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実験委員会録  作者: 稚早
13/14

10 回目 宮瀬紀子

 天河が勢いよくドアを閉めて出て行ったあと、しばらくは誰も何も言えずにいた。3人の視線が、利市に突き刺さる。

「りーち君さいってー」

「っ、でもよぉ・・・」

「利市先輩、最低ですっ」

「シロテメェ・・・」

「・・・最低」

普段は大人しい1年生た達も、今回は容赦がない。

「今のはダメでしょー、天河君超嫌がってたじゃん」

「う、うっせ。お前らは宮瀬の方知らね.ぇからそう言えるんだよ」

「だからって、あそこまで追い詰めるのはどーかと思うよ?無理やり訊いたとして、りーち君に何ができるの?天河君が必要以上に嫌な思いしただけじゃないの?」

「・・・っ、そりゃぁ、そうかもしれねぇけど」

それでも、利市は退けなかった。天河が宮瀬に会いたいのに、意地を張っているのが分かってしまったから。2人が、辛そうに見えたから。放っておけなかったのだ。

柚季があきれ顔で説教を続けようとしたとき、天河がでていったのと同じくらいの勢いでドアが開いた。

「あーよかった。まだ残ってたか。」

仕事を片付けるために先に引き上げていた香坂だ。

「あれ、先生どうしたの?」

「いや、ちょっとうっかりしててよ・・・あれ、神谷は?帰ったのか?」

3人の視線が、再び利市を襲う。

「えっと、天河先輩に何か用だったんですか?」

「んー、ちょっと神谷に相談したいこともあったんだけど、いねぇならまた今度でいいや。それよりお前ら、来週の月曜の昼休み集まれるか?」


 家に着くと、天河はすぐに自室へと飛び込んだ。荷物を放り出し、制服のままベッドに倒れこむ。

(何で今さら、あいつが・・・)

冷静に物を考えられない。冷静になろうとすればするほど、嫌な思い出を思い起こす方向に感覚が研ぎ澄まされるようだ。耐えるように目をつぶっていると、千歳が自分を呼ぶ声が聞こえた。階段を上がる足音が、天河の部屋の前で止まる。

「天河ぁ、帰ってきてんなら手伝いなさいよ。下の机運んじゃうから」

つい先日新しい机が来たため、一階にあった机が千歳の部屋に行くことになっている。

「・・・天河?返事しなさいよ。寝てんの?」

「・・・うるさいな。1人でやればいいだろ!姉ちゃんの部屋に行く机なんだから」

「はぁ!?ちょっと、なにふざけたこと抜かしてんのよ。引っ張り出すわよ!?」

「知るかよ。」

千歳は天河の過去も知っている。今は話したくなかった。

「・・・何かあった?」

千歳は基本的に聡い。だから嫌だったのだ。

「別に」

「嘘。今にも死にそうな声してる。」

「何もないって言ってるだろ!いいから放っておいてくれよ!」

何かあったと白状してるも同然だったが、そんなことを考えている余裕などない。

「・・・あっそぉ、そんなこと言うんだぁ?」

千歳は拗ねたような、怒ったような声でドアを蹴飛ばして階段を下りて行った。

ホッと息をつく。動揺していると、気が抜けるときはとことん抜けるらしい。千歳の足音がしたときも、ただ机を運んでいるのだろうとばかり思っていた。足音が、部屋の前で途切れる。次の瞬間、大きな音を立ててドアが軋んだ。

「!?なっ、おい姉ちゃん!」

「さっさと開けなさーい。せっかく心配してやってるんだから。さもなきゃドアぶち破るわよ」

「それが二十歳になった女のやることかよ・・・」

千歳は攻撃用に持ってきたらしい椅子を片手に勝ち誇ったように堂々と足を踏み入れた。

持参した椅子に、そのまま腰を下ろす。

「・・・で?どうだったの?」

「どうって、別に何も・・・」

「ふぅん?紀子に会ってあんたが平静でいられるとは思えないけどね」

「!?なっ・・・」

ふと、皇牙の言葉がよみがえった。姉が、近々動く。

「・・・姉ちゃん、知ってたのか」

「まぁね。たまに手紙、最近じゃメールしてるから。それで?何があったの」

「・・・会ったわけじゃない。あいつ、利市と同じクラスに編入になったんだ。それで、利市を通して俺に(宮瀬紀子を知ってるか)訊いてきて・・・」

「成程。あんたに会うか会わないか決めさせたのね。あの子らしい。それで、どう答えたの?」

今思い返せば、柚季達もいる前で相当みっともない真似をしてしまった。でも、冷静ではいられなかったのだ。

「・・・(知らない)って答えた。事情を訊いてきた利市に怒鳴っちゃったよ」

天河の答えに、千歳はやっぱりというようにため息をついた。

「あんたってホント素直じゃないわよね。会いたいくせに」

「だって!どんな顔して会えばいい?俺のせいで、あんな目に合せたのに。どの面下げて会いに行けって言うんだよ!」

「落ち着きな。大丈夫よ、あんた達なら」

「・・・どうだか」

「ま、せいぜい校内で出くわしたときの心の準備でもしときなさいよ。逃げ出したりしないように」

少し話題がでただけでこの体たらくなのだ。実際にばったり出くわしでもしたら本当に逃げ出しかねない。悶々としていると、千歳は立ち上がって天河の頭を小突いた。

「もしちゃんと話せたら、うちにも連れてきなさいよ。私も久しぶりに会いたいから」

天河は千歳の方を向くことなく、ただ本当に小さく頷いた。


 月曜日、重い足取りで登校するなり、柚季が寄ってきた。

「天河君、おはよっ」

「・・・おはよ」

金曜日の醜態を見られていたことを思い出し、笑顔が若干ぎこちなくなる。柚季はそんな天河をほぐすようにいつも通り明るく笑って切りだした。

「あんね、香坂先生から伝言なんだけど、今日の昼休み化学室に集まってくれって」

「昼休み?何で急に・・・」

「なんかね、今日の5時間目、香坂先生の授業を他の先生達が見に来るんだって。そこで実験やるから準備手伝って欲しいんだって」

「そうなんだ。それにしても、珍しいね」

「いひひっ、先生すっかり忘れてたんだって。実験委員会と別枠で考えちゃってたらしいよ。何も準備できてないから全員で頼むってさ。こないだ天河君が帰った後言ってた」

「あー・・・全員で、か」

全員、特に会いたくないのが今隣のクラスにいる。柚季は天河の躊躇を察したのか苦笑して、

「りーち君ならユズがあの後説教しといたから大丈夫だよっ。(人の訊かれたくないことを無理やり訊こうとするな)ってね」

と付け加えた。

「ふっ、ありがと。3人がかりで説教したわけ?」

「んーん、ユズ1人だよ。いっくんがシロちゃん連れて(香坂先生に訊きたいことがあるのであとはお任せします)って帰っちゃってさぁ」

「ははは・・・成程ね」

天河の苦笑がからかいを含んだものに変わったことに、柚季は気づかない。

「ってわけで、昼休みよろしくねっ。委員長サン」

天河は席に戻っていく柚季に片手を上げて応えた。


 2人が話しているちょうどその頃、利市の元にも来客があった。

「あ、麻生君・・・ちょっといい?」

「?おぅ、何?」

クラスメイトの伊達瑞樹だてみずき。利市とは中学から一緒だが、数えるほどしか話したことはない。

「そ、そのっ、2人っきりで・・・っ。すぐ済むから」

宮瀬の前例が.ある利市には、伊達の誘いがとても良いものには思えなかった。

それでも、断る理由がない。利市は大人しく瑞樹の後に続いた。宮瀬と同じように、非常階段を下る。

「・・・それで?なんだよ、話って」

「・・・ごめんなさい!」

利市が促すと、伊達は突然これ以上ないくらいに深く頭を下げた。

「!?は・・・?」

告白かも、なんて思っていたわけではない。それでも、伊達に謝罪される心当たりもなかった。

「な、何だよ。俺は別に謝られるようなこと何も・・・」

「紀子に、宮瀬さんに麻生君のことを教えたのは私なの!」

「!あぁ、お前だったのか。宮瀬の(昔からの知り合い)って」

宮瀬が度々口にしていた(昔からの知り合い)だという協力者。その正体が、伊達だったというわけだ。

「本当にごめんなさい!あの子、あのままだと直接神谷君に突撃しかねない勢いだったから・・・」

「そういや、お前天河と同じ小学校だっけ」

「えぇ。2人とはよく遊んでたわ。・・・紀子が、迷惑かけてない?」

「迷惑なんて別に・・・」

そこまで言いかけて、先日の天河の様子を思い出して顔が歪んだ。鏡写しのように、

伊達の顔も歪む。

「何かしたのね・・・全くあの子は、迷惑かけないようにってあれだけ言ったのに」

「おめーはあいつの母親かよ・・・」

「もうそれでいいわよ・・・あとで説教しておくわ。それで?何をされたの?」

「認めんのかよ。何って・・・別に、天河に(宮瀬紀子を知ってるか)って訊くように頼まれただけで・・・」

その時の伊達の絶望的な表情は、どこか件の日の天河に似ているような気がした。

「そ、それっ、て、神谷君に言った!?」

「言ったよ。そしたらすっげー怒鳴られた」

「当たり前じゃない!ばかっ!」

「ばっ・・・言うじゃねぇか」

「あの2人は複雑なの!余計なことをしないで!私達小学校のメンバーが、どんな気持ちで彼女を迎えたと思って・・・」

2人だけじゃない。事情を知る全員が、加担していたのかもしれない。

「お前は、知ってんだな。2人に何があったのか」

「っ、言えるはずないでしょ!2人が隠れて実験してたら、事故が起こって紀子が怪我したなんて・・・」

「ほとんど言ってんぞ」

少なくとも、話の核はとらえられたのではないだろうか。

「へっ・・・あぁぁぁぁぁ!!私ったら、いつもこうなのよっ!言っちゃいけないこと程口が滑って・・・」

「ダメじゃね―か」

(つい)口が滑る分、性質が悪い。

「・・・相変わらずねぇ、瑞樹」

「!き、紀子・・・」

冷たい声に振り向くと、非常階段の上から、宮瀬がこちらを見下ろしていた。下を向いて影になっているせいで、細かい表情までは読み取れない。

「紀子、あんたいつから・・・」

「あんたが口を滑らす少し前からよ。馬鹿ねぇ、麻生君を連れだしたら私にバレるに決まってるでしょ」

「それでも、放っておけなかったんだもの・・・」

コツ、コツ、とわざとらしいくらいに宮瀬の足音が響く。

「口を滑らせたことは謝るわ。ごめんなさい」

「もういいわ。あんたが連れ出したって聞いたときから覚悟はしてたし・・・その代り、私と麻生君を少しの間だけ2人にして」

「え、でも・・・」

「いいから。お願い」

2人はしばし真剣な目で向かい合っていたが、やがて

「・・・分かった。でも、迷惑かけちゃだめよ。」

口を滑らせた負い目もあるのか、伊達が折れたのだった。

「分かってる。」

伊達が、心配そうに利市を見ながら、階段を上る。

利市は何も言えず、紀子が目の前で立ち止まるまでただ立ち尽くしていた。

「ふふっ、そんなに警戒しないで。別に怒っているわけでも、何かしようってわけでもないんだから。」

今の利市には、その笑顔が何かを含んでいるようにしか見えない。

「・・・手ぇ重ねてたのは、左手の傷隠すためだったっつーことか」

「!・・・鈍そうだと思っていたから近づいたんだけど、見くびっていたみたいね」

「どーゆー意味だおい・・・えっ」

不意に右手が外れ、目の前に差し出された左手を見て、利市は言葉を飲んだ。

うっすらと手を覆うやけどの跡と、細く残った切り傷。

「・・・驚いた?」

予想通りだと言わんばかりに宮瀬は口角を上げ、利市を見上げた。

「それが、天河のせいだっつーのか・・・?」

「!・・・彼が、そう言ったの?」

「あぁ。お前の左手の傷は自分のせいだ。合わせる顔がないってな」

「そう。彼は私のことを(知らなかった)のね」

「・・・悪ぃ、俺がもっとうまく話せてりゃ・・・」

天河は(知っている)と答えたかもしれないのに。

「麻生君のせいじゃないわ。彼は、そういう人だもの」

宮瀬の言葉は、ひどく冷たく、淡々と聞こえた。

「ただ、勘違いしないで。私がこうなったのは瑞樹も言ってた通り事故よ。神谷君は悪くない。」

「事故・・・」

「麻生君に、全てを聞く覚悟はある?」

「!教えてくれんのか?」

「麻生君次第よ。知ってしまえば、神谷君に嫌われるかもしれない。・・・それでも、聞きたい?」

迷いはなかった。

「あぁ、きくよ。どうせテメェのこと訊いたときに嫌われてんだ。こうなったら最後まで付き合うぜ」

すでにあれだけ怒鳴られたのだ。今さら全てを聞いたところで、変わるとも思えない。

「・・・ありがとう。やっぱり、人選は間違ってなかったわ」

宮瀬は手近な段に腰かけると、左手を大きく開き、空へと掲げた。

利市も、同じ段に少し感覚を開けて座る。

「・・・大体は、瑞樹の言った通りなの。私達は、小学校のころ、3年生の時に理科室に忍び込んで実験していたの。4年生になるまで続いたわ。」

「は・・・?ちょ、ちょっと待てよ。先公には見つからなかったのか?」

「やる気のない人だったの。薬品が減っていても気づかないくらい、ね」

実験委員会の主な仕事である、薬品の管理。天河の行動と、ようやくつながった気がした。

「彼の、担任だったの。その先生」

「!天河の・・・」

「彼が担任に頼まれて理科の教材を理科室に返しに行ったことがあったの。私は別のクラスだったけど、それをグランドから見てたの。・・・そして、声をかけたんだ。(コッソリ実験やってみないか)って・・・っ」

「宮瀬・・・?」

宮瀬の顔が、苦々しげに歪む。

「・・・ごめんなさい、ちょっと動揺して」

「大丈夫か?別に無理に話さなくてもいいんだぞ」

もともと、利市は部外者なのだ。無理して話す必要はない。

「大丈夫よ、ありがとう・・・それから、私達はよく実験をしてた。週に一度の先生たちの会議を狙ってね。でも、4年生のときに、強い薬品を使う実験をしようって2人で準備をしてたの4年生になったんだから、難しい実験に挑戦したがったのよ」

馬鹿よねぇ、と宮瀬は力なく笑った。

「危ない薬品てね、高いところにおいてあるの。当時、彼より私の方が背が高かったから、私はそれを取ろうとして、そして、手を滑らせた」

ヒラヒラと、左手が揺れる。どことなく翅がボロボロになった蝶のように見えた。

「その時バランスを崩して台から落ちちゃってね。割れたビーカーと薬品の上に手をついた結果がコレ。」

綺麗な右手で、左手の甲に走る一番大きな切り傷をなぞる。

「・・・私は、どうしたらいいのかしらね」

利市ではなく、左手に語りかけているかのようだった。

「彼に会っても、彼が傷つくだけなら、私は・・・」

「それはねぇよ」

利市が自信を持って言い切ると、紀子はようやく利市に目を向けた。

「俺は、あいつもお前に会いたがってると思う。」

「本当に?」

「おぅ、中学から一緒の俺が保障する。・・・会いてぇんだろ?」

ダメ押しをすると、宮瀬の強がりはあっさりと崩れた。

「・・・会いたい。会って、話がしたい」

「ん。分かった。」

部外者である利市が踏み込むことのできる範囲は限られている。

「丁度、今日昼休みに実験委員会で集まるんだ。見学も兼ねて、きてみねぇか?」

それでも、会いたがっている2人を引き合わせる位なら、罰は当たらないだろう。

宮瀬は覚悟を決めたように頷いて見せた。


 (天河先輩、大丈夫かな・・・)

授業中、窓の外を見ながら、出水は昼の集まりに向けて金曜日の天河を思い出していた。

(あの様子、ただ事じゃなかった・・・宮瀬先輩は、一体・・・)

利市の隣で緊張したように微笑んでいた宮瀬の姿が頭に浮かぶ。あの笑顔の裏に、何を隠していたのだろう。

「おーい、白石。聞いてんのか?」

「へっ!?あ、す、すみませんっ」

香坂が、怪訝そうに教卓の向こうから出水を見つめていた。いつもは真面目に授業を聞く出水が上の空で、心配しているのかもしれない。

「すみません、大丈夫です・・・」

出水を助けるかのようにチャイムが鳴り、香坂は教科書を閉じて教室を見回した。

「それじゃ、今日はここで終わり。いいペースだな・・・それと、白石。ちょっといいか」

「!は、はい」

休み時間に入るクラスメイト達を横目に、香坂に続く。邪魔にならないよう踊り場の端で、香坂は小声で切りだした。

「どーした、調子悪いか?」

「いえ、そういうわけでは・・・」

「ならいいけどよ。・・・もしかして、今日の昼のことか?金曜、なんかあったんだろ」

「!どうして・・・聞いてたんですか?」

「まさか。でも、お前らの様子みてりゃ神谷がただ帰ったんじゃねぇことくらい分かるよ。つーか、それについて聞きたくて呼び出したんだし」

香坂には、敵わない。聡いわけではないのに、時々こうやって鋭く勘が働くのだ。

「麻生と喧嘩でもしたか?」

「喧嘩・・・というわけでも、ないんですけど。ちょっと言い合いになりまして」

どちらも、悪意はないのだ。喧嘩とも、違う気がする。

「やっぱりなぁ・・・たく、よりによって今かよ」

「?今だと、何かまずいんですか?」

まるで、他の時ならいいとでも言いたげだ。香坂は頭を掻いて、しぶしぶ口を開いた。

「他の奴らにはまだ言うなよ。実は、今実験委員会に入りたいって言ってる奴がいてな。まず神谷に相談しようと思ってたんだよ」

「えっ—―」


 午前の授業が終わると、天河は昼食も食べずに教室を出た。後になればなるほど、足が重くなるのが分かり切っていたから。

(行かないと・・・な)

一瞬迷いながら、化学室のドアを開けると、出水が不安そうな表情で振り返った。

「あ・・・」

「白石さん早いね。俺が1番かと思ったのに」

金曜日のことを忘れたふりをして、 出水の向かいに腰を下ろす。

「あの、天河先輩・・・」

「ん?」

「・・・宮瀬先輩の、ことなんですけど」

意を決したようにその口から飛び出た名前は、天河の思考を止めた。

「・・・なんのつもり」

きっと今、すごく情けない顔をしている。そう自覚はしていても、天河は出水をにらむことしかできなかった。出水はひるむことなく、天河を見上げている。

「あの人と先輩に何があったのかは知りません。でも、聞いていただきたいお話があるんです!」

「あの人・・・?って、まさか白石さん、紀子に会ったの!?」

噛みつくような勢いで、出水に向かって身を乗り出した。

「は、はい、一度だけ・・・」

「大丈夫!?何もされてない!?」

「だ、大丈夫ですよ、優しくてお綺麗な方でした・・・じゃなくてっ!私が言いたいのはっ・・・」

出水の言葉を遮るように、ドアが開いた。今回は、香坂ではない。

「・・・よぉ」

利市が、緊張したように一歩、足を踏み入れる。

「あ、お疲れ様です・・・」

「・・・っ」

利市が足をつくより早く、天河は利市に背を向けて腰を下ろした。出水には取り繕えても、利市にはまだ、正面から向き合えない。出水の息をのむ音が聞こえた。子供っぽい自分に呆れただろうか。コツ、コツ、とこちらに近づく足音。

「天河・・・悪ぃ」

「・・・別に。もういいよ」

態度を軟.化させない天河の肩に、手が乗せられた。乱暴に払いのける。

今度は逆の方に手が乗り、再びそちらを見ることも無く払いのけた。

そして、3回目。両手でがっしりと肩を掴まれ、こらえていた天河もさすがに目を吊り上げて立ち上がった。

「お前なぁっ、いい加減にっ・・・・え」

今、自分の肩に乗っている手は、

今、天河の頬に刺さっている指は、

利市のものにしては全体的に小さくて。

その先には

「久しぶり。神谷君」

宮瀬紀子が、笑っていた。

「き・・・・きっキッき,紀、子ぉっ!?」

上ずった声でみっともなく叫びながら、天河は壁際まで後ずさった。出水や利市がいることなんて、今はどうでもいい。

「あら、どうして逃げるの?」

「ちょっ、待てっ、冷静になって話し合おう!な?」

「私冷静よ?怒っているように見える?」

宮瀬が一歩、また一歩と天河に近づく度、天河がその分だけ逃げ、2人の距離は一定に保たれていた。

「そんなに逃げないでよ。私悲しいわぁ」

「うっ、嘘つけ!楽しんでるくせに!顔に出てんだよ!」

天河が教室の隅に差し掛かった瞬間、宮瀬は素早く回り込むと足で天河の行く先をふさいだ。

「ひっ、ちょ、紀子まっ・・・」

「・・・しゃらくせぇ」

今まで聞いたことがないほどに冷たくて低い声。

出水たちにその声が届いたときには、宮瀬の膝はすでに天河の腹にめり込んでいた。

天河がゆっくりとその場に倒れこむ。

「っ、こんの、本気でいれたなお前・・・ってぇ・・・っ」

「み、みやせ・・・?」

「ふざけんじゃねぇぞてめぇ。何が(会いたくない)だ!いつまで引きずって逃げてんだこの野郎!」

「・・・だって、全部、俺のせいじゃないか」

涙の滲んだ目を拭いながら、天河は弱弱しくそう答えた。

「だ、か、らぁ!違うつってんだろこの野郎!もう一発腹にぶち込むぞゴラァ!」

「ちょ、ちょっと待てよ宮瀬!」

「あ?うるせぇな。てめぇの役割は俺をここに連れてきた時点で終わってんだ、すっこんでろ!」

天河の胸ぐらをつかみながら振り向く様は、さながら猛獣のようだ。

「い、いやいやっ、つっこんでいいのか分かんねぇけど、お前キャラ変わりすぎじゃね!?」

「はっ、わりぃな。こっちが素だよ。まんまと騙されてくれて助かったぜ。ありがとよ。あ、ちなみに今までの話全部ウソだから」

「なっ、嘘・・・?」

「・・・だから、嫌だったんだよ。」

観念したように、天河の肩から力が抜ける。

「こいつならどうせどっちにしろ会いに来るだろうから、心の準備する時間が欲しかったのに、まんまと騙されやがってこの馬鹿」

「えぇー・・・俺の悩んだ意味・・・」

「いやー、おれも正直ここまであっさり騙されてくれるとは思わなかったぜ。お前もう少し人疑った方がいいんじゃねぇの」

「騙した本人が何かほざいてるよ・・・」

「仕方ねぇだろ。こっちも必死だったんだよ。コイツなら絶対俺のこと避けると思ったし。」

天河の胸ぐらをつかむ手に、力がこもった。

「言っとくけど、おれ怒ってるんだからな。俺のこと(知らない)って言ったこととか、ウジウジ引きずってることとか」

「・・・悪かったよ」

痛む腹をさすりながら、体勢を立て直す。すぐ目の前に、紀子の顔があった。

「相変わらず素直じゃねぇなぁ。」

全てお見通しだと言わんばかりに、紀子の顔はにやついている。天河はせめてもの抵抗に目を逸らした。利市と出水が、仲良く並んでこちらをうかがっている。冷静になって考えると、同級生の女に胸ぐらをつかまれてしりもちをついている、なんていう状況はとてつもなく恥ずかしい。

「も、もういいだろ、放せよ」

「あ?・・・あぁ、恥ずかしいのか、あのかわいこちゃんにこーんなとこ見られて。お前もお年頃だなぁ」

分かっていて、わざとやっているからこいつは性質が悪い。天河は本格的に紀子の腕に手をかけた。

「おっさんか。いいから放せって!」

「おーっす、皆そろってるかー?」

再び、空気を読まないタイミングでドアが開く。

一歩足を踏み入れると、香坂は天河と紀子を見てピタリと固まった。

「えっ・・・何やってんだお前ら」

「・・・すみませぇん。私、実は神谷君と同じ小学校だったんですよぉ。それで、久しぶりに会えてうれしくてつい飛びついちゃって!そしたら彼ったら力ないから支えきれずに倒れちゃってぇ」

紀子の声は、利市を騙していたころと同じように、かわいらしい声に戻っている。

「・・・そ、そうなんですよ、ははは・・・」

腹に膝をたたきこむことを、飛びつくというならば、の話だが。香坂に事情を話すのは面倒だ。ここは、紀子に合わせることにした。

「なんだ、そういうことか。ったく、びっくりしたじゃねーかよもー」


ころっと騙される教師。

「・・・シロ。俺女不信になりそうなんだけど。なんだよ、あの声。」

「・・・あれは極端な例だとは思いますが、フォローできないです・・・」

一部始終を見ていた2人は少し離れた場所でひそひそとこんな会話をしていた。

「神谷大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。ちょっとバランス崩れただけで、何ともありません」

「そうか。気ぃ付けろよな2人とも」

苦笑している香坂が、違和感に気付く様子はない。

「・・・それにしてもよかったよ」

「ん・・・?よかった?」

「麻生も、ありがとな」

「!?は、俺?」

面食らう2人に紀子が不敵に笑ったのを、全てを知っていた出水は見逃さなかった。

「?宮瀬を案内してきてくれたんだろ。コイツが入るの今週の金曜からの予定だったんだけど、連れてきてくれたんなら丁度いいや」

「えっ、ちょっと待ってください香坂先生!何の話をしてるんですか?」

嫌な予感がする。天河は恐る恐る口を挟んだ。

「?宮瀬にも実験委員会に入ってもらうって話だろ?お前に相談しようかとも思ってたんだけど、杉田先生のOKも出たし、知り合いだって言うなら問題ねぇよな」

「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

天河と利市の叫び声が重なる。

「!まさかっ、さっき白石さんが言いかけてたのってコレ!?」

「・・・ハイ」

「言ってよ—――――!」

「言う前に先輩がそっぽ向いちゃったんじゃないですか・・・」

「ふふふっ、楽しそう。これからよろしくね、3人とも」

そのとき、にっこり笑う紀子の後ろに、香坂以外の三人は悪魔を見たという。


やったね、メンバーが増えるよ!

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