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殺人倶楽部会員全員集合という呼びかけがなされ、安楽市内にある体育館が指定された。時刻は夜。体育館は夜だけ特別に貸切にしたという。
集った数は、ぱっと見だけではわからないほどの大人数だった。どう見ても軽く百人以上はいる。
「殺人倶楽部の会員て、こんなに大勢いたのかよ」
「これでも全部じゃないらしいぜー」
「純子ちゃん、どんだけ改造しまくったんだか……」
「私、レベルが上がって改造してもらいに行ったら、激しく順番待ちで、その日の改造の十六番目とか言われたよ」
「今ここを狙われてミサイルとか落とされたら一網打尽ですな」
そこかしこで、知己の会員同士や、同じグループ内で会話をしている。
「この間、鋭一さんとやりあった人のいるグループも来てるね」
「ああ。奴等も俺をチラ見しまくっているよ」
城ヶ島という男がリーダーを務める、全員成人と思しきグループを意識し、岸夫と鋭一が囁きあう。
(ライスズメも一応来てるか)
角刈りの男を見て、卓磨は視線を送るが、相手は何の反応も示さなかった。
集合時刻の五分後、オーナーである雪岡純子が彼等の前に現れた。
「とりあえず全員自己紹介してもらおっかー。あ、会員レベルも添えてね」
「はいはい、鈴木竜二郎、会員レベル15です」
「城ヶ島渡です。レベル14」
純子に促され、一人ずつ純子の脇に出て、自己紹介と共に会員レベルも明かされる。
「こんな自己紹介する意味あるの?」
「一応記録していまぁす。私が紹介する時は、冴子さんお願いしますねえ」
冴子が呆れ気味に言う一方で、優がカメラを回して会員達を録っていた。
「倉持倉男、レベル29」
「すげー、レベルが30近い奴もいるのか」
「あ、倉持だろ。知ってるわ。あいつは古参のうえに、困難な任務に幾つも挑んでいる」
「中々頼もしいな」
周囲がざわつき、自分が告げたレベルに対し、畏敬の念と共に注目を浴びることに、自己紹介した倉持という男は、にやけ笑いを押さえられなかった。
「暁優、レベル255でえす」
その倉持の笑みが凍りつく。ざわめきが瞬時にして静寂へと変わった。
驚いていないのは、優と同じグループの者だけだ。ただし、岸夫は除く。
「優さんて、何であんなにレベル高いの?」
「僕達も知らないんですよねー。その辺を尋ねてみても、優さんは言葉を濁していましたし」
誰ともなく質問する岸夫に、竜二郎が微笑みながら答えた。
自己紹介が終わった所で、早速、殺人倶楽部始まって以来の、全員集合してのミーティングが開始されようとしていた。内容は勿論、殺人倶楽部が二重の意味で危機に立たされている件でだ。
「ちょっとその前に話したいことがある」
挙手して発言したのは、蘇我という男だった。城ヶ島のグループ同様、大人ばかりのグループのリーダーだ。しかもその人数は城ヶ島のグループよりさらに多い。
「俺達のグループは、今ある殺人倶楽部から独立しようか検討中だ。俺達だけで勝手にやりたいと」
このタイミングで独立を口にした蘇我に、会場がどよめく。
「誰も疑問に感じていないのか? 俺達会員の扱いは明らかに不遇だ。自分達にも、もっと金銭的な報酬を弾んでくれてもいいはずだ。何しろオーナーは俺達が殺したり殺しあったりするところを撮影して、そいつを販売して儲けまくってるんだからな」
「特殊な事情がある際は、金銭の支払いも認めていたはずだけど?」
純子が蘇我に確認する。
「特別な事情無しでも認めてくださいよ。しかもその特別な事情で支払われる金銭も、さほど高くないときている」
そう言って鼻で笑う曽我。
「もし拒むのなら、私達はもう雪岡さんの元で殺人はしない。撮影も自分達でして売り出す。私達が裏通りの組織として、新たな殺人倶楽部を作って運営する」
(そんな馬鹿な……こいつら自分がどうして殺人を楽しめることが出来ていると思っているんだ。純子の庇護があってのことだろうに)
曽我の話を聞いて呆気に取られる鋭一。他の面子も皆同じ疑問を抱いている。
殺人倶楽部が成立しているのは、純子が国家権力に手を回して、警察の厳しい監視下の元に許可を得て行っているからだ。なのに、その純子の元を離れたのでは、ただのならず者集団にしかならない。また、自分の管理から離れていったものを、純子が守るわけもないし、すぐに警察にも捕まってしまうのではないかと。
「一応自分は探偵なので、雪岡さんがどの筋の人達と繋がって、この殺人倶楽部という非現実的組織を維持しているかも、突き止めたよ。そして自分の身分も明かしたうえで、彼等と直接交渉もした。雪岡さんの殺人倶楽部と同様のルール、そして同様の手続きをしてくれれば、雪岡さんから独立して行っても構わないと言われた。むしろそっちの方が安心できるともね」
純子を見やり、勝ち誇ったように微笑む蘇我。彼の話を聞いて、殺人倶楽部の会員達の何人かは動揺しだした。中には、蘇我に乗りかえた方がいいのかと思いだす者すらいた。
「なるほどー。それなら独立しても安心だね。そこまで手を回すなんて、中々やるじゃなーい。でも金銭報酬を特別な事情が無い限り認めないってのも、確かにフェアじゃなかったよねえ。私はあくまで殺人だけ楽しめればいいという志で、君達が満足すると思ったけど、んー、甘かったかー」
純子がいつもと変わらぬ屈託な笑みを浮かべて言った。
「それの何が悪いんです? 純子さんがいろいろセッティングして、僕達を楽しませてくれているんですよ。そのうえでお金を儲けても、僕は何も不満など抱きませんし、正当な代価ですよ」
そう声をあげたのは竜二郎だった。心なしか、竜二郎の声が熱く感じられる優。いつも穏やかかつ冷静なこの少年が、もしかしたら怒っているのだろうかと勘繰る。
「もちろん取り分は雪岡さんの方が上であっても構わないが、それにしても当たり前のように自分の懐にってのはどうなんだと、ずっと不満でしてね。他の人達はどうです? これでもまだ今の子のように、雪岡さんの肩を持つ気ですかね?」
会員達を見渡して、蘇我が問いかける。
ここでふと、鋭一と竜二郎が同じタイミングで疑問を抱く。
(こいつら、それを初めて口にしたんだよな。前々から不満なら、もっと普通に金銭交渉すればいい。なのに金銭の支払いが無いという理由で、金出さないと出てくとか、いきなりそんなふっかけ方は、ちょっとおかしくないか?)
眼鏡を人差し指で押し上げたポーズのまま、鋭一が頭を巡らす。
(そういうことですかー。多分僕が気付いているからには、鋭一君も純子さんも優さんも気付いているでしょうね)
竜二郎は蘇我のグループの目的を看破し、呆れて小さく息を吐いた。
「じゃあ、独立して別組織ってことでいいよー。私も文句言わないし」
「え?」
純子があっさりと独立を認めたことに、それを口に出してきたグループ一同の方が、戸惑いの表情となった。
「いや、待ってくれ。必ず独立すると言ってるのではなく、金銭の支払いをしてくれと」
「する気は無いよ? そういう威圧的交渉にはのらないことにしてるんだー。殺人倶楽部そのものが危機という現在の状況であれば、独立をチラつかせれば、金銭交渉もしやすくなって、支払いをよくしてくれるだろうっていう魂胆だったんだろうけどねえ」
純子の言葉に青くなる蘇我。全て見抜かれている。
「蘇我さんもさ、普通に交渉しても私はお金出さないだろうから、このタイミングで独立されても私が困ると見て、脅迫めいた交渉をふっかけてきたんだよねえ? 読み違えてるなあ。別に独立されても、私は困らないんだよねえ。ま、私が担ってきた部分をそっちでも負担できるのなら、別の殺人倶楽部として頑張るのもいいんじゃないかなあ? 応援してるよー」
屈託の無い笑顔であっさりと分裂という形での独立を認められ、動揺しまくる大人達が、鋭一の目にはひどく滑稽に映った。
「独立なんてしなくていい」
後方にいた目立たぬ一人が突然言った。
「金が欲しいという話だけだったのに、独立がどーとか、こいつが勝手に言い出しただけだ」
「何を……何を今更言ってるんだっ!」
形勢不利と見るや反目してきた仲間に、蘇我は怒り心頭で叫ぶ。
「殺人倶楽部に敵対者が現れた今、独立をネタに脅せば多額の金が引き出せるとか、欲をかいた結果がこれじゃないか。全部お前が言い出したことだろう」
「そうだそうだ。俺は元から反対だった」
「そもそも殺人倶楽部自体が危機に立たされているのに、そんな状況を利用して金を脅し取ろうとか、最低でしょっ」
同じグループの者達から責められ、蘇我は狼狽しまくる。
(自分達の立場が悪くなった瞬間、あっさりと掌返しして、責任をなすりつけてトカゲの尻尾切り……いや、頭切りか。何てさもしい奴等なんだ)
彼等の見苦しさを目にして、鋭一は呆れや怒りと同時に、絶望のような感情を覚えていた。人間とは、ここまで浅ましくなることもできるのかと――醜悪極まりない場面を目の前で見せ付けられた事に、絶望感が沸いてしまったのだ。
「ふーん……そういうこと言うんだー」
やにわに純子の顔から笑みが消えた。
純子がおもむろに手を伸ばす。その手首から先が消えているのを見て、一同ギョッとする。
「ひゅごっ!?」
空間を飛び越えて現れた純子の手が、蘇我を責めていた同グループの女の喉を貫いていた。
腕が引き抜かれて女が倒れた時点で、周囲の者が女の方に――さらにはそのグループの方に目を向ける。
「ふぇ?」
さらに別の一人の首が切断されて転がる。切断された直後、手首から先の手だけが残っているのを何人か目撃したが、すぐに手は消えた。
「はがぁぁぁ!」
その隣にいた同グループの顔面に、手首から先の手が突き入れられる。
そうやって蘇我のグループの者が――蘇我に反目した者達が、次々と殺されていく。
自分の仲間が次々と殺されていく様を間近で目の当たりにして、蘇我は恐怖に全身を激しく震わせていた。全員が殺されたわけではない。先程声をあげて蘇我を責めていた者だけだ。
やがて純子の手が元に戻る。手にべったりと付着していた血が、赤い霧となって綺麗さっぱり消失する。
「殺人倶楽部に敵が現れた状況を見計らって、独立をちらつかせて脅迫気味の金銭交渉っていうのは、あまり感心もできないし、欲をかいた考え無しな博打だなーとも思うけどさ。まあ、それはまだいいとするよ。でもそれが失敗したからって、掌返しして一人に責任をかぶせてやっぱり無しにしようとする――これは私の美学からすると、とても駄目だねえ。法が裁かなくても、私ルールでは死刑かなあ」
蘇我に向かって、にこにこと笑いながら語りかける純子。
「ゆ、ゆ、ゆゆゆ、許ひてくらひゃあぁぁーいっ!」
蘇我が腰を抜かしたように床に尻餅をついて、純子を見上げてじりじりと後退しながら、許しを乞う。
「別に君には怒ってないから、許すも許さないも無いよ。仲間に裏切られて可哀想だと思ったから、君のために殺してあげたんだよー? 嬉しくなーい?」
「う、嬉ひいでしゅうううぅ、うわあぁあぁあん」
恐怖と混乱から解放された安堵のせいか、蘇我は失禁して、子供のようにわんわん泣き出した。
「くっせーな……お漏らしなんかしやがって」
一人が聞こえよがしに言う。しかし嫌味なだけではない。確かに小便の臭いが放たれて、側にいる者にとってはキツい事態となっている。
「臭いの元、消しますねえ」
優が宣言すると、失禁している蘇我に視線を向ける。
「え?」
蘇我も、周囲にいた者も呆気に取られる。床に垂れた黄色い液体が綺麗に消失した。それどころか、蘇我のズボンと肌の濡れさえ消えた。
「な、何したんだ、君」
「見ての通り、おしっこを消しましたあ。ついでに死体も消しておきますねえ。死体の方も漏らしているようですし」
尋ねる蘇我にそう答え、優が死体に視線を向けると、純子に殺された者達の死体も血も漏らした糞尿も、全て跡形もなく消失した。
会員達がそれを見て戦慄する。見たものを問答無用で消滅させる能力――そのように映ったからだ。
「優ちゃん、ありがとさままま。じゃあ気を取り直して、ミーティング始めるよー」
その後のミーティングは、極めてシンプルに進行した。純子の振る舞いと優の能力を見せつけられたせいで、多くの会員は気持ちの切り替えができず、迂闊に発言もできなかったせいもある。
今までばらばらだった殺人倶楽部だが、横で連絡を取り合い協力していく方針になった。単独で行動していた者は、なるべくグループにまとまる形の方がいいと促し、その場で多くの会員が、グループを組み始めた。
しかしこの期に及んでグループ作りに加わろうとしない者も、何人かいた。
「俺は群れるのは嫌いだ。それなりにレベルも高いし、自分の尻も拭けない足手まといの面倒は御免だね」
そのうちの一人が聞こえよがしに、侮蔑たっぷりに吐き捨てる。先程の純子の制裁を目の当たりにしても、眉一つ動かさなかった男だ。
「俺も単独で行動する。そういう性分なんでな」
「同じく……俺は他の奴等とは違う」
他にも他者とつるむことを拒む者がちらほらといた。
「映画だと真っ先に死ぬタイプですねえ」
「現実でも、だろ。映画もその辺はリアリティある」
竜二郎と鋭一が囁きあう。
グループの結成がなされた時点で、後は解散という運びになったが、新しく結成されたグループ内でいろいろと取り決めがなされたり、元々グループを組んでいた者に質問をぶつけたり、グループ同士すぐに連絡しあえるように互いの行動圏を把握しあったりと、打ち合わせの時間が長引いたため、体育館に長時間残るものが多かった。




