表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

23.マジで来るべき、時が来た

 赤絨毯の上で目覚めると、玉座の上にいたシルファーが立ち上がって、俺の元に駆け寄った。


「な、なんだよ!」


 玉座に座ってりゃいいのに、子犬みてぇだな。


 嬉ションは勘弁だぞ。

「アークよ! すばらしいではないか!」


 上半身をやっと起こした俺に抱きついて、シルファーは弾けるような笑顔で続けた。


「勇者との戦いであのような魔物の使い方をしたのは、貴様が初めてであるぞ!」


「はぁ? つうか離せよ」


 そうしてもらわんと、いつ読心スキルが出るかわからない。


「お、おお。すまぬな。魔王としたことが興奮のあまり……」


 そっと離れて立ち上がると俺に手を差し伸べる。


 魔王様は上機嫌だ。


「詳しいことは夕食の席で話そう。まずは大儀であった。着替えてくるが良い。我はその間に食事の支度の仕上げをしよう」


「あ、ああ」


 なんか調子が狂う。


 シルファーの様子も変だが、それにも増してミノンがいなくなって二人に戻ったことで、玉座の間での戦績発表をしないのが原因っぽい。


 最初の頃に戻っただけって言えば、そうなんだが……。



 私室に向かい着替えを済ませて、俺はシルファーの部屋を訪れた。


「おお。待ちかねたぞアーク」


「ずいぶんなごちそうだな」


 テーブルの上には一羽丸ごとのローストチキンを中心に、パーティーでもすんのかってほどの食べきれないごちそうが並んでいた。


 しかも、部屋は祝賀会っぽく飾り付けまでされている。


 天井に金色のくす玉まで用意されていた。


「今日はなんだ? クリスマスか? それとも誰かさんの誕生日かよ?」


「おめでとうアーク! これは貴様を祝う会であるぞ」


 シルファーはくす玉を割る。


 中から“マナ放送史上最高記録達成!”と書かれた垂れ幕が下がり、金銀の紙吹雪が舞った。


「おいおい、なんだよこれ」


「我としては少し悔しいのだがな。これまでの最高記録は勇者ラフィーネがドラゴンを単独で倒した回であったのだ。あの時ばかりは死ぬかと思ったが、格上を倒すことでラフィーネはより強くなったのであるぞ。だが、そのような死闘を貴様は越えたのだ!」


「そいつは……悪かったな」


 お株をうばっちまったみたいで、ちと気まずい。


「何を言うか。嬉しさの方が勝るに決まっておろう。実に見事な戦いぶりであった。今朝、骸骨剣士を大量購入した時には、我は貴様がおかしくなってしまったのではと、心配しておったのだぞ。こうなるという確信はあったのか?」


 俺は首を左右に振った。


「いんや。賭けだったぜ」


 シルファーが俺に席につくよう促した。


 俺が着席したのを確認して、シルファーも食卓に着く。


 さっそく猫執事がグラスに、少し黄色みがかった透明な液体を注ぐ。


 液体は発泡性でしゅわしゅわと音を立てていた。


 グラスの中の気泡が、なんか綺麗だな。


「では、貴様は賭けに勝ったのだな」


「まあ、マナは全部使いきっちまったし、今回の戦いでどれだけ回収できたかで次の作戦も考えないといかん」


「食べながら話そう」


 シルファーがグラスを手にしたので、俺も倣った。


 そっとグラスのふちどうしを軽く当て合う。


 水晶が響き合うような透明で涼やかな音がした。


 一口飲む。


 あっ……うまい。


 白ブドウのジュースって感じだ。


 喉に来る炭酸が心地良いぜ。


 感心したような顔でシルファーがうなずいた。


「しかしアークよ。あのような戦い方をするとは予想外であったぞ」


「そうか? テントウムシの時とやってることはいっしょだぜ」


「数をそろえるという点では確かにそうではあるな。大量のテントウムシは虫嫌いなイズナを、より効果的に追い詰めるという狙いがあった。しかし、今回の目的は違ったのであろう?」


 生ハムと果物の前菜を食べながら、俺はうなずいた。


「ああ。まぁな」


「これまで、勇者が戦うのは一騎打ちか、刺客が魔物を同時に展開するとしても、最大で八体程度と相場が決まっておった。あまりたくさんおっても、刺客が魔物への指示を細かくできぬからな。単調な命令で物量作戦を行うとは……いったいどうやって思いついたというのだ?」


「俺の元居た世界にそういうゲームがあるんだよ。堂々とパクらせてもらった。だからオリジナルアイディアじゃねぇし」


「そう謙遜することもあるまい」


 それから食事を続けながら、本日のマナ放送の録画を二人で確認した。


 かなり派手な絵が撮れていやがる。


 イズナの動きもキレッキレだ。


 見せ場になると画面をコメントが覆い尽くして、ほとんど何してるのかわからんほどの盛り上がりを見せていた。


 動画と一緒にコース料理のように進んだ食事は、デザートを終えて最後に紅茶が運ばれて来る。


 腹一杯でもう眠い。


 達成感もひとしおだ。


「では待ちかねたであろう。本日の戦績評価であるぞ」


 シルファーが胸元から、そっと緑色のマナの結晶体を取りだした。


「緑って……あれで一千万マナ稼げだのか?」


 マナの色についても、なんとなく理解できてきた。


 一万マナまでは赤。


 十万マナでオレンジ。


 百万マナは黄色で一千万マナ代になると緑。


 億越えで青。


 となれば、十億で藍色。


 百億級になれば紫色だろう。


 その先があるかは知らんけど、そもそも不死者の帰還に必要なのが一億マナなんだから、百億級なんてマージン取りすぎだ。


 シルファーがニコリと笑う。


「二千万マナはあろうな」


 俺のマナは倍増した。


 テーブルの下でそっと手を握り込む。


 うおっしゃああああああああああああああああああああああああああああああ!


 次の予算は二千万マナだ。


 こいつをイズナにどうお見舞いしてやろう?


 頭の中に嵐が吹き荒れてるぜ。


 ゲームじゃ実戦よりも、デッキ構成とかパーティーメンバー構成を考える方が好きだかんな。


 シルファーが不思議そうに首を傾げさせた。


「どうしたのだ? スキルの獲得はせぬのか?」


「しねぇよ。次ぎも同じ手で行く」


「ふむ。しかし、骸骨剣士を増やしたところで、飽きられてはしまわぬか?」


「そうならんように、少しずつ難易度を上げていくんだ。ゲームってのは楽しませてなんぼだからな」

 入院中にプレイしまくったゲームに救われるなんて思わなかったぜ。



 翌日、俺は編成した軍団をイズナにぶつけた。


 場所は砂丘だ。


 鳥取県あたりか?


 前にミノンと一緒にリゾートビーチに来た時もそうだったが、砂地は足を取られやすい。


 イズナはこの場所を選んで待ってたのかもしれん。


 骸骨剣士たちの動きは砂に足をとられて重くなり、イズナ自身はその場で迎撃に専念すればいい。


 周囲には人家はおろか、まともな建造物さえ見当たらないから、より戦闘に集中できる……ってか。


 惜しかったな。


 今回の俺の構成は骸骨剣士三百体。


 馬力のあるオーク兵(一体五万マナ也)を二百体。


 それに空中を浮遊して攻撃するオオコウモリ(一体二万マナ也)三百五十体。


 しめて二千万マナの軍勢だ。


 先陣を骸骨剣士にしてイズナを襲わせた。


 イズナのやつ、調子に乗って必殺技を使いまくってるな。


 ワンパターンと見せかけて、イズナの必殺技が息切れしたタイミングでオーク兵を投入。


 ハイローミックスで責め立ててやる!


 イズナが混成部隊に慣れて来たところで、完全にオーク主体に切り替えた……つうか、骸骨剣士の在庫切れだ。


 イズナがワンパンで倒せる骸骨剣士と比べ、オークは動きは遅いが二度三度は斬らないと倒しきれない。


 何発かオークの棍棒がイズナにヒットした。


 鎧が強力なのか、ダメージが入ってるのかちょっとわかりづらいが、イズナのやつ手こずってるようだ。


 オーク様々だぜ! けど、ちいとばかりイズナが俺の想定よりも押されてるな。


「どうしたイズナ? 息があがってるぜ? もしかしてオークのたくましい筋肉に興奮してんのか!?」


 俺の挑発にマナ放送も大盛り上がりだ。


「そ、そんなことありません!」


「こいつらオークってのは、頭の中まで筋肉がつまってるからな。そう簡単に斬り殺せねぇぞ?」


「なら……こうです! 拡散雷撃魔法!」


「し、しまったー」


 思わず棒読み台詞になっちまったが、イズナはオークの弱点に気付いたらしい。


 必殺技のスパークエッジクロスよりも、負担の少ない雷撃魔法を拡散させて、オーク兵の動きを止めながら戦いだした。


 そろそろだな。


 俺はオオコウモリを放つ。


 骸骨兵やオーク兵だけだと、イズナを囲めても四方からの攻撃が限界だ。


 イズナの上空がぽっかり空いてたんで、オオコウモリにはそこから襲わせる。


 我が軍の猛攻は続いた。


 が、オオコウモリは正直、偵察で攻撃能力は微妙なところだった。


 そこで、こいつらにはこう命じてある。


 “イズナが攻撃魔法を放とうとしたら、空中から突撃しろ”というものだ。


 拡散雷撃魔法を放つにしても、イズナはオオコウモリの攻撃をかわしてからでなければ、狙い通りに撃てなくなった。


 イズナが大軍に襲われ、苦戦は必至の状況だ。


「どうやら今日こそテメェの最後だな勇者イズナ!」


「わたしは……負けません!」


 戦意を失ってなくてなによりだぜ。



 で、まぁ結局、この日も最終的には手駒が尽きて、俺はイズナに倒された。


 この世界の連中は、無双するイズナの勇姿がたまらんらしい。


 マナ放送は大盛況だったな。


 魔王城に戻ると、シルファーが出迎えてくれた。


 夕食は中華料理のフルコースだ。


 カップ麺がある世界だし、シルファーが料理好きなのだから、何が出てきても驚かないぜ。


「連日ごちそうは困るか?」


「そんなことねぇよ。シルファーが作るものはなんだって美味いからな」


 たとえお湯を注いだだけのカップ麺でも……だ。


 シルファーは頬を赤らめた。


「そのようなことを言われては、は、恥ずかしいではないか!」


 夕食を一緒に食べながら、今日のマナ放送の録画を観る。


 骸骨剣士だけの単調な構成に、俺なりに変化をつけてみたつもりだ。


 イズナも戦闘開始当初は余裕があったが、思いがけず強いオークに苦戦し、その弱点に気付くと必殺技を控えて拡散雷撃魔法に切り替え、何度か妨害を受けるうちに、オオコウモリの動きにも注意を払うようになった。


 シルファーが目を細める。


「イズナは強くなっておるな」


「そうか? 雑魚は百匹が束になってかかっても、大して経験にはならんのだろ?」


「ただ、束になってはな。しかし、このように効果的な攻め方であれば、それを受けるイズナも経験を積むことができる。今のイズナは多対一の戦い方では、先代ラフィーネをしのぐやもしれぬ」


 シルファーは後輩の成長を素直に喜んでるみたいだった。


 俺は後輩に抜かれたら、意地でも抜き返してたけどな。


 そして今回の獲得マナはというと、四千万マナと倍々ゲームだ。


 これでまた編成の幅が広がるぜ。


 ちなみに、この日、人生で初めてフカヒレの姿煮を食った。なにこれ、超うまいんですけど。



 ステージ3では魔法使いモンスターを編成に加えた。


 こいつらはオークが倒されたところで、空いたスペースめがけて二列目からイズナに向けて火球魔法を撃つように設定してある。


 骸骨剣士を引退させて、歩兵はオーク兵が主体だ。


 空中戦力のオオコウモリは吸血コウモリに変更して、攻撃力をアップさせた。


 さらに、中ボスとして一体三百万マナの鎧騎士も中盤に配置し、終盤にはそれを同時に三体登場させて俺を守らせた。


 一体目の鎧騎士の質実剛健な戦いぶりに、イズナは苦戦した。


 それが終盤、三体同時に出た時のマナ放送の絶望感は、俺にとって喝采みたいなもんだ。


 イズナはそれでも負けなかった。


 こうして次ぎに得たのは八千万マナだった。


 俺は全額を巨人兵につぎ込んだ。


 実はこれはシルファーからの提案だ。


 数で押す展開が続いて、そろそろ新鮮味が欲しいと思ってたんで、俺はその提案に乗った。


 かつてこの世界に栄えていたという、旧文明の遺跡都市を破壊しながら暴れ狂う巨人兵。


 それにたった一人で立ち向かう勇者イズナ。


 その戦いは一本のスペクタクル映画を観てるみたいだったぜ。


 死力を尽くして戦い、最後は巨人の両目を潰して視力を奪ったイズナが、スパークエッジを進化させたスパークエッジアスタリスクで巨人兵に勝利した。


 そのあとサクッと俺は殺された。



 帰還すると、シルファーが玉座の上で悲しそうな顔で待っていた。


「おお。よくぞ戻ったなアークよ」


「なんだよ。ここんとこ毎日、お祝いムードだったじゃねぇか。しみったれた顔して」


「別れの時だ」


 シルファーは胸元から、そっとマナの結晶を取りだした。


 それは美しいサファイアのような青だった。


 十万回死ぬ前に……三百年経つ前に……元の世界に帰るのに必要な、一億マナが揃ったってわけだ。



 別れの時は突然、訪れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ