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数日後、販売された雑誌には、殺人倶楽部に関するかなり詳細な情報が記されていた。
会員の規則、会員レベルどうこうまで書かれているが、ある事柄に関しては一切書かれていない。オーナーの雪岡純子に関してのことだ。無論、レベル5の倍数で改造してもらえる事も書かれていない。
「ここまで詳しく載っているということは、間違いなく殺人倶楽部会員、もしくは関係者によるリークですねー。ターゲットは会員の裏切り者と、接点があるということでしょう」
六人揃って電車でターゲットの壺丘三平の自宅へと移動中、雑誌を読みながら竜二郎が言った。
「鋭一、気乗りしないなら来なくてもいいんじゃない?」
冴子が鋭一を気遣って声をかける。鋭一を見ると、明らかに思いつめた面持ちで、負のオーラを放っていた。
「気乗りしないどころか、俺はこの告発した男をはっきりと殺したくないし、お前らが殺そうとしたら防ぐつもりですらいるぞ。この男が何か悪い事をしたわけでもない」
ターゲットの扱いにはすでに散々議論していたし、心情的には全員殺したくはないという気持ちで一致していたが、殺す以外にどうもならない時にどうするかで揉め続け、とうとう結論が出ないまま、ギリギリまで考え続ける形で、ターゲットのいる場所へ向かう事となった。
「結論が決まらないまま出発しているが、やはりここではっきりと決めておくべきだ。お前達は本当にこの依頼殺人に納得できるのか?」
鋭一が露骨に反対しているのを見て、卓磨は少し希望が持てた。どっちつかずで迷っていたままだが、この分なら殺さなくて済むかもしれない。
「俺も殺したくない。いくら俺達にとっての邪魔者だからといっても、そんな理由で殺すなんて……」
と、岸夫。
「殺人倶楽部の屋台骨を揺るがす敵ですし、いなくなってくれた方がいいのは当然ですよう。でも殺すという対処だと、逆効果に繋がる可能性もあるから反対です。そうでなければ殺していいと思いまぁす」
優が言った。いつも大人しそうで可愛い顔しているのに、稀に過激な発言を平然とする優に、岸夫は怖さを感じる。
「えっと……俺も反対」
三人反対ムードになったのを見計らって、卓磨が控え目に言った。
「反対派が上回りましたか。諦めるしかないですね」
竜二郎が冴子を見やり、苦笑する。
「私達が思っている『許される殺人』だって、私達の勝手な理屈なんだけどね。でも私達はその基準を大事にして、相手を選んでいるわ」
冴子が不服げに言う。彼女は最終的には殺すしかないという判断だった。
「お前ら二人は何でこの依頼殺人を肯定できるんだ。そっちの方がわからん」
眼鏡に手をかけながら、冴子と竜二郎を交互に見て問う鋭一。
「敵じゃん」
冴子がさらりと答える。
「僕達がやらなくても、他の誰かかが殺すでしょー……と言いたいところですが、それも無いかもしれません。どうも純子さんは、本気で対処する気が無さそうですしー」
意外な言葉を発した竜二郎に、他の五人は驚いて竜二郎を見る。
「どうしてそう思う?」
鋭一が問う。
「純子さんが本気でジャーナリストの情報暴露を止めたいのなら、止める事もできたはずですよー。時間的に吊り革広告は間に合わないとしても、雑誌の出版を抑えるくらいの、時間的余裕はあったはずです。殺人倶楽部なんてものを作って、殺しを認可させるほどの力の持ち主に、それができないはずがないです。あるいはもっと暴力的に、印刷の差し止めや、出来上がった雑誌を即座に処分ということも、純子さんなら可能でしょう」
「殺人倶楽部の存続危機にも関わらず、あえて泳がせておく理由があったということか」
竜二郎の考えを聞き、鋭一はそういう結論に至る。
「ひょっとしたら僕達、試されているのかもしれませんよー? これまでの依頼殺人にしても、普段から相手を選んでいる僕達に、純子さんがこんな依頼殺人をもってくるなんて、今までに無かったことですしね」
「ふむむむ、なるほどなー……」
「何でそんなことわざわざ試すのよ」
卓磨は竜二郎の言葉で納得できたが、冴子は逆に納得できなかった。
「純子さんに理屈を求めては駄目ですよう。深読みするのもどうかと思います。ただの遊び心って可能性もあるかもです」
と、優。優も竜二郎の読みが当たっているような気がした。
「とりあえず殺しはしない方向にしましょう。で、可能であれば向こうの話を――今後どうするか聞きましょう。そして――」
そろそろ降りる駅が近いので、竜二郎が話を強引にまとめにかかる。
「この中にもどうやら、件のジャーナリストに協力したい方がいるようですし、協力したい方は協力すればいいと思います」
一同を見渡し、竜二郎は告げた。
***
安楽市内、かつて立川と呼ばれていた地域にある、1DKのアパート。
「先程竜二郎さんが言ってましたが、相手の居場所までわかっているんですし、私達が殺さなくても、他の誰かに殺されそうな気もします」
ターゲットのアパートを前にして、優が言った。
「純子さんに殺す気があれば、の話ですけどね」
「純子さんが殺す指示を出さなくても、自発的に殺しに向かう人も現れかねませんよう」
竜二郎と優が先頭を歩きながら喋り、扉の前に立つ。
「表札は確かに壺丘って書いてあるけど、危ない立場にあるのに、呑気に自宅にいるの? ホテルとか点々として身を隠すもんじゃないの?」
冴子が不審がる。
「純子さん経由の情報だから、きっといると思います」
優が言い、堂々と呼び鈴を押す。
『どちら?』
中から男の声がした。
「えっとぉ、殺人倶楽部の者ですぅ」
「堂々と言うなよ」
堂々と言う優に、卓磨が苦笑する。
「敵意はありません。お話を伺いたいので、よろしければ入れてくださあい。こちらも多少は情報を提供できると思いますのでぇ」
『悪戯ってわけではないようだな。そして私を殺しにきたわけでもなさそうだ』
そう言ってきたかと思うと、しばらくしてからドアが開く。時間がかかったのは、チェーンを無数につけていて、それを外すのに手間取ったせいではないかと、竜二郎は勘繰る。
「子供ばかりか。しかもぞろぞろと」
中から目つきの鋭い中年の小男が姿を見せた。その中に卓磨の姿もある事を確認しても、特にリアクションはない。
「ま、中に入れ。こんな大人数を入れるには狭い場所だし、茶も出せんが」
『お邪魔しまーす』
優、竜二郎、岸夫がハモらせる。
竜二郎がドアの内側を見て、自分の推測が正しかったことを確認した。大量の鍵とチェーンがついている。
「聞きたいことも言いたい事もいろいろあるが、何から話すべきか」
中に入って腰を下ろし、鋭一が呟く。
「まず僕達がここに来ることになった理由と、ここに来る前の僕達のやりとりを話しましょう。それでいいですね?」
竜二郎が仲間に確認を取ってから、壺丘に、自分達の立場や考えを話しだした。
「なるほど。殺人倶楽部内にもいろいろいると聞いていたが……。しかしその依頼殺人を放り投げて、君達は平気なのか?」
竜二郎の話を聞き終えて、壺丘が尋ねる。
「こっちも考えはいろいろ分かれてるよ。私は貴方の味方までしようとは思わない」
と、冴子。
「俺は心情的には力を貸したい。しかし仲間が危機に晒されるような事態は避けたいから、結局協力はできないだろう」
腕組みして正座したポーズをずっと維持しつつ、鋭一が告げる。
「あ、俺も鋭一と同じで」
控え目に片手を上げて言う卓磨。初対面の振りをしているが、どこでボロを出すかわからないので、できるだけ喋らないように心がけている。
「しかしあんた、あれだけのことやらかして、よく自宅でのうのうとしていられるな。純子にもあんたのことは漏れてるし、いつ殺されてもおかしくないぞ」
呆れたように言う鋭一。
「そうだな。私が情報を売り込んだことも、知られているのだからな。先程殺人倶楽部だと言われて、たまげたよ」
そう言いつつも、壺丘は驚いたり臆したりしている様子など、最初から微塵も見せていない。相当胆の据わった人物と、六人の目には映る。
「こっちの情報を流している奴もいたというわけか。私の仲間の中にいるのか、出版社の誰かなのか、確認のしようが無いが」
特に危機感も無い様子で、壺丘は言った。
「純子さんもおそらく、僕達が貴方を殺すとは思っていないでしょう。僕達と貴方を引き合わせることによって、何かを狙っている。先程鋭一君がいつ殺されてもおかしくないと言っていましたが、少なくとも純子さんにその気は無いと、僕は見ています」
竜二郎が己の考えを述べる。
「私を掌の上で踊らせたいというなら、そうだろうな」
壺丘もそれを見抜いていた。
「私の視点から見ても、ここまでの流れは、どうも上手く出来すぎていると思っていた。話がスムーズに進みすぎていた。協力者にも恵まれていたし。そして今日は私を殺す気の無い君達が来た。私にとって都合のいい展開が起こりすぎている。まるでオーナーである雪岡純子自身の手によって、反殺人倶楽部勢力が作り上げられているかのようにな」
壺丘の話を聞き、卓磨はライスズメと正義のことを思い浮かべていた。
(もしかしたら俺があの時正義を尾行していて、壺丘の前に現れたのも、その都合のいいことの一つと、壺丘は見ているかもしれないな)
あれはまるっきり偶然なのにと、一瞬だけ微苦笑をこぼす卓磨。
「雑誌には純子の名は一切出ていなかった。それも純子にとっては都合がいいな」
鋭一が指摘する。
「その辺は特に気にしていないし、予想していた通りだ。雪岡純子が手を回さずとも、表通りのマスコミでは彼女の名はタブーとなっているし、手を回す必要も無い」
「なるほど、考えすぎたか」
壺丘の話を聞き、鋭一は納得する。
「あんた以外の――いや、あんたの協力者は他に何人くらいいる? 協力者の中に、殺人倶楽部の会員もいるんだよな?」
鋭一が尋ねる。
「それは今この場では言えない。君達が私の味方となってくれる保障はないのだから。まあ少数精鋭とだけ言っておく」
「せめてこれからどうするかは、聞いておきたい所です。殺さない代わりに、相応の手土産くらいは必要ですから」
竜二郎が柔らかな口調で言うが、その眼光は普段の彼とは異なり、鋭いものへと変わっていた。
「実はまだ考え中だ。今ここで口にはできないが、幾つかプランはある。しかしまだプランがはっきりと定まっていないから、教えてもあまり意味が無いだろう。仲間の武闘派はすでに――というか、私と会う前から、殺人倶楽部の特にタチの悪い会員を殺してまわっているらしい。今は本当にこれくらいしか言えない」
竜二郎達の立場も考慮したうえで、壺丘は喋れる範囲で喋った。
「壺丘さんがまだ思案中でも、他の人が動きますよねえ。週刊誌に載った効果で、あちこちに拡散していきそうですし、殺人倶楽部を快く思っていない他の人も動きそうです」
「まあ表通りの週刊誌に載せたのはそれが狙いだから、そうなってくれると嬉しい所だな」
優の言葉に、壺丘は微笑を浮かべる。
「ところで、君達は何で殺人倶楽部などという剣呑な組織にいるんだ?」
微笑をたたえたまま、壺丘が尋ねた。
「ブチ殺したい奴等がいるからよ」
冴子が真っ先に答える。
「同じく……」
瞳に暗い炎を宿して、卓磨が短く告げる。
「芸術活動ですかねー。せっかく人を殺せる力と権利を手に入れられるんですから、使わないと損でしょー」
竜二郎がにっこりと笑い、明るい口調で語る。壺丘が微かに眉をひそめる。
「よくわかんないし、今の所、見学……」
言いづらそうに岸夫。
「正義の味方になりたかった」
鋭一が臆面も無く過去形で言い切る。その苦々しげな声の響きを聞いて、望みを覆す、何か堪えることがあったのだろうと、壺丘も察する。
「社会への叛逆と、闇の肯定とでも言えばいいでしょうかあ。人の心の闇を否定してはいけません。悪は悪だからと闇雲に否定してはいけないんですよう。その悪も、確かにこの世にあるものですし、それを上から蓋で覆い隠して封じ込めているのもどうかと思いますし、悪の解放の場は必要だと思いまぁす」
少し間延びした喋り方で、気負いもルサンチマンも希望も感じさせず、しかし確かな信念だけは宿して持論を語る優に、壺丘はぞっとした。
外見は善良そうな可愛らしい少女であるのに、自ら一皮剥いて、中から暗黒が噴出したような、そんな錯覚さえ覚えて、壺丘は優を凝視する。
「何か私、おかしなこと言いましたぁ?」
「この人、目つき怖いよ。何でそんなに優さんを睨んでるのさ」
壺丘に向かって小首をかしげる優と、責めるような口調で言う岸夫。
「あ、すまない……」
自分が優を睨みつけていたとこに気がつき、壺丘ははっとして謝罪する。
(何だ、今のは……)
優を意識し、壺丘は脂汗すら垂らしていた。ただの中二臭い主張――では済まされない、形容しがたい禍々しいものを、優から感じていた。
「こちらからも聞きたいのですがぁ、壺丘さんはまだ具体的なプランは固まってないとのことですが、最終的な目的は何ですかあ? それは流石にはっきりとしているんでしょう?」
優が尋ねる。
「当然、殺人倶楽部自体を潰すことだ。そのために動いている」
わかりきった質問をあえてぶつけた優に、不思議そうに答える壺丘。
「何をもってして潰したと言えるのですかぁ? 活動不能になるだけですか? 殺人倶楽部に所属されていた者も、運営者も、運営者と繋がりのある権力者も、全て法の裁きにかけるまでですか?」
「ああ……曖昧だったな」
続けてぶつけられた優の質問に、壺丘は照れ笑いをこぼす。自分の答え方がおかしかった。
「最低条件は活動を停止させることだ。もちろんできるのであれば、法の裁きにもかけたいが、そこまでは難しいと見ているかな」
「なるほど。わかりましたあ」
壺丘の答えを聞き、優の方針も固まった。
***
その日の夜、竜二郎の元に、優から電話がかかってきた。
『壺丘さんのことでちょっとお話があります』
「はいはい、何ですかー」
どんな用件かは大体察しつつも、一応自分を頼りにしてくれたことを嬉しく思い、竜二郎は微笑みがこぼれる。
『あの人はどうあっても私達にとって見過ごせない敵になると思います。仮に純子さんが敵として用意したなら、当然ですけど』
「でしょうねー」
『でも今の段階では、はっきりと敵視しないスタンスを取って起きたいです。そして壺丘さんとは今後も接触し、こちらから殺人倶楽部内の情報を出す代わりに、向こうの動きもできるだけ把握したいかなあと思うのですが、どうでしょうか?』
「僕はそのつもりでいましたよー。ただしそのことは、他の四人の前では口にするなと、釘をさしに電話したんですよね?」
鋭一などは特にそうだが、壺丘寄りの心情の者も確かにいる。
『はい。竜二郎さんのことだから、多分大丈夫だとは思いましたけど、それでも念のため。そして、私がどういう考えでいるかも、多分竜二郎さんも見抜いていると思いましたけど、それでも口に出してはっきりと伝えておこうと思いましてー』
「わざわざどうもです」
互いに考えていることが似通っているし、頭の血の巡りも良い者同士なので、言葉にして確認しなくても伝わる部分が多いが、それでも口に出してちゃんと確認しておくことは大事だ。もしズレがあった場合には、取り返しのつかないことになりかねない。
「壺丘さんを殺すことに反対したのも、フェイクですかね?」
わからないことが一つあったので、尋ねてみる竜二郎。
『あれは本音ですよう』
呑気な口調で、しかし優はきっぱりと断言した。
それを聞いて、早くもズレがあったと、竜二郎は苦笑した。




