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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
25 殺人倶楽部に入って遊ぼう
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31

 夜の繁華街を歩く優と冴子。冴子が先程から怪しげな電話をかけているのが、優は気になっている。


「さーて、どいつにしようかなあ。えー、ふざけんなっての、こいつ。今時二万でJK抱けるかっての」


 ホログラフィー・ディスプレイを顔の前に映し出し、並んでいる顔写真と定時金額を見て、冴子が何やら物色している。


「売春してるんですか?」

「まさかね。振りだけよ。そしてこれが私の獲物なの」


 ストレートに尋ねる優に、冴子が笑いながら答えた。その答えで、優も理解した。


「で、頼みなんだけどさあ。私、今月はフリー殺人の上限まで使っちゃってるのよ。どうせ優は一人も殺してないんでしょ? その空いてる分、私のために使ってくれないかなあ」

「代わりに殺せってことですかあ?」

「手を下すのが嫌なら、私が殺すから、優の余ってる殺人枠使って優が殺したってことにしてくんないかな。ね? ね? お願いっ」


 冴子はかがんで優の側に顔を寄せると、両手を合わせて頼み込んだ。


「特別な事情があるなら仕方ないですけどぉ……今回だけですよう?」


 溜息をつく優だが、冴子にそんな大変な理由があるようには見えない。


「よし、こいつにしよう。一番人相悪くて屑っぽいし、金も持ってるみたいだから」


 ディスプレイを覗いていた冴子が獲物を決定し、相手に了承を伝えるメッセージを送る。先に自分の写真を提示して、不特定多数の男に己の顔写真と金を提示させていた冴子である。


「女の子を買っている男の人を殺しているわけですかぁ。来月まで我慢できないんです?」

「私さ、苛々して精神的に不安定になると、殺さずにはいられなくなっちゃった」


 どんな事情があるのかというニュアンスを込めて尋ねた優であったが、冴子の口から呆れる答えが返ってきて、優は数秒ほど、ぽかんと口を半開きにする。


「殺人中毒じゃないですかあ……。もしいずれ殺人倶楽部が無くなったりしたら、どうするんです?」

「無くなる? まあ、壺丘の告発もあるし、ヤバいかもねえ。ま、そうなったら、殺人倶楽部に頼らず、バレないようにこっそり続けるわ」


 肩をすくめて、笑顔であっさり言ってのける冴子。


 それから二人はラブホテルへと移動する。今の日本では、未成年の性に対する厳しい取締りなど無い。むしろ少子化対策として推奨されているくらいだ。

 自分もセットなのだろうか? こっそり勝手に自分の写真を送ったのだろうか? 男が来たら自分はどうすればいいのか? などといった疑問が次々浮かぶ優であったが、冴子には何も言われていないし、深く考えることなく、何もしないで適当にぼーっとしておこうという結論に至る。


 簡素な内装の部屋で、相手の男を待つ二人。冴子はテンション高くて、部屋に置いてある小道具の数々を話題に挙げてしきりに話しかけていたが、優はただただ気の無い顔で頷くだけであった。


 やがて冴子が選んだ男が、部屋へとやってきた。

 歳は二十代半ばから後半くらい。着ているスーツは、明らかに金のかかっていそうなブランド物だとわかる。しかし、中味がまるで洗練されておらず、所謂服に着せられているような男だ。何より優が気になったのは、容姿の善し悪し以前に、生理的に近寄りがたい人相の悪さだった。


「おっほー。こんな可愛い子二人も来るなんて、すげー大当たりの日っ」


 優と冴子に視線を這わせ、好色そうないやらしい笑みを浮かべ、気色の悪い裏声を発する男。冴子はそれを見てもにこにこと愛想笑いを浮かべていたが、優はげんなりしてうつむき加減になる。


「えっとぉ、お名前と国民番号教えてくださいませんかあ? 最近暴力振るったりお金踏み倒したりするヤバいのがいるんでぇ、一応チェックしときたいんですぅぅ」


 普段の冴子が絶対出さないような猫なで声に、優は背筋にぞわぞわ走るものを感じ取り、引いてしまう。


「ああ、そうなのか。そういうのがブラックリスト化されているわけね。俺の名は――」

(え……?)


 男が口にした特徴的な苗字が気になったが、冴子はまるで気にしていないようなので、何も言わないでおいた。


「優、お願い」

「はい」


 殺人申請を出してくれと促されていることを察し、申請を送る優。


(許可が降りるのって、結構時間がかかることもありますのに、それまでこの人をずっと待たせておくつもりなんでしょうかぁ)


 もしかしたら申請を送るだけ送って、許可が降りる前に殺しているのかもしれないと、優は勘繰る。純子から聞いた話では、そういう会員も多いらしい。卓磨からもこっそりと聞いたが、許可前に殺すこと結構あるとのことだ。


「おっと、ちょっとお花摘み」

(え~……そんな……)


 自分を男と二人きりにしてトイレへと行く冴子を見送り、さらにげんなりする優。冴子が一緒だからまだ我慢できたが、男と二人きりにされたのではたまったものではない。

 案の定、男は優の側に寄ってきた。そのうえ隣に座ってきて、優は総毛立つ。


「君、すっげえ可愛いね。あっちの背高い子も可愛いけど、君はもっと可愛いっつーか、下手なアイドルよりずっと可愛い」


 優の容姿を褒める一方で、優に身をすり寄せつつ、手を伸ばして触ろうとしてくる。


 優が反射的に男の手を払うと、男は優のその反応を逆に気に入り、だらしない笑みを広げつつ、体ごと優に覆いかぶさった。


「ねね、君ひょっとして初めて? すげえ反応初々しいだし、そうだよね? うへへへ、今日の俺ツキまくってねーか?」


 間近で荒い息をつかれ、涎まで垂らされ、優の我慢の限界が越えた。


「ちょっと消させていただきますねえ」

「ん?」


 優の言葉の意味を訝る男。


「あれ……?」


 自分の体に変化が起こったのを男はすぐに感じ取った。興奮も下半身のうずきも、どこかへ吹っ飛んだ。まるで射精直後のあの冷めたような感覚だ。リビドーが消失した。


「性欲を消しました」


 言ってもわからないだろうなと思いつつも、何をしたか告げる優。


「ただい……」


 トイレから帰ってきた冴子は、男が優に覆いかぶさっている状態なのを見て、固まった。


「てめえ……」


 憤怒の形相で足早に男へ歩み寄ると、長い脚を振り回して男の側面へと当てる。

 直接蹴られた上腕部とその内側にある肋骨さえも粉砕、さらには男の体が大きく吹き飛ばされ、半回転してさかさまになった状態で壁に背中を打ち付ける。


「私の優に触れるとか、絶対許せないっ……!」


 うつ伏せに倒れた男へと歩み寄る冴子。二人きりにしてしまえば、ああいう状況になることを想定していない冴子も、どうかと思う優であった。


 その後冴子は、男の体に馬乗りになり、あらゆる箇所を殴打する。純粋強化改造された冴子の怪力で一発殴られる度に、激しい内出血が起こり、内臓が破裂し、骨が砕ける。


「だずげ……」


 殴られながら優に助けを求めるが、その優の瞳を見て、男は絶望した。

 殴り殺される自分をじっと見つめるその瞳には、恐れも憐憫も同情も蔑みも何も無かったからだ。ごく普通の目つきだった。何の感慨も無さそうに、ただじっと見ていただけだからだ。だからこそ絶望した。


 やがて男の体がおかしな具合に痙攣しだすが、冴子はそれでも殴るのをやめない。痙攣も止まった時点で、ようやく冴子は男から離れて立ち上がり、大きく息を吐いた。


「見てよ、これ。醜いツラがますます醜くなって、ああ、もうこれ気持ちがいい。醜い男の醜い死に顔を見ると、本当スカっとする」


 服や顔に返り血を浴び、会心の笑みを浮かべる冴子。


「冴子さん、申請の許可がまだなのに殺しちゃいましたよ?」

「まあいいじゃない。申請許可が降りない相手なんて滅多にいないし。ていうか私、そんなケース見たことないし」


 優が声をかけたが、冴子は意に介さない。


「あ、駄目みたいです」

「え?」


 空中に投影したディスプレイを指す優。確かに不許可という文字が映っているのを確認し、上機嫌だった冴子が顔をしかめる。


「何で駄目なのよ。おかしいじゃない。女なんか買いに来るような男が、殺しちゃいけない重要人物なわけないでしょっ」

「私にそんな文句言われても……」

「ごめん。でもこれ絶対おかしいから、純子に電話して文句言おう」

「いや……純子さんに文句言っても……」


 憮然とした顔で電話をかける冴子に、啞然とした顔で声をかける優。


「あ、純子。何か申請通らなかったんだけど。うん、こんなこと初めてだし、申請許可待ちの途中で殺しちゃったから。え? 処罰? ちょっと待ってよ。本当にこの申請許可降りなかったのが、間違いじゃないかどうか、調べて欲しいの。えっとね、名前は――うん。うん……。んん? はあっ!? 都知事の息子だから!? 知事そのものならともかく、息子まで許可降りないとか、何なのよっ、その特権階級一族の上級国民はっ。しかも女子高生買うような糞野郎だし、殺してもいいってことにしてよっ!」


 最後はいささかヒステリックな声でがなりたて、冴子は腹を立てるあまり、電話を途中で切った。


「純子ってあんなに融通利かない頑固な性格だったの? 信じらんない」


 憤懣やるかたなしといった顔で呟くと、冴子は苛立ち紛れに、床に転がった死体の顔を蹴り飛ばす。


「私からもかけてみますねえ」

 今度は優が純子に電話をかける。


「えっとですねえ。今、冴子さんと一緒にいますが、冴子さんの今月の殺人権利が上限にいってたので、私の分で殺人申請しました。これも純子さん的には駄目ですよね? でも……」

『ちょっとちょっと、そんなことしていいわけないに決まってるでしょー』


 電話の向こうで純子が苦笑気味の声を発する。


「でも、ルールにそれが違反だとは書いてありませんでしたよぉ? それに冴子さんは、私が襲われようとしていると見なして激昂して、許可が降りる前に対象を殺害しました。これはルール上にある、やむなき殺人と見なせるでしょう? そう解釈していただけると助かります」

『んー……それはまあそうだけど、これはややこしいことになったなあ……』


 純子も困っているようであった。


『まあ、うまく処理できれば処理するけど……。私はややこしい事態が起きそうな気がするよー。そっちもそれは覚悟しておいてねー』


 そう言って純子は電話を切った。


「死は平等でなくてはならないのよ。そのための殺人倶楽部じゃなかったの?」


 電話を切った後、気が抜けたような顔で冴子は呟いた。


「私は……何もかもが憎い。殺人倶楽部の連中や純子は気に入ってるけど、それ以外は全部嫌い。鮎魅は……不幸な境遇で、私以外の誰にも知られることなく、社会の片隅で惨めな死に方をしたってのに、そんなの誰も知らないで、皆幸せに暮らしてやがる。それがムカつく」

「奇遇ですね。私もこの世界が嫌いです。特に、生きている事が幸せだという人達は妬ましくて嫌いです。でも一番大嫌いなのは、この社会そのものを是として受け入れている社会派の人達ですねえ」

「そうだったわね」


 優の口から、以前にも何度か同じ言葉を聞いた。だから冴子は、優に気を許せる。


(だから殺人倶楽部をリアルに作りたかったんですよぉ。それが理由の一つです)


 声には出さず、優は付け加えた。


「死体、消しておきましょうかあ?」

「いいのよ、放っておけば。女買おうとして死んだってことがわかれば、こいつの屑っぷりも世間に知られて、こいつと生前付き合ってた奴や親族にも被害いって、ざまーみろって感じだし、ましてや都知事の息子ならスキャンダルにもなって、余計ざまーみろじゃん。あ、こっちから写真撮って、出版社に匿名で送りつけてやろ。ネットにも流そう。うんうん」


 そう言うと、つい今まで沈みがちだった冴子がすっかり上機嫌になって、撲殺死体の写真を撮り始める。


「ちゃんと串刺しておいてくださいよう。ていうか、余計に消した方がいいと思いますけどぉ……」


 諦め気味に溜息をつく優。この時、冴子を無視して強引に死体の処理をしておけばよかったと、優は後悔する事になる。

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