俺が思う素麵は冷麦で、うどんだと思っていたものも冷麦だったわけで
目を開くとそこは見たこともない町の一角。辺りはどこにでもあるような商店街に見える。
「ふむ、ここはどこだろう」
考えても分かりはしないと思った。商店街は静寂に包まれているが、店は全て開いたままだ。
近くの店を見ると「そうめん」と書かれた看板が付いている。その隣の店の看板には「ひやむぎ」と書かれている。更にその隣は「そうめん」と書かれた看板の店である。
「好きだな、おい!」
思わず口に出ていた。
その時だ。「そうめん」と書かれた店の二階と、「ひやむぎ」と書かれた店の二階から何かが同時に飛び出した。それらは綺麗に着地する。よく見るとどちらも人である。互いに手に白い麺を握っている。
二人は俺に気付いたようで、突然声を張り上げた。
「君はー、そうめんと!」
「ひやむぎ!」
「「どっちがお好みで!?」」
どうやら厄介な状況に巻き込まれたらしい……。そもそも素麺と冷麦は何が違うのか分からぬ。
「まず素麺と冷麦は何が違うのでしょうか?」
二人は俺の返答を聞き、驚いた表情を見せる。
「「アウトー!!」」
二人は再び声を張り上げ、俺の頭に持っていた麺を乗せると、互いに自分の店へと帰っていった。
「……。結局違いは何なんだ」
溜息を吐くと、目の前に立体の画面が現れる。画面には大きくGAME OVERと書かれている。
何これゲームだったの!?
画面の右下にはNXETの文字。どうやらタップできるらしい。NEXTを押してみると次の画面に進む。
コンティニューしますか?
・はい
・そうめん
・ひやむぎ
「意味分かんねぇよ! だから素麺と冷麦の違いは何だよ!!」
・ひやむぎ の下ではカウントダウンが進む。残り時間は七秒だ。
「くっそ……」
素麺と冷麦で悩むが、ここはあえて素麺を押した。
すると、画面が消え、周りの景色が暗転する。そして現れた風景はブロック塀と道路、家で構成された住宅街だ。正直さっきの展開が脳裏に焼き付いている以上、下手な行動は避けたい。
だが、アスファルトの地面には矢印と共に進めの文字が書かれている。進めということだろう。
指示通りに進むと、交差点に差し掛かる。交差点には標識が立っている。
ダイヤの形に黄色がベースの標識で、中央には!のマーク。そしてその標識の下には看板が立てかけられていた。その看板には「危険! 流しそうめん注意!」と書かれている。
「流しそうめん注意? こんな竹筒も無いところで流しそうめんに注意しろと……?」
辺りに注意を向けながら交差点に差し掛かったその時、交差点の左から右へと恐ろしい勢いで素麺が一玉流れていった。地面を流れていったのだ。
「はぁ……」
正直困惑を通り越し呆れそうである。だが、水も流れていない道路を素麺が流れていく光景は実に興味深いものがある。物理法則を無視しているではないか。
右へと交差点を曲がり五十メートルほど進む(その間に素麺が三玉流れていった)。進んだ先では箸を手にした人たちが立っている。どうやら素麺を待ち構えているようだ。
そんな人たちの元に素麺が一玉流れていく。あの凄まじい速さの素麺をどう取るというのだろうか。
そう思っている内に素麺は箸を持って構えるおじさんの前を通りかかった。しかし、おじさんは素麺を見送るだけで手を伸ばすことは無い。他の人たちも同様だ。そして見送ったおじさんは腕で額の汗を拭うジェスチャーを見せ、ふぅと一息つく。どうやら流れてくる素麺を取るにはかなりの集中力を使うようである。
次の素麺が一玉流れてくる。おじさんは構えなおすが、再び素麺を見送った。他の人たちも同様だ。そしておじさんは箸を腰のホルダーに仕舞い、一言
「やっぱ取れねーわ」
「そこまで真剣に取る雰囲気出しといて結局取れねぇの!?」
またもや口に出てしまった。
それが聞こえたようで、おじさん含め素麺を待ち構えていた人たちはこちらを見る。しかし、こちらを見た人たちは思い思いに驚きの声を上げて近づいてくる。あっという間に囲まれた。
「素麺の神だ、素麺の神が降臨なさったぞ!」
おじさんは言う。人々の視線は俺の頭に集まっている。
「さっきの麺乗ったままじゃねぇか!」
全く気付かなかった。
「その麺を頂けないでしょうか?」
「え?」
「病気の娘がいるのです。でもその頭に携えた素麺を食べさせてやれば娘の病気は治るかもしれないのです。お願いします!」
おじさんが頭を下げてまで懇願するので、俺は頭の麺をそっと取り、おじさんに手渡した。
おじさんはそれを両手で頭上に掲げると泣きながら走っていった。それを見た他の人たちはおじさんに続いて走っていく。
「いや、全く意味が分からないよ?」
取り残された俺の横を素麺が流れていった。それにしても、おそらく半分冷麦だったのだが、大丈夫だったのだろうか。
そして再び立体の画面が現れる。画面には相も変わらずGAME OVERの文字。恐る恐るNEXTを押してみた。
コンティニューしますか?
・はい
・ひやむぎ
残り時間:10秒
「あ、そうめんが消えた」
間違ったルートに進んだ場合、選択肢から消えるようである。俺はひやむぎを押した。
周りが暗転し、現れたのはドームの中。どこのドームだろうか、かなり広い。ドームの中央には机が一つ置いてある。
「今度は何だって言うんだ」
机まで歩いていくと上には桶が一つ。中を覗くと、麺が入っていた。
「お、うどんか」
そう呟いたと同時に足元の地面がモコモコと膨張し、弾けたと思うと地面から白い猫が飛び出した。
「なぜに猫?」
「ワイは素麺の精、ラオウや」
「おい、その名前はマズイだろ。素麺の精なのに」
猫は顔を顰める。思ったより表情豊かだ。
「兄さん、そんなちいちゃい事気にしたらあきまへんで」
「悪かったな、小さくて」
なんで日本語を話すか以前になんで関西弁のような言語を話しているのか気になる。
「それはそうと、それはうどんやなくて冷麦でっせ」
「え、マジで?」
ラオウは前足で器用に麺を掬うと、それを口に運んだ。運んだのだが、人のように啜ることができないので口をパクパクさせて少しずつ口に麺を入れていく。
「この太さは冷麦やでぇ」
麺を食したラオウがドヤ顔で言った。無性に腹が立った。
セリフから察するに冷麦とうどんの原料は同じであり、その違いは太さのようだ。猫に諭されるとはな。
「じゃあ素麺と冷麦の違いも……」
「せや、太さや」
やっぱりそうなのか。
「それにしても、日本語上手いな。猫界一じゃないか?」
「兄さん褒め上手やな~、そない褒めても何も出えへんよ?」
なんだ、このやり取り。
「ああ、素麺なら出るけど?」
「いや、出さなくていいです」
ラオウは名残惜しそうに「あ、そう」と言うと大きく伸びをした。出したかったらしい。
「これで素麺と冷麦の違いは分かったやろ。これからは心おきなく素麺食べれるで?」
違いは分からなくとも心おきなく食べられるだろうが言わないことにする。
「ほな、ワイはもう行くでぇ」
ラオウは前足を上げ左右に振ると、飛び出した時にできた穴に飛び込んで姿を消した。
そして立体の画面が現れる。中央にはCLEARの文字が表示されていた。
「ひやむぎがトゥルールートだったのか……?」
最後に素麺の精でサッパリ終わらせたかったのだろうが、ひやむぎを選んで素麺の精が出てきたり素麺の精の名前がアレだったりと、素麺とは違って全くサッパリしていない。清涼感を欠片も感じない。
「結局何だったんだよーーーーー!!」
ドームの中に自身の声が響くだけだった。
↓
↓
↓
「……はっ!」
目を開けると、俺はベッドの上に横たわっていた。
今まで何か胸クソ悪いものを見ていた気がするのだが思い出せない。
「ニャア」
枕元で、我が家の飼い猫であるシロが鳴いている。
一体、俺は何を見ていたというのだろうか……。