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真は彰人の誘いにのることを躊躇しなかった。英雄の時のようなギミックがある事は予感していたが、危険など一切顧みず、淀みない足取りで彰人の後を追う。
真は相手と向き合って、正面からの戦いを行うことの方が多い。しかしだからといって暗殺を好まないわけでもない。その時の気分次第、状況次第だ。
(あの中身は狙撃銃かな)
彰人が背負う細長いバッグを見て、真はそう判断した。裏通りでは狙撃という暗殺手段は珍しいが、皆無というわけでもないし、少し腕の立つ者なら狙撃手の気配にも気づく。狙われている身であれば、警戒もする。
彰人が狙撃手という事は、敵は複数であろうことを察する。狙撃手がわざわざ一人で姿を現してくるというのも考えにくい。
誘導するにしても、あえて真に自分が狙撃手であることを見せることや、複数で待ち構えていることを教える彰人の意図がわからないが、真は心に留めつつも深くは考えなかった。考えたところで、現時点では図りようが無い。あのバッグの中身が実は狙撃銃ではなく、全く別物という可能性もある。
安楽大将の森。安楽市絶好町の繁華街南にある公園。夜になると、裏通りの取引や抗争に利用されることが多い場所へと、彰人は消えていった。
林の中に入ってしばらく追跡していたが、真は途中で彰人を見失った。自分に向けられた殺意を複数感じ取り、足を止めていた。これ以上彰人の後を追い続ける事が致命的な事態になると本能が感じ取り、林の間の闇をじっと見つめていた。
(多分これは……三人いる)
闇の中へと消えた彰人以外に、二つの殺気を肌で感じ取る。
(恐れていた事態か……。三人がかりで、待ち伏せも含めた襲撃……。あいつの読みが見事に外れているじゃないか。それとも、その可能性も考えたうえでわざと僕にそう言ったのか?)
三人以上では襲ってこないと言った純子の言葉を思い出す。もっと多勢を相手にしたことは何度もあるが、それは雑兵クラスに限った話だ。
彼等は殺し屋として一級品で、しかも動きも統率されていると見ていい。
三対一。それなりの腕前を持つ精鋭が三人がかりという時点で、これは限りなく絶望的な状況である。純子に言われて避けたかった展開が、現実のものとなってしまった。
弱気と恐怖が出そうになるのを必死でこらえる真。恐怖そのものは抑えきれないが、せめて及び腰になるのだけは何とかしなくてはならない。
(勝機が薄くても、その微かな勝機を掴んでやる)
腹を据えると同時に、周囲を冷静に観察する。
(この先は――何かあるな)
彰人が向っていった先に背を向け、来た道を引き返し始める。林の中を襲撃者が追いかけてくるのを真は感じ取っている。姿が見えないので、かなり距離が離れていると思われる。この暗闇の中で、しかも木々が生い茂る中で、狙い撃ちが可能な距離ではない。
何やら罠にハメようとしている彰人。距離を置いて追ってくる者の動き。どうにも不可解であった。狙いがわからない。
真が急に足を止め、身をかがめてナイフを抜き様に前方を一閃する。丈の低い木と木の間で繋がれていた鋼線が切断される。
(敵に鋼線の使い手がいるということか)
二箇所や三箇所どころではなく、予め鋼線を各所に張り巡らされているのであろうと、真は判断する。敵の意図も大体読めてきた。
***
「気づかれたみたいだな」
視界からは真の姿を確認できない場所で、無線機のインカムに向って彰人が言う。敵の姿こそ見えないが、自分が張り巡らせた鋼線は全て把握している。敵が鋼線にかかっても、あるいは鋼線が切断されても、すぐにそれがわかる。
『うん、気づいてる。ナイフで鋼線を切っていたしね』
真奈美が答えてくる。現在、真奈美と卓也が真を追い回して誘導しているはずだ。
「可能性の一つとしては元々考慮していた事さ。問題は無い――が」
頭を掻きながら間を置いて、
「やっぱり楽には殺されてくれない相手みたいだな。面倒くさい」
彰人は超音波振動鋼線を用いての暗殺が得意手であった。仲間と協力して戦う際には、鋼線を張り巡らせて標的がそれにかかるのを待つか、標的の動きを制限するか、自分の鋼線を操れるポイントに標的が来た際に鋼線を引き、標的を切り刻むかだ。
勝手にかかってくれれば楽ではあるが、流石に今回の相手はそうもいかなかった。
「面倒だろうけれど、うまいこと自然に例のポイントへ誘導してくれ。敵さんも気づいているようだからさ」
『何とかやってみるけれど、無理だったら高田さんだけでも逃げといてよ』
「言われなくてもそうするつもりだよ。お前らと心中なんて真っ平御免だし」
卓也の明るい声に、彰人は笑みをこぼしてそう返した。
***
まず真奈美が一気に距離を縮め、真の右手側に姿を現した。
真は足を止めて真奈美と向かい合う。真奈美は得物らしきものを一切手にしていない。徒手空拳だ。
さらに後方から、拳銃を片手に携えた卓也がゆっくりと近づく。
左手側からはスナイパーライフルを構えながら、ナイトビジョンゴーグルをかぶった彰人が姿を現す。ライフルには赤外線レーザーサイトが備わっているに違いないと、真は判断する。
(わざわざ姿を現して、それでいてすぐに襲ってはこない理由は何なのやら)
敵の行動の一挙手一投足が、目論見あってのことであろうと真は判断する。狙いは謎だが、真は思考を途中で止めている。
策を張り巡らしすぎれば、策士策に溺れる。その逆もまた然り。
不可解な事態や奇なる行動に対して考えを巡らし過ぎて、動揺や混乱を招く事もあるし、敵がそれを狙ってくる事もあると、真は純子に教わった。この局面においては、考えられる所まで考えておいて、後は出たところ勝負で対応していけばいい。
彰人がその場で腰を沈め、片膝を立てた状態でライフルの銃口を真に向ける。膝射と呼ばれる射撃の姿勢だ。真の拳銃の射程範囲外からだからこそ出来うる姿勢ではあるが、もし真の射撃の範囲内に入れば、咄嗟に真の攻撃を回避するのは難しいであろう。
「佐治婦警の弟か……裏通りに堕ちた弟がいるって言っていたが、お前だな? しかし似てない姉弟だな」
彰人から目を逸らし、卓也の方を向いて声をかける。
「それ、皆に言われるよ」
苦笑する卓也を狙って銃を撃つ真。
彰人もそれに反応したかのように撃つ。卓也は真の撃った銃弾をかわし、真は彰人の撃った銃弾をかわす。ライフル弾の衝撃波が、真の体を微かに揺らす。
その場にいることが危険と判断した真は、敵のいない方向めがけて駆け出した。明らかにその方向の先へと誘導するための配置であることは、真にもわかっていたが、この状況ではそうせざるを得ない。
卓也か真奈美の方めがけて突進して切り抜けるという手も考えたが、相手は有象無象ではなく、いずれも一流の殺し屋で、しかも三人もいる。リスクが大きすぎる手だ。
卓也と彰人が続け様に銃を撃つが、木々に阻まれて真には当たらない。彰人のライフルは細い木なら貫通するであろうが、視界そのものが遮られている。
背後で殺気が膨れ上がるのを真は意識する。
真の足より格段に速い俊足でもって、真奈美が一気に間合いを詰めて接近していた。
足を止め、振り返った真めがけて真奈美が跳躍し、真の首筋めがけて右手を繰り出す。銃でもって反撃するには間に合わないタイミングと速度だった。
このタイミングなら絶対に当たると、真奈美は勝利を確信する。




