ヒロインは婚約を回避したい?
初めましてみなさま、ご機嫌麗しゅう。
ランバルディア伯爵家の三女、セシリアです。
さて突然ですがなんと私、予知能力が使えるのですよ。
例えばそう、食パン咥えてこの廊下を走るヒロインが、今から10秒後にそこの曲がり角に差し掛かります。
その直後に運悪く曲がり角の先から一人の男子生徒改め王子様が現れて、
ヒロインとのお約束的な衝突を果たしてしまい、
ぶつかって転んだヒロインは案の定、スカートの中身をお披露目してしまうのですよ。
あ、カメラはダメだかんね!特に男子!!
あれ?信じてない?
私、ひょっとして怪しまれてます?
予言なんて胡散臭いですか、そうですか。
でしたら、近くにいるそこの誰かさんに協力いただき、予言を実証してみようではありませんか!
食パンは咥えていませんが、まあそこは目を瞑りましょう。
それでは、実証スタートです!
「おおっと、何かにつまづいたぁ?!」
―― ドン!
「きゃあぁぁあ――!?」
おおっと?!
私はうっかり何かに躓いてしまい、思わず前を歩いていた女子の背中を押してしまいました。が、問題はありません。
するとなんと言うことでしょう!
直後に曲がり角から男子が現れてきたじゃないですか。
どうです、本当に私が予言した通りになりそうでしょ?
悪いね、近くにいた誰かさん、くっくっく……。
あれれ?思ったよりもあの人盛大に突っ込んで行っちゃったけど、大丈夫だよね?
意識不明の重体により救急搬送とかはナシだかんね?
さ、殺人未遂とかになったらどうしよう……あ、起きた。
「痛たた……ハッ!?
申し訳ございませんシャルル殿下!
あ、あそこにいる彼女が私を後ろから突き飛ばしてきて、その―」
突き飛ばされた女子生徒、無事に喋れます……ふう。
け、計画通りッ!
良かった、うまくいったみたいね。
自分でやっておいてなんだけど無事で何より。
このままとんでもない事故になってたらシャレにならなかったわ……じゃなくて!
べ、別にあんたの事、突き飛ばしたのはわざとなんだから、勘違いしないでよね!
そうなんですわざとなんです。
ごめんなさいすみませんでした悪気はあったんです。
ドジでも何でもなく、
純粋な悪意で生まれた純度100パーセントのツンツンですが許して下さい。
ほら、多分これでみんな憧れの王子様と仲良くなれますから。
王子様がデレデレに甘えて来てくれる濃密さ120パーセントぐらいの青春が待ってるからね!
私は恋のキューピッドだから、どうかご勘弁を。
「くっ、戯言を申すな
我が進む道に立ち塞がる下品な女の言葉などッ―!!?」
ぶつかってきた女生徒相手に、激情を露わにして。
(スカートの中に広がった桃源郷には目を向けながら)
大袈裟な素振りで、やっと廊下から起き上がりましたのはターゲットの王子様。
(王子だけ病院送りになればよかったのに)
しかし、私も被害者だと言う女生徒の言葉に耳を傾けると、王子が私の方へ視線を移します。
視線の先にいた見ず知らずの私を見て、彼はハッとした表情を……?
なぜあなたがそんなハトが豆鉄砲食らったような顔をなさるので?
『え?まさかこんな地味で特徴のない背景の様なモブ女がこの俺様に楯突くわけ無いだろ?!』
みたいな感じですかね?
むしろ信じてもらえない方が困るんですよー、私。
彼の王子様の深遠なるお考え事はさておいて、
権力者であらせられる王子様は予定通りに頭がお怒りで沸騰中の事かと思われます。
そのまま怒りの矛先がこちらに向いたなら、後はしょっ引かられない程度に
悪い印象を与えられたら完璧のパーフェクトなのですよ!!
差し当たって、権力を傘に着た生意気な伯爵令嬢を演じてみようではありませんか。
そんな訳でドンと来なさい、断罪イベント。
「オーッホッホッホ!
まあシャルル殿下、失礼いたしましたわ!
そこに居た彼女が目の前で躓きかけていたので、肩をとって助けようと手を差し伸べだのですが、
あと一歩届かず、躱されてしまったようですわ。
うう、ワタクシはとても悲し――?!」
高飛車のお嬢様、ここに見参!
主審を相手にルールが何だと言わんばかりの珍プレーが炸裂します!
身の程をわきまえないバカが痛恨の一撃を放ち一点を先取です!!
オウンゴールなのも織り込み済みというのですから、
いかに身内からも煙たがられているのかが容易に想像できましょう。
と、あらぁ?
ここで番組の途中ですが、たった今入ってきた情報によりますと一つ誤算が発生してしまったようです。
どうやら突き飛ばしてしまった相手も大層な大物だったのでした。
ていうか色々と気がつくのが遅すぎました。
厳しい展開になりそうです。
この考えなし!オタンコナス!
私ってほんとバカ……。
まあ嫌らしい話、伯爵令嬢である私なら十中八九、
突き飛ばされた側からの糾弾は家名を盾に退けられると踏んでいた訳なのですよ。
そんな怪しい女が向かう先々で現れては、権力という名の漂白剤の香りを漂わせて居るのです。
(旦那ぁ、ヤツは表面上は真っ白ですがきっと中身は真っ黒ですよ、真っ黒!)
ならばいかな路傍の石ころでも蹴とばされない訳がないでしょう?
そうやって王子様の前でこまめに悪い印象を与えて程よくしっぺ返しを頂くことが出来たなら、
そのうちこの国に関わってくるであろう、不穏な未来の筋書きから逃れられると踏んでいたのです。
何故そんなことがわかるのかですって?
それは私の予知能力……ではなく、
実はこの世界が前世に私がプレイしていたゲームの世界にそっくりだからです!
はい、前世の記憶持ちという新たな特技が私の履歴書に追加されました!
頭のおかしな女として面接官の方からドン引きされること間違いなしですね、
そもそも書類審査の時点から既に危ういと思いますが大丈夫ですかね?
でもこの国からなるべく平穏無事に離れられるなら、そんな印象を与えても私は気にしませんですのよ?
ですので、これからも毒電波発信基地局として空気を読まずに敢為邁往して行く所存で御座いますわ!
オーッホッホ~!
などなどと考えていた私はついさっきお亡くなりになられたのです!
まさか私が突き飛ばした相手こそが王子の婚約者にして、
この世界の元となったゲームに登場する本物の悪役令嬢の
ロゼリア・ベルフローレ公爵令嬢だったとは……
何が、
恋のキューピッド
ですか!!
冗談にも程が有るのです。
うう、身分を盾にして知らん顔する素敵な作戦だったのですが、どうしてこんなことに。
悪役としての年季も違えば爵位も下なのです。
付け加えるなら、学年順位も下ですし運動神経でも負けてます。
身体のメリハリなんて比べられたら悲しくなります。
全戦全敗、勝てっこなしです。
あー、悪くても精々停学までと踏んでいたのに、思いもよらない展開に頭の中が真っ白になっております。
「じょ、上等ですわ、この私に楯突こうなんで一体何処の何方なのでしょう?
お名前を申し上げてくださいな」
あわわ、元祖悪役令嬢が怒りに震えております。
さて、本場の悪役令嬢が解き放つ伝家の宝刀の斬れ味はどれぐらいヤバイんでしょうか?
人捕る亀が人に捕られる側となった私の運命は??
罰金刑?懲役刑?終身刑??
もしかして階段の十三段目のまであと一歩のところに差し掛かってたりします?
約束をギリギリの時間まですっぽかされたセリヌンティウスさんも、こんな気持ちで友の帰りを待っていたんですか?
男同士の抱擁に感化されて仲間になりたそうに見ていた王様は罪を免じたんですよね?
それなら今の状況も竹馬の友が全裸で駆けつけて来たら無かったことに出来ますか?(キャー、あの人変態よ〜!)
そもそも友人が居ないんですけどね……ぐすん。
やっぱり社会的立場を利用して悪だくみなんて現代に生きる人間が考えるべきではありませでした。
くわばら、くわばらなのですよ。
残念、もう遅いのですが。
ともかく作戦は大失敗。
ベルフローレ公爵令嬢もお怒りのご様子で、私は今や針のむしろ。
全力で胡麻でもすりまくって、何が何でも生き延びてやるです!
どうして予知能力者さんはこうなる事を予言してくれなかったんですかねぇ?
ところでロゼリア様、私に詰め寄る前に何かボソボソ言ってませんでした?
「ごめんなさい許してください。悪気はなかったんです。
あ、アタクシはランバルディア伯爵の末娘、セシリアと申すものです
このたびは大変な粗相をしてしまい、誠に申し訳」
「あらあら、その様な見え透いた嘘を此の期に及んで口にするだなんて随分と――」
「まあ待て、ローゼ。
すべては我が考え事で周りをよく見て居なかった為に発生した不幸な事故だ、何も気にせずともよい。
ソナタも面を上げよ」
権力の壁に板挟みで早くも圧迫死してしまいそうな可哀想な私……ぐすん。
ですが、挫けませんわ!
急ぎこの場をどうにかして丸め込む方法を考えねばっ‼︎
ぐぬぬ、袖の下……あれ?予想外の反応が王子様より返ってきましたよ?
「ランバルディア家のセシリアと申したか?
あの家のものには我らペドロイア家も代々世話になっておるなしな。
どれ、今度そなたも我らの茶会に参加してみないか?
今夜父上に相談……」
えっ?!
あなたの婚約者を突き飛ばしてた事はもう良いの?
おまけに何故か茶会によりお呼ばれされてる。
有ろう事か婚約者を前に殿下はちょっかい掛けようとしてますよー、良いんですかー王子?
そこで怖い顔をして許嫁が睨んでいますが無視して良いんですか?ガン見してますよ、ガン見!
お、やっと気が付いたか?気が付いたよね??って無視ぃ?!
うわぁ……婚約者を無視して、とうとう背筋が痒くなる様な歯の浮くような調子で口説き文句を垂れ流し始めましたよ。
信じられません、最低です!
大体、何でこの手の俺様系は人の話が聞けないんですかね?
その癖お決まりのように自分語りが長いんですよ、最悪です。
は?タラバガニって生物学的にはヤドカリ?
どう見てもあれはカニだと思いますけど、この人は突然何を言い始めたんですか?
ちょっとロゼリア様に通訳お願いしても良いですか?
あうっ、睨まれてる……。
私はなんて馬鹿なことをしてしまったんでしょう。
どうしよう、すごくお家に帰りたい気分です。
なんなら王子の話が終わる頃にはもっとお馬鹿になっている自信があります。
そもそもこの様な行動に出た発端は、あなた方から、もっと言えば不穏なこの国の将来から、できる限り遠ざかりたかったからなのですが。
その考えとは裏腹に私が矛盾した行動に出ている様だと思われるでしょうが、この世界の歴史がもし本当に私の知っているゲームの世界の通りに進行するなら、ただ関わらない様に、近づかない様にするぐらいではどうにもならなかったのです。
何せこの物語の舞台、様々な人物の思惑が絡んだサスペンスですからね。
探偵役である主人公の王子様が行く先々で、死人が登場してしまうような世界がマトモなはずがありません。
しかも権力者が探偵なので、「犯人はお前だ!」を安易にやってしまうと、
たとえ冤罪でも明らかではない場合は普通に有罪扱いされて事態が泥沼化するのを楽しめる仕様なんです。
おまけに婚約者がいるのに女性関係にだらしのない王子は、しょっちゅう他所の令嬢達に唾を付けに行きます。
その中の令嬢の一部からも死人が出て、犯人の候補の一人に浮上するのがロゼリア・ベルフローレ公爵令嬢。
ちなみに私は、日常パートの選択肢次第で、早ければ物語の第一部終盤で何者かに殺されるヒロインだった筈です。
私の意思は抜きにして、王子と関わりが深かろうが浅かろうが、選択肢次第で私が死んでしまうのです!
「そんな所で学生なんかやってられますか、私はこの学園から出る!」
と、言いたいところでしたが、私は良家の令嬢、そうは問屋が卸しません。
だって政略結婚ぐらいにしか使い道のない三女ですよ~
学園にいるうちにいい人のお嫁さんになれないと、何処かの脂ぎったオジサマの下で永久就職ですよ~
そうね、具体的には同級になるペドロイア家のご子息なんて素敵じゃない?
さすがにそこまでは言わないけど、家格の高いミンスター家の……
……まだ結婚とか、恋とかもしたことがないのに、嫁ぎ先が決められるなんて最悪ですよ、最悪。
家から出るとかも考えましたが、そちらも色々とハードルが高くてあきらめました。
だから考えたのですよ、如何にして王子の身辺に関わらずに、私の不幸を救ってくれるヒーローを見つけられるか。
その考えからすると、下手に悪女を演じていてはまともな彼氏は出来ないような気がしますので、
事実はうまい事もみ消して王子にだけ悪い印象を残せるように頑張りたいと思う次第なのであります。
まあ、早くも大失敗なわけですが。
「よろしいのですか殿下!
今しがた殿下に危害を及ぼそうと、この私を突き飛ばして来たのですよ?」
いや、まだ終わってないようです。
王子に私の罪を明らかにする気がなくとも、もう一人の被害者であるロゼリア様には、
先ほど身に降りかかった事件の犯人と思われる私を糾弾する権利があります。
まあ確かにぃ、私は貴方を後方から突き飛ばしましたが、目撃者は居ませんからねぇ……。
勿論、念のため事前にそう取り計らっていたのですがね、ぐふふふふ。
王子が彼女の肩を持つ気配がない今なら、少々強気に出て 彼女と言った言わないの醜い争いをしても大丈夫かもしれません。
何なら、被疑者の立場として認識して頂いた方が、かえって安全……あ、それ死亡フラグだかんね!
はぁ~公爵を敵に回すのは少々危険ですし、気も乗りませんが致し方ありませんね。
「オーホッホッホ!
まぁ何を仰っているのか私にはさっぱりですわ!
愛おしの殿下に構って頂けないからと、
自ら気をひく為に接触事故を起こそうとしていたものの言うことは信用できませんわね」
はっはっは、言ってやりましたよ!
ごめんねロゼリア様、突き飛ばされた挙句こんな暴言を浴びせちゃって。
本当はロゼリア様も割と危険な立ち位置だから、王子に関わって死んじゃう人は助けてあげたいんだけど。
でも結局、わが身かわいさに他人を利用して幸せを勝ち取ろうだなんて。
あーあー、私っていやな女だな……
「なッ?!……誰が……………………よ。
それよりも……なにを平然と嘘を仰るのかしら、この方は
良いです事、アナタが私の背中を足で蹴とばして来たことはれっきとした事実
私の制服とあなたが履いているシューズとを鑑定してしまえば簡単にわかることですのよ?」
………ごめんなさい、本当にごめんね。
……
…
え、ちょっと待って??
「足なんて使ってないんですけど?!」
「え?」
「……あっ!」
ぬわぁ―、考えていることが思わず口に出てしまう癖が、出てはいけない場面で出てしまいましたよ!
自爆、またしても自爆ですよ!
この人でなし!
この考えなし!
オタンコナス!
私ってやっぱバカ……。
「ア、アナタが私の背中を足で蹴とばして来たことはれっきとした事実
私の制服とあなたが履いているシューズとを鑑定してしまえば簡単にわかることですのよ?」
で、何でロゼリア様はさっきの口上をもう一度繰り返してるんですかね?
ハッ?!もしかして私にも第三の能力『限定的な時間の跳躍』がついに発現したとか?
ついに私にもチカラが……って喜んでる場合じゃない。
今度こそ平然と受け答えを――
「まてローゼ、先ほど足では蹴っとらんと申しておったではないか」
はい、私にも超能力が目覚めたとか、そんな事実はございませんでした。
話を戻してくれてどうもありがとう王子、早く刺されろ。
「だ、大体『愛おしの殿下に構って頂けないからと、気をひく為にわざと接触事故』
などと、なぜ私がそのようなことを!
それでは私がまるで本当に……」
ロゼリア様の声はだんだんと尻すぼみになって行きました。
なんだかおぼこい反応ですね、ふへへ。
って場合じゃないでしょ!
醜い女どうしの泥沼を!汚い罪の擦り付け合いをやって心象を悪くしてもらわないと!
それにしても突き飛ばした時の感触がやけに軽かった気がしたんですが、まさかね。
「ははは、分かったぞローゼ
お前また我の興味をひく為に事件を引き起こそうとしたのだな、
まったく……人様に迷惑をかけるからやめておけとあれほど」
「ち、違います殿下!
今度は本当に何者かに背中を押された感触が確かにあったのですよ!」
「またそういって、『ミンスター事件』の時もお主が下手なことをせねばな。
もっともあの時はお前が監禁される前に残した手がかりがなければどうなっていたことか」
「ああ、もう!
あれは別に――」
「助かったよ、お前がいてくれて」
「―――ッ??!」
目の前でさっきから、イチャイチャと、痴話言垂れ流しやがってます。
ねぇねぇ、おい聞けよ。
私の事は無視ですか!
突き飛ばしたの、王子様の婚約者突き飛ばしたのにぃーッ!!
……セシリア・ランバルディアは本来の目的も忘れて、その後も二人にちょっかいを出すのであった。