13
「あははっ、遅いよ、二人とも」
「先走るなって言ったのに、お前も英雄と変わらねーな」
田沢が鍔の無い刀を抜き、歯を見せて笑う。その横には劉偉の巨体があった。
二人は偶然通りかかったわけでも、睦月が密かに救援を呼んだわけでもない。掃き溜めバカンスの根城から絶好町の繁華街に睦月が一足先に赴き、後から遅れて何人かで来る予定だったのだ。
その間にいつも通る道で戦っていれば、途中で誰かが来るであろうことも、睦月は予測していたし、よいタイミングで二人が現れてくれた。
(再生に必要な体力をすぐに回復できるわけでもないし、この二人を殺した後で始末すればいいだけの話だけれど、救援が二人だけとは限らないな)
手早くケリをつけるべきだと判断し、真は劉偉を狙って銃を二発撃つ。
「んっ!」
劉偉は、自分の腹部にお椀を持つような形で両手をあてがうと、真を見据えたまま呻くように叫ぶ。
夜ではあるが、真の目にははっきりと見えた。顔の長い坊主の大男の前で、二発の弾丸が空中で静止しているのを。
劉偉が大きく息を吐くと、弾丸は地面に落ちる。
「気孔か」
劉偉が気孔を用いて真の体を吹き飛ばし、弾丸を止めた事も、真はすぐに理解できた。かつて傭兵時代に、同じ部隊に同じことを出来る者がいたおかげだ。
田沢が上体を落とした姿勢で勢いよく真に突っ込んでくる。真はそれに対して二発銃を撃ったが、銃弾はただ一直線に突っ込んでくるだけの田沢の横を通り過ぎていった。
「へへっ、この賭けは俺の勝ち、と」
真は田沢が左右に回避するのを見越して、わずかに田沢からずれた左右を狙って撃ったが、田沢は真がそのように狙って撃ってくるであろうことに賭けて、一直線に突っ込んだ。
何の確証があったわけでもない。ただの賭けだ。
外れていればそれで御陀仏であったろうが、外れる気はしなかったし、これまでも田沢は、自分のただの勘に賭け続けてきて、今もこうして生きている。
剣の届く範囲に入るなり、田沢は真の鳩尾めがけて刀を突き出す。
勢いよく直線に突っ込んできて、その勢いのまま突くだけという単純極まりない攻撃。しかし銃撃直後の真には、それをすぐさま避けるのは困難であった。
かわしそこねて、防刃防弾仕様の繊維で編まれた制服が裂かれ、血がしぶく。
「ん!」
真の体勢が崩れた瞬間を狙って、劉偉が気孔を放つ。
気を溜める時間が短かったために威力は低いが、真はこの攻撃も避けきれず、再度吹き飛ばされる。
倒れた真めがけて、田沢が楽しそうな笑みを張り付かせて突っ込む。
真は倒れた姿勢のまま、銃口を田沢に向けて一発撃つ。
「やべっ」
脇腹に銃弾をくらい、田沢はつんのめるようにして倒れた。真は起き上がり、劉偉を警戒しつつも、田沢にトドメを刺そうとしたが――
両脚に激しい痛みを覚え、真も田沢の前で、田沢のように前のめりに崩れ落ちる。針金虫が、真の両脚のふくらはぎを再度貫いていた。
今度のダメージは、最早立てそうにない。
「あははぁっ、俺もいること忘れちゃ困るねぇ」
睦月が地面に膝をついたままの格好で、相変わらず力ない笑みを浮かべたまま言った。その体内から、再生した蜘蛛が出てくる。
(ダメージをくらいすぎたおかげで、注意力が散漫になっていたな……)
蜘蛛が倒れた真の眼前に現れる。真の首めがけて刃を振り下ろそうと構える蜘蛛に、真は銃を向けたが――
その蜘蛛が、不意に視界から姿を消した。
「へー、面白いねー、これ。睦月ちゃんが体内で造ったわけだねー」
非常に聞き覚えのある、場にそぐわぬ明るく弾んだ声に、真の緊張感がどこかへと吹っ飛んだ。
見上げると、蜘蛛の刃の脚を素手で掴んだ純子が、いつものように屈託の無い笑みをひろげ、興味津々な視線を手にした蜘蛛に注いでいる。
「おいおい、このタイミングで雪岡純子御大のお出ましかよ。そりゃねーんじゃねえの?」
脇腹を抑えたまま立ち上がる田沢。致命傷ではないし、銃弾は貫通しているようだが、決して軽いダメージではない。しかし純子のいる位置に最も近いため、そのままへたばっていたのでは、真っ先に殺されるために起き上がるしかないと判断した。
「んー、いや別に真君のピンチに都合よく駆けつけて間に合ったー、とかそういう話じゃないよー。だって最初からずっとそこに隠れて、バトル見学していたしさー」
と、純子は田んぼの溝を指した。今は冬なので使われていない用水路だ。
「ねね、痛み分けってことにしない? 私とも戦って勝てる保障があるならいいけれど、そうでないと、睦月ちゃんも君達も全員死ぬことになるよー?」
「ま、そうしとこうか……。分が悪いのは確かだしよ」
「ん!」
田沢が純子の提案を受け入れ、劉偉もそれに応じたように口をへの字にしたままで一声を放つ。
「あはっ、やあ純子、相変わらずセンス最悪の格好だねぇ」
「ええっ!?」
今夜は白衣の下に、髑髏の刺繍が縫われて血痕のプリントがついたブラウスを着た純子に、睦月が冗談めかした口調でそう言ったが、純子は真面目にショックを受けた模様であった。
「累は元気にしてるかい?」
睦月が尋ねる。
「んー、少しずつ欝周期が短くなって外に出始めてるみたいだよー」
「あは、そりゃよかったねぇ。そんで一つ聞きたいんだけどねぇ、中枢から目出度くタブーとしてお咎め無しって扱いになるには、真、純子、累、三人とも殺さない限りは無理なのかなあ?」
「私の手足となって動いてくれて、私が望む相手を殺してくれるのは真君だよ」
そう言うと純子は腰を下ろし、真の応急手当を始める。
「つまり、そのガキンチョだけ殺れば睦月は無罪放免ってことかい」
同じように劉偉から応急手当を受けている田沢が、劉偉の巨体から首だけ出す格好で言った。
「そういうことかなー。ああ、睦月ちゃん。ちょっと言いたいことがあるんだけれどさー」
純子の顔から笑みが消える。
「君がいくらお母さんを憎もうと、そのお母さんがいなかったら君は生まれなかったし、今こうして存在せず、何も感じられなかったんだよ。んで、私がいなければ君のお母さんは沙耶ちゃんを作らなかったし、沙耶ちゃんの中から君も生まれなかったしね」
「……やっぱり、そういうことか」
何とはなく予感していたが確証の無かった事実を、純子の言葉で確信する睦月。
「でも俺は止められないよ? 沙耶がどんな悲劇の中で絶望し、死んでいったか、世界中の人間に同じ思いをさせてやりたいからねえ。沙耶と同じ、運命のルーレットのハズレを掴ませてやりたいんだ」
「悲劇もまた良き哉ってねー」
睦月の恨み言に対し、純子は笑顔でそんなことを言った。
「はあ? 悲劇のどこがいいっていうんだい。そんなもの、少しも無い方がいいだろっ」
純子の言葉を聞いて、睦月の語気が若干荒くなる。
「だって悲劇って人を楽しませるものじゃない。映画でも小説でも演劇でも漫画でもゲームでも、苦境、不幸、悲劇を描いて人の心をつかもうとするでしょー? つまり、悲劇も人生のお楽しみの一つだってことだよー」
「なら……沙耶はやっぱり誰かを楽しませるために、あんな目にあっていたと……? 誰かの喜びのために、あんな毎日を送っていたっていうのかねぇ?」
怒りに顔を歪める睦月。
「きっとそうだと思うよー。郁恵ちゃん――沙耶ちゃんのお母さんは、沙耶ちゃんをああいう風に育てていて、楽しかったのは間違いないと思うしね」
「純子……お母様の居場所を知らないかい?」
睦月が静かに訊ねる。表情は穏やかであったが、憎悪に満ち満ちた殺気が全身から放たれている。
「そうだねえ。真君を倒したら教えてあげてもいいよー」
「あは……わかった」
居場所を聞いてその母親とやらをどうするつもりなのかは、その場にいる全員、察しがついている。
「ん!」
劉偉が睦月と田沢をそれぞれ抱え起こして、二人をそれぞれ左右に担ぎあげて、真と純子に堂々と背を向けてその場を立ち去る。
「んじゃー、私達も帰ろっかー」
と、純子が真の背中と膝の裏に手を回し、そのまま正面から抱き抱え上げた。
「その抱き方はよせ……」
「えー、お姫様抱っこされるの嫌いー?」
抗議する真に、純子はにやにやと笑いながらやめようとせず、そのまま歩いていく。
「このまま街中も運ばれて研究所に連れて行かれるって、どんな罰ゲームだ……」
諦めたように呟いた直後、真は純子の左手に、刃蜘蛛の脚の一部が握られている事に気がついた。




