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良し悪しの色とりどり  作者: 黒檸檬
一章 能ある鷹は爪を隠す
15/18

15. 俺なりの詠唱、邪魔をする虎


 さて、念願の1人きりとなったところで、俺も【岩石鎧】の有岡先生を探すとしますか。


 本試験のチームメイトである2人の女子とは別行動を取り、俺は1人森の奥へと足を進めていた。その身には、持参したウエストポーチと、学校が用意した鞄を持っている。拠点に置いたままにして、置き引きにでもあったら大変だからな。勿論、2人分の食料は渡しましたよ。

 それでも残る多少の重さと、動きにくさは我慢するしかない。


 圏外と表示されている……この場においてガラクタ同然のスマホを開き、今どきっぽくこいつで時間を確認する。電波が無ければ、それくらいしか機能しない。

 で、現在の時刻はおおよそ11時。

 整備が行き届いていないのか、見渡してみると、様々な木々が乱立している。このまま、枝葉が日差しを完全に遮ってしまう時間まで、あまり余裕はない。

 暗くなってしまえば、俺の能力……【保護】では明るさを生み出せなければ、索敵の機能もない。出来るのは触れたものを護る事のみ。


 ならばと、この試験につき、学校から支給された鞄を漁ってみたが電灯類は入ってなかった。スマホにライトはあるが、いかんせん小さい。


 はぁ、一体何を考えてるんだか、日を跨ぐ試験ならそれぐらい用意してくれたっていいだろ、どんだけ金が無いんだ、うちの学校は……。


 このような不満を垂れ流さず、心の中に留めて歩いていると、それっぽい大きな岩をこの目に捉えた。

 もしやという期待半分、どうせ違うという気持ち半分といった心持ちであるが、調べるに越したことはない。


 岩の目の前まで辿り着き、見上げる。遠くからは気づかなかったが、こりゃ大きい。

 その一部を土に埋めているというのに、地上に出ている分だけで、俺の背丈を優に超えていた。

 そして、整備が行き届いてない平坦な場所だから、危険は無いのか、この岩を片付ける気が無い事を、へばりついた苔が物語っている。


 その岩に俺は手を伸ばして、右の手で触れる。苔で覆われているけど、手が汚れる心配は無い。既に岩に触れる手には【保護】が行き渡っている。

 

 保護をしてはいるが、触れている感触は存在している。けれど、湿った苔の冷たさや、土の汚れといった害は伝わってこない。


 では、こんな能力で、この岩が先生かどうかを見極められるのか、と問われたら、答えは可能だ。

 触れた瞬間に能力が発動するのだが、その過程で対象を俺の【保護】が覆う感覚が脳内に送られる。

 正確に処理し切れていない為、感覚的にだが……護るものの形が、分かるには分かる。


 ここでの問題は、有岡先生の【岩石鎧】がその名の通り、身体に岩を纏っていくものであること。普段使いの覆うような【保護】では、その内部までは確かめられない点だ。

 ならば、違う【保護】を使うしかない。戦闘時用のを応用した使い方だ、初めて使うが想像では上手くいってる。なるようになるさ。

 

 先ずはこの岩を【保護】で覆う。そして、水を浸透させるようなイメージで【保護】を中心に向かって、薄く広げていく。

 目的は対象の観測。だから堅牢さはおざなりに。


 少しずつ、保護している部分が広がっていくのが分かる。

 しかし、その速度が余りに遅い。堅牢さを無視して、速度と範囲を重視しているにも関わらずだ。

 というより、それが原因か。

 俺の【保護】はあの人を護る為のもの。それでも俺や他人を護る事は、あの人を護る事にも繋がっているからか、普通の使い方なら【保護】は力強く働いてくれる。


 けど、岩の正体を暴く使い方は、どう頑張っても護る事に繋がらない。堅牢さを強めていたら、いつもみたく分かるだろう。しかし、これ1つ確かめただけで、日が暮れてしまう。

 

「ーーくそ」

 

 若干の焦りもあって、他の方法は思いつきそうにない。焦りは良くない。常に余裕を持って優雅には無理でも、冷静さぐらいは保て御盾みたて 灰十はいと


 手を岩につけたまま、目を閉じ集中する。


 考えろ。俺は、大火災から町を守った両親の【保護】を見た、白く秀麗な古色を見た、ある男の必殺技を見た、篠原しのはら紅里あかりの能力の使い方を見た……。


 篠原 紅里のように言葉を使って”想い”を示す使い方なら可能なのか? 

 どうせ、記憶することしか能のない頭だ。新しいやり方を思いつく才能は持ち合わせていない。

 だから、誰かのやり方を真似てみるしかない。


「ーー保護!」


 もう一度、次は自分の能力名を言いながら岩の奥まで、【保護】を届かせようと試みるーーけれど失敗。


 何かが足りない。

 自分で言い放ったその言葉からは、それほど重みを感じなかった。


 足りない……それが能力に関わる話なら、間違いなく”想い”しかない。古色の関係者たる長が言ってたんだ、間違いないはずだ。

 確かに、自分の能力名を叫んだところで、それが何だという話だ。

 それくらい、何度か心の中で唱えたことがある。それで能力が強まった経験は無い。


 なら、どうしろと…………

 

 目を閉じたまま、必死に記憶を探っていく中、1つ思い当たるものがあった。


 それは、一時期ハマっていた異世界小説。


 所謂ラノベと呼ばれるものの一作であるそれは、異世界召喚された主人公が、願いを叶える為、100層にわたる迷宮を攻略する話だった。


 この能力溢れるご時世でも、別の世界へ渡る能力は発見されておらず、その技術も存在しない。

 だから現実とは掛け離れた世界を感じられるラノベは一定数存在している。

 中学の頃、病気がちだった(唯一の)友達にこの沼へと引き摺り込まれた結果、俺も暇さえあれば読み耽けるようになった。

 

 ーーあぁ確かに、そこにも俺の憧れはあったんだ。


 大火災で全てを守った両親えいゆうに、憧れを抱いたのは確か。

 数々の試練を乗り越え異世界を救い、ヒロインと結ばれる。そんな物語の英雄に憧れを抱いたのも確か。


 ーーあの、過去も未来も支配するような最強の魔法を。

 ーーあの、自らの人生を言い表すような最高の詠唱を。


 俺も“想い”のままに、かっこいいと思う言葉を紡ぎ、恥も外聞もかなぐり捨てて叫んでもいいのか。


 物語の英雄にしか許されない、魔法の詠唱みたいな代物を、現実世界で生きる俺ごときが叫んでもいいのか。


 あぁ、心が躍る。

 もう今年で高2。そろそろ、大人になってかなきゃいけない年頃だが、未だ胸に残る英雄への憧れが、子供っぽさのままに言葉を産み出していく。


「ーー『俺はあらゆるものを護る防人さきもり』!!」


 誰かに聞かれる恐怖や恥ずかしさを、彼方へと置きざりにして、柄にも無く叫んでいた。出てきた言葉は、単純なもの。

 次代の【白】と期待されている雪白ゆきしろ 唯依いよりが、今後守らなくてはならない世界全てを、俺も護るという誓い。

 これなら、眼前の岩でさえも護る対象になり得るだろう。


 そして、”想い”は再びここに確定し、能力は真価を発揮する。

 

 自らの感覚だけで岩の中心へ【保護】しようとしていたエネルギーが獲得した指向性であり、護る理由。

 それが、俺の能力を効率化させる。先程の比じゃない程に素早く、それでいて堅牢を併せ持つ薄い保護が、岩全体を覆う。

 

「で、出来た! これが新しい【保護】……」


 中学時代のある日、想い人を助けた時から俺の能力は成長を続けていたものの、ここ最近は伸び悩んでいた。だからこそ嬉しい、これでもっと雪白 唯依を護れる。


「うーん、でもな、この言い回し何処かで聞いた気がしなくもない……」


 さっき思い出していた中には無かった。それに格式ばった白守流護衛術とは違うしな…………あ、あー、あれだ、大怪我して病院で目覚めた時だ。

 事態把握の為、おさが俺に能力を使う際言ってたものと似てる。確か……『私は貴方を把握する』だったな。なんだそれ凄い格好いい。

 もしかして、長も同じ病気を患っているのかもしれない……

 そんなわけないですよね、心の中で謝罪しときます……。


 ん? だとすると、これって頗る不味いんじゃ。あろう事か1番最初に手本を見せて貰ってるってのに、2年半も遅れて気づいたと知れたら、どんな仕打ちが待ってるか想像に難くない。


 次の稽古で長と顔を合わせたら謝ろう、と森の奥で1人、決意をしたのだった。


 いやまて、本題はそれじゃない。

 今触れている岩が先生かどうかを確かめる為に、能力を使ってたはず。だと言うのに、こんなにも話が逸れている。

 他チームから襲撃される可能性だってあるのに、随分と呑気な様だな、さっさと集中しろってんだと、自分に言い聞かせる。


 さて本題だが、岩を【保護】した感じ人が入ってる感覚は無かった。目の前の岩は至って普通の岩である。つまりハズレ。こんだけかっこつけてハズレは少し恥ずかしい……。

 もし誰かが見ていたら、今日1日の記憶を飛ばすくらい倒す。


 頭が少々冷静になり始めて、理性がさっきの言動を恥ずかしいと思わせてくる。顔が火照って熱い、俺はただの岩に触れていた手を顔に持ってきて冷ます。

 そして深呼吸。ただでさえ新しい【保護】を身につけるのに手間取ってしまったのに、まだ1つしか岩を探せてない。これでは、女子お二方に顔向けできないな。


「あー、なんだおまえ、おい。どーして匂わねぇんだぁ、音も姿もあるのに何の香りもしねぇもんだから、気になって来ちまった。

 はっはっはっ、不思議そうな顔すんじゃねぇよてめぇ、あー! そーだよな、おれもおまえも知らん顔どうしじゃねぇか!! なぁら仕方ねぇ、おれの名前は孤崎こざき あきらだ、よろしくなぁ」


 あからさまに苦手なのがきた。隠キャと絡ませちゃいけない陽キャラの極みを体現したかのような男が、茂みから颯爽と現れて、怒濤の勢いで話しかけてきている。

 平均的な俺の背丈より少し低いくらいで、横を刈り上げた短いモヒカン姿。顔の所々にかすり傷があり森を走り抜けていた事が察せられる。


 ……なんて生き難い人生だか。

 腹を貫いてきた根岸や、先日目をつけられてしまった破壊の男……そして今、目の前にいるこいつ然り、なんでこうも癖のある連中とばかり遭遇してしまうのだろう。

 

 今回はどんな奴だ? と外見だけでなく、記憶を通してちゃんと相手と向き合う。

 まずは顔。去年も今年もクラスでは見たことないが、これだけ明るければ違う所で見たことはある。


 ーーあれは入学式の時、俺は挙動不審になりながら周りをキョロキョロしていたら、先生に髪色を注意されてるこいつを見かけた。


 最初はこの学校に、こんなやばい奴が居るのかと落胆したものだが、その全体的にオレンジを基調とした髪色に、日本人質の黒髪が混じったそれが、能力を原因とするものなら仕方ない。

 陽キャが苦手な俺であるが、能力が原因のものまで差別する意識は持ち合わせていないしな。

 ま、能力を改めて確認してもいいが、取り敢えず会話を試みよう。それと、匂いに関して心当たりもあるしな。


「ーー名前は御盾 灰十。匂いがしないのは俺の能力が原因だと思うが、詳しくは秘密だな」

 

「おう! みたて、御盾かぁ、かっけぇ苗字だな! おれもそんぐらいかっけぇ名前だったらなぁ、特に虎が入ってたら最高だってのに、あいにく狐なんだよ。

 へぇ、匂いを消せる能力なのか! すっげぇぜ、こっちの得意を大体、半分くらい削られちまってる、相性悪りー。でよ、どーする? 目と目が合えばもちろんバトルだよな!」


 こっちが1喋れば、2倍ぐらいで返ってくる。これが陽キャラの能力なんだな、超強い。

 あと聞き捨てならない言葉があったな? おい、目と目が合えばってトレーナーじゃあるまいし……。


「答えねぇのは了解って事だよな、よっしゃ! いくぜ!!」


「ーーマジですか……」

 

 御盾灰十は、にげられなかった。


「おらおら! 部分獣化『虎足とらあし』そんで、部分獣化『虎爪とらづめ』!!」


 避けられない戦いに仕方なく身構えようと、持っていた鞄を投げ捨てると同時に、全身へ【保護】を行き渡らす。直前に能力への理解を深めていたお陰なのか、過去最高の速さだったと自分でも思う。


 だが、それ以上に相手は速かった。

 能力が全身を覆いきる前に、虎の爪が目と鼻の先にある。避けようにも、既に間に合わない距離。


 ならばと、俺は能力に頼るのをやめた。何も【保護】だけが取り柄の男では無い、俺にはもう1つ持っているものがあるのだ、それを使わない道理はない。

 

 【白】に認められ、過酷な修練に耐えた者にのみ扱える技。

 

白守しろもり流護衛術、『堅雪かたゆき』」

 

 ーー降り積もる雪は日差しに溶かされる事なく夜を迎え、日の没した夜の酷寒に凍りつく。

 そして夜が明ける頃、降り積もり地を覆った雪は、人知れず不壊の硬さを得たーー


 但し条件がある。それは使用者の両足が地面についていること。

 でなくては降り積もった雪を模すことが出来ず、身体は人の硬さのまま変わらない。


 今、俺の両足は地面についたまま。技は正常に働いて、繰り出される攻撃を弾き返した。


 【保護】と被っているように思えるこの技は、いざ能力が間に合わなかったり、使えない時の奥の手だ。

 だから日々の練習を欠かしていない。目の前にいる普通の学生が破れる程、柔なものじゃない。


「ぐがぁ!! おれの爪が割れた……どんだけかてぇんだ、おまえの身体は!? てーとあれか、硬くなるのが能力か! ん? じゃあ匂いはどーしてんだよ!?」


 凍りついた雪の前では虎の爪であろうと無力。鋭く尖った爪は俺の喉元目掛けて貫こうとしていたが白守流護衛術に弾かれて、結果傷を負ったのは爪を割られた彼だけで、こっちは無傷だ。


 それと答えの方は少々外れだが、能力自体今やった『堅雪』と似たようなものだから当たりとも言えるか。混乱してる様が笑えるので黙っておこう。


 ーーさておき俺が【保護】の能力者なら、目の前にいる孤崎は【獣化(虎)】の能力者である。


 獣化してからの動きが速すぎて目で追えなかったが、『堅雪』で手を痛め、立ち止まった今の彼を見ればその変化がありありと現れている。

 肘から先と膝から下が人では無くなり、不格好に人のものより一回り大きな虎の手足が付いている。

 

 あの足が素早さの正体であり、あの腕は喉を突き刺そうとした爪の正体だ。

 

 だが、あれは言うならば序の口。【獣化】の恐ろしさは、その全身を獣に変え、人を捨てることだ。

 そうなれば、今の俺じゃ確実に負ける。どうにかそれまでに決着をつけたいが。

 それか、彼が部分獣化までしか出来ない事を祈るか……はっ、そりゃ楽観的すぎるか。

 

「お前の想像に任せる。じゃあ、次はこっちからいかせてもらうか、早めに済ませて先生を探さないといけないんでな!」


「そっかー、言わねぇか……それもそうだな! さぁきやがれ、おれの攻撃はおまえの防御を超えられなかったが、おまえこそ、おれの毛皮の防御を超えられるかぁ!! 部分獣化!『虎皮とらかわ』ぁ!!」


 後ろを向いたと思えば、次に変化を始めたのは彼の背中であった。着ていた制服を飲み込みながら、虎の毛が背中全体を覆う。

 元々の色も含め、腕や足にかけても虎色と化した姿だけ見れば、獣人を思わせる。

 

 少し昔話をすると、【獣化】の能力にはデメリットがあった。

 【獣化】を始めとする変化系の能力を使い過ぎると副作用で人に戻りにくくなる。

 それでも辞めずに使い続けた者の肉体が、完全に人に戻れなくなり、そのまま獣人と呼ばれるようになった例が過去に存在している。


 彼らは人でも獣でもない中途半端な存在であったが、その力は獣のものだった。

 能力を使わずとも、力を振りかざせる感覚に溺れ、はたまた憧れ、獣人となる能力者が後を絶たなかったが、あるデメリットが見つかる。

 ーーそれは寿命。獣に近づきすぎた彼らの命は、人と比べてあまりにも短いものだったと言う。

 以後、獣人となる者は減り続け、今では異端とされ、基本的に使い過ぎは禁止されている。


 まぁ、今の医療なら戻せなくも無い気はするが。


 纏めると、獣人は強いって事である。

 そして、こいつの髪色は人に戻れていない部分。

 つまり孤崎 輝は獣人に片足を突っ込んでいる。


 彼を思えば獣化をすぐに止めるべきなのだろうが、生憎そこまでの仲じゃない。が、この戦いで戻れなくなられても、少し寝覚が悪い。なら長期戦は避けるべきであり、護ってばかりじゃいられない。


「さてと、おさには遠く及ばないが……白守流護衛術、『驟雪しゅうせつ』」

 

 ーーそれは、雪でありながら、にわか雨を思わせる。ある地点、ほんの一部の地域に局所的に降り落ちる、恐ろしい大雪を冠した一撃ーー


 走り出しながら技を使い、彼に近づく。俺の拳の射程圏内に入ったと同時に『驟雪』をその背中に叩き込んだ。


 言った通り、長には及ばないものの、同級生ぐらいならば確実に戦闘不能に持っていける威力がある。

 

 なのに、彼に直撃した筈の手に伝わってきた感触は、あまり良いものではない。何かに阻まれて、内側まで力が届いていない感覚。

 いや、それだけじゃ無い、力が吸収されてダメージが身体の外側にすら通っていない。


 感触からして虎の毛は問題なく越えられている。

 そこで部分獣化の際、言っていた言葉を思い出す、彼は確か、虎の皮と言った。それは断じて虎の毛では無い。

 

「なるほどな、毛ではなく脂肪による防御。その様子だと俺の打撃は効いていない。はぁ、強いなお前。本当に厄介な奴に絡まれた……」


 接近した状態では、反撃を食らいかねないので、考察を時間稼ぎとするべく話しながら、後退する。


 心底呆れながら考察を口にして後退する俺を見て、気分を良くしたのか彼は得意げにネタバラシを始めた。


「お、分かるか! 【獣化】で分厚くなった肉は、おまえの能力にも引けを取らない頑丈さだろ! へっへっ、最強の速さに、最強の力、でもって最強の硬さときた。どーだ、これが獣の強さよ! そのまま下がって、もっと強くなってから出直してこいってんだ!!」


 考察が正解であったことに喜ぶも、こいつをどうしたものか。一撃で仕留めようなんて考えていたさっきの自分を殴りたい。

 そもそも烏滸がましいにも程がある。何が同級生なら余裕だ、俺の能力は攻撃向きじゃない癖に、何を思い上がっていやがった。

 イベント事だからって浮かれて、舞い上がって、これじゃ葉月さんとの約束を果たせるはずがない、それに俺の目的も……。


 さぁ心を入れ替えろ。ここからは俺らしく戦え。

 

 それを表情に出した覚えはないが、俺が何らかの決意をしたことには気づいたらしい。孤崎は今日一の笑みを浮かべ、自らの心の内を語る。

 にしても、こいつの表情はとても分かりやすい。見てるこっちが気持ち良いぐらい、楽しそうな顔だった。


「ああん? どうしたぁ? 超かっけぇ顔になってんじゃねぇか。ははっ、これだよ、これ、自分も敵もバトル中に強くなる。これだからバトルは楽しいんだ。んで、やめられねぇ……こっからは全力だ、出し惜しみなんてしねぇし、させねぇ! 本気と本気のぶつかり合い、おれがこの試験でやりてぇのはそれだけだぁあ゛ぁぁ!! 全身獣化ァ、『虎』!!!」


 両手を地につけ咆える。既に虎と化していた腕と足から変化が拡がって、彼の全身を虎の毛が覆い、遂に人の顔は失われた。目は獲物を索敵し逃さない鋭い眼に変わり、大きく開いた口からは獲物を殺し、食い尽くす為の牙が生えている。


 そして、人に存在しない筈の耳と尻尾まで生え、これで形が整ったかと思えば、そこから一回り程、体が巨大化。元々の彼からは想像できないほど、大きな四足獣が目の前に現れた。

 

 部分獣化はお遊びだったとでも思わせるような姿に、恐怖しながらも思わず口元が緩む。

 いつしか、この戦いに対して、俺の心も楽しいと感じ始めていて。だから、そう、少し場酔いでもしてたのだろう、こんな状況のせいで、普段より饒舌に言葉が出てきた。


「俺の心変わりを見抜いて……これが野生の勘てやつか。はぁ、【獣化】されたお前に、俺の勝つ目があるか知らんが、この展開は悪くないーー俺ってやつは自分で思ってるより単純なんだろうな、他人の影響を受けやすい……認めたくないが楽しいよ。

 だから、こっちも本気だ。【保護】と護衛術、どっちも惜しみなく使ってやるさ。ーー白守流護衛術、『雪垂ゆきしずり』……」


 ーー森に雪が降る。いつまで経っても止むことはなく、次第に木々は白一色に染まっていった。

 木の枝にのし掛かる雪は、冬の枯れ木に雪化粧を施して、重みの限界が訪れるまで共に景色を彩る。

 けれど、この景色は続かない。風に煽られた雪は枝と別れ地に落ち、雪の絨毯にぽっかりと穴を開けるーー

 

「ーーーーーーーーがるぁ!!!!」


 当然、喉さえも虎となった孤崎は人語を発する事は出来ない。向かい合う俺の耳に飛び込んでくるのは、正真正銘、獣の咆哮。

 鳴り響き終わった瞬間、地面が爆ぜた音に襲われる。既にその音がした場所に虎はおらず、この目が捉えたのは、人を咬み殺そうと大きく口を開き、牙を剥く獣。


 その口の大きさは俺の胴体を千切れるぐらいに大きい。けど心配はいらない、『堅雪』を使わずとも俺の身体は【保護】されている。


 虎の牙は腹部に咬みつこうと狙いを定めた。それを一切抗わずに受け入れる。先程の護衛術の効果はまだ発動せず、頼れるのは俺の能力のみ。今の【保護】を上回る力を彼が持っていた場合、俺の腹には穴が開き死に至る……。

 ーー能力は”想い”の強さ、猛獣の牙さえも防げなければ、絶対にあの人を護れない……


「ーーーーがるう?」


 己の牙が一向に肉を貫く感触を得ない事を怪訝に思い、咬みついたまま疑問符を浮かべる。

 流石は猛獣だ。疑問に思いながらも俺の体を離そうとしない。けれどそれは致命的なミスだ。

 それだと『雪垂』の格好の的となってしまうのだから。

 

「痛くないけど本来のダメージ量は相当なもの。お前の攻撃が強ければ強いほど、枝に積もっていた雪は盛大に落ちる」

 

「ーーーーぐがあ?」


 人語は喋れずとも、理解は出来ているのか、虎はもう一度疑問符を浮かべた。

 

 その疑問の答えを、お前の体に叩き込んでやる。


 視線を落とし、自らの身体の状態を確認する。

 ーー腹部を咬みつかれているが、利き手の自由は奪われていない。

 動かせる部位、それで捉えられる射程内に相手がいる事を確かめ、俺は拳を虎の横腹目掛けて繰り出した。

 だが、この体勢……腰も入っていなければ、十分な速度も出ていない、これじゃ攻撃の威力など高が知れている。

 

「ーーーーーーーーっ!!」


 だと言うのに、それをくらった虎は苦悶の叫びを上げる。

 野生の勘とやらも機能していないのだろうか。その顔から未だ疑問は消えておらず、答えに辿り着けていない。


 『雪垂』は言わばカウンター技だ。相手の攻撃に比例して反撃の威力が増していく。

 ここで重要なのは自分自身がくらったダメージではなく、相手の放った攻撃の威力そのものに比例している事。

 この白守流護衛術を使うのが他の誰かなら、その点は気にもならなかっただろう。(まぁ、『堅雪』と『雪垂』を同時使用出来る手練れなら別だが、それは置いておく)

 

 だが、俺の能力は【保護】。あらゆる害悪を退ける防御を得意とする。

 即ち、自分が傷を負わずとも、この反撃の威力は増加していく。


 これが俺の戦い方。ちょっと姑息な防御主体の立ち回りこそが、今出来る能力と護衛術の融合ってところだ。


 何も知らない虎は、依然として咬みついたまま。それじゃ反撃の威力が増す一方だ。


 もう一度、虎の横腹に拳を叩き込む。次は出来る限りの速度を出して。


 理由は身体に纏った【保護】が頑丈だから大丈夫だと、いつまでも安心してもいられないからだ。

 使用者の技量を著しく上回る力で攻撃されると破る事は可能。また、潜在的ダメージを蓄積し続ける事でも破る事は可能。

 あらゆる害悪を防ぐと銘打ちながらも、俺が未熟なせいで、生まれてしまっている欠点。


 だから、彼の獣化を心配するにしても、どのみち早く倒さなきゃならない。

 余りもたもたしてると咬みつかれた状態で【保護】が消えて、牙を突き刺されこの身を千切られてしまう。


「くっ、しぶとい」


 虎の脂肪に阻まれ、今ひとつ決めきれない。それに反撃を受けても、喰らい付いて離さない彼の執念……。

 

 敵ながら凄まじい気合いに称賛を送り、勝ちを譲りたいとも思う。だが、俺もこんなところで負けられない。俺の……俺たちが目指すは優勝。

 それが第1試験で戦闘不能により敗退? そんな結末は許さない。俺にも目的があって、葉月さんにも目的がある。だからこの戦いは俺が勝つ。勝たないといけない。


「ーー白守流護衛術、『雪垂』!!」


 二度同じ技を叫んだところで、その行為に意味はない。効果が重なって威力が高まる事はなく、あって気持ちが上がる程度だ。


 あくまでも気休めだが、威力が増した気になる。


 ーー3度目の正直。横腹目掛けて『雪垂』を叩き込む。厄介な脂肪の鎧を超え、深く、奥へ奥へと衝撃を届かせる。


 虎は己の臓物へと響き渡る衝撃に耐えられず、咬みつく力を弱めた。そして遂には意識さえ保てなくなり、俺を下敷きにして倒れ込む。

 

「うっ……。虎ってこんな重いんだな知らなかった」

 

 ある意味、特殊な体験を味わっているが、この重みに、実際限界間近だった【保護】が壊れだした。


 あ、でも毛がモフモフして気持ちいい。虎ってネコ科だもんな、猫派の俺にとってはご褒美とも言えなくはない……。


 でも、ご褒美の時間は一瞬で終わりを迎える。彼の能力が消え始め、姿が獣化前の人型に戻っていく。


 さすがに男を抱き抱える趣味は無い。彼の重さも人のものに戻ったから、身体強化系の能力じゃない俺でも動かせる。

 そっと、孤崎を退かして地面に横たわらせた。

 

 本来の先生を探すという目的を果たすため、立ち上がった。最後に【保護】が切れてしまったせいで、正面は毛だらけ、背面は土だらけになっている。初日でこの汚れ……。

 あまり気分の良い結果じゃないが、獣化から戻った彼の姿を見て安心する。髪こそ虎色のままであるが、他の部分に虎の特徴は残らずに済んだ。

 ーーなら、いいか。こいつだって雪白の守る民に違いない。


 戦闘前に投げ捨てた鞄を拾い、岩探しを再開しよう。と、その前に彼に聞きたいことがあったのだが、これじゃ無理そうだな。また機会が有れば、その時にでも聞けばいいか。

 

 この時、俺は完全に次の行動へと移そうとしていた。遠くの茂みが揺れる音がする。その方向はちょうど孤崎が出てきたのと一致していて、今回のは音が大きい。落ち葉を踏む音、枝を掻き分け時には折って、こちらに近づいてくる音。


 すると、薄らと男2人が話している声が聞こえてきた。

 嫌なことに戦闘直後であるが、仕方なく気合を入れ直して、音のする茂みに注意を払う。

 

「ーーーー」


 【保護】を壊されたままだった全身に能力をかけ直し、いつ襲われても対応できるよう白守流護衛術の準備も欠かさない。

 何が来るか……。ここは孤崎の仲間という線が濃厚だが、だとしてどんな奴が出てくるんだか。


 現れたのは、見たことのない奴ら。

 片腕を熊に変化させ、茂みを切断して登場した男、その後ろには何の変哲もない男の2人組。


 孤崎は髪型とかが目立ってるせいで知っていたが、こいつらは全く知らね。

 他生徒の情報収集全般を、葉月さんに任せっきりにしていたツケが回ってきたらしい。

 能力も分からん2人を同時に相手するのか……さてどうしようか。


 そうこう考えてる内に、攻撃を仕掛けられるかと思いきや、新たに出現した2人は倒れている孤崎に駆け寄った。

 すぐに孤崎を揺さぶり、鼓動や呼吸といったもので生存を確認して安心したのかと思えば、2人とも全力で心配の声をあげはじめる。


「兄貴!? 何があったんだ、しっかりしてくれ!」

「ア、アニキ……。突然、加速して居なくなったと思ったら、こんな姿に……。必ず仇はとりますんで、安心して寝ててください。おい、てめぇだよな!! アニキをやったのはよぉ! ゆるさねぇ必ず倒すっ!!」


 ここまでくれば、関係性が分かる。

 ーーやっぱり孤崎の仲間だったか、そりゃ熊の獣化してるもんな、その時点で諦めてたがいざ宣戦布告されると、流石に堪えるものがあった。


 孤崎を兄貴って呼ぶくらいだから、彼よりも弱い事を祈ろう。2人揃って一人前って流れが、個人的に好ましい。


「白守流護衛術、『雪……」


 俺らしい戦術で迎え撃とうと、先程と同じカウンター技を構えようとした。


 孤崎の仲間2人も頭に血が上って、片腕の獣化をさらに進ませて右腕全体が熊へ。もう1人の方はというと、何かしらのオーラが身体から溢れ出して男を包み込む。


 前者は孤崎と同じ獣化系の能力だろう。けど後者は訳がわからん。オーラの一部が尻にぼやけた太い尻尾っぽい形になって見える……。尻尾ってところから、獣が関係してそうなのは分かるが種類はさっぱりだ。


 都合二度目の戦闘に差し掛かろうとした時、思ってもみなかった者の声がした。

 

 ーー既に戦闘不能となって、話の外側にいたはずの孤崎 輝が目を覚まし声を発する。


 余りに速い回復。これでも自分は同学年ではそこそこ力があると思っていたが、彼の回復の速さにその自信が砕かれる……。そうですよね、隠キャが何思い上がってんだって話ですよね……すみません。


 3体1ともなれば負ける未来しか見えない。1人で行動出来るようになって喜んでた癖に、こういう状況では味方がほしいって思うのは、都合が良すぎるよな、最悪……武器を使う覚悟を決めないと。


 けれど、こっからの展開は俺が恐れるものとは違って、孤崎は今にもおっぱじめようとする取り巻き2人を戒める。


「ま、まてや、おまえら……。おれはぁ、この御盾って男と本気でやりやって、本気で負けたんだ。男と男の戦いに、後から水を差すような真似やめてくれ」


 その言葉につい安堵しかけるが、その前に2人の反応を見る。

 すると2人とも歯向かいもせず受け入れ、片や獣化を解き、片や謎の能力を解く。


 言い方がだいぶ悪いが、無事勝ち逃げ出来そうな雰囲気だった。

 そさくさとこの場所を後にしようとするが、彼には1つ聞きたいことがあったのを思い出す。


「あー、孤崎 輝……えっと獣化する時のさ、『虎皮』とか言う口上って知っててやってるのか? 誰かにそうした能力の使い方を教わったのか? 最後にそれだけ教えてくれないか」


 俺が気になってたのは『虎足』や『虎爪』、『虎皮』と言っていたこと。この言い回し、やけに篠原 紅里が能力を使っていた時のと似ている。


 あくまで勝手に似てると思っただけで、別物な気もしている。

 と言うのも、彼のは能力を強める点に重きを置いてる感じがしたのだ。それは俺が岩を【保護】するのに使った言葉の方が近いと思ったから。 


 だからこそ気になる。それをどうやって知ったのかを。さっき能力者として一歩成長したからこそ、既に俺の先を行っていた者に話を聞きたかった。


 孤崎は一瞬答えに悩み、言うべき言葉を見出したあと口を開く。

 

「ーーあれな、改めて聞かれると恥ずかしいんだが……、かっけぇから言ってるだけでさ、教わったとか、そういんじゃねぇんだ。おれの心の赴くままに好きにやってる。なんかすまねぇな、これ聞きたかった答えじゃねぇだろ?」

 

 あぁ確かに、望んだ答えではない。

 でも結果として、誰に教わった訳でもなく能力の使い方を見出した彼を凄いと思えた。

 それに、心の赴くままか…………奇しくも俺と似たものだ。不思議と親近感が湧く。


 俺が勝手に仲間意識を芽生えさせてると、孤崎は思い出したかのように言葉を付け足す。


「あーそういや、おまえのあれも、超かっこよかったぜ。人なのに匂いがしねぇってのを気になったのも本当だがよ、もっと惹きつけられたのはおまえの言葉だった。ありゃ確か、『俺はあらゆるものを護る防人』だったな、マジかっけぇと思ってさ森ん中駆け抜けてきたんだよ、ははは!」


 あれを聞かれていた事実が、俺を急に気恥ずかしくさせる。

 だが、こいつとの戦闘前ならいざ知らず、今や同じように、かっこつけた事を言いあった同士である。

 記憶から消してやろうと思う気持ちは無かった。

 

 じゃあせめて、こっちも褒めてやろう。この褒められる恥ずかしさを共感させてやる。突然襲い掛かられた事への復讐も込めて。


「ーーそれはどうも。そう言うお前のも凄いかっこよかったよ。中でも1番好きなのは『虎皮』だ、皮って一見かっこよくない言葉をチョイスしたセンスが堪らない」


 使った言葉は全部事実だ。その方が照れるだろうし、あと彼のワードセンスには俺もほんの少し、本当に本当に少し惚れている。


「はは、あんがとよ。負けちまったが清々しいぜ。ったく、じゃあまたな!」


 けれど俺の目論見は大いに失敗した。

 心からの称賛が全く通じていない。


 それもそのはずか、孤崎はいわゆる陽キャラだ。追いかけてきた2人の仲間含め、友達も多いだろう。だから、褒められる事くらい慣れているはず、褒められて照れた俺がずれている……

 こんな考察を自分で言ってて、精神的ダメージがある。まぁ、気にしない気にしない。


 それより、別れる流れが出来上がっている。先生を探しにいかなければ、本当に同じチームの女子2人に顔向けできない。特に葉月さん……。

 あと何個か岩を調べて拠点に戻ろう。


 俺は孤崎に別れるを告げる。が、一度戦って互いに少しだけ理解し合った仲だからか、また会ってもいいとも思って

 

「あぁ、またな」


 別れではあるが、再開の意味を含んだ言い草を選んでいた。最初は苦手な陽キャラって印象のはずだったのにな、余りの気の変わりように自嘲する。


 これ以上このやり取りを続けて、素面に戻ったら全く別方向に気が変わってしまう心配が出てきたし、俺は足早にこの場を立ち去った。


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