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翌朝、電車の吊り革広告には、殺人倶楽部という見出しがでかでかと躍っていた。
「純子さんの言ったとおりになりましたね」
竜二郎が隣にいる鋭一に小声で話しかける。
「潮時なんじゃないか?」
鋭一が広告を見上げて皮肉っぽい笑みをこぼす。
「正直……この間の決闘の件で俺は堪えた。お前達が殺人倶楽部を続けるなら俺も続けるが、もう……こんなもの、無くなった方がいいとも思い始めている」
「嫌なら無理に付き合わなくてもいいですよー」
「あのグループにいるのは別に嫌じゃない。ゴミ掃除も遣り甲斐はある。しかし殺人倶楽部という存在そのものがな……」
鋭一はこれまであえて考えないようにしていたが、ただ人を殺して喜ぶような輩に利用されるのも、当然といえば当然だった。まさしく鋭一が嫌う存在そのものだ。
「お前こそ、俺の付き合いで殺人倶楽部しているような節はないか?」
「まさかー。僕の方が先にこの組織に入りましたし、活動頻度も僕の方がずっと上なんですよ? 僕はたた単純に人殺しを芸術活動として楽しんでいますから、御気になさらずです。僕は鋭一君のような御立派な信念なんてありませんよー。鋭一君が辞めても続ける気ですしー。しばらくはストップですけどね」
ホルマリン漬け大統領を利用できないので、今後のフリー殺人での活動において、どうやって相手を見つけるか、いろいろ思案中の竜二郎であった。
「恥ずかしいこと言うが、俺は正義の味方になりたかった」
うつむき、眼鏡を人差し指で押し上げ、鋭一は言った。
「知ってますがー?」
「いいから黙って聞け。時代劇や漫画と違って、現実では悪人が善人の生き血をすすって、欲を満たし続けているし、そいつらが成敗されることも滅多に無い。この世の多くの人間は、一部の屑の家畜のような状態だ」
「いや……それは言いすぎではないかと……」
「言い過ぎじゃないだろ。ホルマリン漬け大統領の客共は正にそれだった。だから俺はその構図を引っくり返してやりたかった。その力と権限を手に入れたと思って、心底はりきっていた。でも……同じ力と権限を持つ者達が、俺の駆除対象であることに、目を瞑っていた。俺自身も卑怯者だ」
「二つ、言わせてもらいますが――」
いつも間延びして穏やかな竜二郎が、珍しく真面目な声音になる。
「殺人倶楽部が如何なる組織で、どんな人間が属していようが、鋭一君は己の信念を突き通せばいいだけの話でしょ。悩む必要がどこにあるんです? 何も矛盾は無いです。自分に酔ってるんですか?」
「なっ!?」
電車の中ということも忘れて、思わず大声をあげる鋭一。近くにいた乗客の視線が鋭一に向く。
「もう一つ――鋭一君の行ったことによって、世界は多少良い方向に変化しました。鋭一君が殺した人間の数かける何人か、救われた人がいたのは確かです。彼等が生きていれば、それだけで多くの人間を不幸にしたでしょう。そういう人達でしたから。そしてもう一つ」
「二つじゃなく三つになってるぞ」
「自分が綺麗でいたいと思うがために、逃げようとしているのなら、鋭一君は本当に卑怯者です」
「そういうわけじゃない……。俺の手はもう血みどろだし」
「じゃあ今後も殺人倶楽部を利用して、血で汚しまくりながら、鋭一君の正義とやらを実現し続ければいいじゃないですかー。何で今になって、ぐたぐだ言ってるんです?」
「……」
丁度タイミングよく、降りる予定の駅へと着く。
「揺れているようでしたら、やっぱりちょっと休んだ方がいいんじゃないですかー?」
学校に向かって歩きながら声をかける竜二郎だが、鋭一は無言で小さくかぶりを振った。
(キツいこと言うのは僕の性分には合わないですが、鋭一君は悩み抱えるイコール、キツいこと言ってほしいってことですからね……)
幼馴染といってもよい時期からの付き合いであるが故、鋭一の気質も扱い方も心得ている竜二郎であった。
***
雪岡研究所リビングにて、みどりはネット閲覧中に、殺人倶楽部の文字が大きな見出しが出ているのを発見する。
「純姉、殺人倶楽部が公表されちゃってるよォ~?」
裏通りのサイトではなく、表通りのサイトの雑誌広告欄に、殺人倶楽部と書かれていたのである。
「うん、知ってるし、こうなることもわかってた」
みどりに声をかけられても、純子は落ち着いた反応。
「殺人倶楽部の人達の中にも、それを見た人達が結構いてさ、朝から何度も電話かかってきたよ」
「またこないだの放射線騒ぎみたくなるのォ~?」
「今回は、放射線騒動の時と違って、私は一切怒られてないよ? この意味、わっかるかなあ~?」
「ふわぁ~? 影の支配者層のエロい人達にもナシがついてるってことぉ?」
問題は、純子がどんな交渉をしたかだと、みどりは考える。普通に考えれば、支配者層からすれば、国民の命を脅かし、存在を知られれば騒ぎを招くだけの殺人倶楽部の存在など、認めたがらない代物だ。
しかし彼等の協力が無ければ、殺人倶楽部の存在も機能しない。警察に手出しさせぬよう圧力をかけたうえに、管理まで任せ、制限下監視下に置かれた状態で殺人が認められるようにするには、絶対的な権力の手助けが絶対に必要だ。
(ホルマリン漬け大統領だって、いくら裏通りといっても、人を殺しすぎている――たとえ裏通りでも許されないくらいの組織だけど、客に権力者達が多いからこそ、あいつらの過剰な殺人が認められているんだよねえ~。つまり、純姉もそれなりに美味しい見返りを用意したと考えるのが、妥当って所かなァ)
その見返りが何であるかはわからない。
「どんな取引したのさ~?」
「それは秘密。ま、この遊びが終わったら教えてあげるよー。そろそろ終盤に向かっている所だしね」
「ふえぇ~……わっかんないなあ。世間に暴露されてもなお、純姉がお偉いさん達に怒られずに済むほどの、向こうにとっての美味しい取引……」
「世間に暴露されても、全く問題無いよ。これも筋書き通りだしねえ。あえて穴のあるプランを考えて、敵にも付け入る隙を与えて遊ぶのが私の本来のやり方だけど、ヴァンダムさんにしてやられた件もあるし、今回はちょっと本気出してみたよ」
不敵な笑みを浮かべる純子を見て、何がどう本気なのかと、みどりも少し楽しみになる。
***
午後三時半。高級マンションの新アジトに、六人は集っていた。
「今日の話題はやっぱりあれですよねー。殺人倶楽部、とうとう世に知れ渡る、と」
竜二郎が笑顔で切り出す。
六人の中で卓磨だけが、猛烈な不安にさいなまれていた。
卓磨もすでに依頼殺人の件も聞いている。そして昨日出会ったフリージャーナリストの壺丘三平が、依頼殺人の対象だということも。
「雑誌にどんなこと書かれるんだろう」
「ちゃんと褒め称えられていたら嬉しいね」
岸夫の言葉を受け、冴子が皮肉る。
「どこまで内情が知られているかが問題だ。そしてどこまで書かれるか。その結果、どれだけ話題になるか」
腕組みして窓に寄りかかりながら、鋭一が言った。
「殺人倶楽部が世間に公表されて、それでもなお殺人倶楽部って存続できるのかな?」
「公表されなくても、そもそも殺人倶楽部なんてものが存続できている事が、不思議なんだけど」
岸夫が疑問を口にし、冴子がもっともな台詞を口にする。
「ターゲットの壺丘三平の所へ行くのは、雑誌が出た後です」
竜二郎が次の依頼殺人の内容に触れる。卓磨の鼓動が速くなる。
「タイミング的にはその方が効果あります。無論、相手も警戒しているでしょうけどねー」
「何の効果だか……」
効果の意味する所を知り、鋭一が顔をしかめる。
「できれば殺さないで済ませる予定ですが、できなかったら、真面目に殺人倶楽部を守るために考えないとですよー」
と、竜二郎。
「そのタイミングで殺すと、見せしめという効果よりは、勇気あるジャーナリストが消されたという結果になって、余計火に油いう結果になる可能性もありますよう?」
優が異論を口にする。
「むー、そう言われると、確かにそうですねー。見せしめ効果になるか、薮蛇になるか、どっちに転ぶかわかりませんねー」
「そもそも殺すのが駄目だろ。最初は脅すだけって話だったろ」
「脅しが通用しない時は殺すって話だったじゃない」
「殺すのは反対ですう。それはこの間の話で、避けるとも言ってたじゃないですかあ」
竜二郎、鋭一、冴子、優の四人が、ああでもないこうでもないと議論を続ける。
(どうすればいい……。どっちも裏切れない)
そんな中、卓磨一人は話し合いに参加せず、一人頭を抱えていた。
***
新アジトから自宅へと帰る途中、優は犬飼に電話をかけて、昨日の父とのやりとりを伝えた。
「で、殺人倶楽部は自分が考えたものだと言い出して……」
『それは合ってるぞ』
犬飼から返ってきた言葉に優は驚いた。
『いや、勘違いするなよ。パクったわけじゃない。そんなことするわけがない。光次さんの許可は取ってある。元はあの人が子供の頃に書いた小説だ。案自体は面白いから、俺がその根本的な発想の部分だけいただいて、俺独自の小説にして売り出した。光次さんもちゃんと読んで喜んでくれていたよ』
犬飼の話を聞き、優は閃く。
「ひょっとして……犬飼さんが殺人倶楽部の実現を勧めたのは、最初に書いたのがお父さんだったから……ですか?」
『ああ、バレちゃったらしゃーないな。その目論見はあったよ』
茶目っ気に満ちた声で犬飼はあっさりと認める。
『正気に戻るためのきっかけにって考えたんだけど、うまくいかなかったみてーだ』
「ありがとうございます。そこまで考えていただけたなんて……」
『こいつはお前さんにゃー教えたくなかったんだがね。ぬか喜びさせるかもしれないから、黙っていたんだ。俺もそうなったらいいな程度の期待だったしな』
なるほど、この人らしいと、優は納得した。
「それと……殺人倶楽部、とうとう世間の目に触れましたねえ」
世間話でもするかのようなノリで、優はその話題を出す。
『ま、大体は予定通りだろ。原作そのままなぞっているわけじゃあなくても、敵が現れるっていう点では一緒だな。ここからいよいよ、起承転結の転に突入だ』
犬飼が楽しげに語るが、優は犬飼のように、楽しめる心境にはなれない。
結局自分がおぼろげに描いていた理想の目的は、達成できないような、そんな気がしていたが故に。




