいんだよ、ほんと。こんな悪運が続く茨の道とかだったら、勘弁願いたい


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