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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
25 殺人倶楽部に入って遊ぼう
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27

 その日、卓磨は正義との付き合いがあるために、殺人倶楽部の集まりの方を欠席した。


 昨日話しきれなかった、互いの高校卒業後の様々な話を交わした後、正義に今度飲みに行こうと誘われ、卓磨はおおいに困った。まだ酒を飲んだことがないからだ。

 しかしこれを機に挑戦してみようとも思い、卓磨は返事を返してしまう。


 正義と別れ、卓磨が車道を渡って歩き出したその時、視界に車道越しに正義の姿が映る。


(誰だ?)


 正義がなにやら深刻な面持ちで、怪しい中年の小男と話しているのが見える。


(何か異様な雰囲気の男だな。負の念が出ているというか……。あいつ、厄介なことに巻き込まれてるのか?)


 二人を遠巻きに見つつ、卓磨は勘繰る。


 やがて二人は肩を並べて歩き出した。

 気になった卓磨はこっそりと後をつけてみることにした。


 歩きながら正義ともう一人はしきりに顔を相手に向けている。口も動かしているし、会話をしながら歩いているようだ。時折二人の表情が険しくなるのも確認できた。


(やっぱりろくでもないことみたいだな。しかし俺が尾行したからどうなるってんだ)


 それでも放っておけず、卓磨は後を追う。


(本当にヤバいなら、助けになれることもあるかもしれない。放っておいてまた知らない所で、あいつみたいに消えていくとか嫌だ)


 喫茶店に入る二人。少し時間を置いてから、卓磨も車道を渡り、中に入る。


(入った瞬間、尾行してたのがバレるとか、そういう展開もありそうだけど)


 そうなったらそうなった時のことと思い、覚悟を決める。


 わりと客が多く、店内も広めだったので、卓磨は胸を撫で下ろした。これなら見つかりにくい。

 しかしそんな条件はすぐに無関係になる。近くに行って、何を話しているのか聞かないと。


 正義の姿を見つけ、うまいこと後ろの席が空いていたので、こっそりと座る。


「明日の電車の吊り革広告に載るとのことだ。もちろん雑誌もそのまま出版される」


 低い男の声がした。正義ではなく、怪しい男の方だ。


「圧力がかかることはないのか? よく許可がおりたもんだな。裏通りが絡んでいる話だぞ」

「裏通り関係の特にヤバい領域は、確かにこれまでタブーとされてきた。しかしこの前のコルネリス・ヴァンダムと雪岡純子の対話が生放送で流されて以来、メディアは少しずつ変わってきている。危険な領域に踏み込む覚悟の者も多い。今回もそうだ。裏と通じている巨大な権力者と敵対してでも、真実を世に知らしめる」


 純子の名が出てひやっとする卓磨。そして、裏通りどうこうなどと、やはり穏やかでない会話を交わしている。


「殺人倶楽部の運営者に、上手いこと近づけたか?」


 いきなり殺人倶楽部の名が男の口から出て、卓磨は思わず吹いた。


「ああ。ネットなんて一切見ないということにして、殺人倶楽部に恨みは持つが、運営者が誰だかは知らない振りをして、うまいこと接近した。改造もしてもらったよ。俺のことを依頼殺人のターゲットにでもして、その映像を売り出して商売するということになるかもしれない」


 次に正義の口から出た言葉を聞き、卓磨は固まってしまう。


(殺人倶楽部のことも純子のことも知っている。そのうえで接近って……)


 ここまで聞けば、これまでの会話内容から大体想像がつく。この二人は明らかに、殺人倶楽部の存在を知りつつ、敵対しようとしている。


「盗み聞きはよくないな」


 突然間近で野太い声がかかり、ぎょっとした。

 卓磨が反射的に声のした方を見ると、角刈りの強面が自分を見下ろしている。


「おい、卓磨っ」


 正義が驚愕の声をあげる。あっさりばれてしまったことに、頭を痛める卓磨。


「お前つけてきたのか?」

「ああ、何かヤバい雰囲気だから、気になってな」

「それは私のガラが悪いということかね。まあ、真っ当な人間とは言いがたいが、少なくとも悪人ではないという自負はあるぞ」


 正義と一緒にいた、目つきの悪い小男が名刺を差し出した。

 名刺には『フリージャーナリスト、壺丘三平』と書かれている。


「俺のことはライスズメと呼べ。そして米を食え。パンなんか食うんじゃないぞ」


 角刈りの男がおかしな自己紹介をする。どうやら正義や壺丘と仲間らしい。


「気遣ってくれるのはありがたいが、俺は覚悟のうえで、そのヤバいことに足を突っこむつもりでいる。止めても無駄だぜ」

「いや、でも……」


 他にも仲間がいるのかもしれないが、殺人倶楽部相手と事を構えて、無事で済む訳がない。しかし自分がその殺人倶楽部の一人だと知られてしまいかねないので、迂闊なことは口にできない。


「こいつは殺人倶楽部の一人だ」

「ええっ!?」


 角刈りの男――ライスズメが言い放った台詞に、正義は仰天して叫び、卓磨は凍りついたように固まった。


「俺も殺人倶楽部の会員だ。そしてその立場を利用し、会員をできるだけ調べたから知っている。もちろん、一人で調べられることなど限度があるし、会員全てを把握しているわけでもない。こいつ――種島卓磨は、五人組のグループに属していた者だ」


 どうやらライスズメは、最近グループに入った岸夫の存在は知らないようだ。


「で、卓磨は……どっちなんだ?」


 恐る恐るといった感じで、正義がライスズメに尋ねる。


(どっち?)

 正義の質問の意味が、卓磨にはわからない。


「心配は無用。この男は、無差別に人殺しをして楽しむクチではない。相手を選ぶ」


 ライスズメが答えると、正義が安堵の吐息をついている。


(ああ、そういうことか……)


 二人のやり取りを見て、卓磨は理解する。確かに殺人倶楽部内には、殺人を楽しむうえで、相手を選ぶ者と、無差別に殺して楽しむ者がいる。卓磨のグループは全員前者だ。


「そこまで調べているのか」

「お前が殺人倶楽部の会員だったなんて驚きだが、俺達はその殺人倶楽部を潰すつもりでいる」


 卓磨に向かって、正義はきっぱりと言った。


「ライスズメさんからも聞いているが、殺人倶楽部の会員全てが悪党というわけでは無い事も、俺達は知っている。できればお前とは敵対したくない。いや……俺達の仲間になってほしい」


 突然の勧誘に、卓磨は言葉を失う。


「おいおい、いきなりすぎる。彼も困るだろう。それに君は彼の事を知っているかもしれんが、我々は知らないんだぞ」


 壺丘が苦笑気味に言う。


「俺が大丈夫と言ってるから、それで信じてくださいよ」

 強引な説得を試みる正義。


「わかった」

 壺丘が真顔になり、卓磨の方を向いた。


「もうすぐ殺人倶楽部は、世間に公表されることになる」


 壺丘が告げた言葉に、卓磨は青くなる。


「これだけで潰せれば苦労は無いが、相手はあの雪岡純子だ。生ける伝説の一人とも呼ばれている超危険人物だ。俺は裏通りには詳しいから、そのヤバさも知っている。例のヴァンダムとの会談は知っているか?」


 壺丘の問いに頷く卓磨。


「国家権力をも動かせる人物だ。それと戦おうというのだから、尋常ではない。死ぬ覚悟もいとわぬ者でないとな。気軽に誘えるものではないぞ」


 最後の台詞は、正義の方を向いて告げる壺丘であった。


(どうしたらいい……ここで断ると、消されるかも? 例え正義が俺を認めてくれようと、他の二人はわからない。仲間に加わる振りだけでもしておいた方がいいか?)


 あからさまに動揺の表情を見せている卓磨を見て、壺丘は小さく笑う。


「今すぐに答えを求めるものではないな。彼にも立場がある。とりあえず私達のことは、オーナーの雪岡純子には黙っていてほしい」


 壺丘の要求を受け、卓磨は正義を一瞥した後、無言で頷いた。


***


 優は帰宅すると、大抵真っ先に父の光次がいる部屋へと向かう。


「今日はずっと起きてたんですかぁ?」


 布団から出て、テレビを見ていた光次に声をかける優。


「あっちの世界に行けなかった。行く気にならなかったというか……」


 心なしか憔悴したような顔つきで、光次は言った。


「優……『殺人倶楽部に入ろう』の終盤の展開は知っているよね?」

「ええ、会員が殺人倶楽部のオーナーに反発して、オーナーとの戦いに――」

「違う。私の書いた殺人倶楽部に入ろうは、そんな話じゃないぞ。何を言ってるんだ? 優は私の本をちゃんと読んでないのか?」


 愕然とした表情でそんなことを口走る光次に、優は目を丸くした。


「父さん、殺人倶楽部に入ろうは、父さんの書いた小説じゃないですよう。あれは犬飼さんが書いた作品です」

「そんな馬鹿な。あれは私が考え、書いたものだ。終盤は殺人倶楽部の存在が露見し、世界中に目の仇にされ、追われながら、一人、また一人と惨たらしく死んでいくんだ」

「父さん……それは……」


 妄想であり、思いこみの暴走だと言おうとして、優はその言葉を引っ込める。言ったところで通じるはずもないとわかっているのだ。


「あ、わかったぞ。犬飼君がこっそり私の作品をパクったんだな。そうに違いない」

「父さん、犬飼さんがそんなことするはずありませんよ? 父さんのことを心配して、何度もうちに足を運んでくれた犬飼さんを、疑うんですかあ?」


 優の声に珍しく怒気が宿っているのを感じ取り、光次は口を閉ざす。


「納得できないんだったら、犬飼さんに確認してみますよぉ?」

「いや、いい……。お前が私を騙すはずがない。嘘をつくはずがない」


(騙してるんですけどね……)


 憑き物が落ちたような顔で微笑む父の言葉に、優の胸が痛んだ。

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