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良し悪しの色とりどり  作者: 黒檸檬
一章 能ある鷹は爪を隠す
16/18

16. 本当は温かい風呂に入りたかった


 あの後、俺は孤崎こざき達と別れてから、森の中を1人で歩き回った。有岡ありおか先生が能力で擬態してそうな岩を探すためだ。


 何の手がかりも見つけずに、葉月はづきさん達のとこに戻るのは気が引けて、珍しく必死になって……


 だが、その必死さも虚しく、特に何も得る事なくこの小屋に戻ってきてしまっている。

 ……う、仕方ないじゃないか、夜の森をスマホの明かりだけじゃ不安だし、初っ端から邪魔が入って疲れてるし。

 あぁ、くそ、我ながら理由が弱すぎる。これじゃ、あの葉月さんを納得させるには足りない。


 ーーはぁ、弄られるのを覚悟でいくしかないか。


 落ち込んだ気分を隠せていないままに、拠点とした小屋の扉を開けて中へと入った。


 すると、そこには既に探索を終えた2人が、自分家の如く寛いでた。


「あ、御盾みたて君おかえりー」

「ーー御盾君、おつかれさま」


 寛ぎ具合にも驚いたが、それ以上に「おかえり」と言われる心地良さが胸の中を駆け巡る。


 両親が早くに亡くなり、随分と長い間言われなかったそのひとこと。だから、思わず涙を浮かべてしまった。

 でも俺は男だから。女子を前に泣く姿を堂々と見せてしまうのは恥ずかしい。涙が零れる済んでのところで、後ろを振り向いて顔を背ける。ちょうどドアを閉める動作が残ってたので、違和感はあるまい。


「ーーえーと、ただいま。うわ、これ近所の知らないおばさんに『御盾君おかえりなさい』って言われる時くらい、返す言葉ただいまに違和感を感じる……」


 泣きそうだったのを隠すのに、心なしか饒舌になっているのが分かる。中々に無様な状態だなと思う。


「なーに言ってんのよ。その時も『ただいま』でいいの、それと今だって『ただいま』で全然おかしくないから。変なとこ考えすぎだよねー、御盾君って」


 葉月さんは座りながらこっちを向いて諭すように言う。

 俺より世間に慣れている彼女が、合ってると言うのだから、それで正しいのだろう。


 『おかえり』に『ただいま』……こんな話してたら、所帯を持ちたくなってきた。俺にもそんな未来があるのだろうか、今のままでは全く想像が出来ない。

 

 突端な妄想を広げていたら、大方感情が落ち着いてきた。


「ーーそっか、次言われたらしっかり返してみるよ。まぁ、一先ずはお疲れ様です。そっちは先生見つかった?」


 もう大丈夫だと心を切り替えると同時に、探索の成果を2人に尋ねる。俺の成果はゴミすぎるので、後回しにしたい内容だが、試験の日程上そう言うわけにもいかなかった。


「もうぜんぜんダメ。それっぽい岩は何個か見つけたんだけどねー」


「そうだね。あ、あと代浜しろはま君達のチームとも会ったよ」


 葉月さんに篠原しのはら 紅里あかりも俺の問いに答えるも、成果は似たようなものだったが、岩を複数見つけてる点で俺は2人に劣っている。

 

 だから申し訳なく、こちらの成果を話す。

 

「何個も見つけたのか。悪い……俺、岩1個しか見つけられなかった」


 こういった場面で言い訳を用いるのは良くない。いくら親しくしてようとも、時には謝罪が大事だと思う質である。

 だから、俺は自らの不甲斐なさを謝った。


 すると葉月さんは立ち上がり、俺の方に近づいてきて右手をこちらの顔に向かって伸ばす。

 何をされるのか戦々恐々と固まっていたら、途中から中指を親指で押さえ、弾き出す力を溜めている。

 

 ーー今は【保護】をしてな…………痛っ。


 デコピンが俺のおでこに直撃した。

 あまり味わわない痛みが頭に響き、反射的に額を手で押さえた。

 小屋に入ってから警戒心のかけらも無かった俺は、突然の事態に困惑する。

 そしてデコピンの次に飛び込んできたのは、もっと鋭く力のこもった言葉だった。

 

「ーー御盾君……バーカ。ほんとバーカ。あたしはね、楽しみたいが為に貴方と組もうって思ったのに。そのさ、謝ったりとか、落ち込んだりとかブルーなのはちょびっとしか求めてないの……。ま、そこも貴方の面白いところではあるしね。

 上手くできなくてもさ、頑張ったんでしょ? なら責めない、頑張った人を責めて面白がるのは、あんまりしない主義だから。うーん? 一応訂正、頑張る事の方向にもよります。それに、あたし達だって見つけれてないんだから、おあいこってやつね」


 思ってもみなかった言葉達に動揺を隠せない。


 自分を卑下するのがデフォルトの俺は、相手が自分より少しでも上回っている時、下に回る癖がある。

 自分を守るために、相手を立てる。俺の姑息で、醜い部分。


 それを見抜いてか、彼女は俺に優しい言葉をかけた。その醜さも良いところだ。頑張ったならそれで良いんだと。


 所々に含みのあるそれは、薬であると同時に毒でもあって困る。

 ああ、本当に困るんだ。こんな優しくされると惚れてしまう生き物なんだよ、俺は。


 ーー【保護】……。俺は芽吹きかけた感情に蓋をして頭の隅に追いやる。

 これが正しい。俺の好きな子は雪白ゆきしろただ一人のはずだ。

  

「そうか……悪いな、気をつける。これじゃ葉月さんといると真人間にされちまうな……。さて、先生を見つけるのはどうしようか。夜出歩くのは能力的に厳しそうだし。折角、頑張るんだがら報われないと駄目だ。この試験、通過しよう」


 ある感情を置き去りにして、それ以外の部分を飲み込む。確かに、彼女の言い分は正しい。自己嫌悪する男と一緒にいてもつまらないに違いないだろう。


 当たり前の事を理解したところで、試験に関する問題は残っている。ついでに、諭された勢いに任せて、啖呵を切った。

 

「分かればよろしい……。えっ、今気づいたんだけど、御盾君汚れすぎじゃない? 全身毛だらけ、背中も所々土で汚れてるよ? いったい何してたのよ……」


 そうだった。【獣化】して虎になった男にのし掛かられた際汚れて、そのままか。


「ちょっと虎に襲われまして、こんな有様に」


 事情の説明というものは、口下手にとって辛い事なので簡潔に事実を伝えた。

 

「ーーえ? 虎!?」

「そんな危険な場所で試験してるの、私達……」


 その端折りすぎだ答えを聞いた2人は心配の声をあげる。どうやらこの森に、本物の虎が現れたかのように伝わってしまっているようだ。

 悪いのは間違いなく俺ですね。誤解を解くため、急いで訂正する。


「えっと違くて、虎に【獣化】する奴に戦いを挑まれたって話。だから、本物じゃないから大丈夫」


 次は、はっきりと伝えられたようで2人の混乱が収まった。


「あーはいはい、孤崎こざき あきらの事ね。ったく、言葉が足りない! 簡潔に済ましたい気持ちも分かるよ。でもさ必要なことまで省かないの……ほんと気をつけて、他所でも同じ事してたら色んな人に誤解されるよ?」


 友達も多く、顔の広い葉月さんは、能力の情報だけで誰か分かったみたいだ。


 またしても注意を受けている俺であるが、そこに関しては難しい。簡潔に済まさないと、段々俺の声が小さくなってしまい相手が聞き取れない。

 だから悪いと思いつつも、これに関しては聞き流した。

 

「そいつそいつ。突然、その孤崎に絡まれて……。あ、でも撃退したから、これは敗北の汚れじゃないから大目に見てくださると助かります」


「それはそれは、おつかれさま。じゃ、ちゃっちゃっとお風呂入っちゃえば? あたし達は後でいいからさー」


 葉月さんは呆れながらも労ってくれた。それと聞き間違いじゃなければ、風呂まで先に勧めていた気がする。

 ーー風呂? 沸くというのか? 公園に小屋があるってだけで怪しいのに、ガスや水道が届いているのか。

 小屋の灯りが機能してるので、電気は届いているようだけども……。


「ーーーー風呂あるの?」


「ーーーーある。水だけど」


 この状況で贅沢を言うつもりじゃないが、それは風呂と言わないのでは?

 頭に過ぎったまま、そう口にしても良かったかもしれないけど、思い悩みいったん口を噤む。

 

「なんかさ、蛇口から水は出て、ひとまず溜めたんだけど、お湯の方は出ないし。スイッチはどこにも無かったの。でも、映画とかで見たことある感じの煙突が小屋の裏についてた。けど、この時代にあの沸かし方の風呂があるはずないもんね」


 葉月さんは確信を持って違うと言うが、古いタイプの風呂って可能性はある。外観こそ新しめの小屋だが、場所が場所だ。


 そもそも公園内となると、地域の土地となる以前から小屋がここにあったと考えるのが妥当か。それか確率は低いが、ここに歴史的な価値があるか……。単に持ち主が、古き良き日本を好いているだけかもな。


 いくら考えようが、単なる学生には分からない話だ。取り敢えず風呂についてだけ考えよう。


「なるほど分かった。けど、古いやり方は知らないからな。もし火事になって賠償の責任負わされたら困る。ただでさえ、勝手に上がり込んでる身分だし。言い逃れが出来ない」


 長く使ってない物を、いきなり整備もせず使ってしまえば、どうなるか分からない。

 何より火は危険だ。時は4月で、乾燥した冬の時期を過ぎつつあるとはいえ、万が一周囲の木に燃え広がれば、大変な事態になる恐れがある。


 あとは、言及してないが薪を集める手間もある。こっちはめんどくさいってのが強いけれど。


「勝手に使ってる時点で今更よ、最悪燃えたら学校のせいにしよ」


 何やら危険な事を言い出す葉月さん。それに触れるか戸惑っていると、黙っていた篠原 紅里が口を開いた。


橙火とうかちゃんの能力なら、この場を打開出来るもの描けないかな……」


「うーん……むずかしい、何描いたら良いかぜんぜん思いつかない! 折角頼ってくれたのに、ごめんね紅里ちゃん」

 

「私の方こそ、突然ごめん。絵が本物になる能力なら何でも出来ちゃいそうな気がして……」


 そうか、葉月さんは彼女に見せたのか。

 葉月さんの待つ黒い《・・》インクは何もない空中に固定化されてその場に残るだけでなく、他の使い方がある。

 そのインクで描いた絵が、限りなく本物に近づいたとき、文字通り絵は本物となり世界に。


 俺はまだ見せてもらった事が無いので、聞いた話でしかないが……。

 いや、別に、篠原 紅里にはそれを見せた事に、引っかかった訳じゃない。


 葉月さんのインクは……彼女の能力ではないから。


 あのインクを貰ったのは最近のこと。

 詳しい経緯はインクをくれた本人に会わせるまで秘密。と誤魔化されたままだが、確か去年の暮れぐらいだったはず……。


 それについて篠原 紅里には、親睦会の時から隠していたはすだ。けど、いつの間にかインクを使う姿を見せていた。

 俺はその心境の変化が少し気になった……。まぁ、でも親睦会の時、俺は口出さないと言ってしまったから、変な詮索は出来ないか。


 言い方が悪くて申し訳ないが。

 葉月さんの良すぎる外面。それに覆われた内面を知れる機会と思ったけど、そうもいかないらしい。


 さておき、インクで描いたものが本物になるか……。あわよくば俺も見てみたいので、お湯を沸かせような物を思い浮かべるも、何一つ思いつかない。

 そもそも文系の頭から出てくるものなんて、高が知れている。

 

 こうなったら仕方ない。俺は自らの能力である【保護】を使った最終手段を提案する。


「仕方ない。お湯は諦めよう。その代わり、俺が体を【保護】する。熱さや冷たさを感じずに、汚れなんかは落ちてくれるよう調整して済ませよう」


 今日は人生初の方法で【保護】を使う機会が多い。岩を探す時は出来たし、今回も大丈夫だろうと、内心高を括っている。


「うーん? それでいい、んだよね……冷たくないけど、ちゃんと汚れは洗える…………って! 忘れてた!? 御盾君の汚れた制服どうしよう! 貴方、替え持ってきた?」


 そうだ、俺も完全に忘れてた。体よりも汚れが目立つのは制服の方で、そっちは風呂に入ってもどうしようもない。

 下着に関しては第1試験の日程から持ってきてはいたが、着替えと呼べるのはそれだけだ。普段から、制服は洗わないからと油断していた。

 

「ーー気の利かない学校だが、もしかしたら」


 今日一日ずっと持ち歩いていた鞄を徐ろに開ける。これは開会式で学校から支給された鞄で、中には3人分の貧相な食料と水があった事は確認したが、ちゃんとは調べてなかった。

 今一度、鞄を漁ってみると、マジックでジャージと書かれた袋があった。そこには固形物が3つ入っていたが、どう見てもジャージとは思えない。


 恐る恐る袋を開き、固形物を1つ取り出す。持ってみると軽く、感触に至っては見たままの硬さという印象。ーー確か、これと似たタオルを圧縮した物は、水をつけて戻すらしいけど、水に浸かったジャージか……嫌すぎる。

  

 取り敢えず着替えとなりそうな物を見つけたはいいが、初見すぎて一切分からなかった。


「あー、それ知ってるかも、御盾君貸して」


 首を傾げていると、葉月さんにはこれがどういった物だか分かるといった様子だった。俺が持っていても正解に辿り着ける気がしなかったので、早々に手渡す。


「確かね、これをこうして、こう!」


 話してる内容じゃ理解できないけど、まず固形物(ジャージ)を片方の掌に乗せ、空いたもう片方の手で挟み込むようにして、思いっきり叩いた。


 すると、固まりでしかなかったジャージがモコモコと掌で暴れ出す。原理はさっぱりだが、小さかった固形物はジャージになった。


 その光景に目を白黒させていた俺に対して、葉月さんは得意げに知識を披露してくれた。


「たまたま、テレビで見たんだけど。【圧縮】系の能力? を応用した技術なんだって。なんか、能力の限界まで物が圧縮されててね、あたしがやったみたいに、もう一回強く力を加えると、能力が限界になって切れちゃって元の状態に戻るらしいよー」


「へぇ、知らなかった。なるほど面白い」


 俺は袋に入った残りの固形物を取り出し、掌でじっくりと観察してみる。


 先程は気づかなかったが、圧縮のされ方が普通じゃなかった。重なり合った布と布の分かれ目が、見受けられない。

 完璧に圧縮されたその見た目は、ジャージ本来の紺色のせいで、お洒落な石鹸と間違えてもおかしくないだろう。

 袋にジャージと書いてなければ間違えていた自信がある。


「はいはい、それ見るのはお風呂入ってからにしなさい。さて、着替えも見つけた事だし! 今着てる制服洗っちゃおー」


 親が風呂に入らない子供からゲームを取り上げるかのように、圧縮されたジャージを奪われた。


「あ……」


 面白そうな物を見ている途中で不意に取り上げられ、俺は思わず名残惜しさを嘆いた声をこぼす。

 

 つられてジャージを持つ葉月さんの方に手を伸ばしかけて、我に帰る。

 ーーこれじゃあ、単に例えとして親と子供を使ったのに、本物みたいだ。それは不味いので、小さく咳払いして俺は仕切り直し続ける。


「んっ、よし、お言葉に甘えてお先にお風呂失礼します。ついでに制服も洗うけど、その後はどうしよう?」


 葉月さんだけじゃなく、篠原 紅里を含めた2人に頼ってみる。


 もし俺が王道の炎系能力者だったら、何の問題も無かったんだけど……。俺が手に入れた能力は憧れた両親の【保護】だ。それに後悔とかは無い。

 無いけど、炎とかって便利だよなくらいには思う。


 とにかく【保護】じゃ何とも洗濯は上手くいかない。でも2人なら、良い考えが浮かぶはずだ。覚える事か、護る事くらいしか能のない俺よりはよっぽど……。


「ーー私が何とかする。だから大丈夫だよ」


 俺の問い掛けに対し、先に口を開いたのは篠原 紅里だった。葉月さんとわちゃわちゃしてた間、眺めるだけで話さなかった彼女が、俺なんかに答えてくれた。それがちょっと嬉しい。


 折角答えてくれたんだから、友達が居なすぎて他人に頼るのに慣れてないけど、頑張って声に出そう。


「篠原 紅里……ありがとう。じゃあ、お願いします」


 少し大袈裟な言い草になってしまった。


 それよりも、彼女の名前をフルネームで言った事の方が2人……特に、葉月さんは気になったようで、弄り所を見つけた時の危ない目をしてる。早く逃げた方が身のためか。


 2人を残して、俺は逃げるように風呂場へ駆け込んだ。


 その際、忘れずに鞄の中から、圧縮されたタオルを取ってきた。


「本当に凄いな。【圧縮】の能力がかかって、綺麗な四角だ。そうか、あえて衝撃に耐える球体じゃないのか、一つ一つに消費する【圧縮】の力を少なくして、なおかつ誰でも、簡単にその限界を超える衝撃を与えられるように」


 ジャージの【圧縮】を解く時は葉月さんに任せてしまったので、まだ経験してない。段々とジャージに戻ってく光景を見て、実はやりたくなっていた所だ。


 手に持つ固形物(タオル)を、先程見た通りに、掌で力強く叩いた。すると、圧縮の限界を迎えたタオルはモコモコと大きくなっていく。


「うわ、そこはかとなくむず痒い」


 この後体を拭く物を地べたに落とすのもどうかと思い、暫しの痒さに耐えていると、想像より大きめのタオルになって変化が止まった。


 着替えよし、拭くものよし、じゃあ、風呂もとい水風呂へ入ろう。


 服を脱ぎ浴室に入ろうと、扉に手をかけたところで、忘れ事を思い出し一度止まる。


「その前に、体を【保護】するのを忘れずに」


 目を閉じ、心を落ち着かせ、自分の体の皮膚、その奥の神経に至る隅々までに、意識を向ける。

 俺の力で護りたいものを、護るべきものを選び取る。


 余りに繊細な作業に、体から汗が噴き出してるのが分かる。

 

「『俺はあらゆるものを護る防人さきもり』……」


 この難しい作業の補助として、今日手にしたばかりの技術を用いる。

 勝手に名付けるなら『詠唱(仮)』とでもしておこうか、酷い厨二病感が滲み出てそうだが……こういう性癖だ、仕方ない。


 ”想い”のこもった『詠唱(仮)』によって、岩を覆った時同様に【保護】する感覚が鋭くなっていく。そして、冷たさを感じる神経を【保護】し、風邪をひいてしまわぬよう、汚れた肌のすぐ内側も【保護】した。


 これなら水風呂にも問題なく入れるはずだ。

 

 土だらけの制服を手に持ち、改めて浴室に入り、置いてあった石鹸とシャンプーを拝借して体を洗う。その後、同じ石鹸で制服を念入りに洗った。


 一通りの作業が済み、ようやく湯船に入ることが出来る。神経を【保護】してるものの、その実冷たい水でしかないので、恐る恐る足からゆっくりと浸かってみる。

 

「冷たくないけど暖かくもない。でも水の感覚はある」


 問題なく全身浸かる事が出来た。一先ず、水風呂の対策としては上々だろう。

 繊細過ぎて戦闘には役立たないが、自作のバリケードに囲まれた安全な小屋だから出来る事だな。


 だが、暖まりもしない風呂に態々入る必要はあったのだろうかと、唐突に我に帰る。

 別に浸かる事自体が気持ちいいから、気にしないでいいか……。


 暫く温度感覚のない風呂を堪能し、浮かんだ毛を念入りに掬っては捨てるを繰り返す。この後、女子2人が入る予定なので、可能な限り綺麗にしてから風呂を出た。



 

「お先に失礼しました。2人も風呂に入るなら直ぐにでも【保護】するから言ってくれ」


「その前に制服貸して。私の能力……使うから」

 

 出る時に布が痛まない程度に水気を切った制服を、言われるままに、篠原 紅里へと手渡す。


「お願いします」


 頼ると決めたはいいが、彼女の能力は【電気】と聞いている。

 湧き出る好奇心から、その方法を見極めたいと思ってしまい、ついじっと見つめていた。


 どこか決まりが悪そうに、篠原 紅里が身じろぐ。そして俺に背を向け、濡れた制服がその背中に隠された。これでは肝心の部分を見る事が出来ないじゃないか。


 ーーパシンッ!


 突如として、背後から平手が俺の頭部へと叩き落とされた。鳴り響く音は、いっそ清々しいくらいに綺麗で、一瞬で小屋中に行き渡る。その後の僅かに残る余韻に至るまで、全てが綺麗だった。


 人間を叩いてこの音を鳴らせるのはハリセンくらいだろうと、俺の頭を素手で叩いた犯人に賞賛を送ろう、素晴らしい。

 さらに、言葉でもそれを伝えようと振り向くと、蔑んだ目で俺を見下ろす葉月さんが居た。


 これから発する言葉には、細心の注意を払わなければならない。そう思わせるだけの雰囲気が、彼女から滲み出ている。


「葉月さん、ごめんなさーー」

「ちがいますー! 謝るのはあたしにじゃなくて、紅里ちゃんにでしょうがぁ。 御盾君がジロジロ見続けるから恥ずかしがってるのよ、そんな事も気づかないなんて、さいてー。一般人未満!」


 謝り終わる前に、考えを正された。


 ーーその際、頭部をもう1度叩かれたのは当然の事だろう。深く考えもせず、取り敢えず謝っておこうと思った俺が悪い。

 にしたって「一般人未満」って酷すぎやしないか。確かにコミュ力はゴミクズ、友達も少ない、人の不幸を面白がる性格の悪さ……ひょっとして間違ってないのでは? 

 と彼女の言った悪口に、言い得て妙だなと感心せざるを得なかった。


 俺が一般人未満である事も受け入れつつ反省して、次は相手を間違えずに謝ろうと


「えー、篠原 紅里さん。人によってはデリケートな部分かもしれない能力を、ジロジロと観察しようとして、すみませんでした。以後、ほんと気を付けます」


「ううん、私が……いけないの。みんなと頑張るって決めたのに、能力を使うのを……怖がってる」


 怖いのだと彼女は言う。

 無理もない。転校してきてまだ数日しか経っていないのに、俺達は彼女を試験という場に挑ませた。


 内心では、どう思っているかなど短い付き合いでは図れるはずもない。


 制服の件だって、さして仲の良い関係でない男を助けるのは、勇気のいる行動だったはずだ。


 ーーそれを、他でもない、俺が分からないでどうする。

 だからこそ、葉月さんの言葉は、俺の醜態を見事に言い当てていたーー最低、本当に最低だ……。


 人との関わり合いが苦手な俺が……彼女の話す勇気や、助ける勇気を理解しなかった。

 その勇気の重さを知っているはずなのに……。

 

 この重さを理解出来ない人もいるだろう、でも俺にとっちゃ重いものなのだ。悪気が無かったとは言え、簡単に許されるべきじゃない。


 これは、もはや謝罪だけじゃ足りないな。俺が俺を許せない。

 だから、俺は篠原 紅里を護ろう。それが、せめてもの償いになれば良いなと思う。


 この気持ちを拙いながらに、彼女に打ち明ける。それさえも償いであると決めつけて。


「ーーごめん、俺も本当は怖い。実は去年の試験、仮病で見学してるんだ。友達居なくてチーム分けで孤立しそうだったから。だからさ、大勢の前で、大っぴらに能力を見せびらかした事は1度も無くて……それでも頑張ろうと決めてここにいる。貴女の思ってる事、少しだけど分かる。ってのに悪いことをした。そのお詫びと言っちゃなんだが、俺は貴女を護るよ」


 自分で言ってて、気持ち悪い結論だと思う。だというのに、俺の言葉を受けた彼女の目には、ほんの僅かに涙が溜まっていた。


 気付かないうちに、もっと傷つけたんじゃないかと、俺は慌てて追加の謝罪をする。


「変な事言ってごめん。嫌なところあったら教えてくれ、今すぐ訂正するから……」

 

「ーーそんなんじゃないの、ちょっと目にゴミが。あはは……大丈夫、御盾君がさ、真剣に向き合ってくれてるのは分かったから。ありがと」

 

 良かった、女子を泣かしたわけではなかったらしい。目にゴミが、というありがちな誤魔化し方法である点に目を瞑ればだけれど。


 一安心した俺は、その場に座り込む。あの長台詞に加え、女子を泣かせたかもしれないという焦りからの解放。

 それらが相まって、今日の疲れがどっと体を襲ったからだろう。


「それは、良かった……」


 その安心は当然口からこぼれ出る。


「どこか具合悪いの? だ、大丈夫?」


「孤崎君と戦ったって言ってたし、実際疲れてたんでしょ? 隠さず言えばいいのに。ほんとバカね」


 心配してくれる声も、呆れる声も、妙に心地が良い。その言葉の裏に、俺への優しさや理解が含まれていてる感じがするから。


 感慨深くて、つい胸に仕舞い込んでいると、さらに嬉しい事が起こった。


「橙火ちゃん、御盾君。見てて……これが私の能力【電気】。その一端……『電極分離』、『送電』、『分解』」


 これまで彼女が能力を使う場面を、見た事が無かったわけじゃない。バリケード作成時に1度見て、この言葉を用いる技術から『詠唱』のヒントを得た。


 けれど、あの時はここまではっきりと言葉を口にしていなかった。あくまで癖のように、最低でも自分にさえ聞こえればいい。そんな声だった。


 その彼女が勇気を出して、能力を使う姿を見せて、聞かせてくれている。


 ーーそして、その手に巻き起こされた現象は、圧巻だった。

 可視化できるほどに出力された、荒れ狂う【電気】。

 それが彼女による繊細な調節により、ゆっくりとだか、2本の電流に分かれた。


 分かれた電流は、もう片方の手に持つ制服へ放たれ、雷光が紺色の布を駆け巡る。すると、洗って濡れていた制服の水気が一瞬で吹き飛び、役目を終えた電流もすぐさま霧散した。


 一部始終を見て、俺は声が出せなかった。『分解』という言葉から仕組みはなんとなく、水の電気分解に近いのだと分かる。

 分かるが、自らの【電気】を陰と陽に分け、それを付着した水にだけ流す……、その技術は凄まじいものだ。

 

 俺はある種尊敬の眼差しで彼女を見上げてしまう。


 一方、いつの間にか隣に座って、篠原 紅里が能力を使う様を俺と一緒になって見ていた葉月さんは、きらきらと目を輝かせていた。

 ってか近すぎる、あまりに近いととドキドキするからやめてくれ……


 そんな俺の気も知らずに、葉月さんは身を乗り出し、彼女の持つ制服へと手を伸ばす。


「すごい! よくわかんないけど、すごいよ紅里ちゃん! びしょびしょだった制服が、ちっとも濡れてない。ううん、それより、【電気】の能力……すっごく綺麗だったよ」


 葉月さんは、篠原 紅里の能力をひたすら褒めちぎる。

 あの繊細な能力の使用、強力な電気を目にしても、そこに畏怖や嫉妬という感情が生まれることは、葉月さんには無かったようだ。


「前の学校で、この能力を怖がる人もいたから、ほんとに嬉しい。ーー橙火ちゃん……ありがと」


「私こそ、どういたしまて。はい、ほら御盾君も礼!」


 「礼」。普段から耳にする機会の多い言葉ーーうちの学校では毎授業、教師に対して「起立、気をつけ、礼」を始まりと終わりに行なっているーーに思わず体が反応した。


 いつも真面目にしてる事が裏目に出る……。


 この礼でお辞儀をするので、自然座ったままの俺は頭を床につける態勢となる。急だったので、肝心のお礼の言葉はまだ考えておらず、その状態で暫し固まった。


「えー、制服乾かしてくれて、ありがとうございます。おかげで頑張れるよ。それと、貴女の能力には洗練された美しさがあった、見習いたいくらいに素晴らしいな」


 俺は頭を上げ、慣れない笑顔を用いて言う。


「御盾君も、ありがと」


 立ったままの篠原 紅里を、俺が見上げている状態なのだが……、この角度は、ちょっと、新鮮すぎて、可愛いと思います。


 じゃあ俺も能力を使ってやらないと。彼女だけ見せびらかして終わりじゃなんだし、元々【保護】しない事には水風呂に入らないし。


「さて。葉月さんに篠原 紅里、俺の能力、【保護】も見せよう。ささ、俺の手に触れてください」


 両手を片方ずつ2人に向ける。2人は信頼しきった顔でその手を、差し出された俺の手に乗せた。

 これで能力を使う準備が整った。


「その前に、今から言う言葉には、たとえダサいと感じても気にしないように。『俺はあらゆるものを護る防人』」


 触れる手から、【保護】を薄く堅く伸ばす。その過程で、先程自分に施した時の感覚を想起して、さらに精度を上げていく。

 念入りに”想い”を継ぎ足す。それは、2人が冷たい水を浴びる事で風邪をひき、万全の状態で試験に臨めないことから護りたいという強い意志。

 

 そして、ここに冷たさを感じずに体の汚れは洗い流せる奇怪な【保護】が完成する。


 使い道が限定される代物だが、いつかまた役立つ時もくるだろう。まだまだ人生は長いので、機会はある。

 というか、2人とも厨二感溢れて痛々しい『詠唱(仮)』を聞いても、その表情は変わってなかった。笑われたり気持ち悪がられたりされる気配はない。

 いいんだけれど、それはそれで拍子抜けではある……いやまぁ、Mじゃないですよ? 決して求めてるわけじゃないですよ。


 とりあえず【保護】を施す作業が終わったので、手を触れたままの2人に終了を伝えよう。というか、いつ手汗が出てきてもおかしくない、早くしよう。


「これでおーけー、もしも水が冷たかったりしたら呼んでくれ、目隠しして向かうから」

 

 俺は至って普通の事を言ったつもりだった。風呂に入れば裸なのだから、それを気遣った振る舞いをするべきだと思った。

 だが、それを聞いた葉月さんが一瞬の戸惑いの後、泣く素振りをしだすんだから、もうどうすればよかったのか正解がわからない。


「ーーぐすっ、あの御盾君が……、女の子を気遣えるようになって……えらい、えらい。ふふ、よし、紅里ちゃん! お風呂一緒に入ろ〜。で、そのあと作戦会議ね、御盾君はあたしたちがお風呂出てくるまでに何か考えといてねー、よろしく」


 まったくこの人は……すぐけろっとした顔しやがって、嘘泣きじゃねぇかよ。

 そこまで感動する事か? 葉月さんは俺をなんだと思ってんだ。そこまで人以下じゃないからな。


 心の中での抗議は、そのまま心の中だけで留めて、適当に思考の海へ流す。


 不満を募らせていた間、葉月さんは、篠原 紅里の腕に自らの腕を絡ませて身を寄せた。

 突然の事ではあったが満更でもないのか、篠原 紅里は抵抗せず、そのまま2人して浴室へと消えていった。


 ーーそして静かになった部屋に俺1人。

 

 出会って数日で、裸のお付き合いに持ってくとは末恐ろしい……。

 流石、ぼっちの俺と関わろうとしてから、それが半年以上も続けられてるだけあって、距離の縮め方というか関係性の作り方が上手いな。


 つられて葉月さんと出会った日の事を思い出す。それが今の関係とはかけ離れ過ぎて、懐かしい。


 少し昔を回想し恥ずかしくなりながら、俺は立ち上がり、風呂から1番遠い位置に腰をおろす。


 なぜなら、離れなければ、聞こえてはいけない音や話が入ってしまうかもしれないからである。

 例えば着替える際の布のこすれる音だけでもまずい。


 あと何日このチームで過ごすと思ってるんだ、この初日でやらかしたら地獄だ。彼女らにゴミを見るような目をされたら俺の心が死ぬ。

 こればっかりは、威力が強すぎて【保護】しきれる気がしない。


 さて、念には念を入れて目を瞑り視界を遮ったあと、言われ通り第1試験「かくれんぼ」について考えを巡らせておこう。



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