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良し悪しの色とりどり  作者: 黒檸檬
一章 能ある鷹は爪を隠す
10/18

10. 土曜日、語る過去がなくても今はいっしょ

 

 試験まで今日含めてあと2日しかないけど、はっきり言って暇。


 だって思い浮かぶ準備は1つしかないし、それも仲のいいおじちゃんに会いに行くってくらいで……

 うん、もう今日行っちゃおー。で、明日はちょうど部屋が散らかってるし掃除でもしよー


 珍しく出番が回ってきたあたしは葉月はづき 橙火とうかです。おあいにくさま、語る過去はごさいません。

 なので、今日は上記の通り今からおじちゃんの家を目指します。あっ、お土産持ってかなきゃね


「お母さん、お母さん、今からあのおじちゃんの家に行こうと思うんだけど……お土産代ちょうだい」


「突然ね……はぁ、出してはあげるから、ちょっと待ってなさい。とーかはその間に、身だしなみはちゃんと整えときなさいよ」


 あたしのお母さんは中々にノリの良い人で、あたしを「とーか」と愛称で呼ばれるくらい仲良くしてる。

 買い物に行くと、わけわかんないお菓子を買ってきちゃうのが、たまにきず。


「うん! ありがと」


 さーて、一刻も早く身だしなみ整えなきゃ、下手す

りゃ朝から怒鳴られる。基本的にあたしのお母さんは優しいんだけど、言ったことをやらないとマジやばい……

 これまでに言い訳を全く聞いてもらえず怒られたことが、何度あっただろうか……。

ーーーー思い出すだけで寒気が止まらない


 なぜ準備してから頼まなかったのかと後悔しながら、あたしは急いで髪を、顔を、服を、鞄を用意していく。この際、部屋がさらに散らかる事など構うものかと床に物を広げながら、出発の準備をしていく。


「橙火ー! まだ準備できてないの?」

 

 な、早い……。あと数分はかかると思ってたのに! 準備、まだ終わってないよ。どうしよ、怒られるかな? 

 とりあえず返事をしておこう、無視する方がやばい……


「もうすぐ行くー」

 

「終わってないのね……はぁ、お金、玄関置いとくからね。そのおじちゃんの家遠いんでしょ? 帰りが遅くならないように早く出なさい」


「うん、でも遅くなっても大丈夫。どうせ御盾みたて君が暇だろうから、呼んで送ってもらえばいいし」


 とっても雑な扱いになっちゃってるけど、彼だったら問題ない。ぜーったい暇してるもん。


「あー、彼なら大丈夫ね。でもあんまり迷惑かけちゃダメよ」


 1度だけ、彼を家に呼んだ事がある。その時にお母さんとも会っているので、そのお陰で話が通じた。


 通じたけど、あれ? 御盾君いつのまにか、あたしのお母さんからの扱いも雑になってきちゃってるね、完璧あたしの所為だろうけど……

 いや、彼も悪いよね。コミュ障拗らせてるけど。逆に弄り甲斐が出ちゃってるし、それでいて意外と面白い人ってのもいけないと思う。

 あっ、いいこと思いついた。ふふ、これは月曜日が楽しみだ。


「やばっ、考え事始まっちゃってた! 詳しくは向かいながら考えよーっと」


 ということで準備も終わりましたし、そろそろ行きますか……

 行く前にあれを送ってから行こーっと。本当に行き当たりばったりな行動をしてる。これがあたしだからなー、彼風に言えば……性分だから仕方ない、的な?


 さてと、鞄から黒のインクが入ったボトルを1つ取り出し、普通なら描けるはずのない空気中に、鳥の絵を描き始める。


「伝書鳩って、こんな感じだよね」


 彩る事は出来ないが、鳥の目を、嘴を、羽毛の感じ、翼を覆う羽、足の爪先に至るまでを出来るだけ、正確に、精密に描いていく。デフォルメされた鳥ではなく、この世界に生きてる鳥を、一から形作るようにして、ここに生み出してあげる。


 すると『絵を描き終えた瞬間、それは動きだす(・・・・)


 本来、あたしの使うインクは書いた線や絵が空間に固定されるだけのもの。

 だけど、ただの絵が限りなく本物に近く、見間違うくらい本物そっくりに描かれて、その描き手、つまりあたしの心が込められた時、あたしの絵は絵を超える。


ーーまるで絵に魂が宿り、新たな命を得たように動き出す。

 


 これまで色々描いてきて分かったのは、生物だろうが、物体であろうが関係なく発動されるっぽくて。

 絵の上手さしか取り柄のない、あたしが唯一出来る芸当。


 では、動き出したはと、命名ポッポちゃんの足に、今回の頼み事を書いた手紙を巻きつけ、目的地に届くよう念じて窓から空に放った。

 

「よーし、これで準備はかんぺき! じゃあ、いってきまーす!!」


「行ってらっしゃい、くれぐれも失礼のないように気をつけなさいね」


「分かってるー!」


 まずはお土産買わないとね。やっぱりおじちゃんの大好物の大福か……あえて、シュークリームとかいいかもなー、でも私の好きなチョコ系も捨てがたい……

 うーん悩む、駅前の和菓子屋で試食しながら決めよーっと。


*****


 はぁ、いっぱい買っちゃった〜、まさか新発売のイチゴチョコ大福が売ってるなんて… しかも本日発売開始! これをチョコ好きのあたしが買わない訳ないでしょ!

 ってことで、荷物が増えてしまった。おじちゃん用には普通の大福を買ったし、最悪余ったら押し付けちゃえばいいもんね。


 はぁ、それにしても景色変わんないなぁ……

 お土産を買い終わり、電車から窓を眺めて、それっぽく感傷に浸ってる感を出してみる。


 向かう先は言ってしまえば超田舎。あたし達の通う球磨川くまがわ高校がある町も田舎だけど、それよりもずっと、緑の多い場所。

 老後の隠居生活に風景は適していると言えるけど、実際には、ふつうに電車が通ってて、隣駅の町並みは普通。あの場所だけが田舎である。


 聞いた話によると、おじちゃんが国に無理言ってあの環境を作ったらしいんだけどね。


「あと20分くらいかな、そうだ! さっき思いついた計画を考えよっと。目標ターゲットはもちろん御盾君だけど、今回は紅里あかりちゃんにも協力してもらわなくては。とりあえず連絡入れてみよ」


 数日前の親睦会で手に入れた紅里ちゃんの連絡先、ひとまず他愛もない事から送って月曜日の話に持って行こう。


「今から、仲のいいおじちゃんの家に遊びに行くんだ」ーー送信っと


 さてさて、どう返ってくるかなー?


ーー2分後


『仲のいいおじちゃん?』


 あー。やっぱ、そこ気になっちゃうよね……送ってからあたしも思った。普通、仲のいいおじちゃんとかどこの誰なんだよってなっちゃうよ。


「旅行した先で、1人道に迷ったとき助けてもらってね。そっから仲良いの」


 簡単に説明するとこんな感じかなー、送信っと。


ーー5分後


『橙火ちゃんでも道に迷ったりするんだ』


 いやいや紅里ちゃん、あたしはそんな完璧な人じゃないよ! この数日でどんな印象を持たれっちゃてるのよ、あたし。


「迷うよ迷う。今でも迷うし、小さい頃はもっと方向音痴だったんだからね。それより、試験の準備はどう? 進んでる?」


 いけない、いけない話が逸れそうだった。それとなく試験の話をしつつ当日の計画に加担させよう…ふふ。送信。


ーー8分後


『割と進んでるよ。橙火ちゃんは、どう?』


 見た感じ真面目そうだもんね。流石だよ。


「今から準備しに行くところだよ。そのためにおじちゃんのとこに行かなきゃならないの」


 くっ、まさか質問が来るなんてー。仲良くなろうとしてくれてるってことだよね。でも話が戻っちゃったよ。送信。


ーー3分後


『そうだったの、私も残りの準備しちゃわないと』


「ねぇねぇ、当日いっしょに行かない?」


 本題に入れそうだ。今回の作戦は当日の会場で試験開始10分前まで御盾君に見つからないようにすること。

 これにより、彼が不安がってキョロキョロしたり、落ち着かなくなる姿が観察出来るってとこね。送信っと。


ーー5分後


『こちらこそお願い。まだまだ街に慣れてなくて…… 正直助かります』


「任せて! 確か9時から各会場で、開会式っぽいのやるはずだから8時に学校集合ね! 各会場の発表はまだだけど学校から1時間もあればいけるはずだよ、去年はそうだった」


『ーーまもなく黒山くろやま……黒山、お出口は右側です。次は、霜北に止まります。扉をお降りになったら黄色い線の外側をお歩きください』



 あ、着いたっぽいね。

 しかし、あたし以外に降りる人はいないっと。誰も降りない秘境駅を降り、ただ1人目的地を目指して歩くのだった……なんてね。



 いやー、いつ見てもど田舎だね。目に入るのは木と木と草だけだし、コンビニはもちろん民家すら見当たらないよ。ほんと、おじちゃんのためだけの場所だね。

 おじちゃんぐらいの歳だと、むしろ暮らしにくいんじゃないの?


 そう思ってる内に、やっとおじちゃんの家が見える所まで来た。


「よく来たの、橙火ちゃん」


 突然後ろから声をかけられ振り向くと、薪を背負ったおじちゃんがいた。疲れもあって、テンションが上がってしまう。


「久しぶり、手紙ちゃんと届いた? それと、ハイ、お土産だよ。今回は大福に加えて、なんと! 本日発売のイチゴチョコ大福!! はやく家入って食べよ!」


「落ち着きなさい、普通そうゆう物は家に入ってから渡すもんだぞ。何度言えば伝わるのじゃ……でもお土産があるのだから今回は許そう」


 ぬ、また怒られた。と言ってもあたしに甘いのか、口で言うだけで、それを強制された事はない。

 でも毎回決まって、同じことを言われるのも嫌だね。でも、言う通りにする気が全くおきない、なんたってテキトーに生きるのが私のモットーなんだから。

 


「わかりました、わかりました。今度から、ね? そんなことよりさ、はやく横になりたいよ」


「すぐそこなんだから、もう少し我慢しなさい」


 特に膨らむ話もなく、おじちゃんの家に着いたあたしは早速、居間のこたつ目がけて突っ込んだ。4月とは言え、こんな森のような場所だとまだまだ寒いのだ。


「こらこら、靴くらい揃えなさい」


 またしても怒られた。女の子してる必要が無い空間だから、気が緩んでるのよ。


「急いでたからー! お願い、揃えといて」


「はぁ、すぐに温かいお茶を持っていく。ただし、お菓子を先に開けてはならんぞ。甘いものは苦いものと食べた方が美味いじゃろ? 大人しく待っとれ」


「はーい!」


 相変わらず気が利きますねぇ、おじちゃん。出来るなら、うちの正式なお爺ちゃんにしたいくらいだよね〜


「ほれ、持って来たぞ。そんな気はしてたが、本当にもう食べてるとはのぉ」


 つい我慢出来なかった。目の前にある物がチョコならば尚更。それほどチョコを愛してしまっている。


「ごめんごめん。これ、緑茶?」


 お茶の色が薄緑なので合ってるはずだけど聞いてみる。


「あぁ、少し高いやつじゃぞ」


 なんと… 高いやつでしたか、これは味わって飲まなきゃね。あたしはお茶を少しずつ口に運んでいく。 勿論、熱いからといって「ズズッ」なんて音はたてませんよ。流石にそこは女の子しますよ、分かってますって。


「そうじゃ、この『はと』毎回思うがよく出来てるのぉ。わしも出来るようになりたいわい。……して、今代の【黒】にもこれを身につけてもらいたい……が、あれはダメじゃろうな、わしの愚息はあれを甘やかしすぎた。わしが【黒】を息子に継がせて、自らが置かれている立場をちゃんと分からせるべきだったな、今更後悔しても遅いのじゃが」


 【黒】ね……。この【黒】というものの先代が、目の前にいるおじちゃんだったらしく、何度も似たような話を聞かされる。


 おじちゃんの名前は黒葉くろは おうぎ、黒葉とはこの国に古くからある家の1つで、古来より使われてきた色の形容詞(赤、青、黒、白)を起源にもつ『古色こしき』と呼ばれる家らしい。


 この家系は、全員が同じ【黒】という能力を発現させる。そして時代、時代に一族で最も優れているものに先代や、親、兄弟に、分家まで含めた全員が、その1人に能力を分け与えて、場合によってはその全てを与え、継承させ続けている。そのため『古色』は能力の規模がおかしいらしいけど、見たこと無いから、あたしには分からない。


 うーん重い。話が重いよ、重すぎる。『古色』の話とか日常生活から遠すぎて実感が湧かない。


「そういえば、ちゃんと届いてたのねポッポちゃん。きっと努力すれば出来るって、おじちゃんもその人も」


 それに、無能力・・・のあたしと違って、2人はもともと使える【黒】の量と、それに付随するセンスが桁違いなんだから……


「そうだといいがな。すまん、暗い話になってしまったな。……あー、今のところわしが安定して描けるのは海の波ぐらいじゃ。運が良ければカラスはなんとかなる」


 運……? なに言っているの……ボケちゃった? それに波って、普通に【黒】を沢山ばら撒けば一緒でしょ。

 絵が描けるようになれば、まだまだ現役で戦えそうなのにね。

 あー、でも【黒】の能力で薪集めやってるの見たかとあるけど、あれはやばい。あんなの食らったら、あたしなんか一瞬で死んじゃう

 だから、今でも十分足りるかもしれないけど、流石に歳があれだもんね。正確な歳は思い出せないけど、少なくとも70は超えてるはず。


「そうそう、絵といえば、インクが追加で欲しいなぁって思って来たんだけど、今日中にもらえない……かな?」


 今日ここに来た本題だ。月曜日に備えてインクはあるに越したことはない。あと2つくらいは欲しいとこだ。


「まだ用意しきれてないが4つは出来る」


「4つ!? そんなに……大丈夫?」


「なーに、大丈夫大丈夫。少し身体が辛いが橙火ちゃんのためじゃ」


 おじちゃんは【黒】をお孫さんに継承させるとき、一族とかなり揉めて、能力の半分を受け継がせることで妥協したらしい。本来、先代は後継者に全ての【黒】を与え能力を失うのだが、妥協案の結果、おじちゃんは未だに使えてる。

 けれど能力は不完全で使うにも身体に負担がかかるらしい。

 少量で絵を描くなら楽だけど、自分の能力である【黒】をインクにして、他人が使えるものにする作業は、かなり消耗すると言われたことがある。


 あたしは、そんなおじちゃんが作ってくれる特殊なインクを使わせてもらえてるだけの、無能力者。

 それを知るのは御盾君だけ、代わりに御盾君の秘密を知ってる。なんか、弱みを握り合ってるみたいだけど、そうゆーのじゃなくて……親密な証拠的な?

 


 でも、おじちゃんのおかげで周囲を騙して、あたしは能力者として過ごせている。ほんっとに感謝しかない……


「……ありがとう」


「すぐに作り終えよう。大福を食べて待ってなさい」


「うん」


 おじちゃんはそう言って、部屋を出て、私の為にインクを作りに行った。


 あたしは言われた通り、まだ開けてなかった方の箱を開け、イチゴチョコ大福を食べる。何とも言えない甘さが口の中に広がって、あたしの中の複雑な感情が幸せに支配されていき消えていった。

 余りに早い切り替えに、酷いとは思わない。そんなものですよ、あたしなんて。


 続けてもう1つ大福を、口に運ぶ。

 はむ、はむ⋯⋯⋯⋯。


「はー。衝動買いだったけど、思ったよりもおいしいね、このチョコ。お茶との相性もイチゴの酸味のお陰か抜群……」


 1つ2つと手が止まらず食べていると、おじちゃんが戻ってきた。


「出来たぞ……。ふぅ、少し疲れたわい」


 息を切らしたおじちゃんの手には、インクがたっぷり入ったボトルが言った通り4つ握られていた。この入れ物もおじちゃんお手製の物で、現役時代には、予備の【黒】を入れとくのに使ってた物らしい。


「本当にありがとう。これで試験で1番を取れるよ。いや絶対取るね」


「あぁ、頑張れ。1番になったら、わしに自慢しに来るのじゃぞ」


「もちろん! その時が来れば、新しい友達と御盾君も……。あー、御盾君は外出嫌がりそうだけど、優勝したら、全員で来るからね」


 彼なら、言えばくるでしょう。嫌だ嫌だと言いながら、なんだかんだ、いつも楽しそうにしてるの知ってるんだから。


「楽しみにしとる。さ、そろそろ帰りなさい。なんだかんだでもう遅い、帰る頃には暗くなるぞ」


「そうだね。でも、あと1つ大福食べたらね」


「ま、そのくらいの時間は大丈夫じゃろう」


 個人的にまだ帰りたくないのだが、あまり遅いとお母さんに心配されちゃうから帰らないとね。

 

 最後の1つにあたしはイチゴチョコ大福の方を選んで、食べ終えた。ごちそうさま。


「じゃあ帰ろうかな、余った大福は置いてくから好きに食べてね」


「ありがとのぉ、せっかくだから駅まで送ろう」


「うん」


 誰かと喋りながら歩いてると時間が過ぎるのが、ほんとに早く感じる。春休みのことや新しい友達のこと、学校でのことを思い出して笑いながら話して、おじちゃんがそれを笑ったり、頷いて、時に頭を抱えたりと、気付けば駅に着いていた。


「じゃあ、おじちゃん今日はありがとね」


「あぁ、気をつけて。またのぉ」


「うん! バイバイ!」


 別れの挨拶を終えたあたしは、電車に乗り自宅に帰るのであった。


*****


「あ、御盾君ー! 待った?」


 電車内で眠そうになりながら、いい感じの時間に御盾君に連絡をしていた。

 文面は、「もうすぐ、球磨川くまがわ駅に着くから、迎えに来て。御盾君にしかいないの、お願い」にした。御盾君しかいないを付け加える事によって絶対に来る。彼の性格からして来ないわけないよ。


「ーーはい? 間に合うとかはっきり言って無理だった。何を考えてるんだ、葉月さん……。家から駅までの道のりを、自転車全力で漕いでやっと間に合う時間だぞ? でもそれって、準備時間も信号さえも無視した時間設定でなんだが、何で間に合ったのか謎だよ、死にそうなくらい疲れた……」


「あれ、そうなの? じゃあ連絡する時間間違えちゃったねー。てへっ」


「俺だから喜んで来るけど、無茶な要求はなるべく控えてください。かなり疲れるんで」


 そうゆうとこがいけないんだよ、無茶な事を頼んでも、頑張ってやろうとしちゃうから面白いの。だから彼に絡むのをやめられない。


「うん、うん、わかった。以後努力しまーす」


「これはしないな、はぁ……。もう遅いし、とりあえず帰ろう。家まで送ってくから」


「そのために呼んだんだから、お願いね」


 さて、おじちゃんのおかげで、あたしの手元にはインクが8ビン。これだけあれば大作だって描けなくはない。あとは家に帰って色んな絵を復習して、秘密兵器の用意を仕上げるだけだね。あれ、明日は掃除するつもりだったような……でもいっか、掃除はいつでも出来るもんね。

 

 ちなみに、今回の試験で勝つ自信はかなりある、だってあたしが珍しくやる気を出してるんだからね! あたしが普段テキトーに生きてるのは、「能ある鷹が爪を隠してる」ってやつ。まーあたしの場合はそこに面白さもないとダメなんだけどねー。


 それは御盾君もいっしょ。

 きっと、紅里ちゃんも……ね。


 あたし達は似ている。今に至るまでの過程に違いがあっても、今は《・・》同じ様な事をしている。なら、それはまるで、歩んで来た道が1つに交わって1本になった道を3人で歩いているかの様に…………でも、道は道、どこまでも同じ道を歩んでいられるか分からない、また道が増えて、そのまま別々の道を行くことだっておかしくない。それでも、きっとあたし達は最後には同じ道を行く気がする。

 なーんて、それっぽい事を物語の、序盤も序盤に言っときます! 


「葉月さん? 珍しくぼーっとしてどうしたの」


「珍しいとか言わないの。あたしだって考え事くらいしますー!」


「そうか……。あのさ、今回の能力試験で優勝したら……俺を灰十はいとって呼んでくれないか? それを褒美に追加したい」


 と、とつぜん何を言ってるんだ彼は。一昨日も珍しく学校で居眠りしてたし、何かあったのか……。うーん、こんな事を言えるほど、彼が成長したとも言えるし、良いことなのかー、これって……


 返事するのに時間かかってるけど、そんな目で見ないでよ。


「いいよ。恥ずかしいけど、約束する。でも、それだけがんばらないとダメだからね!」


「もちろん。勝つ努力はするさ、当初の約束だからさ」


 そう、当初の約束。それはあたしが、全ての行事イベントを楽しみたいから。去年、能力が無くて参加できなかったあたしが、不正ながらも能力を手に入れた。だけど、参加だけでは物足りない。やるなら勝ってみたい。去年の優勝した人達を見たとき、すっごく楽しそうにしていたから。面白そうで、楽しそうだから、ただそれだけの為。


 御盾君が力を貸してくれるのは、あたしの為? なのかな。

 口では「長に言われた通りに、卒業だけ済ませればいいと思って始めた学校生活だが、入学1年足らずで、この価値観を変えてくれた貴女の為なら、努力しよう」とかなんとか。相変わらず、小難しい言い方をする人、正直に言わず隠せばいいだろうところまで、明かしてしまうのは、バカなあたしが言うと悪いけど、バカだと思う。


 気付けば家に着いていた。誰かとの帰り道は短く感じて、良いけれど、物寂しいね。彼とは、すぐ月曜日に会うんだから、寂しくないはずなのに。


「ありがとね、御盾君」


「突然の呼び出しだが、夜道を女子1人で歩かせるのは悪い。それも友達なら尚更」


「ふふ、ほんと友達には甘いよねー御盾君って……じゃあ、またね」


 似合わない台詞を吐く彼を見て、思わず笑ってしまった。別にブサイクだからって話じゃなくて、普通の男子高校生が言うには背伸びしすぎな感じがダメ。

 そういうのは彼氏彼女の関係になったら言えばいいのよ。だから、あたしに言うのは間違ってる。彼には心に決めた人がいるそうだし。

 でも、別に妬いたりしないよ。あたし達はあくまで友達。この先に行くかどうかは誰にも分からないけど、まぁあり得ない、かな


 遠ざかっていく彼の姿を眺めて、あたしは、自身の感情を冷静に見ていた。そこに今のところ、愛は無い。あっても、なんとなく好きかなーぐらいの小さい感情と、あとは羨ましさ。

 【保護】なんて珍しい能力を持ってるってだけで、無能力者のあたしからしたら、すっごく羨ましい。そんな彼は能力は『想い』から生まれるって言うけど、能力の無いあたしには『想い』が無いとでも? 

 『血』や『才能』からこそ能力が生まれるべき、じゃなきゃ……あたしに能力が無い理由にならないんだよ……

 今からでもいいんだよ、あたしの能力……。

 はい! 暗い雰囲気は似合わないよね、あたしに闇っぽいのは合わない。闇なんてのは御盾君が抱えてればいいんだよ。

 

 あたしの闇は置いといて、紅里ちゃんをどうにかしたいなー、御盾君とは余り仲良さそうにしてないしなー、友達の友達感があるもんね、これを能力試験中にどうにかしたい! 

 御盾君の姿が完全に見えなくなった頃、唐突にお節介を思いついて、笑みを隠せないまま家の扉を「ただいまー!」と大声で開けた。



 帰ってきたあたしは、すっかり家を出る時に部屋を汚しながら、支度してたのを忘れているのだった……。それを部屋に入ってやっと、気づく。


 なので、結局、掃除することになるんだけど、それは御盾君を使わずに、1人でやりましたよ。

 いや、ちゃんとやったっよ。余りの散らかりように、お母さんに怒られながら……はぁ。






 次は紅里です。

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