13. 都合の良い小屋、都合の良い彼女
斯くして開幕した第1試験。あの場にいた全員が一斉に森へと入ってから30分が経過していた。
「ねー、まだー? 一体いつ着くのよ御盾君」
森を先行する俺に向かって、不満を感じさせる声が発せられた。
「もうすぐのはず……。あとさ、葉月さんは荷物とか持ってないんだから楽だろ」
絶えず文句を言っている彼女に対して、後ろを振り向いてほんの少し文句を言う。
そりゃ文句ぐらい言いたくなる。持参したウェストポーチに加えて、学校から支給された鞄を一つ持ち歩いているのだ。
このウェストポーチには、砂や糸やらが入っていて見た目以上に重い。それに、今日持ってきた砂には金属が含まれているのが良くなかった。
鞄の方も食料やら水やらで馬鹿にならない重さなのである。
開会式で学校から支給されたこの鞄は、1チームに1つ。で、それを俺が持っている。
それ自体に不満は無い。荷物持ちは、いつでも男の役目というやつだ。だから頑張ってほしいんだが。
見たところ葉月さんは手ぶらだ。制服の内側にインクを隠し持ってるはずだが、それでも軽いはず。
振り向きついでに、もう1人にも目を向ける。
転校初日に急遽俺たちのチームに入る事となった少々不憫な女子……篠原 紅里も手ぶら。何処かに武器でも隠し持っているのかとかは、仲良く無いから知らないが。
まぁ、俺はそうゆうのを聞ける人間じゃないからな、残念ながら謎のまま。
けど、慣れない森の中を歩いてるとは言え、30分程で疲れられると困ってしまう。
特に、おんぶしろとか言い出したら本当に困る。何が困るって、背中に胸が当たったりしたら申し訳なさで死ねるところだな、うん。はぁ、こんな思考をしてしまう俺は、変態じゃないと信じたい。
「疲れてるわけじゃないのよ、こうもね、同じ森の中だと飽きちゃうから。何か面白いことしてくれないかなぁーー。今は男の子がする面白いことの気分だよ!」
「そうか。なら仕方ないな、仕方ないけど面白いことってのは厳しい。無茶振りにも程がある……俺は芸人でもなければ、陽キャラでも無いんだから勘弁してくれ」
求められたものがおんぶでは無かったけど、難しいのが来てしまった……。そんな不満そうな顔しても無理だからな、出来ないものは出来ない。
これ以上目を合わせられると辛いから、彼女から目を背け、前に向き直る。
あぁ、もう。頼むから早く着いてくれ……
何故、俺が柄にもなく先頭を行き、女子2人を引き連れているかには理由があって、その原因は俺であった。
*****
「お二人とも聞いて欲しい。制限時間が2日間しかないとはいえ、休みなく探す事は無理。かと言って休むのも無駄。なら、拠点を構えて交代交代で探しに行かないか、それか拠点を集合場所にして別行動でもいい。とにかく、3人で固まって探しても見つからないし、分かりやすい集合場所くらい欲しい。えっと、どうだろうか?」
普段より声を大きくしたつもりだが、長い言葉の所為で、後半の方は早口で聞き取りにかかったかもしれない。そんな不安を抱えながら、ゆっくりと2人の答えを待つように、ただ見つめる。
「ーーめ……珍しい。貴方が提案するなんて。やめてよ、なんか縁起悪いじゃない」
俺にしては、頑張って提案したんだが、暫しの沈黙の後、茶化されてしまった。自分でも慣れないことをしてるのは分かっているが、ちゃんと答えて欲しいので、改めて問い掛ける。
「悪かったな、俺だって真面目に考えてんだよ。でだ、お2人はこの提案をどう思う?」
「あたしは、危険だと思う。先に見つけられたら負けなんだよ? いーの、それこそ時間の無駄じゃない? あと別行動って危険じゃない」
「私はそれもいいと思うけど」
危険か……。俺の内心としては夜の森を歩くのも危険だから、2人も護り切れる自信がない。下手にライトを使っても、他のチームから狙われもする……難しいところだ。
「葉月さんの考えも一理ある。けど、今回の試験は、最終的に先生に攻撃を当てなきゃならないから、とにかく1人だけでも、見つけるだけ見つけて、その後に集まれば何とかなると思う。あとは、夜の森が危険とかも理由か。
それに拠点への、妨害なら俺が【保護】をしてから探しに行けばいい」
「うんうん、そっか……。御盾君、頭良いもんねー。貴方が言うなら、そうかも。じゃ、それにしよっかー紅里ちゃんもいい?」
「うん。私もそれで大丈夫」
心配性の俺は、もっと話が拗れてしまうかとビクビクしていたが、それは杞憂だった。想像以上に葉月さんが信用してくれている事に、嬉しさからか心が熱くなる。その熱さは全身に拡がって、顔にまで影響を与え、ほんの少しだけ、頬が赤く染まった。
「ーーっ、お、思ったより、あっさり納得してくれて驚いた……ありがとう。よし! 運の良い事に、拠点に誂え向きな場所を知ってるから。えっと、ついてきて」
この熱さに振り回されて、動揺を隠しきれない。どうか、俺の赤い顔に気付かないでくれ。
「え、そうなの? ここが試験場所って知らされてないはずだけど……。あ、御盾君も来たことあったんだね!」
なんだかんだで、色々と察しの良い彼女が気付かなかった。いや、気付いているのか……分からない。
まぁ、高々1年ほどの付き合いで内心全てを見破れるようにはならなくて普通だ。俺も彼女も分からなかった事にしておこう。
そんな感情は隠したまま、捕捉していく。
「1年の時に少しな。職場体験でこの森林公園を管理してる職場に行く事になって、休憩時間に1人で散策してたんだ、同じ所に行く奴に1人も友達いなかったし……。で、その時に見つけた」
「おお……変わった職場体験先ねー。なんかドンマイ!」
「ほんと、毎日毎日、草毟りばかりだったーーーー」
*****
と、こんな感じに。この現状は俺が原因だ。慣れない事はするもんじゃないな、上手く立ち回れない。今度から気を付けようと密かに決意した。
その間、沈黙が続いてしまっていたのだが、やっと辿り着いたみたいだ。
目の前に見覚えのある建物が見えてきた。
「御盾君が言ってたのってあれでしょ! あの小屋でしょ! やっと着いたー!!」
葉月さんの指差す先にはログハウス風の小屋が建っている。大部分は汚れており、誰かが使っている様子はあの時同様、見受けられない。
「なかなか良さそうな、小屋なんだね」
小声で篠原 紅里が呟いた。
確かに汚れてはいるものの、見たところしっかりとした建物ではある。
と言ってもこんな森の中に誰が建てたのか、そもそも公園という公共の場に小屋を建てて良いのか、疑問は残るが少し借りるくらい許して欲しい。
今更だが、鍵とか掛かってたらやばい目で見られそうだな……。あぁ不安。
「まぁ掃除されてれば、もっと良いんだろうけど、今回はいい。取り敢えず先に中入ってて、鍵掛かってたら壊そう。責任は学校に押し付けよう。じゃあ、俺は周りを整備してくるから。何かあったら呼んで」
自分で言いながら、鍵問題についてそれで良いのかと思う。冷静さを欠いていた。
「りょーかい」
「うん」
2人とも気にしていない様子だった。これって俺がおかしいのか、心配し過ぎなのだろうか……今時の女子って分かんねぇな。
*****
御盾君が案内してくれた小屋には、鍵が掛かっていたが、橙火ちゃんが鍵穴にインクを流し込んで、開けてしまった。
そうして無事に小屋の中へと入れた私達は、その広さに驚いていた。
「わぁ、広い〜」
「広い……」
至る所がホコリやらで汚れているものの、10畳程の広さがあり、驚くことにキッチンまである。もしかして、風呂も……。と思っていたら、なんと隣接している小さな建物に続く通路の先に、バスタブがちらりと見えた。
見た感じ別荘みまいな設備の小屋だけど、勝手に使って良いのかな。と内心、不安だ……。
とはいえ、このままこの小屋にいるのは良くない。ここに2日間もいたらハウスダスト関連のアレルギーを発症しちゃいそうだ。
「ねぇ、紅里ちゃん。一緒に少しだけ掃除しない?」
「全然いいよ、御盾君も時間かかりそうな言い方だったし」
「ありがと。よーし! 折角だから、あたしの能力使っちゃおう! ちょっと待っててね」
橙火ちゃんは床のホコリを少し払うと、制服のブレザーから黒いインクの入った試験管似のボトルを取り出し、蓋を開けた。
何をするんだろうと、私が橙火ちゃんの左手にある黒いインク眺めている間に、彼女は漫画家さんが使うような、Gペンを右手に握っていた。
そして、不思議がっている私など気にも止めず、橙火ちゃんは床に絵を描き始め、あっという間に原寸サイズの箒が2本描かれた。
「ふぅ、完成」
インクとGペンを片付け、どこか満足気な表情を浮かべている。
「橙火ちゃんって、絵が上手いんだね。凄い」
つい、思った事を口に出していた。それ程までに、彼女の絵に……いや、むしろ絵を描く姿に見惚れていた。
「そう? ありがと、でもね、それだけじゃないんだよー」
自慢げに笑いながら、彼女は床に描いた絵を見つめる。
するとすぐに、床に描かれていた箒が震えだした。
その光景はまるで、絵そのものが床というキャンパスから飛び出したいと訴えているように見えた。
「大きいと時間がかかっちゃうねー」
彼女の言葉などは、うわの空で、私はドキドキしながら床の絵を見続けていた。
瞬間、「ポンッ」と音を立てて、視界に2つの真っ黒な箒が現れ出た。それは紛れもなく、先程まで床に描かれていた絵と同じ形をしている。
私はもう一度床を見るが、そこには既に何も描かれていない。
「びっくりしたでしょ? 実はねー、私のインクで絵を完璧に描くと、本物になるんだよ。言ってなかったかよね」
橙火ちゃんは、箒を描き終わった時よりも満足気な表情を浮かべて説明してくれた。
「じゃあ、掃除しよー!」
「待って、私も…、能力で手伝う」
この提案は、事前に考えていたスタンスとは違うと思う。
けれど、絵を、そして能力を楽しませてくれたお礼のようなものはしたいと、そう思ってしまった。
私は橙火ちゃんに歩み寄り、箒を2本貸してもらった。
そして箒を持ち、腕を通して箒と部屋全体へ能力を使うイメージをする。
普段から髪の毛に纏わりつく静電気を解消したりと、日常生活に使う威力での調整は慣れているため、初めての使い方だけど、上手くいく自信がある。
イメージはこう。箒が帯びている静電気をプラスに、部屋のホコリが帯びている静電気をマイナスになるように、少し調整してあげればいい。無理なら逆でも良い。
それに静電気単位の事象だから、威力が強すぎると怪しまれもしないから安心していられる。
「『調整』、『電磁付与』」
そう小さく口にして、能力を行使した。
前の学校で、必殺技教育と名付けられ教えられていた、能力行使時の癖が残っていた所為で、うっかり声に出てしまったようだ……。
「これで掃いてみて?」
恐る恐る、橙火ちゃんの顔を伺う。
これは別に、必殺技っぽく言ったのを聞かれてないか不安なんじゃなくて、その、私の能力が危険じゃないと信用して使ってくれるのかが不安だっただけだ。
「ん? 大丈夫だけど、能力でどんな風になったの?」
「えっとね、モフモフした形の静電気ホコリ取りってあるでしょ? あれに似た効果を付けたんだけど」
「あー! あれね、あのモフモフしてるやつ! 家にもあるある」
「うん、それと同じ感じ。あ、それと、ホコリが沢山ついてきたら声かけて。一旦解除して綺麗にするから……」
「はへぇ、そんなことも出来るんだ……。その時は外に棄てちゃおっか? ゴミ箱見当たんないし」
「ーーそうだね」
「じゃあ、ぱっぱと済ませちゃおー!」
橙火ちゃんは振り向いて、私に背を向け掃除を始める。
難なく説明途中にも関わらず理解してくれた橙火ちゃんに、私は少し驚いたし、でもそんな事はどうでもよくて。
実は友達と2人で能力を使い合った事が少し嬉しくって、返事がほんの一瞬遅れてしまった。ほんと、普通を演じるの下手っぴだなぁ、私って。
一足先に掃除を始めた彼女の背を暫し見た後、私は彼女の逆側を掃除した。
*****
女子2人きりか……仲睦まじくしていてくれたら、男という邪魔者的には嬉しい限りなんだが。
あの2人は知り合って間もないけど、良好な関係を築いていると思うし、この状況が気まずいとかはないだろう。
じゃあ、ゆっくり作業するとしますか。
俺は小屋周辺の丈夫そうな木と、少し離れた丈夫そうな木、そのまた別の丈夫そうな木へと、持参した糸で小屋を囲うように張り巡らせていく。
「ーーこんなもんか。銀か雲母も保護したら篠原 紅里にも判別できると思うが……」
どちらの鉱石を使うか悩んだ後、腰のポーチから銀の砂が入った方の瓶を1つ取り出した。
どうせなら、【電気】が伝わり易い方がいい筈。まぁ、上手く行くかは知らないけど。
この瓶はカフェの店員である、【魅了】の男が用意した選りすぐりの瓶である。
砂状になっているとは言え、鉱石を入れても瓶の内側に全く傷はついていない事から、おそらく特殊な加工が施されていて高価なのだろう。
お買い上げした訳じゃないから分かないし、知ったら知ったで使い難くなりそうだ。
それはさておき、なぜ糸を張り巡らせているのかと言うと、簡易的なバリケードを築くためだ。
俺の能力である【保護】は触れたものを保護する。
簡単に言うと、凄く硬くなる。そして、基本壊れない。先日の模擬戦で【保護】を壊してきた奴が同じ会場ではないことを祈ろう……。
くそ、思い出したら、途端に自信が無くなってきた。
一抹の不安が残るものの、有象無象の参加者になら【保護】は役に立つはずだ。そう信じていこう。能力に”想い”は大切なのだ。
そういう訳で、小屋を囲うように糸を張り巡らせている。といっても、誰も内側から外に出られなくなってたら今回の場合、邪魔なだけだ。防衛戦をしてる訳じゃない、あくまでかくれんぼであり、その拠点程度である。
出入り口として、1箇所結んでいない木と木の間を作ってはいるが、このままじゃ保護している俺にしか判別出来ない。それだと俺以外、安全に出入り出来なくなってしまって拠点にならない。
そこで、篠原 紅里の能力に頼ろうと思う。確か【電気】と言ってたからな。
瓶の蓋を開けて、右手に銀の砂を振り掛ける。そして、張り巡らせた糸にオイルを塗りたくる様な感覚で銀を付着させていく。
この時、糸と銀の砂との接着面を【保護】していく。すると、糸に銀の砂がコーティングされるので、これを全ての糸に導線を通すかのように、【保護】する。
「出来、た……。あとで電気が流れるかは試してもらはないとだけど」
よし、終わった。終わったぞ。早く静かな家に帰って横になりたい……。
違う、そうじゃない、そうじゃない、後2日は帰れない。
若干のホームシックになりかけたが、2人に報告しに行きますか。
俺は残り少なくなってしまった銀の砂が入った瓶をポーチに仕舞いこんで、小屋の前まで歩いて行く。
そして、扉の前まで辿り着いてドアノブに手を掛ける。
だが、その時、俺の手に静電気特有の音と痛みを感じ、反射的にドアノブから手を引いてしまった。
いや、まてよ、普通の静電気より痛くないか? えっと確か、地面や壁に手をつけて、一度放電してから触るといいんだったか……。 今度、覚えてたらやろう。
一度静電気でバチッとしたから大丈夫だろうと油断して、再びドアノブに手を掛けた。
「いてっ……」
どうしてか、再びの静電気。
何故だ、何が悪いんだ? 普通は1回流れたら大丈夫じゃないのか。静電気か……。つまり電気…………電? でんき、【電気】、篠原 紅里……の仕業なのか? だとしてもなんで。
あぁ葉月さんか、あれが元凶である疑いがあるな、これは。彼女ならやりかねない。
手を【保護】して開ければ痛くない筈だが、一旦落ち着こう。
もしかしたら、中に男を入れられない理由があるのかもしれない。開けたら嫌われる、それは俺にとって致命的だ。
ならノックだな、ノックでいこう。俺は「コンコンコン」とドアを叩くために手を近づけた。そろそろ中に入りたいので、一発目の「コン」を速やかに鳴らしにかかった結果、再びの静電気……。
痛いな、もう嫌だな、帰りたいな。
ドアノブじゃないから油断して【保護】しなかったらこれだよ。もうこれ静電気じゃないな、絶対違う。1回で無くならなかった時点で気付くべきだったな。
これあれだ、あれ、ビリビリボールペンみたいな奴だろ。ドッキリでリアクションしやすいのか、高頻度で使われてるやつ。
「こうなったら【保護】してノックなのか。【保護】には悪いが、こんな使い方をする事を許してくれ」
右手に能力を纏わせ、「コンコンコン」とノックする。やっと入室における、序盤の序盤であるノックに辿り着いた。あとは「どうぞ」のひと声を待つのみだ。推薦で受験をしていないから、正しい勝手は知らんが。
「あれ、御盾くん? もう終わったんだ〜」
「まぁ、一応」
「お疲れさまー」
「あぁ、うん」
変だな。俺に悪戯を仕掛けている時の対応じゃない気がする。
小屋に入りながら、俺は探るように篠原 紅里の方を見てみる。が、変わった様子はなく、ただ箒を持っていて、掃除の最中のようだった。今更だが、視線を少し落とすと葉月さんも箒を持っていた。
「お2人とも、助かる。実はハウスダスト駄目なんだ、鼻水が止まらなくなる」
「御盾君バカなの? あたし達が女子力の低い女だったら掃除なんてしなかったって。そう言う大事な事は先に言いなさい先に。コミュ障だからって諦めないの! 分かった?」
圧倒的な正論に返す言葉もありません。
もし掃除してもらえなかったら、自分の鼻にずっと【保護】を使い続けなくちゃいけない所だった。
大事な事くらい、素直に言えるようにならないとな。
「あぁ、善処する。だから、その時に上手く話せていなくても聴き続けて貰えると助かる」
あー、どうやら変な雰囲気にしてしまったらしい。自分の弱さを曝け出すのは珍しい事だからか、葉月さんは親みたいな表情でこっちを見てくる。
やめてくれ、同級生に子供扱いされんのは恥ずかし死にするわ。
まてよ、かくれんぼについて話をしなければならないが、この変な雰囲気のままだと困るな。だけどな……雰囲気ぶち壊すのは出来なくはないけど、雰囲気を良くする力は生憎持って無い。
さて、誰も話し出さないけど変に和やかな空間が出来上がってしまったのだが、十分この雰囲気を堪能したのか葉月さんが抜かりなく動いてくれる。
ーーほんと、だから彼女はいい
俺の想い人については、3年ほど前に、能力に対して誓ってしまっている。
だから決して、これを好きと履き違えはしない。だから葉月さんを『いい』と述べておく事にする。
たとえ俺が沈黙を作り出してしまっても、新しい構成で、新たな着地点への会話を生み出してくれる。
俺の為せない事を軽々とやってのけるこの人と、いるのは楽。
楽しくて、それでいて心が楽。だから仲良くしていたいと思えるのだ。
「でさ、これからどうするの。拠点は出来たわけじゃない? もちろん先生たち探しに行くのよね」
「あぁ、それについても提案がある」
「へぇ……。じゃあ、どうぞ!」
テンションが上がっているのか、手を振ってキラキラと目立たせる時のジェスチャーを使ってくる。
ちょっと煩わしい、これは先程の葉月さんに対する評価を修正すべきかもしれない……。
それは取り敢えず保留と言う事で、またしても慣れない提案をしてるけど、頑張って話そう。
「まず、二手に分かれる。理由は拠点のバリケードが俺か、篠原 紅里の能力でしか出入り口を見極められないから。
それともう1つ。狙うのは【岩石鎧】の有岡でいく。理由は、まぁ、もう1人の【獣化(兎)】に対処するのが困難だから。異論は是非お願いします。俺も頭が良いわけじゃないから、これが正しい作戦なのか自信はない」
開会式で先生とルールが発表されてから考えていたことを2人に話す。
この作戦が間違っていないと思ってはいるのだが、それはあくまで主観だ。
客観的視点による他者の評価が俺には……自分勝手に心の中で正当化させたいが為に必要だ。
「あたしは1人じゃ出られないねぇ……。御盾君って時々抜けてるわよねー。
えーと、作戦自体は悪くないんじゃない? あたし達スピードに優れてないし、罠とかに精通してるわけでもないから織部先生を狙うのは難しいしね、有岡先生でいいと思うよ!」
「あ、私もいいと思う。でも、有岡先生って人に攻撃を当てる算段が気になるくらい」
「そこが問題ではあるけどな。見つけるのにも苦戦しそうだけど、この試験は先生が身につけてる機械に攻撃を当てるまでが求められてる……」
俺の中での懸念を話すことも忘れてはならない。
後日責められるなんて、俺の弱っちい心が耐えられる気がしない。
篠原 紅里の能力もちゃんと知らないしな。仲良くしてる葉月さんなら何か考えてくれそうだと、こんな時ぐらい押し付けたいんだが。
「ふふふ、あたしに任せなさい。方法はゴニョゴニョゴニョ〜〜〜〜って感じでいこ。最後は紅里ちゃんに任せる」
「これなら私の弱い【電気】でも役に立てそう」
「でしょ、さぁみんな《・・・》で勝ちにいこう。それでこそ青春だから!」
「はぁ、俺の労力が凄い事に目を瞑ればな……」
2人に小声の悪態が届いた気はしないが、それはそれで構わなかった。
どうでもいいと、実はそう思っている。有り難いことに葉月さんが作戦を考え出してくれた。
それだけで俺が文句を言う資格は無いだろう。
それにこの2人に貢献できる役回りは嫌じゃない。
「さぁ、決まったんだから行きましょー!」
葉月さんの掛け声を最後に、俺達は小屋を出た。
いよいよ、第1試験の本格スタートである。何としても先生を見つけなくてはならないな。