11回目 それが最善じゃなくても
視線が痛い。作業の間、利市は柚季からの視線.に耐えていた。それは、決していい意味ではない。その視線には、明らかに軽蔑が混ざっていた。
理由は、分かっている。
「今日から委員会に参加させてもらう宮瀬紀子です。よろしくね」
全員が揃ったところで、紀子は改めて自己紹介をした。当然、猫をきっちりと被った、利市を騙していた笑顔だ。本当に、先ほどまでと同一人物なのだろうか。
「・・・よし、これで終わりだな。皆ありがとう。宮瀬もいきなり作業で大変だったろ。悪かったな」
「いえ、楽しかったし勉強になりました」
「そう言ってもらえると助かるわ。じゃ、オレいったん戻るな。鍵は開けといていいから、あとよろしく。」
「はーい・・・」
香坂の足音が聞こえなくなったあたりで、柚季が利市の背中をたたいた。
「ちょっとちょっとちょっと!?何で紀子ちゃんがいるの!?りーち君連れてきちゃったの!?」
「あー・・・えっと」
「おれが香坂せんせーに頼んだんだよ。」
猫の離れた、落ち着いた声。聞きなれない声に、柚季は目を丸くした。
「えっ・・・紀子ちゃん?」
「悪ぃな。こっちが素だ。これからよろしく、桜井サン?」
「・・・天河君は、大丈夫なの?」
柚季.が怒っているのは、全て天河のためだ。天河が苦笑しつつ頷くと、柚季はぱぁぁと顔を輝かせた。
「天河君がいいならユズは大歓迎だよ!改めて、隣のクラスの桜井柚季だよ!よろしくねっ紀子ちゃん!」
「えっ、あ、おぅ・・・よろしく」
気圧されたように、紀子の状態が軽くのけぞる。それを見て、天河は小さく吹き出した。
「おいソコ何が笑ってんだジャイアン!」
「ふっ、いや、お前相変わらず人見知りだなぁって思って。特に女の子らしいコ相手だとさ」
「うっ、うっせぇな!別に平気だし!つーかテメェさっきまで半べそかいてたくせに偉そうなこといってんじゃねぇよ!」
「なっ、別にべそなんてかいてないだろ!誤解されるようなこと言うなよ!」
「・・・アハハッ、なんだ、仲良しじゃん」
「俺が気ぃもむ必要もなかったかもな」
案外、自然と元に戻れていたのかもしれない。
「まぁそういうなって。麻市が単純だったおかげでとんとん拍子にことが進んだんだからよ」
「麻市・・・?って俺か!何だよその朝市みてぇな呼び方・・・」
「えー?あだ名だよ。麻生利市で麻市。覚えやすいだろ?」
「初めて言われたわそんな呼び方・・・」
「あぁ、ソイツあだ名のセンス壊滅的だから・・・」
「だろうな。じゃぁ、他はどうなるんだ?シロとか」
「わ、私ですか・・・?」
「しらいずみ。白石出水だから」
さも上手いあだ名を思いついたかのように、紀子は堂々としていた。
「石を略しただけじゃないですか・・・」
半分以上残っている。呼びづらくないのだろうか。
「いいなぁあだ名。ねぇねぇ、ユズは?」
「えっ・・・っと、(もっちー)・・・とか?」
「もっちー・・・?」
「桜井だから桜→桜餅→餅→もっちー」
「原型ねぇ・・・」
「いいじゃんっ、ユズは気に入ったよ!もっちー」
「そ、そうか?もっちー」
まだぎこちないながらも、紀子は真っ直ぐに柚季と向かい合っている。少しは、慣れたようだ。
「・・・神谷先輩は、(ジャイアン)、ですか」
不意に、安藤がぽつりとつぶやいた。天河の肩が、ぎくりと跳ね上がる。
「そういえば、さっきはジャイアンって・・・」
「きっ、気のせいじゃない!?どうでもいいじゃん、俺のよびかたなんてさっ」
「まぁそういうなよジャイアン」
「お前ホント性格悪いな!」
「ジャイア・・・あぁぁぁぁ!?」
利市は他のメンバーより天河との付き合いが長い。その分、知っていることも多いわけで。その意味に、誰よりもすぐにたどり着くことができたのだった。
「えっ、お前まさか・・・ブフッまじかよ・・・っ」
「利市。今すぐ黙らないと殺す」
「えーっ、でも天河君.に(ジャイアン)って似合わないなぁ。なんで?」
「桜井さんもっ、追求しなくていいから!」
「ふっ、何でだと思う?考えてみりゃ分かるぜ」
「もうやめようよこの話題!」
天河の抵抗もむなしく、知らない3人は真面目な顔で意見を出し始めた。
「ジャイアンといえば・・・」
「ガキ大将・・・?でも、天河先輩とガキ大将って結びつきませんよね」
「名前もタケシじゃないし・・・」
「・・・あ、分かったかも」
安藤の指が、真っ直ぐに天河へと伸びる。
「・・・音痴?」
「したり顔やめてぇぇぇぇ!」
耳をふさいだ天河と、後で吹き出す2人が全ての答えだった。
「高校は芸術選択でよかったな?お前どうせ書道だろ?」
「フハッ、気にすんなって!中学の合唱コンみたいに口パクで乗り切りゃいいんだしよ」
「お前ら2人ホント後で覚えてろな?」
真っ赤な顔で凄まれても、何も怖くない。
「てーんがくんっ」
「・・・なに」
追い打ちをかけるように、柚季は憎たらしいほどの笑みを見せた。
「タ、タ、タ、タッ。ハイッ」
「うっえっ!?・・・タッ、タッ、タッタ!」
「・・・タンッ、タンッ、タンッ、タンッ!」
「タ・・・タンッ!タンッ!タンッ!タッンッ!」
子供のヨチヨチ歩きのように、天河のリズムは覚束ない。
化学室に、利市と紀子のこらえ笑いだけが響く。
「いっそ笑って!気を使われると死にたくなるから!」
今日一情けない声で、天河はそう叫んだのだった。
「・・・ちょっといいか」
翌日の放課後、利市は紀子に声をかけた。
「・・・えぇ」
教室では、紀子は決して素を見せない。紀子は大人しく利市に続いて教室を出た。
いつも通り、非常階段の適当な段に腰を下ろす。紀子は利市の隣に座ることはせず、正面に回り込んで首を傾げた。
「麻生君に呼び出されるのは初めてね。何かしら。ドキドキしちゃう」
「・・・今さら過ぎんだろ、そのキャラ」
「だよなぁっ!あーぁ、やっぱこっちの方が楽でいいぜ」
声音が、ガラッと変わる。
「で?なんだよ、わざわざ呼び出して」
「・・・てめぇ、昨日俺のこと(騙した)って言ったよな」
「なんだ、その話かよ。言ったろ?全部嘘だって」
興味を失ったように、紀子は外へと視線を向けた。下校する生徒と部活で忙しそうな生徒が、きれいに2分している。
「・・・あれ、嘘なんじゃねぇか?」
「は・・・?」
「お前がついた嘘は、その(本性)と(香坂に手をまわしてたこと)だけじゃねぇかと思ったんだよ」
紀子が、不機嫌そうにこちらを睨む。
「・・・何で、そう思った」
「お前が嘘ついてるように見えなかったからだよ。だから、あれはある意味完全に本音だったんじゃねぇかと。」
ひねくれ者が嘘だと公言するのは、一周回って本音かもしれない。
「・・・はぁ、めんどくせぇ・・・」
「めんどくせぇってお前な・・・」
「その通りだよ。お前に行ったことは粗方ほんとだ。ったく、全部ウソだったってことで突き通そうと思ったのによぉ・・・お前のためでもあるんだぜ?」
「俺のため・・・?」
紀子は観念したように利市に詰め寄った。
「1つ忠告しといてやる。あいつにはおれから聞いことを知られない方がいい」
「?何で」
「分からねぇか?あいつはかなりの強がりだ。おれとの過去は誰にも知られたくないんだよ。ましてや、お前みたいに仲のいい奴には、な。もし知られたって知ったら、あいつはお前の前から消えるよ」
「消える・・・?」
「きっと、学校であっても無視、連絡も返さない」
「・・・成程」
「馬鹿なんだよ、あいつは。だから、それはそれで傷つくんだ。・・・だから、あいつのためにも、頼む。おれからは何も聞いてないことにしてほしい」
「・・・分かった」
利市が頷くと、紀子は悲しそうに目を伏せた。
「それでいい。頼んだぞ」
それが紀子の本心ではないことは明らかだったけれど、何となく触れるのはためらわれて
「・・・帰るか。お前家どのへん?」
と腰を上げた。
今は、まだ何も言わないで




