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1.召喚したとかマジで言ってんのか?

 現実はクソだ。



 そう言い切れる。


 成功できる連中は最初から才能も、それを活かせる環境も持っている。


 そんなやつらの中でさえ、勝つのはほんの一握りだけ。


 運に見放されたら才能があったって環境に恵まれてたって、終わりなんだ。


 だから「結果が出ないのは努力が足りない」とか、得意げに言う自称成功者なんざ見てるだけで腹立たしい。


 そいつらはたまたま、運が良かっただけだ。


 才能を手にしながら恵まれた環境に生まれただけだ。


 そして、たまたま偶然……運が良かっただけなんだ。


 な? クソだろ。人間は平等じゃない。


 俺は阿久津志郎。


 自分で言いたくもないが、ダメ人間だ。


 けど、こんな俺にだって自慢できることが一つだけあった。


 足が速い。


 いつだって走れば一番にゴールテープを切ってきた。


 誰よりも速く走れるって信じてた。いずれは世界にも通用するアスリートになる……はずだった。


 中二の夏の大会直前に……怪我をするまでは。


 すぐに治ると思ってたのに、医者の診断じゃ「もう激しい運動はできない」だとよ。


 ちょっとでも無理をすれば怪我が再発する。


 後遺症もなく日常生活には支障を来さないのに、全力で走ることだけはできなくなった。


 俺はたった一つの取り柄を失ったんだ。


 おかげでスポーツ推薦が決まってた強豪校への進学も諦めた。


 勉強なんてろくにしてなかった俺には、隣町のバカ学校がお似合いらしい。


 今朝もそんなバカ学校に律儀に登校だ。寝坊したんで朝飯食ってる暇もねぇ。


 中途半端に離れた場所なもんで自転車通学だ。


 身体がぶっ壊れてたって、無理しなけりゃチャリくらいは普通に乗れる。


 家は山みたいな丘の上にあった。


 家を出てちょっとすれば、いつもの長い下り坂だ。


 行きは楽だが帰りは自転車を降りて押さなきゃ登れない急勾配。


 朝の冷たい空気を切り裂くように、俺はペダルをこいだ。


 下り坂だろうが関係ねぇ。


 ジェットコースターよろしく風景がスッ飛んでいく。この一瞬だけ、全力で走れた昔を思い出すんだ。


 もっと速く……もっと遠くへ……。


 そう思いながら、ギリギリのところでブレーキを引く。


 おんぼろチャリのブレーキがいつものように悲鳴を上げた。


 キーキーわめきながらも減速するはずなのに、今日だけは……様子が違う。


 自転車は止まらない。


 ブレーキのレバーが突然、スカスカとした手応えの無いものに変わった。


 気付いた時には目の前にガードレールが迫っていた。


 その先は崖だ。


 崖下までは二十メートルほどで、そこにあるのは寺と墓地だった。


 白いガードレールに向かって自転車ごと突っ込んでいく。


 前輪がのりあげるようにガードレールに激突した。


 衝撃で前のめり、俺の身体は自転車から投げ出された。


 ハンドルが手から離れて青空が一瞬だけ見えた。


 ふわっとした落下の感覚と一緒に声が出る。


「やべっ……死んだわ」


 どさっと背中から落ちて、一瞬――呼吸が止まった。


 やけに早く落ちたし、受け身もまともに取れてねぇのに、なんか……思ったよりも痛くない。


 それに薄暗かった。青空はどこにいったんだ?


 明るい場所から急にくらいところに落ちてきて、うまく視点が定まらなかった。


「ったく、……どこだよここは」


 身体を起こして周囲を見渡すと、墓地に落ちたはずが、そこは石造りの広間の

ような場所だった。


 ゲームとかに出てくる古めかしい城って雰囲気だ。厳かで重苦しい。


 青白い光が燭台に揺れていた。


 とりあえず立ち上がる。


 身体の痛みはすぐに引いた。


 見上げてもそこにあるのは石造りのアーチが掛かった天井で、上から自転車が落ちてくる心配はしなくて良さそうだ。


 というか、天井があるなら、俺はいったいどこから落ちてきたっていうんだよ。


 足下には真っ赤な絨毯が敷かれている。毛足が長くてふわっとした踏みごたえだ。

 そいつはまっすぐ広間を縦断していた。


「地獄の閻魔が待つには、ちょっと西洋風すぎるな」


 死神が手続きを間違ったんだろう。


 これはきっと、外国人向けの地獄だな。


「ったく、すんなり死なせろよ。現世もクソなら死後の世界もクソだ」


 ぼやきつつ俺は振り返った。


 赤い絨毯が伸びた先に、大きな観音開きの扉が見えた。


 出口はあっちか。


 どこに続くかは知らんけど、そんな気がする。


「じゃあ、邪魔したな」


 歩きだそうとした瞬間――風が吹いた。


 窓もなく密閉された室内を、突風が押し戻すように、俺が扉に向かおうとするのを邪魔してくる。


「んだよわかったよ! こっちじゃねぇんだな! 不親切な地獄だ。行き先の立て札くらい立てておけバーカ」


 結局、悪態をつきながらも風の指図に従うしかない。


 俺は赤い絨毯の上を進んだ。


 進んだ先――一段高くなった壇上に玉座があった。


 どんなおっかない奴がふんぞり返っているのかと思えば、黒い甲冑に身を包ん

だ女が、長い足を組むようにして偉そうに座っていやがる。


 銀髪に青い目をした外国人で、整った顔立ちの美人だった。


 視線が合うなり女が言う。


「よくぞ来たな。我がしもべよ」


「はぁ? しもべ……だと?」


「魔王軍に志願したのだろう? ではしもべではないか」


「おいちょっと待て。魔王軍ってなんだよコスプレ女」


「コスプレ女?」


 女はすっとぼけた表情を浮かべて首を傾げた。


 青白い照明のせいかやけに白い肌に見える。


 透き通って染み一つなくて、まるで作り物みたいだった。


 見とれてるわけじゃないが、つい目が奪われる。


「外国人にしちゃ日本語がうまいけど、コスプレも知らないってのはアレだな。バカだろお前」


 女は口元を緩ませた。


「どうやら貴様は己の立場を理解していないと見えるな」


「そんくらいわかってるぜ。死んだんだろ」


「なにをぬかすか。貴様は生きておるぞ」


「ハァ? 死んだんだろうが!? でなきゃなんでこんなとこにいるんだよ」


「それは我が召喚したからだ」


「しょう……かん?」


「召喚も知らぬのか」


「う、うっせぇ! あれだろ。召喚ってのは異世界からモンスターとか呼び出して、使い魔にしたりするやつだよな」


 人生を棒に振る大怪我をして入院している間は、マンガやゲームで暇つぶししてたんだが、まさかその知識が役に立つ日が来ようとは。


 女は深くゆっくり頷いた。


「わかっているではないか。見直したぞ。貴様が言う通り、我が貴様をこの世界に召喚したのだ」


 真顔で言ってるよこいつ。かなり痛い奴だな。


 あんまり関わり合いにならんうちに退散しよう。


「はいはいどうも。で、帰るにはどうすりゃいいんだ? つうか、本当にここどこだよ」


 制服のポケットをまさぐると、財布とスマホが入っていた。


 スマホも普通に電波を受信してるようだし、異世界が聞いて呆れるぜ。


 けど……時刻の表示が文字化けしていやがる。


 ったく、なんなんだよ。


 ああ……きっとアレだ。


 落下して気絶して、この女の仲間に拉致られて壮大なドッキリを仕込まれたんだろう。


 ここもきっと、貸しスタジオかなにかに違いねぇ。


 どうしてこんなことをするのかはわからないが、こういう連中なんだから、まともな理由なんて期待するだけ無駄だろうな。


 しかし、そうか……死んでなかったか。


 ちょっとだけ安堵しちまった。


 なんだよ、人生クソとか思ってたけど、生きててほっとするなんて、やっぱり未練たらたらじゃねぇか。かっこ悪い。


 さて、帰ろう――と、思った矢先、重そうな甲冑をけたたましく鳴らして、女は慌てるように立ち上がった。


「待て! 帰すわけにはいかんのだ」


「なに必死こいてんだよ」


「必死にもなるというものだ。貴様は魔王軍の貴重な戦力なのだからな」


「戦力?」


「ああ。戦力だ。戦う力と書いて戦力だぞ」


「詳しく説明されなくてもそれはわかる……って、俺に戦えってのか?」


「もちろんだ。そのためにわざわざマナを蓄積して召喚魔法を執り行い、ようやくこうして呼び出すことに成功したのだから」


「あー。そりゃご苦労さん」


「待て待て帰ろうとするでない!」


 女が瞳をうるませた。


 薄暗いし距離があるのに、なんでか泣きそうなのがわかる。


「泣くなよ」


「泣いてなどおらぬ」


「おもっくそ鼻声じゃねぇか」


 玉座にふんぞり返っていた時は妙な“雰囲気”があったのに、改めて見ると普通っぽいっつうか、年齢だって俺と大差ないような……。


「それに、帰したくとも帰せぬ。貴様の帰還にもマナが必要なのだ」


「異世界に召喚された人間舐めんな。察しろとか言われても無理があるからな。もう少しわかるように言え」


「マナはマナではないか。もしやマナの無い世界から来たのか? 珍しいな」


「答えになってねぇぞ。つまりあれか、そのマナってのはMPみたいなもんか」


 俺なりに察してみたのだが、女はまるで狐につままれたような顔をしてみせた。


「MPとはなんだ?」


「マジックポイントだ。よくゲームなんかでスキルを使うのに必要なアレだよ」


「おお! そちらの世界にもスキルの概念があるのだな! 良い良い! ああ、貴様のような人材を我は待っていたのだ!!」


 女は両手を組んで祈るようにしながら、嬉しそうに笑った。


 こいつの正体も目的もわからんが、とりあえず話を合わせてやるか。


 別にこいつが可愛いからとか、泣きそうになって可哀想になったからとかじゃねぇ。


 ともかく早くここから出るためだ。


「マナってのはMPみたいなものなんだな。それはどうやったらたまるんだ?」


「おほん! 良く聞くがいい。マナを貯めるには魔王軍として侵略をする必要があるのだ。恐怖や混乱といった強い感情こそが魔王軍の糧となる。人間どもの希望の星である勇者を倒せば、それはもう莫大なマナを得られるからな」


 魔王がいるなら勇者もいるのか。


 それにしても物騒な話だな……って、真に受けてどうするよ。


 痛い奴が痛いことを言ってるだけだろ。


 しょうがない。ここも良い感じに合わせておこう。


「魔王ってくらいだから、そら侵略もするわな。俺はそのために呼ばれたってわけか」


「ずいぶんと物わかりが良いではないか! 我の言葉を理解するまでに、数日を要する者も少なくないというのに」


「つうことは俺以外にも召喚された奴がいんのか?」


「おる……というか、おったというか……ほぼおらぬというべきか……」

 今度はしゅんっとしちまったぞ。さっきから百面相だなこの女。


「広い世界において、もはや我が支配地域は魔王城のあるこの島と、わずかな土地を残すのみだ」


「なんだよ。ラスボスが城の手前まで進軍されてるんじゃ、ゲームで言えば終盤にさしかかってるじゃねぇか。詰んでるな」


「それもこれも、魔王討伐に勇名をはせた先代勇者が有能すぎたためだがな! あやつこそ真の勇者よ。魔王軍の領土を切り取る人の姿をした修羅よ」


 女は胸を張った。


「お前は魔王なんだよな? なんで勇者にやられっぱなしでドヤ顔できんだ」


「べ、別に自慢しているわけではないぞ!」


 ドヤ顔が通じるあたり、現代人のメンタルになってるぞ。


「あー。それで俺になにをしろと?」


「劣勢の我が魔王軍を救ってほしいのだ」


「具体的には?」


「実は新しい勇者が旅立とうとしておる。そこでこやつの撃破を依頼したい」


「オッケー。わかった。倒せばいいんだな」


 これでようやく外に出る口実ができたな。やれやれだ。


「快諾してくれたか! だが待て! まだ契約が完了しておらぬ。勇者は凶暴で獰猛な魔王軍殺しの専門家。殺し屋相手にそのまま行かせるわけにはいかぬ」


 この世界の勇者ってのは、そんなにヤバイのか。


 まあゲームの勇者って言えば勝手に民家に上がり込んで、好き放題荒らし回る無法者だ。


 魔王からすりゃ配下のモンスターを殺すほど強くなるんだから、殺し屋って言葉でも足りないかもしれん。


「そんなやばいやつのところに俺を送り込むのか?」


「安心せい。契約さえしておけばどうということはない」

 うさんくさいな。いや、まだ我慢だ。ここまで話を合わせてきたんだ。最後まで聞いてやって、後腐れなくさよならしよう。


「で、その契約ってなんだよ」


「まずは名乗るがいい」


「こういう場合、そっちが先だろ」


 ま、どうせ偽名だろうけど、一応聞くだけ聞いておこう。

 改めて女は言った。


「そうか済まなかったな。我が名は風の魔王シルファー!」


「ルシファーっぽいな」


「なんだそれは?」


「なんでもねぇよ」


「これで貴様も仕える主の名を知って、安心できたであろう」


 仕えるなんて言ったつもりはねぇんだが、なに嬉しそうにニヤニヤしてんだこいつ。


「さあ、名乗るが良い」


 ったく、こういう時はこっちも偽名でいいよな。ゲームっぽくしておくか。


「アークだ。アーク・ツシロウ」


「アークか。良い名だ」


 本名を少しいじっただけだ。懲りすぎても自分で忘れちまうからな。


 女――シルファーは壇上の玉座から降りると、俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「ではアーク……契約のため貴様の心臓、もらい受けるぞ」


「はぁ?」


 瞬間――女の右腕が俺の胸を……突き破った。


 心臓をもらうって……いや、つうか……。


「いでええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


「当然だ。腕が貫通したのだからな。引き抜くぞ」


「ぎやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ありったけの声で叫んだ。


 ――死ぬ。

 殺される。

 腕が抜けたら出血多量で……死……死……死……死……。


 ずぼりと女は腕を引き抜いた。


 その手には脈動する赤い肉塊が載せられている。


「契約成立だなアークよ」


「あ、あが……それは……お、俺の……しん……心臓なの……か」


「安心せい。死にはしない」


 俺はうつむいて胸の空洞を見つめた。


 身体の中の臓器が丸見えだ。


 ゲロ吐きそう。つうか、寝坊して朝飯食わなくて良かったわ。


 あ! 夢だこれ! きっと悪夢だ!


「では早速、この心臓は封印させてもらうぞ」


 シルファーの手中にあった俺の心臓がゆっくりと宙に浮かんだ。


 彼女がパチンと指を鳴らすと、まるで水晶の柱か氷塊で出来た小箱に収められたように、心臓が“封印”されてしまう。


 透明なケースに入ったままでも、心臓はドクンドクンと脈打っていた。


 そして、あっという間に俺の胸の穴が埋まっていく。


 制服は元には戻らなかった。穴が空いたままだ。


「では行くが良いアークよ!」


「はあっ!? どこへ? つうかちょっと待……」


「転送魔法!」


 再びシルファーがパチンと指を鳴らす。


 俺の足下にゲームのエフェクトよろしく、青白い光を放つ魔法陣が生まれた。


 身体が光に分解される。目の前が真っ白になり、シルファーが笑顔で「戦果を期待するぞ」と送り出すように手を振っていた。

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