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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
29 マッドサイエンティスト達と遊ぼう
993/3386

30

 マルセル・ゲラーは町の門へと移動中に、同じ改造兵士の一人と出会った。


「三人殺され、残りは四人だ。アドラーも重体らしいがな」


 同僚に報告されるまでもなく、ゲラーも仲間からの連絡をチェックして知っている。


「時間だ。そろそろ離れる」


 五分以上近くにいて行動してはいけないルールなので、ゲラーと同僚兵士は距離を取る。


 やがて尊幻市の出入り口たる門の前に着く二人。簡易バリケードで封鎖され、数多くの兵士と、ゲラー達にとっても上官であるビトンが待機していたのを見て、ゲラー達は少し安心した。


「無事で何よりだ。アドラーが一つ、ポロッキーが薬を二つ手に入れ、残りは一つあればいいということになったが、アドラーは重体か」


 ビトンが言った。電話で報告をすでに受けてあるので、大体の状況は知っているビトンである。


「交戦の際は、こちらの兵士と共に戦闘するというやり方を徹底するぞ」


 すでにビトンは町中に兵士を放っていたが、さほど広くは無いとはいえ、尊幻市全域のカバーなどできるわけもなく、やっと先程ポロッキーが何名かの兵士と遭遇した程度である。


「ポロッキーは……少々場所が離れているが、向こうも部隊と合流して、こちらに向かっている。彼が戻ったら、そのままここで待機してもらうとして、我々はゲラーが先程交戦した場所に、ゲラー達と共に向かう。五分以上行動を共にしてはいけないルールがあるので、着かず離れず野距離をキープしたうえでな」


 ビトンが方針を告げ、その場にいた兵士達の半分以上――ビトンとゲラーと改造兵士を含め、計十名が行動を開始した。


(何かおかしいな……)


 着いてきた兵士の二人ほどが、ひどく虚ろな目をしているのを不審に思うゲラー。


(ていうか、この場違いな女は何なんだ? 一緒に着いてきてるし)


 百合をチラ見して、ゲラーは不審がる。


 その後二十分ほど歩いた所で、同僚怪人兵士がゲラーの近くにやってきて、ディスプレイの地図をゲラーに見せる。


「三つの光の位置、確認したぞ」


 ゲラーの方には映っていない。誰の地図に宝の位置が記されるか、ランダムだ。


「同じ場所にいる」


 地図上の三つの光点の場所を見て、ゲラーは呟いた。

 着かず離れずの場所を歩いていたビトン達にも連絡を入れ、目的地の位置を記した地図も転送する。


 それからさらに数分後、ゲラー達は先程木島一族と交戦した場所に訪れた。


「私は少し離れておますわ。戦闘は得意ではありませんので」


 平然と嘘をつき、今来た方向へと戻る百合。


 先程は三方向から建物越しに急襲したが、あっさりと撃退されてしまった。今回は人数も多いし、主に銃器で攻撃するため、部隊を二つに分けたうえで、まず一方向から攻める。敵が逃げ出した場合を想定し、もう一つの部隊が道の反対側を封鎖する。

 敵がばらばらになって家屋の中に逃げ込むという可能性もあるが、その時は反対側で待機している兵士も含めて、全員で追うしかない。


 先程戦闘した場所――壊れた家屋が建ち並ぶ路地へと入る兵士達。


 そこに先程いた木島一族はいなかった。その代わり、解毒剤入りのケースが三つ、堂々と道の真ん中に置かれていた。

 それを見て、ビトンもゲラーも他の兵士達も、露骨な罠であることを悟り、周囲を警戒する。


 だが、遅かった。


 光の線が、ゲラーと一緒に来た怪人兵士の目の前へと伸びている。

 幹太郎が光の線に沿って高速移動を行い、怪人に変身する前に兵士の目の前へと現れたかと思うと、拳で兵士の頭部を粉砕した。幹太郎はすでに鬼へと変化している。


(解毒剤を同じ場所に置いて、移動してきた所を不意打ちか……)


 ゲラーが歯噛みし、怪人へと変身を開始する。


「ミートソース爆弾!」


 かけ声の直後、茶色い物体が飛来したかと思うと、最前列にいた兵士二人の前で爆発を起こす。


「弱し」


 家屋の上に現れた樹が不審げに呟く。確かに爆発は兵士を直撃したが、息の根を止めるには及ばなかった。爆発の威力が低いようだ。


「姫よ、まず名乗りをあげないと、ヒーロースーツの力を存分に引き出せないからではないか? 姫の能力は、特に依存すると説明を受けていたであろう」


 森造が出てきて言った。


「然様であったな。すっかり忘れておった。パスタなどという下賎な呼び方を戒めん! スパゲティー・カラドリウス参上!」

「グリーン・ジャージ! ジャージ戦隊、ジャジレンジャー!」


 壊れた家屋の屋根の上で、二人して名乗りをあげてポーズを決める。


「こいつらは今解毒剤をもっていない。存分にやってやれ」


 ビトンが命じ、グレネードランチャーを樹と森造に向けて構えた。


「ペペロンチーノ・ウィップ!」


 そのビトンめがけて樹が麺の鞭を繰り出す。


 高速で繰り出された鞭の一撃であったが、ビトンは余裕をもってかわし、引き金を引いた。


「グリーン・ジャージの世界! そびえ立つ大樹は大いなる生命の塔!」


 しかしビトンが引き金を引くその直前に、森造が能力を発動させていた。


 森造と樹のいる建物の前に大木が現れ、グレネード弾は大木に当たり、爆風は樹と森造には及ばず。

 幹が砕けた大木がゆっくりと倒れ、そして消える。その時にはもう樹と森造の姿は無い。


 爆発の合間に地面へと飛び降りていた森造が、ビトンへと襲いかかる。ジャージに身を包んでいるので見えないが、すでに鬼へと変化している。

 ビトンはライフルの銃撃を浴びせるが、森造は左右に素早くステップを踏んでかわしつつ、あっという間にビトンの懐へと飛び込んだ。


 人の頭など一撃で砕く破壊力を備わった鬼の拳が唸る。

 ビトンは森造の拳をスウェーバックでかわしたかと思うと、いつの間にか抜いていたナイフを繰り出し、森造の喉元を薙いだ。


 際どい所で森造はビトンのナイフをかわし、バックステップして距離を取る。ビトンも深追いはせずに、その場で身構える。


(今のをかわすとは……しかも即座に反撃しおって。こ奴、相当できる)

(ふざけた格好をしているが、こいつは百戦錬磨だな。戦い慣れた動き――幾度となく死線を潜り抜けてきた奴だ)


 睨みあい、互いに実力を認め合う。


(たまらんな、この緊張感……久しぶりに歯応えがありそうな奴との実戦。俺の全身の細胞が喜びに打ち震えているよ)


 森造を見据え、ビトンが歯を剥いて獰猛な笑みを浮かべた。かつては歴戦の勇者として数多の戦場で勇名を馳せた男であるが、組織の幹部となってからは得物を取る機会も少なくなった。


 ビトンと森造が対峙している一方で、樹は多くの兵士達を同時に戦っていた。遮蔽物に身を潜めて、続け様に撃たれる銃弾をやりすごしつつ、奇妙なことに気がつく。


(あの二人の兵士、妙ぞ。顔は虚ろ。生気も意志も感じぬ)


 異質な感触を覚え、特にその二人を警戒してかかることを決める。


 幹太郎は怪人化したゲラーと激しい攻防を繰り広げている。

 ゲラーのその姿は、体中の表皮がブヨブヨにたるみ、顔は非常に醜い蛙のようなものへと変貌を遂げていた。


 光の線に沿って高速移動するという幹太郎の手の内はわかっているため、ゲラーは光の線に警戒して動く。幹太郎はそれを見て、出来る限り改造で得た能力に頼らず、修行で鍛えた鬼の戦士としての力で戦うことにした。

 体中の皮が伸びてたるんでいるゲラーは、動くだけでその皮がぶるんぶるんと震える。しかもその度に黄緑色の液体の粒が飛び散るのを、幹太郎は見逃さなかった。


(意味も無く体液が飛び散っているだけ……なわけがないな。あれはきっと意味がある。毒か酸と見ておくべきだ)


 互いに素手での近接戦故に、ゲラーの体中から飛び散る液体を一切身に浴びないということは、幹太郎にはできなかった。しかし肌に付着した液体はすぐに服でぬぐう。


 実際、それは毒だった。遅効性の神経毒。肌に付着しただけで、少しずつ少しずつ相手の体内に入っていく。

 敵との組み合いが長引くほど、相手に毒の蓄積量は増えていく。ゲラーはそういうコンセプトの怪人だった。


 ただ、ゲラーはもちろんのこと、幹太郎でさえ知らないことがあった。鬼の一族は純血に近いほど、神経毒へ強い耐性を持つことを。これはかつて鬼が人に酒に酔わされて騙まし討ちをされたという民話から、酒や毒にも抵抗できるよう、長年に渡って妖術師が鬼の体に耐性を施した結果である。

 いつまで経っても元気いっぱいに動く幹太郎を見て、初めて怪人化して戦うゲラーは、自分の体から出る毒が実は大して効果が無いのではないかと、疑い始めていた。


 そして近接戦闘は幹太郎の方が明らかに優勢であり、ゲラーを防戦へと追いやる。

 見かねたかのように、兵士のうちの二人がゲラーの援護へとまわり、幹太郎に銃を撃つ。


(何だ? こいつら……何か変だぞ)


 加勢してきた二人の兵士を見て、幹太郎も樹と同様の違和感を覚えた。兵士に生気を感じない。闘争心も無い。まるでロボットのようだ。

 その二人の射撃は鋭く正確で、幹太郎の右脚太股と左上腕部を撃ちぬいた。


(怪人ならともかく、こんなモブ兵士なんかにっ)


 幹太郎が顔を歪め、忌々しげに兵士二人を睨む。致命傷ではないが、この状況では致命的になりかねない負傷である。モブ兵士と毒づいたものの、その二人の動きが洗練されている事は、幹太郎にも一目でわかった。


 幹太郎が二人の兵士を睨みつけたその時、一人の頭部が何かで殴られたかのように大きく傾き、同時に銃声が響く。

 もう一人が気配を察知して、素早く銃を向けて撃つ。


(真か。丁度いい所で来てくれたぜ。こんちくしょーめ)


 兵士の銃撃をかわし、反撃する真を横目に見て、幹太郎は安堵と共に笑みをこぼした。ピンチに颯爽と助けが来るという、フィクションではありふれたお約束のシーンであるが、実際に味わうと、このうえない感動がある。体中が安らぎ、同時に胸も脳も熱くなり、力がこもる。


 真が銃を二発撃ち、そのうちの一発が兵士の胸を貫き、兵士が前のめりに崩れ落ちる。

 その様子を見てゲラーが舌打ちした。三対一で圧倒的に有利だったのが、真の登場で突然二対一の不利な状況になってしまった。


「こいつら、ゾンビだ」


 真の呟きに、幹太郎もゲラーもはっとして、真と交戦していた兵士を見やる。

 どう見ても致命傷を負っている二人が、無表情に起き上がり、真に向けて発砲した。


「こっちを気にするな。そっちに集中しろ」


 幹太郎の方に目もくれず、しかし死んだはずの兵士に目を奪われている幹太郎の様子が見えているかのように、真が言った。

 再びゲラーと幹太郎が向かい合う。


(こいつも中々強い。今の俺の体じゃキツい。いちかばちか、やってみるしかないな)


 幹太郎は賭けにでた。大きく弧を描いた光の線をゲラーの後方へと飛ばす。


(またそれか。苦し紛れの賭けと見た)

 ゲラーが嘲笑する。


 しかし幹太郎は高速移動を行うことなく、正面から突っ込んできた。


(光の線はフェイクか)


 高速移動で後方に来る事を警戒していたゲラーだが、意表をつかれた。しかし正面から突っ込んできているので、十分に対応できる。

 ゲラーと幹太郎が互いのアタックレンジに入ろうとしたその直前に、幹太郎の体がゲラーの前から消失した。


「ぬっ!?」


 思わず声をあげる。光の線による高速移動がフェイクだったと見せかけ、正面からの激突に臨む事のほうがフェイクだとすぐに察し、動揺しつつもゲラーはすぐさま後ろを向く。

 幹太郎がゲラーの後方に出現した時には、決着がついていた。ゲラーは幹太郎の姿を確認すらできず、その頭部が木っ端微塵に粉砕されていた。高速移動しながらの攻撃によって、ゲラーに攻撃を仕掛けたのだ。


(真の教えのおかげだ。足向けて寝られないとはこのことだな)


 最初に真の前で披露した際、幹太郎は真に、高速移動しながらの制御は無理だと言われた。だが天邪鬼である幹太郎はあえてそれに逆らい、高速移動しながらの攻撃ができないものかと、訓練を重ねていたのである。


(今まで上手くいったのは二回だけだから、本当に賭けだった……)


 保険で二重にフェイントをかけておいたが、それらは見抜かれていてしまっていた。本命が成功していなければ、勝負はどうなっていたかわからない。


 一方、真はゾンビ兵士二人の手足の肘を撃ちぬき、動きを封じる。


(そいつら結構強いのにな。あっという間にケリつけちまいやがった……)


 真が兵士二人を倒した場面を見て、幹太郎は舌を巻く。


(百合が奴等に加担しているのか)

 死体人形とされた兵士を見て、真はそう判断する。


「火陣アラビアータ!」


 兵士五名もと一度に交戦し、中々攻撃の機会に恵まれなかった樹であったが、やっと隙をついて、兵士三名を炎の麺によってまとめて焼き殺す。


 残る兵士はビトンを含め三名となる。ビトンは状況を見て森造から離れた。


 ビトン側は十人もいたのに、怪人に改造された兵士も含めて、七名殺された。敵は四人に増え、一人負傷しているが死者は出ていない。


「撤退だ」

 銃を撃って牽制しながら、残った二名の部下に命ずる。


「無理をしてでも、元を断つしかあるまい。彼奴等の本拠地たる、この町の門へと向かわん」


 樹が命じて駆け出す。森造と幹太郎も後に続き、逃げだしたビトン達を追う。


「手を貸したり殺したり……僕もいろいろ忙しいな」


 少し遅れて木島一族の後をついていきながら、真は呟いた。

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