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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
28 精神障害と遊ぼう
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34

 華子は雪岡純子経由で入ってきた新規メンバー達と、未だに壁を感じている。


(ユマちゃんは新規の連中と平然と打ち解けているし……何だかなあ。私はあの人達、まだ慣れてないし)


 最初は安息所が乗っ取られるかのようなイメージであったが、ユマが打ち解けている今、自分だけが外に押し流されていくような、そんな気分の華子であった。


「浮かない顔してるわね。何か悩みでもあるの?」


 横を歩くペペが覗き込み、声をかけてくる。


「新しい人達とどうしても打ち解けなくて……雪岡さんに引っ張られてきた人達ばかりで固まってる感じだし。優って子はわりと親しみやすいけど……」


 思い切って、華子は打ち明けてみた。


「でも純子ちゃんの紹介で入った人達って、別に元々から知り合いだったわけではなく、安息所に来てから知り合ったみたいよ」

「そうなの?」


 ペペに言われ、一瞬意外そうな顔になる華子であったが、また沈む。


「じゃあ私が勝手に変な意識して、壁作っていたのね。誠君やユマさんや八丈さん達には、そんなこと無かったのに……」

「そうだろうけど、そこは喜ぶべきじゃないの? 自分の思い違いだったと」

「喜べない。結局私が馬鹿だったってことになるもん。自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。そしてこうしてうじうじしている自分にまた腹が立つ」

「うん、確かに馬鹿よね。お姉さんもこんなお馬鹿さんの世話して、大変でしょう」


 いつものペペと変わらぬ口調で、しかしペペの口から出たとは思えない言葉を聞いて、華子は己の耳と頭を疑った。

 華子が立ち止まる。ペペは数歩進んでから立ち止まり、華子の方へと振り返る。


「どうしたの? 華子ちゃん。トイレに行ってちゃんと出すもの出しておかないと……死体になってから無惨に垂れ流して、みっともないよ? お姉さん、糞尿まみれの貴女の死体に抱きついて泣かなくちゃならなくなるのよ?」


 いつもと同じ穏やかな喋り方で言い、ペペは銃を抜いて、至近距離から華子に銃口を向けた。


「どういうこと?」

「こういうこと。それもわからないくらい馬鹿なの?」


 呆然として問う華子に、溜息をつくペペ。


「ペペさんが犯人だったの?」


 例え安息所内部に犯人がいたとしても、ペペだけは絶対に違うと信じていた華子は、その事実を簡単に受け入れられず、よろめいた。


「私……ここに来て、ペペさんにいろいろ相談して、励ましてもらって、慰めてもらって……ペペさんのこと頼ってたし、ペペさんのこと……好きだったし……」


 喋っている途中で、涙ぐむ華子。喋っている途中で、現実を受け入れ、猛烈な哀しみがこみ上げてきた。


「全部あれ、嘘だったの? 嫌だよ……こんなのペペさんじゃないよっ、私のペペさんを返してようっ!」


 華子の痛切な訴えに、ペペは激しい胸の痛みを覚え、顔をしかめた。


(ウザいから、さっさと撃ち殺してしまった方がいい……)


 ペペの頭の中で、そんな決断が下される。

 ペペが引き金に力を込める。


 この場で華子一人を殺すのは、赤猫を発現させて殺し合わせるより前に、先に一人殺しておいて、恐怖の演出をしようという、そんな程度の目論見であった。

 そして引き金を引いたつもりのペペだが、指に力が入らない。


「ペペさん?」

 固まっているペペを、訝しげに見る華子。


「ええ、嘘よ。それにね、貴女があのキチガイ姉に虐げられている弱虫だってことも、それを私に相談することもできない意気地なしだって事も、私は全部知ってるのよ」


 自分の手が動いてくれないことを誤魔化すかのように、ペペは罵倒すると、殺気と共に再び指に力を入れる。

 力を入れたつもりであったが、指は動いていない。


「助けて……お姉ちゃん……」


 ペペの殺気だけに反応して、涙声を漏らす華子。


「ははは……何言ってるの? 貴女のお姉ちゃんが、貴女を助けに来てくれるわけないじゃない。仮に貴女の目の前にいたとしても、あなたなんか助けてくれないわ。とっとと逃げ出すわよ?」


 一方でペペは激しく混乱していた。思い通りにならない自分に激しい苛立ちを覚え、その苛立ちを華子の情けなさへの苛立ちへと転化し、華子を罵る。


「嘘よ……そんなこと……」

「嘘なもんですか。あんたみたいな気の触れた子はね、お姉ちゃんも日頃から厄介で仕方ないのよ。いなくなれってきっと思ってるわよ」


 罵りながら、再び胸の痛みを覚えるペペ。強烈なデジャヴ。それはペペの痛みでもある。


「いいこと教えてあげる。私にもね、昔親友と思っていた子がいたの。少なくとも私はあの子のことをそう思っていた。私は心の障害を持ち、あの子は体の障害を持っていた。心と体という違いがあったけど、同じ障害者同士だから安心して通じ合えると思ってた」


 誰にも話したことの無い、己の歪みの原因を、冥土の土産に聞かせてやろうと思いたつペペ。全て吐き出した後なら、躊躇いなく殺せるのでは無いかと、そんなことを漠然と考えていた。


「でも違ったわ。あの子は私にこう言った。『一緒にしないで。僕はただ体が不自由なだけで、君みたいに頭がおかしいわけじゃない』って」


 自分の心を深く傷つけた台詞を口にすることで、ペペは自らを切り裂くような錯覚と、奇妙な爽快感を覚えていた。


「後から知った話だけど、そういうの、そんなに特殊でもないんだって。障害者同士でも差別が生じるのって、結構ある話なんだって。あの子が私と付き合っていたのは、自分より下と思える私といた事で、安心できたからだったのよ……。そんな私と、対等だなんて思われていたら、そりゃあ腹も立ったでしょうねえ」


 そこまで喋って、ふとペペは華子の境遇を考える。


(この子もきっと同じ……愛する者に、裏切られる……)


 そう考えると、目頭が熱くなる。可哀想で仕方がない。


「華子ちゃん、貴女も同じよ。お姉ちゃんにとっては厄介者であり、そして慰み物でもある。その程度のものよ。別にいなくてもいい存在。むしろいない方がいいくらい。思い当たるフシは無い? お姉ちゃんにそういう言葉、普段から言われてない?」


 ペペの指摘を受け、華子は日頃の姉の台詞を思い出し、蒼白になる。


「ほうら、やっぱりね。わかった? 貴女みたいな頭のおかしな子は、誰にとってもこの世にいない方がいい存在なのよ? 私も、貴女のお姉ちゃんも、ずーっとそう思いながら接していた。きっと、ここに来てる人達も、そう思って貴女のこと見てたわよう?」

「嘘よ……」


 指先を震わせながらも、華子はペペを睨んではねつけた。


「お姉ちゃんは……私のこと大事だもん……」

「まだ言うの? ま、そう思っていたいわよねえ。死んで幽霊になったら、お姉ちゃんの顔を見てみればいいんじゃない?」


 そう言って、ペペが指に力を込めようとする。これで三度目の挑戦だ。


(ペペさん……ひょっとして……)

 ここで華子もようやく気がついた。


「どうして……」


 銃口を華子に向けたまま手が固まって動かないペペは、震えながら自問する。

 どうしても撃てない自分。かつて殺し屋だったペペが殺しを辞めたのは、自分を傷つけた幼馴染を殺したトラウマのせいで、人を殺せなくなったせいだ。そして今もそれが出ているのではないかと考えたが――


(いや、そうじゃない……。それとはまた違う)


 ペペが己の躊躇の理由を察したその時、銃声が響いた。

 ペペの手にしていた銃が弾かれる。衝撃の痺れに、思わず己の手を押さえる。


 気配を感じて横を見ると、わりと近い位置に、銃を構えた憤然たる顔の真菜子がいた。


「私達のことを勝手に語るな! 私にとって華子は大事な妹だ!」


 ペペに怒鳴る真菜子の憤怒の形相を見て、口から出た叫びを聞いて、花子にとっては胸が破裂しそうなくらいの嬉しさを覚えていた。


「お姉ちゃん……やっぱり私の神様だったのね」

「は?」


 泣き顔でおかしな台詞を口にする華子と、ぽかんと口を開ける真菜子。


「私が危ない時に……私が助けを呼んだら……ちゃんと来てくれたもん……。でも……ごめんなさい……。お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞かなかったから……こんなことになっちゃって……」

「あ、あんた……人前で何つーこと言ってくれるのよ……」


 感動して泣きじゃくる華子に、真菜子は狼狽する。


「ていうか……真菜子さん、そこで話を聞いてたの?」


 ペペが言った。今来たところではない。近くにある建物の陰に隠れて、様子を伺っていたのではないかと察する。そうでなければ、今の台詞も出てこない。


「ちょっと興味があってね。ペペさん、いつまで経っても撃つ気がないみたいだし、言いたいこと言わせてから取り押さえようと考えたけど、私達姉妹の仲を引き合いに出してディスってるのを聞いて、ちょっと頭にきて……」


 真菜子がペペに銃を構えたまま、バツの悪そうな顔で言う。


 と、そこへユマがやってくる。こちらは隠れていたわけではないようだ。はっきりと歩いてくるのが分かった。

 チャンスだと思うペペ。今なら、自分が真菜子に銃を突きつけられ、殺されかけているという構図にしか見えない。


「ユマちゃん、助けてっ」


 真菜子の後方からやってくるユマに、ペペは声をかけた。


「私が……華子ちゃんが赤猫の犯人だと突き止めて、それで、殺されそうになってるの」

「ごめん、ペペさん。私ペペさんの話は全く信じてなかった。それどころか、九割方ペペさんこそ犯人なんだなって疑ってたし、今ので確信できた」


 静かな声で告げるユマに、ペペは一瞬目を丸くして驚いたが、やがて悟ったように小さく微笑んだ。


「ペペさん、はっきり言って余計なことしたと思う。私に、華子と真菜子さんが赤猫の犯人だなんて疑惑を、向けさせた事ね。あんなこと言わなければ、私はペペさんをここまで疑わなかったのに」

「どうしてそう思ったの?」


 ユマの言葉を聞き、ペペが尋ねる。


「どうして? 私のこと、そんなに馬鹿だと思ってた? はっきり言って幼稚な言いくるめ方だったよ。馬鹿相手にしか通用しない言いくるめ方。元々穴だらけな論法だったけど、そんなことを私に口にした時点で、ああ、ペペさんが犯人で、これは追い詰められてるんだなって思った」

「なるほど……。馬鹿にしているつもりは無かったけど、なるほど、私はそこまで混乱していたのね」


 ユマからもあっさりと見抜かれていた事を知り、自虐的に笑うペペ。


「特にひどいのが、赤猫の存在が発覚しても、華子達が二人暮らしをしている事が、犯人であるという主張。三文推理小説じゃないんだからさ……。そんなこと言ったら、私もペペさんと二人きりになって会話もしないし、ペペさんも私と二人きりにならない。ペペさんだってそうよ。皆警戒しきったうえで、対処する覚悟は決めていたのに何を今更……」

「余計なこと……とは皮肉な話ね。私があんな話しなければ、ユマちゃんは私を疑わなかったなんてね……」

「それ以前もちょっとは疑ってたけど、疑いがほぼ固まった。実に余計だったよ。犯人は安全圏をキープする論が特にひどい。あれのおかげで私は、ペペさんこそ、安全圏を作ったと疑ったもん。私を襲って自分も赤猫被害者に見せかけて、犯人の候補から外れる工作。でもあんなのは、表通りの人ならともかく、裏通りの人相手には無実の証明としては、通じないでしょ。皆、基本的に疑り深いもの」

「そっか……」


 ペペは憑き物が落ちたような顔になると、その場にへたりこんだ。


「ところで赤猫に憑かれたのは演技? それとも疑いの目を避けるために、本当に憑かれたの?」


 尋ねるユマだが、実際に赤猫憑きのペペと接してみたかぎり、ただの演技では無かったような気がする。


「後者が正解よ。それで余計に悪い事態を引き起こすかもしれなかったけど、まあ興味半分の気持ちもあった。どんな風になるか、一度は知っておきたかった。発現させる条件のパターンも全て知っていたしね」


 ユマを見上げ、ペペは正直に語る。


「ペペさん……本当に私達を騙していただけなの? 私達に優しく接してくれたこと、全部嘘だったの?」


 幾分か落ち着きを取り戻した顔で、華子が尋ねる。


「あはははははっ、まだ言ってるの? 優しい演技していただけの偽りの私なんかに、縋っているの?」

 乾いた笑い声をあげるペペ。


「今のペペさんも、私達の知る明るくて親切なペペさんも、どちらも偽りじゃないんでしょ?」


 華子と言わんとしている事を察し、ユマが言った。華子もそれに同意するように頷く。


「きっと両方いるのよ。悪いペペさんと善いペペさん、両方いる。完全に嘘だったら――全部演技だったら、私達の誰かが絶対に見抜いている。ユマちゃんも言ってたけど、私達裏通りってさ……疑り深いし、そういうのには凄く敏感だもん……。それに今、ペペさんは華子を何度も撃とうとして、撃てなかったじゃない」


 穏やかな口調と表情に戻った真菜子の指摘を受け、ペペは苦しげな表情になってうつむく。


「嘘をつくことや秘密を抱えるのはしんどいって、ペペさんが言ってたことよ。ずっと一人で辛かったんじゃないの?」

 今度はユマが指摘する。


「私がどうしてこんなことをしたと思う? あなた達が全部悪いのよ」


 うつむいたまま、ペペは恨みがましい声を発した。


「私はね、皆が仲良くできる場を作りたかった。心から笑いあえる、安心できる空間。穢れ無く、調和の取れた、思いやりのある場所を……。美辞麗句ばかり口にしてるって、笑いたければ笑えばいい。でもそれが私の心からの願いだったっ」


 血を吐く想いで、ペペは心情を吐露する。


「なのに……闇の安息所は、その理想とはかけはなれた代物だった。腹の中は真っ黒で、歪みまくった連中ばかり集って、人が人をそしり、疎む、ひどい場所になってしまった……。それが許せなかった。ねえ? 私の絶望わかる? 私はただ、皆が仲良くして、思いやりのある世界を造りたかっただけなのに、そんな簡単なこともできない人達ばかり集って、汚い世界を築きあげた絶望……絶対に貴女達にわからないわよねっ!」

「はいはい、そろそろいいかなー」


 ペペが絶叫し終えた直後、緊張感のない声と共に純子が、真菜子が潜んでいた建物から現れる。さらには同じ建物の陰から、みどり、累、美香が現れる。


「皆で押しかけても、ペペさんが本心打ち明けにくいと思って、ユマちゃんと真菜子さんだけに任せておいて、ずっとそこで聞かせてもらってたんだ」


 隠れていた建物を指して、純子が言った。

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