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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
27 マフィアになった爺と遊ぼう
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26

「えーっと、情報によると、銃は効かない人なんでしたね。溶肉液入り銃弾でもない限り」


 バイパーと向かい合い、微塵も闘気を放たずに、ごく普通の日常会話のノリで話しかける葉山。バイパーは190センチ台の長身だが、葉山も180センチを優に越えているので、さほど見劣りはしない。長身同士の対峙だ。

 溶肉液入りだろうと、関節部分などを狙われない限り、相当数撃ち込まれても耐えられるバイパーであるが、わざわざそれを教えるわけもない。皮膚と筋肉の硬化作用で、溶肉液をある程度弾く事が出来るのは、実証済みである。


「ちょっと溶肉液入り銃弾に変えますから、待っていてくれませんか?」

(待つわけねーだろ……)


 断りを入れる葉山であったが、バイパーは葉山めがけて無言で疾走し、距離を詰めにかかる。


 バイパーが拳を繰り出すその直前に、葉山はまるで自分からバイパーの拳を食らいにいくかの如く、顔を前面に突き出した。この思いもよらぬ行動に、バイパーは躊躇してしまう。


 葉山の口が開き、嘔吐物がバイパーの顔めがけて吐き出される。


「うげっ!?」


 思わず声をあげてしまい、バイパーは顔を両腕で防いでバックステップする。少しだが顔にかかり、目にも入った。


「蛆虫ファイアー!」

 高らかに叫び、葉山は口元をぬぐう。


「やりますね……。僕の必殺技をこうも早く使わせるとは」


 感心する葉山。その間に銃弾の入れ替えも行っているうえに、後退して詰められた分の距離もとってある。


「嫌な必殺技だな……。南方熊楠かよ、こいつは……」

「ジャップ……」


 気勢を削がれてしまったバイパーと、げんなりした声を漏らすアンジェリーナ。


 銃弾を入れ替えた葉山が銃を撃つ。


「なっ……!?」


 首に衝撃を受け、バイパーは大きく目を見開き、戸惑いの声をあげる。


(殺気を全く出さずに攻撃するって話は聞いていたが、実際に目の前でやられてみるとこれは……。まるで魔法だ。しかも撃つ速度も尋常ではなく速い)


 気がついたら撃たれていた。動作もほとんど目に入らなかった。反応しようにもできない有様だった。


(普段、如何に殺気という名の電磁波を頼りにして反応しているか、よくわかるわ。もちろん視覚的な情報も入れたうえでの回避だが……)


 葉山の動きに注視しながらバイパーは思う。


「首でも駄目――ですか。ではここなら――どうでしょう」


 喋っている最中に、葉山は二度銃を撃つ。


 一発目は頭を狙っていたのはわかったバイパーだが、回避後の二発目はよくわからなかった。ほとんど勘でかわす。

 左右にステップを踏みつつ、バイパーは葉山に迫る。


「おお……速い……。蝿のように」


 葉山がぽつりと呟いた直後には、バイパーの拳が葉山に届く位置まで迫っていた。


 バイパーの右フックが唸る。狙いは葉山の頭部。当たれば頭蓋骨を粉々に砕き、中の脳みそもぐちゃぐちゃに潰れる。バイパーがこれまで幾度となく味わった感触。


 その感触がバイパーの右拳に伝わることはなかった。葉山は上体をかがめながら弧を描くように振って、バイパーのフックをかいくぐってかわしていた。ウィービングという、ボクシングの回避テクニックだ。

 バイパーのフックをかわした直後、葉山の右手に持った拳銃が、フックそのもの動きでバイパーの顔面へと殴りつけられる。


(何だと……)


 驚愕するバイパー。必殺の一撃をあっさりとかわされ、逆に殴られた事で、肉体へのダメージだの痛みだのよりも、プライドへのダメージの方が大きかった。

 ひるんだバイパーに向かって、葉山はさらに攻撃に移る。至近距離で、バイパーの耳に銃口を向ける。


『あ~、その穴は違うでござるよ』


 ふと、バイパーの脳裏にそんな音声が蘇った。先日ミルクがネットを閲覧中、間違えて変なサイトを踏んで、いきなり室内に流れた気色の悪い男の裏声であった。


(馬鹿野郎……何を思い出しているんだ、俺は)


 自分に呆れる一方、葉山の狙いには戦慄していた。耳の穴を狙われる事など今まで無かったし、想定すらしていなかったバイパーである。どんなに肉体を鍛えていようが、どうにもならない部分というのは、人体に幾つか存在するが、ここも正にそうだ。

 外耳孔と外耳道の細胞を変質してダメージを抑えることはできても、放たれた弾丸は、耳の穴にねじりこまれて、そのまま頭の中まで突き抜けてくるのではないかという、おぞましいイメージと恐怖にとらわれる。


 バイパーが動く。引き金が引かれて銃声が間近で鳴り響く。


 至近距離からの銃弾による衝撃。弾頭から飛び散った溶肉液。それらはバイパーに確実なダメージをもたらしたが、耳の穴への銃撃だけは何とか避ける事に成功した。

 しかし銃弾は、バイパーの額に直撃していた。硬化と軟化による防御をしようにも、薄い前頭筋と肌だけしか無い場所だ。厚い前頭骨は硬化してきっちりとガードできたが、肌と顔筋は貫かれてしまう。そのうえ溶肉液が傷口をわずかであるが溶かしたうえに、左目にまで入った。


 頭部から激しく出血し、激痛による悲鳴をあげたいのを堪え、バイパーは葉山の追撃に備える。


 顔面への攻撃が有効と見た葉山は、再び頭部を狙って銃撃を試みる。今度は目だ。しかも塞がれて死角となった左目を狙う。


 その攻撃を読んでいたバイパーは、先ほどの葉山よろしく身をかがめて葉山の銃撃を回避し、右腕を払って、葉山が持つ銃を殴りつける。


 実際には葉山の右手首を粉砕する予定だったが、葉山が反応して回避したために、わずかに狙いが逸れた。しかしバイパーの怪力により、葉山の銃の銃身がへし折られていた。


 銃を失った葉山だが、全くひるまず、壊れた銃を捨てて次の行動へと移る。


 葉山はバイパーの振るわれた右手首を取ると、バイパーの右上腕部を両手でロックして抱え込んでねじり上げ、体を入れかえて体勢を崩し、バイパーの体に自分の体重をかける。

 一瞬にして鮮やかに脇固めを決められ、バイパーはまたも驚愕することになった。


関節技(サブミッション)は俺には効かねーよ。蛇だからな」


 嘯くものの、バイパーは苦悶の表情をしていた。関節技が効かないというのは嘘だった。

 バイパーの能力は、体の瞬間的な硬化及び軟化である。銃弾の直撃を食らっても、細胞の軟化と硬化の組み合わせで、ダメージを防いでいる。拳でコンクリートをも砕けるのは、手と腕の筋繊維と皮と骨を瞬間的に硬化しているが故に出来る芸当だ。


 急にバイパーの体がぐにゃりと柔らかくなって、両者の体勢が崩れる。葉山は目を丸くして驚いた。

 体勢が崩れた瞬間を狙って、骨や関節を不自然な方に曲げつつ、バイパーは葉山に掴まれたまま強引に立ち上がる。


 危険を察知した葉山は、急いで飛びのいて距離を置く。


 瞬間的に関節を軟化して技を外したものの、能力を発動する前のダメージはかなり残っている。関節を極められてからやっと能力が発動した。関節部分に関しては、変質に時間がかかるせいだ。よって、関節部分には銃撃を受けても危険であるし、ずっと軟化しておくわけにもいかない。関節こそバイパーの明確な弱点と言える。

 関節技が効かないわけでもない。一瞬だけ軟化して虚をついて外しやすくはできるが、よりがっちりと極められたままであったら、あまり意味が無い。今は運にも助けられた。


「その割には痛そうですよ」

 先ほどのバイパーの台詞に対し、葉山が指摘する。


「僕の敗北率が5%を越えた……。いや、10%以上になった。10%越えは久しぶりです。雪岡純子以来です」


 右腕を押さえて顔をしかめるバイパーの前で、葉山は誰ともなく喋る。


「いつもなら逃げるところです。僕は敗北率が5%以上になったら、逃げるようにしていますからね。しかし……」


 アンジェリーナを一瞥する葉山。


「どうやら今回は逃げるわけにはいきませんね。逃げたらアドニスさんを見殺しにしてしまうことになります。アンジェリーナもどうなるかわかりません」

「ジャップ……」


 胸元で両手を組んで乙女のポーズになり、目を潤ませるアンジェリーナ。


(いや、このイルカを俺がどうするっていうんだよ……)


 真っ先に思いついた疑問はそれだったが、面倒なので突っ込まないことにする。


「ふーん、で、お前の中で俺への勝率はどの程度の見立てなんだ?」

「僕の敗北率20%といったところですか。実に見過ごせない、恐ろしい数字です。絶望的と言っても過言ではありません。五回やって一回は負けるなんて、そんな博打は打ちたくありません。ぞっとします」

「俺の見立てじゃ、俺の勝率が100%だよ」


 そう吐き捨てると、バイパーは葉山めがけて突っ込んでいく。


 葉山は大きく踏み込み、猿臂(肘打ち)によるカウンターを狙ったが、バイパーは構わずそれを水月(鳩尾)で受ける。

 衝撃は細胞の硬軟変化で抑えている。銃弾をも防ぐバイパーの体に、生身の打撃技などほぼ通じない。


 自分の攻撃がまるで効いていないのを見て、流石に葉山も動揺した。


 バイパーの手刀が、葉山の胸めがけて突き出される。


 葉山は身を捻ってかわす。かなり危うい所であった。

 かわした直後、葉山は懐からナイフを取り出したが、ナイフを振るうより前に、バイバーの長い脚が突き出された。


 葉山の顔面にバイパーの蹴りが入り、葉山の体が仰向けに倒れる。


(上体を直前で反らして、クリーンヒットを避けやがった)


 その事実をバイパーは見逃さなかった。

 もし今の攻撃がまともに当たっていけば、葉山の命を奪えたのは間違いないと、バイパーは思う。パンチにしろキックにしろ、当たり所が悪ければ、一発で人体に致命的な破壊をもたらす膂力と硬度と強度を、バイパーの肉体は備えている。


(うまく致命傷は避けたが、これは戦闘不能だろう)


 鼻が潰れ、前歯も折れて血まみれの状態で倒れる葉山を見下ろし、バイパーは息を吐く。


(想像以上に手強かった……。技では奴が上。しかし力でもって、奴の技をもねじ伏せたって所か)


 勝利の余韻に浸るより、勝利した事への安堵の方が強いバイパーである。


「ジャアアアアアァップ! ジャジジジャジャアアァァァップ!」


 アンジェリーナが葉山に駆け寄り、身をかがめて、倒れた葉山の顔の横に自分の顔を寄せ、呼びかけるようにして叫びながら、葉山の顔のすぐ側の床を平手で何度もばんばんと叩く。


「安心してください、アンジェリーナ……僕はまだ……負けません。負けられません」


 言いつつ、ゆっくりと立ち上がる葉山。


(こいつ……まだやる気かよ。鼻だけじゃなく、顔の骨だって折れてるだろうに……)


 バイパーは呆れつつも、油断無く身構える。


「ジャアアァァアアアァアァップ!」


 立ち上がった葉山を見て、高らかに歓声をあげて頭上でぱんぱんと手を叩き、奇怪なステップを踏んで小躍りして喜ぶアンジェリーナ。


「貴女に手出しはさせません。守ってみせますっ」

「ジャアァアアァァァァップ!」


 力強く宣言して自分を睨んでくる葉山と、その葉山の後ろで、両手でガッツポーズを決めて叫ぶアンジェリーナを目の当たりにし、バイパーはしかめっ面になる。


(だからさあ……いつから、いや、どうしてそういうことになってるんだ……。こいつらの中では、こいつらだけに見える世界があるのか……?)


 葉山の方から突っ込んでくる。しかしその足取りはおかしい。動きも鈍い。バイパーの一撃がかなり効いている証拠だ。

 バイパーは余裕をもって、ボディーブローを葉山に入れた。死なないように手加減している。もう殺すまでもないし、こんな状態になっても果敢に向かってくる葉山を殺すのは、忍びなかった。


「ゲボオォっ!」


 血反吐を撒き散らしながら、腹を押さえて倒れる葉山。


「ジャアアアァァップ! ジャジャジャアァァップ!」


 再びアンジェリーナが駆け寄って来て、葉山の顔の横で床を叩き、顔を覗き込んで叫ぶ。


「だ、大丈夫です、アンジェリーナ……。まだやれます……。いけますよ……。貴女に手出しはさせません……。蛆虫だって、やる時はやるんです……」


 掠れた声で葉山が言うが――


「ジャアアップ!」

 アンジェリーナが激しく首を横に振る。


「え? 何か……違うんです?」


 とりあえずアンジェリーナが否定している事は、葉山にもバイパーにも通じた。


「ああ、違うだろ、そりゃ」


 アンジェリーナが何を言わんとしているかを察して、バイパーが静かに告げる。


「そいつはただ単に、お前を心配して、お前を応援しているだけだろ。別にお前の敗北で我が身の心配しているわけじゃねえだろ」

「ジャップ!」


 バイパーの言葉に対し、アンジェリーナは力強く一声発し、大きく頷いた。


 それを聞いて、葉山は驚いたようにアンジェリーナを見つめていたが、やがて呆けたような顔で虚空を見上げる。


「こんな……蛆虫の僕のことを心配して……応援……? 本当ですか? アンジェリーナ」

「ジャップ!」


 葉山の問いに対し、アンジェリーナは力強く一声発し、大きく頷いた。


「う……うううぅ……うおおオおおぉォおおぉ~んっ!」


 突然号泣し出した葉山に、アンジェリーナはぎょっとしてのけぞる。バイパーはというと、葉山が何故泣いているのか、大体理解していた。


「こ、こんな僕のことを……心配して、応援してくれるなんて……うおおおぉ~んっ! うおおお~~んっ! い、今まで誰からもキモがられるだけで、蛆虫扱いされて、実際蛆虫だとばかり思っていた僕のことを人間扱いしてくれてえぇぇ~っ!」


(こいつらはどんだけ、しょーもない茶番を続けるんだ……)


 そう思うものの、バイパーは葉山を嘲る気分にはなれない。


「うふふ……い、いいものですね。他人に応援されるのって。胸がとっても熱くなって、口の中にも涙の味がひろがって、目も頭も熱くなって、冴え渡る気分で、嬉しいですね……。やる気が……出てきます。こんな気持ち、久しぶりです」


 泣き笑いしながら、葉山はバイパーを見る。


(何だ……? 俺の体内で……)


 自分の体の中に違和感を覚えるバイパー。


(俺の体内のアルラウネが反応してるぞ。アルラウネを持つ者同士会った時の共鳴とは違う……。何か、猛々しく荒れ狂っている。こいつのせいか……?)


 移植されたアルラウネは、葉山の変化に反応しているよう、バイパーには感じられた。


「もう……自分のことを蛆虫だなんて言ってたら……僕を応援してくれる人に対しても、失礼ですよね。蛆虫を応援しているわけじゃないんだから……」


 アルラウネの反応以外にも、バイパーは確かな変化を感じていた。

 これまで葉山は、殺気も闘気も微塵も放たなかった。存在感そのものが希薄で虚ろだった。だが今の葉山は違う。灼熱のマグマのような闘気を全身から立ち昇らせている。


「今の僕は蛆虫では無い。蝿でもない。人間だ。人間、葉山雄二だ」


 涙と鼻水と血を拭い、葉山は別人のように引き締まった顔でバイパーを見据え、静かに、しかし熱のこもった声で言い放った。

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