紅蓮の魔女と氷雪の聖女と常闇の覇王 前編
前回言った週二投稿宣言。あれは無理そうですごめんなさい。
ちょっと色々と事情がありまして……すみません。
ですが週一は必ず投稿するので楽しんでください!
昔々、あるところに紅蓮の魔女と呼ばれる少女がいた。
その少女は自分の祖母と自分の二人だけで旅をしながら生活をしていた。
「ねぇおばあちゃん。もうさっきの村には済まないのかな?」
少女は悲しそうに言う。仲の良かった友達もできたのに。なんで自分はこんなにも疎まれなきゃいけないんだと。
「それは、儂らが異質な魔法を使うからじゃよ。だからこの力を無闇矢鱈に使ってはならんのじゃよクレア」
クレアと呼ばれた少女はこれを聞くたびに思い知る。
きっかけは村を盗賊に襲われた時だった。
村の兵士や力自慢たちは森に仕事に行ったからその隙を突かれてしまったんだろう。
村には女子供に老人しか居なかった。
だから自分が守らないといけない。そう思った彼女は祖母から絶対に人前で使ってはいけないと言われていた魔法を使ってしまった。
彼女の魔法は世界に干渉する力を持った魔法で、万物を操作することができた。
その力で彼女は近くにあった農具で盗賊を追い払って居たがまだ彼女は幼い上に力を使うことを禁じられて練習も隠れてして居たくらいで祖母のようにしっかりと操作をすることができなかった。
だから力が暴走した……。
その力の暴走で世界が反転した。
攻撃対象であった盗賊は各々悲鳴をあげながら顔が捻れてプチッと嫌な音をあげて血を吹き出して横たわった。
その時、場の空気は彼女に支配された。
「いゃ……そんな目で見ないで」
彼女を見つめる視線は恐怖と蔑み。
そんな彼女は完全に魔法の制御を手放してしまい完全に暴走しかけたところを祖母が右腕を代償に助け出し、村から逃げた。
それから今に至るのだった。
「おばあちゃん。これからどうするの?」
「そうじゃな、儂らが行くのはエフィルド教国に行き氷雪の聖女に会いに行こうと思っておるよ」
「氷雪の聖女?どんな人なの?」
「彼女はお前と同い年の12歳なのに教国で聖女と崇められる儂らと似た魔法を使うのじゃ。特に氷系の魔法が高いらしい」
「そうなんだ。私と同じ歳なのに魔法の制御を……おばあちゃん!」
「どうしたのじゃ?」
「私、魔法の制御を出来るようになりたい!」
「そうじゃな。クレア。お主は我ら爆炎神の加護を持つ家系で最も魔法の才があるのに制御ができなくてはダメじゃからな」
そう言い祖母はクレアの頭を撫でた。
▽▽▽▽▽
クレアたちは今、エフィルド教国についていた。
「ねぇおばあちゃん、氷雪の聖女ってすぐに会える人なの?」
「たぶん、忙しくなければ会える人じゃよ」
二人の会話を聞いた男が近寄ってくる。
その男は紅の剣と翡翠のような輝きをしている剣を背中に背負っている男で、おそらくクレアより一つ二つくらい年上だと思われる。
「君たちも氷雪の聖女に会いに行くのか?」
男が声をかけると祖母はすぐさまクレアを背に隠した。
「おばあちゃんどうしたの?」
「しっ!喋るんじゃないよ。この男と話したら連れていかれるよ」
「連れていかれるってどこに……?」
「クレアも聞いたことくらいはあるじゃろ?常闇の覇王の話を。その覇王がこやつじゃ」
祖母の言葉に噂の覇王の顔を一度だけでいいから見たいと思い祖母の背から顔を覗かせる。
「こんにちは。俺はさっき言われた通り常闇の覇王なんで呼ばれてるけどそんな大層なものじゃないから。それとどこかに連れ去るとかも迷信だからね」
そうにこやかに言う覇王のまっすぐな瞳にクレアは魅了された。
「あ!私、クレアって言います!」
「君のことはよく知ってるよ。災害の魔女と呼ばれた爆炎神の加護を持つ家系の最後の子供。ちなみに俺は魔神の加護を受けているから常闇の覇王だとか魔法を極めたから『魔王』とか呼ばれてるよ」
災害の魔女。そう呼ばれた彼女は表情がどんどん曇って行く。
「すまない。俺は君を責めたんじゃないんだ。その力は凄まじいほど強力だ。だからちゃんと自分の制御下に置くことが大切だけどそれを出来てないから君は災害の魔女と呼ばれる。それは嫌だろ?」
「はい……でも!私はおばあちゃんに魔法の使い方を教えて貰うんです!」
「それはいいことだ」
覇王はクレアを褒め、頭を軽く撫でる。
最初は初対面の人に撫でられるのが嫌で鬱陶しそうにしていたがその祖母に撫でられるのとは違い、男の大きな手がとても気持ちが良かったから拒めなかった。
「でも、あなたは違うだろうご老体」
「なんじゃ、儂の何がダメだと言うのじゃ?」
「あなたはもう……一ヶ月生きるのが精一杯だろう?」
あえてクレアに聞こえない声量で告げる。
そしてクレアの祖母は眼を鋭くさせ睨みつけた。
「何故、そう思うのじゃ?」
「一つ目は右手の出血の多さ、二つ目は顔に現れている斑点、一つ目は怪我だろうが二つ目は不治の病であるラフォリエ斑点病。その病は発症してから半年も生きられない」
「よく見てあるものじゃ、そんなに老婆の顔を見るのは楽しいかの?」
老婆はカラカラと笑う。
「確かにその通りじゃ。儂はもう長くはない。それでもこの子とは最後まで一緒にいたいのじゃ」
「その気持ちはわかりますよ。俺も同じでしたから。じゃあ相談ですが俺を一緒にいさせてください。そうすればあなたの病の進行を遅らせることができます。それに俺の目的である氷雪の聖女との出会いと二度とクレアを災害の魔女と呼ばせないために魔法の操作を教えること。この二つが達成できそうですから」
「お主はなんなのじゃ?今日初めてあった儂やクレアをどうしてそうも思いやれるのじゃ?」
「そんなの決まってる。俺もかつてクレアと同じ立場にあった。でもそれ以外にもある」
「ほう?それはなんじゃ?」
一呼吸置いて覇王は口を開く。
「あなたのお孫さんに一目惚れしただけですよ」
「ふふっ。それならば孫娘のことを私に何かあったらお願いしようかね」
「ん?二人でなんの話をしているの?」
クレアが二人の会話に混ざることはできず、参加したかったが止められる。
「何でもないよ。ただこれから俺も君と君のお婆さんと一緒に行動させて貰うって話をしていただけだよ。だよね婆さん?」
覇王がそう告げるとクレアは眼をキラキラさせながら覇王と祖母を見回す。
「そうじゃよ。クレアも儂から習うよりもこやつから習った方が良いじゃろう。儂のは旧式、古い魔法じゃがこやつは旧式も新式も扱うことのできるやつじゃからな。一緒にいてクレアを見て貰えば良いと思ったんじゃよ」
祖母が笑顔で頷いて告げるとクレアは飛び跳ねながら喜びを表していた。
「やったー!ありがとう覇王さん!」
「覇王さんか、別にそれでも構わないけど一応俺にも名前はあるからな」
「え、私は覇王さんの名前知らないよ?」
「あぁ、言ってないからな。俺の名前はナギ。そう呼んでくれ」
覇王、ナギが手を差し出す。
その行為に気がつきクレアはその差し出された手を握り万遍の笑みでナギを見つめる。
「よろしくねナギ!」
クレアはこれまで男と会話をすることはあまりなかった。それも同年代くらいのことはほとんどないと言ってもいいくらいだった。
純粋に友達のような関係になれると思っていたクレアの純真さにナギは頬を染める。
「ナギ!何か食べようよ!」
「え!?ちょ、ちょっと待てよ!」
ナギの手を握り屋台に向かって走るクレアとそのクレアに引っ張られ転びそうになるナギを見ていた祖母が呟くように言った。
「これはこれは……孫娘にも春が来たと思ったが、まだまだ早かったようじゃな……」
一人呟くように言ったクレアの祖母、フィーネは頭を軽く抱えていたことを二人は気がつくことなく屋台の甘味を食べていた。
「フィーネおばあちゃん!この果物で作った寒天みたいなの美味しいよ!」
「クレア、これはゼリーって言うらしいよ。あ、フィーネさんの分も買ってますよ!」
「ほっほっ。何だか孫が増えた気分じゃな」
そう言いながらナギに渡されたゼリーを口にしてシワシワのほっぺを抑えて美味しそうに食べていた。
これが初めて紅蓮の魔女と常闇の覇王が顔を合わせ、共に行動をすることになった日だった。
▽▽▽▽▽
「大丈夫ですか、フィーネさん?」
「はぁ、はぁ、これくらい、まだ平気じゃよ」
覇王ことナギがベットに横たわり汗だくのフィーネに治癒魔法をかけている。
初めてナギが二人と行動を共にして早二ヶ月の時が過ぎた。
一ヶ月はフィーネも若々しく、クレアに魔法を教えていたが二ヶ月目に入ると突然苦しみ出し、立ち上がることもままならない状態だった。
「うっ!……すまんナギ、頼みがあるのじゃ」
胸の痛みを押し殺しながらナギを見つめるフィーネ。
「どうしました?また胸が痛みますか?」
そう言いながらフィーネの胸に治癒魔法をかけていたが手を掴まれ止められる。
「あぁ…ありがとう。じゃがもういい。もうどうにもならないことじゃ。おそらく精神力の減りからして儂はもう明日くらいには天に召されるのじゃろう。だから頼みがあるのじゃ」
頼み。
それを聞いた時、ナギの頭には二つの選択が現れた。
一つ目は自分のことを殺してくれ。
それはもう苦しむのが辛く、絶えることのできなくなってしまったとき。
そして二つ目は……。
「ナギ、いや、常闇の覇王としてのお主に頼みじゃ。儂を魔道具に作り変えて、クレアに渡して欲しいのじゃ」
そう。二つ目は人の魂を生贄に創り上げる魔道具だった。
やはりかと思いながら息を漏らすナギ。
「やっぱりそうでしたか……悪名の多い俺を一緒に行動させるメリットが無いのになぜ承諾してくれたのか気になっていましたけど…俺の力が目的だったんですね?」
「その通りじゃ。魔王や覇王と呼ばれるお主を手元に置いていて得なことはないじゃろ。この間までお主が使えていたカラヴィン帝国も一人の少年に滅ぼされたと風の噂で聞いたからのう。そんなお主に儂の最愛の孫娘を任せるわけがなかろう」
真っ直ぐな瞳でナギを見つけるフィーネ。そのフィーネをみてナギは背中携えている紅の剣を引き抜きフィーネの首筋に添える。
フィーネが金属から発せられたものではあり得ないほどの熱を放つ剣の先にいるナギを見つめるとどことなく呆れと、悲しみ、それぞれが混じり合って『無』と言う言葉がこのためにあるかのような表情をしていた。
だがフィーネが驚いたのはそれではない。
自分の目の前に『常闇の覇王』と呼ばれていた少年が初めて見せるもの、『涙』が溢れていた。
「俺は…誓ったんだ……この炎剣のグランとこの翡翠剣のフィリア、いや、父さんと母さんに誓ったんだ。もう俺は二度と人を人ならざるものに変えるのは……」
フィーネも初めて耳にした事実に反応が鈍る。
常闇の覇王は聖の魔法以外の魔法を全て駆使し、その背に携えた双剣で縦横無尽に敵を殲滅する。
これが世間に知れ渡っているナギ、常闇の覇王の話だった。
その剣は誰しもが龍を従えてその命を奪い作り上げた業物だと言っていた。
だがそれがまさか自分の両親であったなんて誰も思いもよらなかったはずだ。
「すまんな。無神経なことをしてしまった……どうしてやればお主は涙を止めてくれるのじゃろうか?」
フィーネは自分に剣が刺さることもどうでもいいかのようなぎゅっと力を込めてナギを抱きしめた。
それを拒絶するかのように剣を押し付けるナギ。
そのとき、悲劇は起きた。
グサリッ
鈍い肉の避ける音が鳴り、室内は静寂に包まれた。
「ぁああああああ!!!!」
ナギは声にならない叫びを上げ、横たわり血だらけのフィーネから炎剣を抜き、すぐさまに治療をする。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
まるで壊れたかのようなナギをなんとか動く手で優しく、壊れ物を扱うように優しい手つきでナギの頭を撫でるフィーネ。
「あ、安心せい……ゲホッゲホ!……儂はもうとっくに死んでおるはずじゃった。高度な魔法を使うことのできるお主が儂の最期の時までクレアの笑顔を側で笑って見てられたんじゃよ。……それに、孫娘にはお似合いの男の子の孫もできた。……やはり、年寄りは孫の笑顔には癒されるわい。じゃからの、ナギよ」
そこで区切り涙と鼻水が混ざり合いさっきよりも一層と多く流れてぐしゃぐしゃになった顔を自分を見るように顎を抑える。
それに抗うことのできなかったナギはもう土気色になりかけたフィーネを見つめるしかなかった。
「ナギ、笑え。笑うのじゃ。笑って見送ってくれんか?……そうじゃな、まず儂から謝っておこう。最初はお主のことを本当に儂のことを魔道具に作り変えて貰うために行動を共にした……じゃがもう今となってはナギは儂の大切な孫になっていたんじゃよ。じゃからの、これはお前の祖母からの願いじゃ。儂をクレアやナギを守るための力に変えて欲しい。そうすればこの身朽ちようとも孫を護る力になれるのなら……人ならざるものになる事も拒まんよ」
わかっていた、フィーネが自分のことを大切な存在だと扱ってくれていたことを。
わかっていたんだ。
でも、過去に魔法を暴発させて両親を人ならざるもの、魔道具と叫んで呼ばれるがそれよりも異常な力を持つ『神器』に作り変えてしまったことから本当は誰ともなら会わず、触れ合うことのないようにしたかったはずなのになぜかこのフィーネとクレアの家族には心を惹かれてしまっていた。
「わかりました……それで、クレアとフィーネさんが幸せになれると言うのなら汚れ役を引き受けます……それと最後になるだろうから言っておきます……。俺の名前、ナギってのは偽名なんです。本当の名前は……ナツキ。ナツキ・アルマス・クラウスハルト……クラウスハルト神聖国の第一王子です。そしてこれが本当の俺の姿です」
ナギ……ナツキの本当の名を聞いたフィーネは目を丸くして驚く。
その上に変化の魔法を使い元の肉体に戻る。
その髪の色は黒く、目も黒色の少年の姿に名を聞いた以上に驚く。
「まさか、あのクラウスハルト神聖国の王子とはな……これは驚いた。じゃが何か訳ありみたいじゃな……それにナツキ……極東の名じゃの。いい名前じゃ」
「ありがとうございます……それじゃあ『神器化』を実行します。多少……いや、死んだ方がマシだと思えるような激痛があるので無理そうなら言ってください……ありがとうおばあちゃん……」
最期の言葉を聞こえないように言った。それは自分を戒めるためかもしれなかったがフィーネには聞こえていたのか笑顔でナツキを見つめる。
「こっちこそありがとうねナツキ。それじゃあ頼むよ?」
その一言にナツキは頷きで返し手のひらを向けて呪文を唱える。
呪文を唱えて発動する魔法が旧式魔法で無詠唱もしくは魔法名だけで発動するものは新式魔法と呼ばれている。
聞いた限りでは新式魔法が強そうだが呪文を唱えて発動する旧式魔法は魔法の威力が倍に膨れ上がる。
人を魔道具に作り変えるナツキの魔法は旧式魔法出ないといけない理由は新式では不確定な成功率に、暴走する可能性があるからだ。
「じゃあ行きます……」
ナツキの開始の言葉を聞くとフィーネは目を閉じる。
『我、人智を超えし者なり–––––––––』
そして約2分に渡る詠唱を終えた。
フィーネは精神力が固まり出来た光り輝く精霊に囲まれてその姿を作り変える。
「フィーネさん……」
その姿は杖、恐らく百八十センチほどの長さの長杖だった。
杖の先端には杖の魂と呼べる宝玉は虹色の色彩を持つ宝玉で、ナツキすらも今まで見たことのない宝玉だった。
これは恐らく……いや、確実にフィーネの魂だ。
フィーネが魔道具……『神器』になり、もうやらないと決めていた神器の作成をやってしまったことへの後悔とフィーネが居なくなったことで涙を流す。
その声を聞かれたのかクレアが扉をノックした。
「誰かいるの?」
彼女が入ってくる前にどうにか変化の魔法を使いナギの姿に戻ろうとしたが神器を作るのには膨大な精神力がいるため、それをやった後は数日は魔法が使えないと言う反動がある。
「おばあちゃん?ナギ?……ッ!?」
クレアが扉を開けて部屋に入ってくる。そして変化の魔法を使えてないナツキの姿が長杖を持ちベッドには血が付いていた。
大抵の人の場合はここでナツキを怪しむはずだ。だから杖を置いて立ち去ろうとするナツキの服を握りしめて抱きつく。
「おばあちゃん……死んじゃったんだね?ナギ」
「ナギって、え?どうして……俺は今ナギの姿じゃないのになんでわかるんだ……」
「確かに精神力がナギ特有のごちゃごちゃした感じは無くなっているけど精神力の要である『強さ』と『優しさ』は何も変わってない。それに私の大好きなナギの匂い……これは何をしても変わらないでしょ?」
そう言い抱きついたまま鼻を鳴らす。恐らく涙をこらえているのだろう。
ナツキは彼女のことを抱きしめて良いのか、それとも肩を突き放して去るのが正しいのか、その答えはもうとっくにわかっている。
「クレア……俺はやってはいけないことをした……君のお婆さんをこの長杖に『神器』に作り変えたんだ」
そう言って抱きしめるナツキ。その双眸からは涙が少しばかり流れていた。
ナツキの異変を感じ取ったクレアはナツキのことを先ほどよりもぎゅっと。どこにも行かせない。そう感じられるほど抱きしめた。
「大丈夫だよ。おばあちゃんがナツキに言ったんでしょ?私が死んだら孫娘が一人になってしまう。だからどうにか孫娘を一人にしないように、そして力になれるように作り変えてくれって……ごめんね。本当はおばあちゃんとナツキに頼まれてたおつかいはもうとっくに終わってて扉の外でずっと聞いてたの」
「ッ!……どうして止めてくれなかったんだ?……クレアがとめてくれたら俺はフィーネさんを人ならざるものに変えることはやめれたのに……」
「だってあのおばあちゃんだよ?私がなんと言おうと根を曲げることはないよ。でもね、私はナツキにお礼を言いたい」
「お礼?どうして?」
「だって、あのままおばあちゃんが病気のままだったらもっと苦しんだと思うの、おばあちゃんは私が未熟で一人にするのが不安だったから無理をして、体がボロボロになっても私と一緒にいようとしてくれていた……でも、私はもうナギ……ナツキがいてくれるから大丈夫だよって言ったの。もうお別れは昨日の夜にすませていたの。昨夜からおばあちゃんの病状が本当に素人の私でもわかるくらい酷くなってたから」
「そうだったのか……いや、それでも俺はフィーネさんをころ–––––––」
殺してしまったんだぞ?
そう言おうとしたナツキは不意に言葉を遮られる。それはクレアの細く白く、そしてきめ細やかで柔らかい女の子と手だった。
「ねぇ……私たちの家系ではこう言う風習があるの。こう好きな男性の口を手で塞いでその自分の手にキスをするの……そしたらね……」
クレアはその意味を教える前に唇を手に押し付けた。
そしてその行為はキスをするよりも少しばかり恥ずかしかった。なんせナツキはキスを、と言うよりも女の子と鼻先が触れ合うほど顔を寄せたことは無かったからだ。
「この意味はね……『永遠の愛』を誓い、一生……死んでも添い遂げる。そんな意味なの」
「そ、それって…どういう…」
口ごもるナツキの両頬を挟み込むように思いっきり両手を当てる。
パチーンとなったナツキの頬は少し熱を帯びた。
「君は変なところで自分なんて、とかなんか卑屈なことでも考えてるんじゃないの?初めて会った時に私に一目惚れしたんでしょ!?なら私の気持ちに気がついてよ!!」
「……でも俺はフィーネさんを殺すよりもずっと苦しむ選択をした……」
「でもじゃない!もう!私はナツキのことが好きなの!だからもう何も言わずに一緒にいてよ!……私をひとりにしないで……」
「……わかった。俺はずっと君のそばにいるよ」
そしてナツキはクレアがやったように自分の手をクレアの口を塞ぐように添えてその手の甲にキスをした。
「あははっナツキ、それは女の子が男の子にするんだよ?……でもありがとうナツキ!」
そう言いにこやかな笑顔をなつきに向けてくる。その笑顔の双眸からは涙が流れていた。祖母を失った悲しみとナツキがずっとそばにいてくれることを誓ったことへの喜びの涙だった。




