12. 試験会場に行くまでの話が男1人なのはつまらない ー紅ー
今日から校外での試験が始まるのだけど、私は今学校にいる。正門周りを見渡しても、ここにいるのは私1人だ。
本来なら会場へ現地集合となっているので、生徒が1人もいないのは当たり前。
どうして私がここにいるのかは、土曜日に約束していた、同じチームで友達の橙火ちゃんと待ち合わせしてるからである。
なのだけれど、既に15分程ここで突っ立ってる。
私は完全に家を出る時間を、見誤った。
引っ越して来て間もない私は、未だ何処かに行くのに、どれくらい時間がかかるのか把握しきれていない。ましてや、今日は初めての徒歩。
そのせいで早く着いてしまい、暇を持て余してるのだけれど、遅れるよりはいいでしょ。遅刻は人によって、相手を嫌いになっちゃうポイントだもの。
転校早々に、遅刻で嫌われたくないからと、前の学校でのトラウマを思い出しつつ、早く来ちゃった自分を納得させる。
「紅里ちゃーん! お待たせー」
ふと、遠くから名前を呼ばれ、目を凝らすと橙火ちゃんらしき人が近づいてくる。
友達らしく、第一声に挨拶を試みる。
「おはよう、橙火ちゃん」
「うん、おはよう。じゃあ早速、会場へ行こー」
今朝、一斉メールで会場が発表されたのだが、当然私の知っている場所ではなかった。
こう急ぐのなら、もしかしたら遠いのかもしれない。途端に学校を集合場所としてしまった事が申し訳なく感じてしまう……。
「確か、相川森林公園の駐車場だっけ? えっと、ここから結構遠い?」
恐る恐る聞いてみることにした。
「ううん、そこまで遠くないよ。歩いて10分くらい。自転車なら5分くらいかなー。でも残念、徒歩又は公共の交通機関を使えって先生に言われてるのよね」
行事では決まり文句かのように、しつこく言われる交通手段の制限。そのせいで、歩きを選択せざるを得なくて、学校までかかる時間を見誤った、これは許せん。密かに、心の中に不満を募らせていくのであった。
しかし、友達間とはいえ、あまり不満や愚痴ばかり言ってたら嫌われる可能性は高いので、顔には出さずに、話を続けていく。
「うん。本日は案内お願いします」
「おっけー、任せて!」
私は橙火ちゃんと隣り合うように見えて、やや後ろを歩いて、会場に向かった。
後ろを歩くのは変って思われても仕方ないけど、道が分からないし、本当は真後ろを歩きたいくらい不安だから、十分頑張ってます。
*****
「ついたよ。ここが会場の駐車場です。広いでしょー、ちなみにね、休日にはハイキング目当てのお客さんがいっぱい来るんだよ、ここ」
想像していた公園よりも大きかった。
入り口には、動物のキャラクターが描かれた色鮮やかな看板が立っていて、見える限りでも幾つもの遊具が設置されている。それと地面には芝生が敷かれ、森へ入る道に階段もあって、きちんと整備されていた。
存外ちゃんとしているという印象だった。これなら家族連れが、休日に遊びに来る光景も目に浮かぶ。
「なんか、楽しそうな場所だね」
「そうだよねー、どれも小さい子向けだけどさ、JKの今でも余裕で楽しめる気がするよ!」
遊具で遊んでもないのに、すごく楽しそうな表情をしている。
会話しながら目に映り込んでいた横顔に、私は同じ女の子として彼女を可愛いと思ってしまうのであった。
「あー、ごめん顔に出てた? はっ、恥ずかしい……。そ、そろそろ、みんなが集まってる方に行こっか?」
照れた表情はさらに可愛い。私もこんな可愛らしい女の子だったらなぁ……。
謙遜じゃなく私の顔は普通だ。何処にでもいそうな顔の作りで、物語ならエキストラがお似合いだと思う。そんな人間が何を思い上がっていたのか、表舞台に立とうとしたのが1年前。
何度も言う、私は本気を出さない。出しちゃいけない。
よし、決意を改められた。このスタンスを崩さずに、乗り切れるといいんだけど。
でも、取り敢えずは会場に向かおうかな。
「あはは……そうだね、行こっか」
「ーーあ、でも、慎重に。御盾君と合流するのは開会式の直前にしたいの」
会場に向かおうと決めた矢先、小声で橙火ちゃんに呼び止められた。
これは……いつもやってる橙火ちゃんの意地悪的なあれ、もとい悪戯なのかな?
試験初日だろうと、今まで通りの行動をする彼女は、緊張なんてしてないんだなぁと、少し羨ましく思う。
「今回は、周りをキョロキョロ見回す御盾君を遠くから観察しよう作戦なのです!! さぁ彼を探しましょ」
班員を探しても見つからず、段々不安が倍増していく状況……。
そう言えば去年、遠足に行った時……同じ班の子が、1人も集合場所に来れなくなって、突然現地集合にされた事があったような。
ううぅ、可哀想に思えてきちゃった……。
「あれ、おかしいなぁ? どこかなー、あの御盾君が集合場所に遅れるとは考えられないんだけど……」
トラウマを刺激された私を他所に、橙火ちゃんは、笑みを浮かべながら周囲を見回している。
同級生で集団が出来ている場所を、まだ距離の離れているこの場から見て、彼を探している。
心が痛いので、私も真剣に彼を探す。この悪戯から、なるべく早く解放してあげたい思いがあったからだ。
暫く探していると、背後に気配を感じ、私は振り返った。
すると、目当ての御盾君が、こっちに近づいてくるのを見つけた。
その彼は、私と目が合った事に気づいて、こちらも少し意地悪な笑みを浮かべながら、口に指を当てて合図をしてきた。
きっと、黙っててという合図のはずだけど……それになんとなくで、従ってしまっていた。
「おかしい、絶対におかしい。どうして……あの馬鹿みたいに遅刻しない、最近15分前行動って良くない? とか真剣に語ってきた彼が、この時間にいないなんてありえない!」
「どうして、遅刻しないことを責められてるのか分からないが……。悪いな、馬鹿みたいで」
「なっ! 御盾君……いつの間にあたし達の後ろに?!」
「ーーはぁ。俺って常にキョロキョロしてるから。時には見たくないものも見ちゃうけど、今日は見えて良かったみたいだ。それに葉月さん、まず集団に目がいっている時点で、俺は見つからないだろ。だって俺が集団にいるのは無理だろうに」
「こ、こうゆう場なら集団でも我慢すると思ってたの! あぁもう、今回はあたしの負け。煮るなり焼くなりどうぞお好きに」
「いや、煮ないし焼かないし、どうもしないから」
残念がってる橙火ちゃんと、普通に返してる御盾君には悪いけど、これに勝ち負けってあるのだろうか。とても疑問だ。
「やぁ橙火」
知らない男の人が、橙火ちゃんに向けて挨拶をしてきた。うー、教室で見たこと無い人となると、転校生には厳しい、全然分かんない。
でもイケメンって部類に入る顔立ち。背は御盾君よりも少し高くて170cmくらい、髪型はお洒落なマッシュで決められている。
「あ、桔梗君じゃん! 同じ会場だったんだね。えー、これって潰し合い……嫌だな、だって凄い体鍛えてるんでしょ」
「まぁ、ちょっとは鍛えてるけど。でもクラスメイトと、1回戦から当たってしまうのは残念だよ」
話を聞く限り、どうやらこの男は同じクラスの人らしい。うーん、いたっけ? こんな真面目とチャラさが混同したような人……。1度も見てない気がする。
それも仕方ないか、数回しか授業なかったし、休んでたのかもしれないしね。
「誰、これ?」
なんと、知らないのは私だけじゃなかった。
コミュ障で友達がいないと、橙火ちゃんから聞いていたけど、まさかここまでだったなんて……。
「みーたーて君? どうして貴方が知らないのかなー。去年も同じクラスのはずでしょー?」
「ごめん、私も知らない……」
「紅里ちゃんは仕方ないわよ、転校して来たばかりなんだから。けどね御盾君、貴方はダメよ。少しは周りを知りなさい!」
御盾君にこんなに厳しいなんて、意外だ。揶揄ってるところばっかり見てたけど…。
なんていうか、更生? させてるみたい。
「俺って興味ない事は覚えられないから。仕方ない。興味を抱かせてくれない、これが悪い」
「仕方なくありませんーって、なに桔梗君の所為にしちゃってるの?」
「まぁまぁ、落ち着いて。僕の名前なんて覚えられてなくても、別に気にしないからさ」
私へ仲裁役が回って来る前に、彼……えっと、桔梗君が2人の間に入って止めてくれた。
そもそも私に止めに入る勇気が無かったので、とてもとても助かったのだけれど……
良かった。まだこの2人の関係に踏み込める気はしないから……。
そもそも、そんな日が来るのだろうか。私も含めて3人で仲睦まじく……いや、やめよう。
まだ私には、出来る気がしないだけ。いつかこのキャラを馴染ませられたら、その時は……
私が無駄な思考をしてい間も2人の口論は止まらず、続いていた。
桔梗君の発言の効果は、いまひとつのようでした。
「あー、もう! 分かった! 貴方が桔梗君を知ってるってことを、証明してあげる」
話がいつの間にか戻り、桔梗という人に関する記憶が御盾君にあるのか、というような内容に変わっているのだけれど……
そもそも顔を見る限りだと、2人とも笑みを浮かべていて、すっかり楽しんでいる。本当に仲が良いのが十分に伝わってくる。
「よし。構わない、来い……」
「ふっふふ、じゃあいくよ! 現代文の授業だけ黒板を、あえて先生が来るタイミングまで消してる変わり者がいるのは知ってるよね? 前にその人に対しての毒をあたしに吐いてたのを、ちゃんと覚えてますよーだ!」
すぐに、御盾君は思い返そうと目を瞑り、腕を組んで落ち着いた姿勢になって考えだす。すると思い当たる節があったようで、意識をこの場へ戻した。
「ーーあぁ知ってる。あの眼鏡か? でも、そいつとこの男は関係ない。全く似てない」
ーーーーそういえばいたような、いなかったような、気がする。1回しか現代文の授業を受けてないから自信がないけど……私も見かけた。だとしてもなぜ、現代文だけなのかは謎なのだけれど。
「そう、その眼鏡君こそが桔梗君! この代浜 桔梗君なのです!!」
「…………なん、だと、別人じゃねぇか」
御盾君に同意である。
私の記憶にある眼鏡の人は確かにこの人じゃない。顔だけでなく、姿勢が違う気がする。もう少しおどおどした姿で黒板を消していた。
確かに、メイクをすれば顔は変わるだろうけど、背筋や姿勢をここまで変えられるのは、普通に恐怖だ。
これが能力じゃないとしたら、なんて技術を持っているんだという恐ろしさである。
「あー、もういいかな? 真面目に見えるように、いつもは伊達眼鏡つけてるんだけど、動き回る今日のような時は邪魔だからね、外したんだよ。あれは僕が演じてる一種のキャラだから、同一人物で間違いない。納得してくれたかな……御盾灰十君?」
ん? 御盾君が驚いた表情をして固まっている……。
不思議に思い、私は理由を探ろうと橙火ちゃんの方を見ると、何故か彼女も驚いた表情のまま固まっていた。
「えっ! 下の名前……えー! 貴方、御盾君を認識してたの!?」
「失礼な……。俺だってクラスの名簿に名前は入ってるんだから、物好きな奴なら知っててもおかしくない。けど……驚いたな」
なるほど、そんな理由だったのね。でも、そこまで驚く事なのかな。
「物好き……そう、そうね! そんな物好きなんて数少ないんだから、大事にしなさいよ御盾君! いっそのこと、友達になったらいいんじゃない?」
「眼鏡ん時も今もあんま好きじゃないけど、葉月さんが言うなら、考慮はする」
御盾君が出した答えは考慮だそうだ。そうゆう答えを堂々と言えるのが凄いや。待って、堂々と言っちゃってるから友達が少ないんじゃないのか……。今後の学生生活の参考には、しちゃダメそう。
「はは、いいさ、僕は友達だと思っているよ。よろしくね、御盾君」
なんとも、恥ずかしい友達宣言をして、御盾君に向かって手を出している。
彼は握手を求めてるのだ。そうか、この方法なら私も誰かと、仲良く出来るのではないだろうか……あ、御盾君が凄い表情をしている。こっちも参考にしちゃダメそう。
「えと、あっ、はい」
凄い表情をしながらも、ほとんど反射的に手を出した御盾君は、代浜君と握手を交わした。
隣では橙火ちゃんがニヤニヤして、2人を見てるけど、友達のいない彼に、新たな繋がりが出来て喜んでいるんだろう。
2人とは本当に短い付き合いだが、なんとなくそう感じた。
『皆さん集まってください。もう直ぐ開会式を始めます』
「あーあ、せっかく御盾君が人間の一歩を踏み出したのにー、はぁ、じゃあ桔梗君、お互い頑張ろうね」
試験運営をしている先生達からの放送が、駐車場中に鳴り響いたため、橙火ちゃんの一声で私達はお喋りを終える事にした。
代浜君とは並ぶ場所が違ったようで、私達は別々の方向に歩いていく。
彼は1人で向かって行ったが、私達3人の会話は集合場所まで、歩いている間も続いていた。
「で、あいつの能力は?」
そうだよね。このテストに出るんだから、ある程度強い能力を持っているんだよね。私も参考程度に、知っておきたい。
「私も気になる」
先程からずっと会話に参加してなかったので、ここぞとばかりに一言発しておいた。ずっと傍観者を続けているのは、浮いてしまうという不安から。
「えっとね、身体強化みたいな感じ」
「うん? ような?」
「詳しくは知らないの、ごめんね」
「いや、調べてなかった俺も悪い。あと、聞くタイミング逃して今更なんだが、どうして現代文だけ黒板消してたんだ?」
「あ、私も気になってた。どうして、現代文だけ?」
「2人ともー。すっごく簡単な事だよ。桔梗君ってねー、あたし達のクラスの現代文を担当してる、担任の佐川先生に恋してるの! でね、その恋が、流行りの恋愛映画みたいに、上手くいくか眺めてるのが、密かな楽しみなの」
先生と生徒の恋か⋯⋯。
佐川先生って綺麗だからね。私が男の子だったら転校初日に感じた、同じ女性としての憧れが、恋心になっていた可能性は十分ある。
「えー、すごい……。でも禁断感ぷんぷんだね」
「は、嫌いじゃないな、とても失恋が楽しみだ」
御盾君のほうは失恋前提。でもそうだろうなぁ。先生と恋愛なんて、実際にあるのかは微妙かぁ……。
でも、橙火ちゃんの言う通り、面白そうではある。記憶の片隅に2人の事を覚えておこう。
私が興味を抱いている間にこっちの2人の言い合いはまたも、始まっていたのでいつも通りだなと感じ、もうそほそろ、この流れに慣れ始めている私がいる。
「あー、ひどい! そんな事言う人とは友達やめちゃうぞー」
「悪い悪い、人の不幸が好きすぎるのが原因だと思う。すまん。許して、ください」
「そーゆうところを治す努力をしなさい」
「はい、考慮しときます」
またも、考慮らしい。これも彼の口癖だろうか。
意味のあるような、ないような会話を続けながら、パイプで造られたお祭りの櫓のような建造物の方へ向かった。
え、なぜ櫓? 開会式だからって労力をかけすぎな気が……。
この学校の伝統かもしれないよね、うん、気にしないでおこ。
***
『それでは始めますね。えっと、まずは選手宣誓。代表、伊井野 花さんお願いします』
「はい!」
元気のいい声がした方へ、私の体が勝手に反応して、顔を向けてしまう。
いや私だけじゃない。ここにいるほぼ全ての人が、彼女に注目していた。
確か、同じクラスの委員長だ。
とってもスタイルが良く顔も美人。そんな彼女が注目を集める様はさながら、女王さまのようにも見え、一部の女子でさえ「キャー!」など、アイドルに向けるような盛り上がりだ。
アイドルは不適切か、女子が女子に……あ、宝塚の方が合ってるかな。
ともあれ、これは能力だろうか。例えば、視線を操る能力とか、フェロモンとか……魅了。
ーー魅了。橙火ちゃん達が親睦会を開いてくれたカフェの店員さんと、効果だけは似てる。
2人とも結果的に視線は集めているけど。
それはさておき。視線を彼女自身から頑張って逸らし、彼女が立ち上がった周囲のチームメンバーを見てみると、女子がもう1人と、さっき話していた代浜君がいた。
つ、強いのかな。
なにせ選手宣誓の代表に選ばれるくらいの人が所属するチーム……流石に分からないはずだけど、私が本気じゃないのがバレる危険はあるかも。と密かに思っているのであった。
『宣誓! 私達は正々堂々戦い、持てる力の全てを使い切ると誓います!〜〜〜〜』
この場にいる全生徒が目線を向ける中、緊張などする事なく、彼女は平然と自分を保っていた。少なくとも私の目にはそう映った。
ほんの少し、能力のかからなかった人達の騒ぎ声が聞こえてたけど、すぐに誰もが静粛に、彼女の宣誓だけに集中している。そして、最後に全生徒が驚くような一言を彼女は言い放った。
『そして、私達が勝利する事を、ここに誓います!!』
能力で視線を操られても、見惚れてはいない人達が異議を唱えるが、彼女は揺るがない。
よっぽどの自信家だ。種類は異なるが過去の私が、似たような状態だったのは間違いない。
他人から見たらこんな感じかと、またもトラウマを刺激してくる。自信など、あるだけ邪魔。だって自信の無い者に妬まれるんだから。
『ありがとうございました。次に競技の説明を。有岡先生お願いします』
肝心の競技の説明に入るようだ。かくれんぼとしか聞かされていないため、はっきりと想像が出来ていない。
『あー、あー、よしっと。それでは第1試験について説明させてもらおう! と言っても聞かされている通り「かくれんぼ」だ。隠れるのは俺と、開催式の司会をやってる織部先生の2人。隠れ場所は公園内の森の中だ。そして第2試験に進めるチームは2つ。先に見つけて俺達の体についてる、この機械に攻撃が当たったら合格とする。質問は一切受け付けん。俺は手加減無しで行くぞ! ハッハッハ!! 本気でかかってこい若人よ!』
有岡先生と紹介されて出てきたのは、ジャージ姿の体育教師っぽい男の人。第一印象はちょっと苦手。
途中1番大事な機械を、先生が2人揃って手に掲げ見せていた。
見てみると、男の先生の方は胸を覆うような形。女の先生の方はチョーカー程の形。
どちらも違う形なのは能力に合わせているせいだろうか。同じチームの2人は納得してるような顔なので、後で聞いてみようかな。
っと、いけない、いけない……。ちょっとやる気になってた……こんなに脆い決意だったっけ、本気は駄目。あくまで2人の補助をしていく感じでいこう。
『はい、有岡先生ありがとうございました。私も参加しますのでお手柔らかにお願いしますね。それでは私達が出発して30分後からかくれんぼスタートです。制限時間は、今日含めての2日間。その間の水と食料は準備してありますので各自受け取ってください。説明は以上ですかね。有岡先生何かありますか? あ、ないですか、では30分間休憩しててくださいね』
本当に2日ぶっ続けなのね。転校先の学校を選ぶ時にいくつか調べたけど、ここら辺の学校にしては、珍しい形式だ。進学校とかでは、島を1つ貸し切ったり、専用施設を造ったり色々派手らしいけど。
この学校は、進学校じゃない割に厳しいというかなんというか。そんな感じ。
「ねー、紅里ちゃん、酷くない? 2日間お風呂に入らないって事だよ! この学校のこーゆう変な所が嫌いなのよね」
「臭くなるし、困るよね。私達のチームには、男の子もいるし、臭っちゃったら恥ずかしい……」
確かに。この森には温泉なんてありそうにないし……もしかしたらあるのかもしれないけど、一応都内の学校だ、地下に温泉は通ってないはず。
うん、ちょっと辛いなぁ。なんて思ってると橙火ちゃんは解決策を提案していた。
「だそーよ御盾君? 少なくとも明日は鼻を保護してなさいねー」
「はいはい。嗅いでしまって2人に嫌われたくはないから、了解ですよ」
少し言い方が悪かった。そんなつもりでは無かったのだけど、御盾君に対策を押し付けてしまった。後で謝ろう。
人との関わりにはもっと注意を払わないと! どっちかじゃなく、2人と良い会話をしないとね。
その後の待機時間は2人の先生の能力(男の先生が【岩石鎧】で岩を体にくっつけまくるというもの。女の先生が【獣化】で兎になれるって教えてもらった。
後者は兎と侮るなかれ、尋常じゃないスピードを誇っているようで、それを森で見つけるのは至難の業らしい。との事で私達は男の先生を探す事に決めたりした。
***
〜〜30分後〜〜
『ピー!!!!!!』
駐車場に響き渡る笛が鳴ったのを合図に、私達の2日間に渡る「かくれんぼ」がスタートした。
参加者全員が一斉に、公園内に入る門を目指して駆け出す。私達も出遅れないよう、御盾君を先頭にして走る。
全体での順番的には真ん中あたりを保ったまま、森に入りやすいよう整備された場所までたどり着いた。
公園の門に入るまでは混雑していたけれど、森に入る道はチーム毎に違っていて、御盾君が選んだ道は空いていた。
ここに来るまでに走って体力を使わされたけど、いよいよ私達は、試験会場へと足を踏み入れる。第1試験の始まりだ。
ーーだけれど、森に入った直前、石があった。
そりゃ、石ぐらい森に普通に落ちてるだろう。だから注意も何もせず通ろうとして、その石に偶然にも右足が触れてしまう。
森に入ってからは足下が危険だし急ぐ事もないので私達は走るのをやめて、歩いていた。
勢いよくぶつかった訳じゃないので、当たったからと言って躓きはしない。だから、無意識にこの石を蹴飛ばそうと足が動き、その重すぎる感触に違和感を感じた。
一瞬、たった一瞬、触れただけなのに分かる。
この石は、動かない。深く埋まっているのか、何かの能力かは見当が付かないけど、絶対に動かないと言う理だけが、脳に響いてくる。
故に、このままだどずっこけてしまう……。
それもそうだ。私はこの石を蹴って進むつもりでいた。なのに触れた右足が動かない、けど体は前に進もうとして、躓く。
こんな土の上で転べば、手をつくにしろ顔面からいくにしろ、汚れてしまう事は避けられない。
なんか不吉だ。この調子で無事に試験を終えられる気がしなくなってきたよ……。
あー、転ぶ。
そう確信した矢先、前方からごつごつとした男らしい手が差し伸べられる。
私は地面についてしまうと諦めていた手で、伸びてきた彼の手を掴むことにより、間一髪転ぶことを避けられた。
「わっ……。あ、ありがとう」
助けてくれたのは、私の前を歩いていたはずの御盾君。
後方で躓く人なんて、気づかなくてもおかしくないのに、彼が咄嗟に振り向いて手を伸ばしてくれた。そのおかげで、汚れも怪我も無い。
「気にしないでいい。能力柄か、護衛の心構えからか、偶々……手が伸びてた。それに俺が助けてなくても、多分、葉月さんが助けてたよ」
そう言ってくれる御盾君と、いつの間にか隣を歩いていた橙火ちゃんの2人を見て絆されそうになる。
私の志す『本気を出さない』という生き方を、不意にやめたくなって、2人の為に目一杯能力を使ってみるのも悪くないかなと思ってしまう。
良くない兆候だと思う。
強すぎる能力を、受け入れてもらえる確証も無いのに、何を言っている。
過去を思い出せ、記憶力に自信が無くて思い出せないなら作れ。1年前に周囲から避けられたのは、試験の八百長だけでなく、話しかけるのさえ怖がらせる強さ、強さから作り出された性格の悪さ。
強さは悪……。
でも……2人の優しさに応えたいという感情を無視しきれないのも確か。
だから妥協点を勝手に決めよう。最低限、最低限望まれている役回りはこなそうと。
きっと、この選択は間違えている。
間違ってても、進んでみるしかない。進んで間違えていたら、また転校して逃げればいい。
少し、ほんの少しだけ、この試験でやるべき事が見えてきたような気がする。それだけをやっていれば、仲良く終われるよ。
さぁ、少しいじった心構えで、まずは「かくれんぼ」をがんばろう。
タイトル以上に、俺の出番が少ない気が……いや、目立ちたいわけじゃないからいいんだけど、「試験会場に行くまで」とは……。