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優達が壺丘のアパートを訪れて会話を交わしてから二日が経った。
純子には、壺丘との会話を録音して送り、殺しは果たせなかったが敵の偵察は果たせたという形で、多少の殺人経験値を貰った。
壺丘への協力姿勢に関しては、純子から好きにしていいと言われた。ただし、殺人倶楽部と敵対する立場になることを覚悟のうえでとも、はっきりと伝えられた。そのせいか、壺丘に協力することに関しての話題は、あれから誰も口にしていない。
特に変化も無く日が過ぎていく。ネット上では殺人倶楽部の名をあちこちで見かけるようになったが、テレビのニュースや他の週刊誌で扱われることは無かった。
殺人倶楽部の会員同士での繋がりというものが、そもそもあまり無い。グループ単位でまとまっている者達はいるが、他のグループや個人と日頃から交流を持つ事は無い。いや、少なくとも優達のグループには無かった。
「ねえ、優。今夜空いてる? ちょっと付き合って欲しいんだわ」
私立ヴァン学園校舎前にて、冴子が優に声をかけてくる。
「何にですかあ?」
「私のフリー殺人」
優の視点まで顔を下げ、冴子がにんまりと笑う。
「私がどんな殺しをしているか、優も興味あるでしょ?」
「別にありませえん」
「いや、そんなこと言ったら、そこで話が終わっちゃうじゃん」
にべもない優に、冴子が身体を傾ける。
「興味はないですけど、付き合いますよう。付き合って欲しい理由があるんでしょう?」
「おっし、流石は私の優っ。菩薩の化身っ」
優の肩に手を回し、もう片方の手でガッツポーズを作って、会心の笑みを広げる冴子。
(何だかとても悪い予感がしますけど、どんな悪いことが起きるのかも、興味があります)
悪い予感の的中率は高い。そして今回の優の悪い予感は、見事なまでに当たることになる。
***
ホルマリン漬け大統領のとある支部。電々院四股三郎は秋野香に呼び出され、足を運んだ。
(電話で済ませられないことだろうなあ。盗聴を恐れてか……)
裏通りの住人の中には、過度に盗聴を恐れる者がいる。特に警察や中枢に知られたら不味い話などをする際は、電話もネット上の会話も、全て彼等に知られている前提としている。
「殺人倶楽部の会員名簿を手に入れた」
自分の顔を見るなり、香が告げた言葉に、四股三郎は盗聴を神経質に警戒して直接呼び出した理由がわかった。
「まずこれが無ければ、話にならないからな。潰そうにも潰せない」
「どうやってこれを手に入れたんです? 雪岡純子しか知らないものでしょう?」
「いいや、知っている者は他にもいる。例えば相沢真。だがもちろん、彼から教えてもらったわけではない。私がこれを入手したのは、警察からだ」
香の言葉に、四股三郎も納得する。
人を殺しても罪に問われない殺人倶楽部。警察に捕まる事もない殺人倶楽部。だが警察が彼等を捕まえずに見逃すためには、あるいはうっかり逮捕した際にすぐに釈放するには、殺人倶楽部の会員を全て把握している必要がある。
「警察内部にも、殺人倶楽部の存在を快く思わない者は大勢いるということだ。何ら不思議なことではない。殺人倶楽部を潰すための協力をしてくれる者が必ずいると、私は確信していた。そして警察内に情報提供者はすぐに見つかった。きっと向こうも、機会を伺っていたのだろう」
「なるほど……」
「情報提供だけではなく、様々な面で協力してくれるとまで申し出てくれたよ。荒事も含めてな。良識ある警察官達からすれば、我々の組織も相当腹立たしいものであろうが、今は何より、殺人倶楽部の存在が許せないようだ。まあ警察に、これ以上手を借りない方がいいがな。警察は所詮警察、我々とは相容れない間柄だ」
珍しく香が口元に笑みを浮かべているのを、四股三郎は目撃する。
(例の件、この人も相当腹に据えかねているのか。俺も殺人倶楽部に利用されたことは腹が立って仕方なかったけどな。あれで和解なんて有り得ないぜ)
香がやる気を出してここまで動いてくれたことも、四股三郎は頼もしく思っていた。
「これから準備に入るとしよう。我々の商売敵であり、長年対立してきた雪岡純子の商売道具であり、我々を利用して客を殺してくれたダニでもある殺人倶楽部。潰させてもらう。そしてその様子も映像に収めて、こちらで販売するとしよう。きっとウケるぞ。特に今まで殺人倶楽部の殺人映像を雪岡から買っていた連中は、こぞってこっちの客となろう」
取らぬ狸の皮算用などではない。その辺の客層は必ず動くと、香は確信している。
「痛快ですね」
ニヤリと笑う四股三郎。
「週刊誌で暴露され、表通りのネットでも騒がれている今がチャンスだ。準備ができたら、一気に仕掛ける。いつまでも雪岡純子にやられっぱなしの組織ではないと、証明する」
静かに闘志を燃やし、香は厳かに宣言した。
***
雪岡研究所――純子が自室で怪獣のプラモデルにやすりをかけていると、電話がかかってくる。
「もしもーし」
作業を続けながら、電話に出る。
『純子。言われたとおり、殺人倶楽部の名簿をホルマリン漬け大統領に流すよう、仕向けておいたぞ。警察内の殺人倶楽部を気に入らない連中にな。そしてこちらからも流した』
「黒斗君、ありがとさままま」
相手は裏通り課の刑事、芦屋黒斗だった。純子はにっこりと微笑み、礼を告げる。
『ついでに言うと俺もすげー気に入らないからなっ。お前が関わっていて、どうしてもって頼むから、見逃してはやっているが、死んだ方がいい糞野郎だけ殺すならともかく、無辜の市民まで殺人対象に入るルールになっていて、実際に殺している奴がいるんだぞっ』
御機嫌な純子に対し、不機嫌極まりないといった感じの声で喋る黒斗。
「そういう人は、真君が退治してまわってるから、それで勘弁してよー。それに、殺人倶楽部は恒久的に続けるわけじゃないからさー。終わらせる予定もあるからこそ、その一環で、ホルマリン漬け大統領にメンバーリストも流してもらったんだしねえ。まあ、ホルマリン漬け大統領を利用するなんて、当初の予定には無かったけど」
竜二郎が彼の組織を標的選びに利用したおかげで、ホルマリン漬け大統領が激しく敵視してきたのだが、純子はその件も、今後のプランに組み込んで利用する事に決めた。ホルマリン漬け大統領が殺人倶楽部を潰すつもりなら、こちらから有る程度、潰すのに協力してやればいいと。
『とはいえ、本気で潰すつもりもないんだろ?』
「本気で潰れたら、今までのことは何なのって話になるしねえ。殺人倶楽部を利用するために、今まで保護してきた人達のメンツも潰しちゃうし、その辺は上手く調整するよー。でもいずれにせよ、殺人倶楽部の敵は作る予定だったからさ。この先は――敵が多い方が面白いしねえ」
『取りあえず……もうさ、うちらを苛立たせることはやめてくれよ。今回の件は本当ギリギリで目瞑ってるんだ。真があいつら殺さなければ、俺がやってた所だっ』
そう吐き捨てると、黒斗は乱暴に電話を切った。
(まあ……黒斗君が怒るのは無理ないかなあ……。いや、警察そのものを凄く怒らせちゃったっていうか。今度警察にも何かしら手土産もっていかないと……)
電話越しとはいえ黒斗の剣幕に押され、ちょっとだけ反省する純子であった。




