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短慮軽率のコンプレックス?



—— は…………のよ

—— しました………あの時………



 ボソボソと聞こえてくる話し声が呼び水になったのか、眠りから目を覚ました私。目が覚めてからすぐに、自分が何やら冷たい床の上で寝転がっている事に気がつきました。

 あまりにも心地の良くない目覚めだったので、いつもみたいに二度寝をしようなどとは考えも及びません。凝り固まった身体の具合に顔をしかめながら、眠気が覚めやらぬ眼をショボショボと動かして周囲の状況を確認してみます。


 目を覚ました私が最初に感じたのは湿り気を帯びた埃っぽい空気。チリの漂っている暗い空間で最初に目にしたものは殺風景な部屋の壁でした。

 薄暗さでよく見えないのですが、首だけでキョロキョロと周りを見渡しても、壁には起伏が感じられず窓枠も見受けられません。ただ一箇所、飾り気のない壁面に張り付いた場違いに重厚なドア一枚だけが、この部屋と外界とを繋ぐ唯一の手段であることを強烈に主張してきます。

 上を向いても深い闇。灯りはぶら下がっておりません、通りで暗いはずです。少し埃が目に入ってきたので見上げるのをやめます。

 はて? なぜ私はこの様な場所にいるのでしょうか?




「気がついたようね」


 あ、はい。 おはようございます?

隣から誰かに話しかけられてぼんやりと返事を返してみました。


「あなたはセシリア・ランバルディアさんで間違い無いかしら?」

「そうですが、えーと……そう言うあなたはどちら様で、ここはどこなのでしょう?」



 暗がりの中なので相手の姿はよく見えません。それでも私は、ある事に気がついてしまいました。それは……


「あら失礼。そう言えばお会いするのはこれが初めてだったかしら。

私はアザレア・エルブルース。こんな時に言うのも何だけど、これからよろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 この人、胸がとても大きい……という事に。

 それに、ただ大きいわけじゃありません。暗がりの中に僅かに見えるシルエットだけで、この人は抜群のスタイルをお持ちなのだろう、きっと凄い美人さんなのだろうという事に。

 図々しくも頭の中で自分の姿格好と比較して圧倒的な大敗を決してしまった私は、この人とは仲良くなれないという事に、気がついてしまったのですッ……!!



「それで、ここが何処なのかというと……ごめんなさい、実は私も——」

「……もげてしまえ」

「えっ?! ごめんなさい、良く聞こえなかったわ。

今なんと?」



 おっと。うっかり口が滑ってしまいましたが、今はそれどころではありませんでしたよね。なぜ私はこの様な所にいるのか、 その疑問の答えはひょっとするとこの人が持っているかもしれませんし……口振りから察するに望みは薄そうですが。まあ、そうでなくとも知恵は多い方が良いと言いますが……まさかこの方、気さくな誘拐犯とかでは無いでしょうね? 状況が読めませんが、ひとまずは礼には礼で返しときましょ。



「うふふ、失礼しました。

エルブルース侯爵家のご令嬢と聞いて、少し緊張してしまったみたいです。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致しますね」

「あら、そうだったの。遠慮することなんてありませんわ。私たち、この密室から抜け出す仲間じゃない。堅苦しい言葉使いなんて抜きにして、お互いを信じあって、みんなで協力してこの部屋を——」



「決まり、ですわね」


 当然誰かに話を遮られました。

 エルブルース様とは仲良くなれる自信が無いのですが、仕方がありません。と、せっかく私が前向きな気持ちになっているところに、部屋の隅の方から聞こえてきた声で侯爵令嬢様の話が遮られてしまったのです。

 おやぁ?あの女は……



「わたくしたちをこの部屋に閉じ込めた誘拐犯は、有力貴族の娘を人質に金銭を要求出来る程度には力の及ぶ者ということ。

そして、ここに集められたのは同程度の年頃にいる娘たち……かの第一王子の、その婚約者と同年代、だと言われればお気付きですよね?

わたくしたちは——」

「ぶぇっくしょーい!」


 うー。この部屋カビ臭いです、埃っぽいです。鼻がムズムズしますし、目も痒いです。

 案の定クシャミが出ました、追加でまだ出そうです。おまけに空気の読めない人がこの部屋をさらに湿っぽく、くらーい感じにしようと目論んでいます。

 全くもってやってらんねーですよ、こんちくしょーい!



「なっ?! この感じ、まさか貴方—」

「酷いですわ、ロゼリア様は"また"私が犯人であると疑っていらっしゃるのね?」


「……どうして、また貴方がわたくしを巻き込んで事件に関わっているのかしら、セシリア様?

それに人聞きの悪いことを仰らないでくださいます? わたくしは、貴方がどうなどとは一言も申しておりませんが」

「"わたくしを巻き込むー"だなんてとんでもない。

そもそも先程、あなた様の口から溢しておられたではないですか。

"かの第一王子と、その婚約者と同年代"がどうの、と。

 つまりそれは、あなた様の婚約者関係に異議を唱える第三者からの、あなた様を含めた都合の悪い有力者の娘全員を、この際まとめて闇に屠り去ろう。との企てに巻き込まれたのだと私は推察しますが、あなた様もそのようなお考えなのでは無くて?」


「まあ!やっぱり伯爵令嬢の口にする推論には説得力が御座いますわ。

つまり、"自分より家格の高い同世代の令嬢が複数名いる"状況は、誰か様にとっては喜ばしく無いと貴方はお考えになったのですね?

 するとココに集まった"公爵の娘全て、侯爵の娘全て、伯爵の娘一名"の以上4名が、悪意ある第三者様から邪魔者と認識されたと言う話になる訳でしょうが、だとするとおかしいですわね。

伯爵の令嬢は何故、貴方以外ここに連れさらわれなかったのでしょうか?わたくし達と同世代である伯爵令嬢は、貴方の他にも数名——」

「それはきっと、溢れ出る私の色香に嫉妬されたのでしょう。嗚呼なんて罪なわ、た、し!」


「ふふっ。お二人とも聞きました? 色香ですって!」

「あ"あ"ーっ 鼻で笑いやがりましたね?

ぐぬぬ……言わせておけばあなた様なんて、あなたなんか……」



 よろしい! ならば私と彼女、どちらが優れた人間かハッキリさせてやろーではないですか!



 まずは体力です!

……。この前、一緒に長距離を走る機会あったんですが、彼女の走りに全くついていけなかったんですよね……。

 つ、次は学力です。いきますよ!

あー……この前のテストは私、がんばったので316人中28位だったんですよ。過去最高です。でも彼女、確か3位で……。

 資力……。

お家の力は無しにしましょう。大人気ないですし!

 才力…………。

この前、お花の先生に「うん、独創的で良いと思う人が何処かにいると思いますよ」って褒められたんですよね、わーい。

 あはは、コミュニケーション能力〜。

……さっきから気になってたんですが、この部屋で一緒に閉じ込められている(?)あと一人の令嬢の顔に見覚えがありません。どちら様なのでしょうか。他の二人は面識があるようですので、自分から聞き出すか、相手のアクションを待つよりありません。この対決に決着がついたら話しかけて貰えると有難いのですが。

 えへへ〜。しんちょー、たいじゅー、すりぃさいず〜……止めよう、なんだか悲しくなって来ました。ひぐ……グスン……。


 さーて、注目(?)の結果発表!

 なんということでしょう。驚くべきことに私、全てにおいて後れを取ってしまいました。うわっ…私のスペック…低すぎ?

 た、体重だけなら低い方が良いもんね!いや良いかな?比較して軽くなった部分は身長や身体のメリハリとかの、いわばスタイルの良し悪しをトレードオフしている訳では?

 だ、大丈夫ですよ! 私の第二次性徴期はこれからなんです!! 私は所謂、晩成型なのですよ。まだ15歳なんですから、これから色々なところがガンガン成長して、そこから一気に置き去りにしてやるんだかんね! 汚名挽回名誉返上の時はもうすぐです……アレ?なんか少し違う気がする。まあいいか。



「おやおや、急に黙り込んでしまって、如何なされたのですか?

何かわたくしに言いたい事があったのでは?」

「……」


 そうですよ。私は人よりもちょっぴり成長期が遅れてるだけ……つまり、この悪役令嬢と比べて生物的に遅れを取ってしまったばかりに起きてしまった悲劇なの!これから時間さえ貰えれば、時間さえあれば……。



「あらあら、"時間さえあれば……"でございますか。

なんとまあ、これから立派なレディーになられる予定だったのですね。それはそれは、失礼いたしましたわ。

 しかし老婆心ながら一つ助言させていただきますと、女性の身長についてはおよそ15歳前後で、つまり今年中には成長が止まってしまう可能性が高いと思いますので、少しお急ぎになられた方がよろしいのでは無くて?」


 ぐはっ?! またしても心の声が漏れて

いや、それよりもこのお方、今なんと?



「え?マジですの? 18歳ぐらいまでじゃ無くて??」

「ええ、マジです。15歳ぐらいまで、です。

ちなみに男性でも16歳ぐらいまでと聞いておりますわ」




 ……やばい、急がないと!

 ええっと、今朝測った時は143.3センチだったから……


「そ、そんな事よりも二人とも、少し聞いてもらえる?

ここはどこなのか、助けがいつ現れるかが分からない以上、まずはみんなの——」

「そんな……事よりも……ですって?」



 アザレア様の言葉を遮った声は、自分の口から出たとは思えない程に冷たく、とても濁った響きをしていました。


「セ、セシリア……さん?」

「よくも、よくも……"そんな事"呼ばわりをッ——」



 どうやら、彼女と仲良くなれないという私の勘は当たっていたみたいですね、残念な事です。

 なるほど、怒髪が天を衝くとはこの様な感覚のことをいうのですか。お陰で一つ思い出しましたよ。確かに私はロゼリア様に比べで人間的に未熟なのでしょうが、一つだけ確実に私の方が上であると断言できるところを持ってるんですね。それはね——



 薄暗い部屋の中、そよぐ風を感じました。

私の怒気に当てられてか、あるいは魔力かな? よく顔を見えない他のお三方は怯えるように壁際に一歩下がる。



「ふふっ、そうですよね。まずは話し合って状況を確認し合うって大事ですよね。だからそんなに怖がらなくたって良いんですよ?」

「そんな、こんな狭い空間でそんな中規模魔法クラスの魔力……ダメッ、私が悪かったから止め——?!」



 さーて、懐から輝石を取り出しまして……準備完了です。

 あははっ!怖がってる怖がってる!

その様子が今はまだ見えないのが残念ですが、これから直ぐにその面拝んでやります! 礼には礼を、無礼には無礼でお返ししてやりましょう。



「 いきますよ〜。そーれ【ムーンライト】」


 そして、魔法発動と同時に、輝石を宙に放り出したら完成です!

 わー綺麗ですねー。見てくだい、屋内なのに輝く満月がロマンチックな夜を演出してますよ!

 あれれぇ?皆さん、ひょっとして危ない魔法が来ると思ってビビってましたか? あんぐりお口ひろげてお間抜けさんになってますが良いんですか? 笑っちゃいますよ〜?

 いやだなぁ、こんな狭いところでドンパチする訳ないじゃ無いですか、危ないですし。だからこの魔法も触って大丈夫なやつですよ、特に人体に害はありません。安全第一です。



「こ、これがランバルディア家を象徴する最上位支援魔法【ムーンライト】……」

「す、すごい——」


 アザレア様、あと名前を知らない誰か様が感嘆しております。

 うふふ、そんなに屁っ放り腰で見上げちゃって。こんなの淑女の立ち居振る舞いには見えませんよ、恥ずかしい人たちですね〜。

 でも驚くのは無理ありませんよね。何せこの歳でこれだけの魔法を発現出来るなど、いかにあなた方が優れた人間であろうとも難しい話でしょう。ましてやランバルディア家の誇る最上位支援魔法です。皆様には滅多にお目にかかる機会はございませんでしょうから、とくと御覧くださいまし。

 とは言っても、我が家では生まれた時から仕込まれている一番馴染み深い魔法ですから、本家に帰ったら飽きる程に見られるんですけどね。例えばそう、眠れない暗い夜とかに。あるいは……と、殿方との情熱的な夜に……なんて。わぁぁぁあー!!? そんなの駄目です、破廉恥です。お月様が見てます!たとえ天が許しても私が許しませんよお母様!

 とまあ、広範囲に身体能力強化等の補助魔法を降り注がせる、有事の際にも大変に有効な最上位支援魔法と世間では称されておりますが、我が家では専ら灯りの代わりなんですよね。健康補助機能でぐっすりと眠れるから便利なのは分かりますが。


 それはさておき、ようやくこの部屋の全貌が明らかになりましたね。四方を眺めても、うーん壁! まるでトマティーナが開催された後のように所々赤黒い飛び散りで汚れています。これはもしや、ちょっとするとまさか、血なのでは……。

 何やら恐ろしげな考えが頭をよぎりましたので気を紛らわせるべく、この部屋の同居人三人のお顔を改めて拝見します。


 ちっ。ロゼリア様は今日も大変麗しいですね、はいはい美人美人。

 それで、あーはいはい。やはりアザレア様も結構なものをお持ちのようで、おまけに大変な別嬪さんでしたか。何方かと言えば可愛いの部類に入るのでしょうが、何にしても飯が不味くなるのでこれ以上は視界に入れたくありません。

 最後の方も当然のように可愛らしく、お美しい方ですね、お名前はなんと言うのでしょうか? 小柄な方なので他の二人よりは分かり合えると思うのですが……。


 しかし今は、三者同様にお口を開けて、ロゼリア様に至っては何故か尻餅までついて御観覧頂いているので、こちらとしては脅かした甲斐があったと言うものではあるのですが、いい加減に建設的な話も進めて行きたいと思う次第でございますので、先程の発言に関しては不問としてやるですよ。寛大な心に感謝しやがれです。


「すごい……



 なんか思ってたよりも、小さい」



 その発言は、私の胸に深く突き刺さりました。

 あ" こいつ今、"小さい"って言いやがりませんでしたか?貴方となら、分かり合えると、そう信じていたのに……

 所詮こーしゃくさまなんて、人の心を理解しない碌でなし一族しか居ないんですね。大体公爵と侯爵って響きが紛らわしいんですよね。だから同じ響きの彼女達は皆悪役令嬢のような陰険な性格をしているんですよ。こうしゃくなんて嫌いだ。

 見てくださいよ、ロゼリア様なんて。この人には過去に何度かお見せしたことがあるのに周りの方達に合わせたのかご丁寧に尻餅までついて驚いたふりをしているじゃあないですか。

 何なのですか!そうやって遠回しにまた馬鹿にしてるんですか?どうせこの前みたいに——


『えっ、今日のお月様ちっさ……あ、セシリア様の魔法でしたのね。既に新月の日が近づいているのかと危うく勘違いをするところでした、失礼しました。ところでランバルディア家の誇る【ムーンライト】とは星明かり程度の輝きに大層な名称を与えているようですが——』


——などど失敬なことを考えているに違いありません。

 確かに、家の者と比べたらやや劣るかもしれませんが、輝石を大きくすればまだいけますし、そもそも私の得意魔法は鉱石魔法……ってそう言う話じゃなくて!



 さっきから全然真面目な話にもっていけてないじゃないですか。そろそろ本気で怒りますよ。

 だって、目が覚めたら見知らぬ壁ですよ!天井が見えないとか不気味に思いません?それなのに、そんなに見上げて何が面白いんですか、あなたは。


 私は怒ってます、とアピールするために、床をカツカツ蹴ってロゼリア様のところまで近づいて行きます。

 あーもう!何で思ったようにいかないんでしょうね。音が全然響かない、と言うよりも鳴らないんですよ!


 床を見ると至る所が赤黒く、乾いたトマトソースのシミが……じゃなくて。プチトマトサイズの円形に空いた穴が規則的に並んでおります。穴の中は暗く、とても深そうです。床がこんなにボコボコとしていたなんて、通りで寝心地が悪い訳ですよ。こんなに気味の悪いところに先程まで寝転がって……止めておきましょう、深く考えてはいけません。


 足音は諦めてスタスタとロゼリア様のところまで歩きました。この意地悪な人をどう懲らしめてやろうかと思いながら顔を見下ろしてやったのですが、様子がおかしいのです。

 ロゼリア様は血の気の引いた青い顔をしておりました。そしてカタカタと震える右手を上に挙げて、何かを指し示します。


 あなた様ともあろうお方が、一体どうしたと言うのですか!

 振り返り、彼女か指差す方向へ私も視線を向けました。

 すると、私が生み出した灯りによって、ここに来た時は闇の彼方で見えなかった天井の存在が確認出来ました。




——嗚呼、そうです。何故私は今の今まで気を失う前に考えていた事を思い出さなかったのでしょう。



震える彼女か指差した先にあったのは……


 



上を見上げると——


白貌と……

……白い骸


 

 私は今度こそ、思い出しました。

この部屋に閉じ込められた意味を——

連れ去られた理由を——

そして——


「骸骨が……て、天井が近づいて来てる!

槍が、刃物がこちらを向いて近づいて……」



—— 運命を変えられなければ、私の人生は今日ここで終了することを。


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