言葉の意味
「なぁ、自己紹介しないか?」
「どうしたの急に?」
オレと彼女は門を出て王都の外にあるリューネス森林と呼ばれる森に来ていた。
「いや、オレはお前のことをお前って呼んだりお前は俺のことをあなたって呼ぶしよ、名前のほうが呼びやすくないか?」
「うーん、でも私の名前呼びづらいわよ?」
「良いさ。お前っていうよりはマシだ。…人に名を尋ねるときは自分から名乗らないとな。俺は相川那月。那月のほうが名前で相川が家名だから那月って呼んでくれ。んで、お前は?」
「やっぱり極東出身なのね、黒髪黒目だからそうだとは思っていたけれど。私の名前はエリシア・フォルテ・エルストリアよ」
エリシア?別に呼びにくいことも無いが……。
「…長いなどこかの貴族か?」
「ええ、昔は…ね。私は捨てられたのよ。家からね。父の愛人の子らしくて家名だけは貰ったのだけれど、普段は名乗ってはいけないらしくて。まるで忌み子のように嫌われていたのよ。だから捨てられて清々していたのだけれど資金が底をついてしまって冒険者になったの」
「へぇ〜。ん?てことはこの依頼が初めてなのか?」
「ええ。あなたは戦闘慣れしてそうだから誘ったの。誘いを受けてくれて助かったわ」
……?初めての依頼…オレも初めての依頼…ってことは……。
「美幼女と依頼に行けない…だと?」
オレはその場に両手両膝をついて目から一粒の水滴が零れ落ちる。
「あれ?目から汗が出てきやがる…俺の脳裏の幼女が崩れ落ちてくぜぇ…」
「ちょっと!大丈夫?」
orz状態のオレを心配する彼女に見惚れてしまいそうになる。だがその顔を見てからなぜか彼女の顔から幼女化した彼女を頭で思い浮かべてしまう。
「病気か?」
いや、オレは元から病気だ。幼女愛好家なんて言ってるけど世間ではただの変態だな。
「とりあえずレッサーウルフの集団が出没する南側に行こうかシア」
「シア?」
彼女はコテンと首をかしげる。
「エリシアだからシア。ダメだったか?」
エリシアは沈黙したが突然顔を爆発させたかのように顔を真っ赤に染める。
「べ、べ別に好きに呼べばっ!」
ぷんすかとまたふくれっ面で足早に森を突き進んでいく、エリシア。
「やっぱり幼女じゃ無いとわからんな」
オレは一人彼女の背を見て呟きながら追いかける。
一時歩くと彼女が急に手を横に上げて俺の歩みを止めさせる。
「どうしたんだシア?」
「しっ!…この先に5匹群れているのがいるわ」
エリシアが鼻をスンスンと動かして周囲の気配を探っている。
と言うかその姿はやはり犬だ。
オレは腰にぶら下げているマチェットを引き抜いて何があっても対応出来るように彼女の周りを警戒しておく。
「いた。前方200メートル先に5匹、水を飲んでるわ。奇襲する?」
オレは彼女の問いに頷く。そしてエリシアは籠手型の小さな弓を開き、腰にある小矢を一本取りレッサーウルフ目掛けて射る。
200メートル先にいる相手を正確に撃ち抜くその矢はまるでスナイパーが撃った一発の狙撃弾のように回転を加えて飛んでいき1匹の狼の頭に深々と突き刺さる。
それを見て警戒して矢がどこから飛んできたのか気がつきオレ達の方に向かって走ってくる。
オレは彼女の方を向くと弓を折り畳んで腰から湾曲剣を引きぬいて近くまで来たレッサーウルフの首を撥ねる。
オレの方に来たレッサーウルフにマチェットを振るとスルリと刃が入っていき骨に引っかかる事なく斬れた。
「うげっ…グロいな…てかグロさ耐性なんて俺なかったはずだけど…」
恐らく、いや、確実にあの異世界召喚の魔法のせいだろう。あれを使われて呼び出されたオレ達はこの世界の言語や最低限の知識と言葉の読み書き、それに加えて殺す事への戸惑いを消し去る。これを施されたのだろう。
勇者を呼び出したのに狼なんて殺した事のないオレが今レッサーウルフの首を撥ねた事への罪悪感や嫌悪感が全くと言っていいほどなかった。
死という概念に疎い日本人が魔物とはいえ生き物を殺す事を躊躇いもなくできるのはあり得ないからな。
……いや、オレなら日本でも人を斬れた気がする……もちろんそれは幼女に手を出した悪い大人だと思うが……。
そんなこんな、考えながら向かってくるもう1匹はスタンロッドを掴み、スイッチを入れるとレッサーウルフは痙攣を起こしながら息を止めた。
念のためにマチェットで心臓部を突き刺す。
「ふぅ。お疲れ様。あなたって雷の魔法が使えたの?」
エリシアが剣を振り血を剣から落としながら近づいてくる。
「いや、これは…」
日本製品です。なんて言えるわけがない。
「魔道具だ。うちの家宝でな、俺の家族はこの世界に無いから俺が使っているんだよ」
「ふーん、魔道具ねぇ…見た事無いんだけどなそんな魔道具」
ジトーっと何か言いたげにオレを見てくるがオレは何も言わずにスタンロッドを魔法袋に仕舞う。
「じゃああと10匹早くやっちゃいましょうか」
「そうだな。の前に素材の回収な」
「はーい」
そうしてオレとエリシアは黙々とレッサーウルフの牙を引き抜き皮を剥いでいく。
二人で1匹ずつ剥ぎ取った後、2匹目に移っている時に俺の疑問だった事を聞く。
「なぁ、シアの持ってるその籠手弓と湾曲剣ってほとんど見ないよな。魔道具か?」
オレが何気なく聞くと彼女は手を止めて俺の方を向く。
「この二つは母様が命に代えて手に入れて私にくれたの。だから母様の形見なの…」
「そっか…いい母さんなんだな」
オレが皮を剥ぎ取りながら呟くと彼女は疑問の声を上げる。
「え…?どうしてそう思うの…?」
「なに、その剣は魔道具って言ったよな」
「え、ええ。そうよ、でもなんでそう思ったのよ?」
「簡単なことだ。魔道具はこの世界では人が作る武器では最強と言っても過言では無い。もちろんダンジョンの深層で作られた魔具には劣るけどな。他にも聖剣なんかの宝具って呼ばれる武具があるだろ?そんなものは手に入る代物じゃ無い」
日本製品の大型物流店で購入のマチェットは宝具だったけども…。
「それとその魔道具鑑定した事あるか?」
「いえ、誰にももたせた事なんか無いもの」
「ちなみに俺は見たものを鑑定することのできるスキルを持ってます」
オレが鑑定スキルを持っていたことに驚いたのかそれとも敬語になったことに驚いたのかわからないが咄嗟に剣を背に隠す。
「そんな隠さなくても、もう見たから。…それで、その剣の名称聞いたことあるか?」
「湾曲剣ってことしか…」
そう呟きながら剣をひと撫でする。
「その湾曲剣の名前は山茶花。山茶花の花言葉、知ってるか?」
エリシアはその花の名前を告げると目を見開く。
「その花、母様が毎年育てていた花…っ」
「その花言葉はな、『困難に打ち克つ』『永遠の愛』『ひたむきさ』。多分その剣に込められた思いは永遠の愛を詰めたこの剣でひたむきに困難に向き合い打ち勝って欲しい…そんなところかな?」
「…母様っ!」
「なぁ、ちょっと話をしよう。お前は生まれてきて幸せだったか?」
そう告げると彼女は微かに首を横に振る。
「そうか…俺の祖国の文字はな、面白いんだ。『幸』…こう書いてしあわせって読むんだ」
オレは地面の上に木の枝で書いた文字を見せる。
彼女はそれを見て首をかしげてきてよくわからないような顔をする。今気がついたがオレは彼女と向き合っているためそのまま書いてもわけがわからないことになっていた。
それでオレは彼女の隣に腰を下ろして再び『幸』と文字を地面に書く。
「じゃあ、幸せの反対ってなんだ?」
「……つらい?」
「そう、そうだ。つらいって字は『辛』こういう字なんだよ。『幸』との違い、わかるか?」
「うん、線が一つ多い」
そう言って漢字の上を指差す。
「そうだよな。『辛』に一本線を加えると『幸』になるよな?その逆に幸せな状態から何か一つかけたら『辛』になる。今が辛いときだとしてもこれからシアの人生に何か一つ変化が訪れると幸せな人生になる。決して過去のことを忘れろなんて言えるもんじゃないけど、シアの母さんが言いたいことはこれに近いことだと思う。もし俺に子供がいたとすればその子を溺愛するはずだ。それにシアみたいな可愛い子ならなおさら幸せになって欲しいからな」
「か、かわっ!」
エリシアは尻尾をブンブンと振って興奮したように顔を真っ赤に染める。
今日は本当にエリシアは顔を赤くする。疲れないんだろうか?
「シア、パンツ見えるから尻尾止めなよ」
オレがそう言うとエリシアは先ほどの照れたような顔の赤さが怒りの赤に変わる。
「ナツキくん!!」
初めてオレの名前を呼んでくれた。
その瞬間、微かにオレの胸の辺りに何か異変が起きた気がするがこれはいつもの幼女を見て感じる萌えではなかった。
だが不思議と嫌ではなく、心地のいい感覚だった。
ーーこのとき気がつくことはできなかったがオレは彼女に恋に落ちたのだろう……。でも気がついたのは少し先の話になる……。
▽▽▽▽▽
「まさか1日で15匹のつもりが20匹倒せるとはな。十分いい成果だったな」
「…そうだね……」
オレの隣を歩いているエリシアが沈んだ顔をしている。どうしたのだろうか?20匹目を狩り終わって帰ると告げたら急に元気を無くすし…もしかしてあれか!!
「シアは戦闘狂だったのか……」
「何言ってるのよ…私は戦闘狂なんかじゃないわよ」
「じゃあなんでそんな元気ないんだよ?」
「そ、それは…ナツキくんが……」
彼女は立ち止まったかと思うともじもじとし始める。
あぁ、それじゃああれだな。
「…うん、俺はいいと思うぞ。ツンケンした性格なら縞々でも構わないと思うが。別に子供っぽいなんて思ってないから。あ、ちなみに俺は薄ピンクや純白も好きだから……痛っ!」
「ぱ、パンツの話じゃ無いわよ!」
咄嗟に叫けびながらオレを叩くエリシアは自分が今どこにいるのか気がつき周りを見回し自分に視線が集まっているのに気がつき狼耳がぺたりと萎れる。
その萎れた耳を頭と一緒に撫でた。
「え、え?えぇ!?どうしてナデナデしてるの!?」
「任せとけって、幼女ナデナデで極めた俺のナデナデスキルが気持ちよく無いわけが無い!」
「ちょ!ちょっと、やめ……ふにゃあ……」
両手で撫でくり回すと彼女の顔がフニャリと蕩け顏になってしまう。
「あ、やり過ぎた…」
それから少しして彼女が再起動して立ち上がる。
オレもエリシアも少々気まずいのですぐにギルドに向かって報酬を受け取った。報酬額は大銀貨2枚と銀貨2枚とぴったり分けることのできる額だったため、すぐに報酬を分けると彼女は颯爽とギルドから出て行った。
「こりゃ嫌われたな……」
まぁ、当然だわな…パンツ見られて撫でられて失禁しそうになっていたからな。しかも公衆の面前でだ。それなんて恥辱プレイ?って言いながらフィルフィが飛んでくるかと思ったくらいだ。
いや、正確に言えば飛んできたから即座に亀甲縛りにしてその場に置いていったけれども……。
「今日の収入は15000ゴールド、異世界転移初日でこんなに稼げるんなら俺いけるんじゃね?」
ステータスを開けばレベルも二つほど上がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇
相川那月 17歳
幼女愛好家(多分人族)
LV3
筋力70
防御力50
知力70
精神力30000
持久力90
スキル
短剣術LV2
片手剣術LV2
追跡
鑑定
鍵開け
禁忌・幼女魔法LV MAX
称号
巻き込まれし幼女愛好家
技能複数保持者
鋼鉄の精神
鈍男
鍵開け職人
アルステイン国王の嘘を見破る者
◇◆◇◆◇◆◇
スキルが増えたりはしていないがスキルレベルが上がっていたのは嬉しい。だが俺のメンタルがやばい。
鋼から鋼鉄にグレードアップしてる。もうこれちょっとやそっとじゃ驚かねぇ…って!鈍男ってなんだよ!鈍感野郎って言いたいのかこの称号は!こんな称号は高須隼人につけてやれよ!
「はぁ、まぁいいか。この死と隣り合わせの世界なんだ。強くなることで悪影響なんかないからな」
一人呟きながらギルド内の賑やかな声が聞こえる二階にある酒場に訪れた。
「お!期待の新人の登場だ!お前ら!酒持ってこーい!」
飲んだくれ親父が叫んでいる。しかも今朝置かれていた酒樽が一個から八つに増えていた。魔法袋にあるスマホをこっそりと取り出して時間を見ると今は夜の8時だ。そしてオレとエリシアがギルドを出たのはちょうど正午だったはずだ。
「おっさんもしかしてずっとここに居たのか?」
飲んだくれ親父に話しかける。するとアルコールの独特の臭さが残る口臭が俺の方にくる。
自然と鼻をつまんでしまう。
「たりめぇーよ。オレはサブマスターなんだ、仕事はここでしかやれねぇよ!」
そう言いながら机に置かれた書類をバンバンと叩いている。
って、この飲んだくれ親父がサブマスターって大丈夫かよ冒険者ギルド……。
オレはおっさんに別れを告げてカウンター席に向かい果実水とワイルドボアというイノシシの魔物の肉を頼む。
この世界では一般的に魔物の肉を食べるらしい。
だが中には食べれないような魔物もいる。例えば今日狩ったレッサーウルフは肉の臭みが強く、その上硬いため食べる気にならない。
魔物の肉を食べればステータスが上がったり経験値を貰えたりする。
ちなみに貴族の坊ちゃんはこのせいで、でっぷりと肥え太ったものも多いそうでちゃんと運動をさせないといけないらしい。まぁそれは当然だけども。
この世界で子供がよく食べる魔物の肉は経験値が豊富で例えば3歳4歳から食べ始めるとこの世界での成人年齢である15歳になる頃には戦闘経験がなくともレベルは10ほどにはなっている。
そのおかげでこの世界の児童死亡率は日本よりも少ない。
オレのような幼女愛好家にとってこの世界は天国なのかもしれない。
「お待ちどうさま、どうぞ食べてくれ」
厨房からギルド専属の料理人が果実水とワイルドボアのステーキを持ってくる。
「いただきます」
オレはいつものように手を合わせて合掌をする。
それを見た料理人が珍しいものを見たように嬉々として俺を見てくる。
「へぇ、それが極東式の食事の挨拶か。どんな意味が込められているのか教えて貰ってもいいかな?」
オレは香ばしく焼かれた肉を食べながら口を開く。
「いただきますっては食材に対する礼とその食材を栽培、調理をしてくれた人への感謝の意味があるんですよ。それで食べ終えたら、「ごちそうさま」って言うんですけど、俺の祖国の字で「ご馳走さま」と書くんですり「馳」「走」のどちらも「はしる」の意味です。俺の祖国の何百年、何千年もの昔は今のように八百屋のようなものもなく命がけでお客さまに食事を出すために馬を馳せたり、自ら狩りや収穫をしたり、それこそ走り回ったそうです。料理そのものに対しての感謝だけではなく、そこまでして用意してくれた人に対して感謝の気持ちを表した言葉が「ごちそうさま」なんです」
オレは羽ペンと紙を渡されてそれに自分の国の漢字を書いていると料理人が嬉しそうに頷く。
「なぁ、そのいただきますとごちそうさまって字を書いてくれないか?」
「別に構いませんけど、なんに使うんですか?」
「額に飾ってうちの家訓にする!」
「家訓に…ですか?」
オレが疑問に思いながらも新しい紙に頼まれた言葉を丁寧に書く。そして書き終えた紙を渡す。ちなみにこの世界での紙の価値は現代日本と同じだから本も結構安値で手に入る。魔導書的なものは別物だけど。
「ありがとう。それじゃあ家訓にするから」
そう言って厨房に俺の食べ終えた皿を持って戻って行こうとする。その時俺が金を払おうとするとーー
「今日はいい話が聞けたからな。俺の奢りだ。またいつでも食べに来てくれよ」
そう言ってお金を受け取らずに厨房に消えていった。
オレ、こういうイケメンなら文句言わない。
ギルドの二階の酒場から一階に降りていくとフィルフィとエルの二人組が談笑しながら二階に上がる階段に居た。
「あ、エルさん、こんばんわ〜……フィルフィサンもコンバンワ、お仕事お疲れ様デス」
そそくさと彼女たちから、主にフィルフィから離れながら話す。
すると笑いながらエルがオレに話しかける。
「ナツキさんもレッサーウルフの討伐お疲れ様です。それと先輩のことは安心してください。何故か6時の鐘を聞くと常識のある一般人に戻るんですよ?」
不思議ですよね〜!と笑いながら言ってくる。
その隣には昼間のSM大好き女性とは思えないお淑やかさを放っているフィルフィがいた。
「昼間は失礼いたしました。私、如何してかわからないのですが、朝の6時になる鐘を聞くとS化が進行してしまって、エルが言ったように夜の6時の鐘を聞くと元に戻るんですけど、お恥ずかしいです…」
そう言いながらエルフ特有の尖った耳を根元から先っぽまで真っ赤に染め上げる。
「…あ、俺こそさっきは亀甲縛りにして放置してしまってすいません」
「いえ、あれは私が悪かったんですから…それとこれお返しします」
そう言いながらオレに荒縄を返してくる。
その少しおびえた表情はダメだ。反則だ。俺の嗜虐心を煽っちゃダメだよフィルフィさん!
「あ、どうも……今のフィルフィさんなら亀甲縛りにして電気攻め…ロウを垂らすのもアリですね……」
ダメだった……。オレはフィルフィさん(真面目バージョン)が作り物の性格とかなのではないかと思い調べてみたくなりゲス顏で言ってみる。
「ひっ、亀甲縛りで電気攻め…怖い!怖いです!!」
そう言いながらフィルフィはエルの後ろに隠れる。
「こら!ナツキさん!先輩で遊ばないでくださいよ!先輩は私のおもち…彼女なんですから!」
おもちゃって言おうとしたよな…って、隠すつもりで言って彼女宣言って…いや、このギルドだ。百合の花が咲くのもあり得る。
「ほら、先輩っ。安心してください。私が何からでも守ってあげます。私のものは全部先輩のもの。先輩は私のものなんですから」
何その俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの的な発言。どこのガキ大将だよ!!
てか、言い換えてるけど全部自分のものにしようとしてないかこの子!!
そしてその言葉にまるで洗脳されるかのようにエルに抱きついてキスをするフィルフィ。
「こ〜らっ。それ以上先はベットでですよ先輩」
二人は恍惚な笑みを浮かべながら夜の街に繰り出していった。
最後に残された何故か虚しいオレが一人。
「エル、やっぱり恐ろしい子っ!!」
漫画で見たようにやってみるがなんとも様になる気がする。
▽▽▽▽▽
ギルド付近にある宿屋では冒険者が安くして貰える宿があるらしく、そこに来ていた。
『鳳凰の黄昏亭』
「無駄にかっこいいなこの宿の名前」
外観は綺麗な古民家を連想させる場所で3階建てのようだ。この街は外観をバランスよくさせたいのか3階建ての建物が多い。
俺が扉を開けるとそこにはホテルのような受付があった。
「いらっしゃいませ、ご宿泊ですか?」
三十代ほどの女性が俺に声をかけてくる。
「あの、冒険者専用の部屋があるって聞いたんですけど、空いてますか?」
「はい、空いているには空いているのですが…」
なんとも歯切れの悪い受け答えだったが黙って聞く。
「その部屋はですね、この宿の三階の一番奥にある部屋でして、宿泊代金が1日で大銀貨2枚でして…」
大銀貨2枚…1日で20000円か…確かに高いな。今俺の所持金は白金貨1枚と金貨9枚、銀貨が3枚、合計が591万5000ゴールド。と言うことは金貨1枚で5日間。
「ん?ギルド割引が効くんならその部屋に入るやつはいるんじゃないか?」
「それが、そこは冒険者割引の効かない部屋でして……ご宿泊してもらえればこちらとしても助かるので色々サービスさせていただきます。例えばですがあの部屋は極東の風呂と言うものを取り付けさせてもらっています。それにトイレに関しては衛生面を考慮した水洗式になっているので快適に過ごせるかと…」
水洗式トイレに風呂だと…?
「決めた、宿泊する」
この世界にもトイレは存在する。というか現代日本の大半の電化製品は魔道具として製作されていることから過去にも勇者召喚で呼び出された地球人、もしくは転生者がいるのだろう。
しかもトイレは宿などでは階ごとに一つ設置するのが義務だが一室に一つのトイレと風呂付きなど王家の人たちが止まるレベルらしい。
風呂については公衆浴場が設置してあるため、風呂が無いところはほとんどがそこに入浴しに行く。
入浴代も銅貨1枚と格安だ。
「ありがとうございます!!何泊お泊りになられますか?」
「とりあえず10日間で」
そう言うと同時に金貨を二枚取り出して渡す。
すぐに金貨二枚も出てきたのに驚き眉根を寄せて俺を見てくる。
確かにオレみたいな子供が二十万もあっさりと出すのは不思議すぎる。
「あの、もしかしてお客様は名の知れた冒険者なのですか?」
「いや、そう言うわけでもない」
「そうですか……それじゃあこのお金、何処で?」
どんどん不信感を募らせていく宿屋の女性に直視される。
そうだ、あれを使えばいいんだよ!!
「いや、その金は国王陛下からいただいたものだ」
「こ、国王陛下から!?…そんな嘘、ばれたら重罪で死刑になりますよ?」
女性がものすごい形相で睨みつけてくる。
だがオレはこのときのための切り札を持ち合わせている。
魔法袋から捨てるか迷った青銅剣を取り出す。
そしてその青銅剣を女性に渡した途端、目の色が怒りから恐怖に変わっていった。
「こ、これは、王家の家紋!?…た、たた大変なことを!お許し下さい!私にはまだ10になる娘がいるのです!死罪は!どうかお情けを!」
オレに剣を返しながら頭を下げてくる女性の叫び声が宿中に響きてしまう。
オレは無理やり頭を上げさせて告げる。
「しっ!国王陛下から内密に動くようにこと使っているのだ、それに俺は無闇に人を殺すことはしないっ。だから叫ぶのは辞めてくれ。それと俺がここに泊まっていて、俺の素性を明かすのは他言無用で頼む」
オレがそう告げると女性はこくこくと首ふり人形のように頷く。
その時、カウンターの奥か、一人の男性、おそらく女将の旦那だろう。
「どうしたアマンダ、叫び声が聞こえたがもしかしてこの客がなんかしでかしたのか?」
旦那が俺に突っかかることを無理やり止めながらオレに言ってもいいか目で訴えてくる。それにオレは軽く頷く。
そして旦那にオレのことを話した途端に旦那が顔を真っ青にして土下座するかとばかりの勢いで頭をさげる。
「頭を上げてくれ、俺は頭を下げられるような人間じゃない。あなた方と同じ人間だ。それに年もあなた方お二人の方が上なのだ。もっと気楽にして欲しい。というか俺だけ他の客と接し方が違ったら嫌に目立つから本当に普通通りにしてくれ」
だって王の命令で動いているなんて嘘なんだから。バレたらオレこの国で無いといけないじゃん。まぁ、旅するんだからゆくゆくは出て行くんだけどね?
オレの嘘も知らずに彼らはオレがこの宿に泊まることを聞いて嬉しそうに二人で話し合いオレの宿泊費を取らないと言ってくる。
俺は流石に気がひけるため、どうにかこうにかお金を払うことを告げると五千ゴールドでいいらしい。
いつか王都を離れるときには負けてもらった金額はしっかり払おう。
そして三階の奥の部屋に来るとまさかの3LDK。キッチンに冷蔵庫の魔道具版まで備えられている。
それに寝室にあるベットはキングサイズ。
ここ誰が止まるんだよって感じだった。
そして風呂、トイレ、景色ともに最高だったがやはり騙した後の罪悪感は拭えなかったが案外ベットに入ると泥沼のように眠った。
こうしてオレの異世界巻き込まれ召喚の長い長い1日目を終えたのだった。