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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
25 殺人倶楽部に入って遊ぼう
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23

 鋭一が荒居に決闘を申し込んでから四日後、いよいよ決闘の日がやってきた。


 荒居は妖しげな黒服集団に車で迎えに来られ、目隠しして移動した。そして着いたのは夜の安楽大将の森。安楽市絶好町に住む者としては、知られている場所であるし、目隠しの意味があったのかと呆れる。


 鋭一のグループも、荒居のグループも、どこで決闘するかは教えられていない。鋭一と荒居は、途中で助っ人を呼べないよう、携帯電話も取り上げられている。


(ま、呼ぶことのできる助っ人なんてもんは、俺にはいねーけどな……)


 一応グループに所属してはいるが、自分がメンバーに好ましく思われていないことは、自覚している荒居であった。助けを求めた所で、誰も来てくれるはずがない。

 グループに入って、そう長くも経っていない。荒居は一応つるんでいるが、あまり親しい者や気のあう者はいない。必要以上に仲良くしたいとも思わない。難易度の高い依頼殺人をこなして効率よく殺人経験値を得るためにだけいる。


 自分の性格が悪い事は十分わかっている。人の失敗をあげつらい、せせら笑わずにはいられない性格。それが一番楽しいという性格。他人のことが気になって、何だかんだとケチをつけずにはいられない性格。上から目線で見下すことで優位に立ったつもりにならないと、気がすまない性格。

 自分が明らかに、人から嫌われる人間であることくらいはわかる。実際この性格で何度も失敗してきた。嫌な思いもした。しかし己の性格を矯正しようという意志も無かった。


 神様はこの世に悪も創った。自分はその悪となった。人が認めなくても、神は認めてくれる。だからこそ殺人倶楽部という場に自分を選んで導き、敵である善を殺させてくれた。神とは善でも悪でもない。良き中立なのだというのが、荒居の考えであった。


 悪として生れ落ちたと開き直っているが故に、荒居は善人というものを激しく憎む。荒居がよく通っていたコンビニの女性店員。あれは明らかに善人だった。客への対応も、他の店員とのやりとりを見ていても、それが如実に感じられた。そうでなくても荒居の善人センサーは、非常に敏感で性能がいい。故に、殺さずにはいられなかった。

 自分にはその権利と力があるのだ。自分は悪人なのだから、敵である善人は殺して当然だと思う。人が許さなくても神が許すと、荒居は信じて疑っていない。

 この先も善人という輩を殺し続けていく。それが自分の生き甲斐であり使命であると、荒居は信じて疑っていない。


 しばらくして、荒居の前に一人の男が現れた。ジャージ姿に角刈りヘアーという、いかつい顔の中年男だ。


「あんたが依頼殺人の助っ人か。よろしく頼むよ」

「ああ、よろしく。ところでお前は米が好きか?」


 むすっとした顔で、脈絡のないことを尋ねてくる中年男。しかもこちらが年下とはいえ、初対面でお前呼ばわり。荒居は顔をしかめたが、一応助けてもらう身なので、相手に合わせてやる事にした。


「ああ、好きだが?」

「ならばよしっ。む……変身してなかった」

「変身? 変身して戦う能力か?」


 荒居の問いを無視して、男は鞄の中から衣装を取り出して装着する。


「稲作戦士ライスズメ! 見参!」


 手には雀の翼を模したらしい手甲で覆い、頭には雀を模したと思われるヘルムを被り、さらには胸部と腹部が白く他は茶色という全身タイツで身を包んで、男は力強く名乗りをあげてポーズを取る。


「雀は米を食う害鳥じゃないのか……?」

「お前は中国の大躍進政策の四害駆除運動を知らないのか?」


 突っこむ荒居であったが、ライスズメにそう問い返され、首を横に振る。


「簡単に言うと、雀は農作物を食い荒らすという理由で、雀の駆除にあたった。しかしその結果、雀が餌としていた害虫達が大量発生し、農作物は荒らされまくり、大量の餓死者を出した。雀は米も食うが、それ以上に米を荒らす虫達も食っていたのだ。故に、雀は米好きな米の守り手――稲作戦士ライスズメ!」


 再度ポーズを取って名乗るライスズメ。


「米と正義を守るため、私は戦う。ライス・イズ・ジャスティス! さあ、一緒に叫べ。気持ちがいいぞ。ライス・イズ・ジャスティス! どうした? 何故叫ばんのだ?」

「何で正義の味方が殺人倶楽部に出入りしてるんだよ……」

「米と正義のためなら、多少の犠牲も致し方ない。そのためにもお前の命は守るから安心しろ。明日の朝もほかほかの炊き立て御飯を食べられるようにな!」


 力強く叫ぶライスズメであったが、荒居は自分の命が今日で終わる予感がして、泣きたくなっていた。


***


 鋭一が現れたのは、荒居が到着してから三十分以上経ってからであった。


「こっちは二人で勝ち目も薄いってのに、婆の敵討ちとかよくやるよ。自分に酔ってるのか? そういうの、すげー笑えるけど、同時にすげー腹立つわ」


 煽ると同時に、忌々しげに唾を吐く荒居。


 一方の鋭一は何の反応も示さない。ただ静かに、穏やかに、荒居をじっと見つめるのみ。

 それが返って荒居には恐ろしかった。例えこちらが二人といっても、油断はできない。


(ロックオン……)


 口に出さず呟き、とっとと戦闘を始める鋭一。


 腕を振り、不可視のつぶてを荒居の頭上から荒居に降らせる。

 その瞬間、荒居の姿が消えた。


(視界の中にいるのに転移した?)


 そもそも敵の能力の正体を見誤っていたのかと、疑う鋭一。その直後、背後に気配を感じる。


「おらあっ!」


 叫び声と共に、荒居が鋭一の背中にナイフを突き刺した。


「あの婆を殺したのと同じナイフだぜ。はははっ、こんな風にして死んだんだよ!」


 さらに二度、三度と、何度も鋭一の背中を突き刺す荒居。四発目は首筋に突き刺した。血が噴水のように迸る。


(違うな。元々自由に転移できるのなら、それを使えばよかった。そのうえあの時は、こちらの攻撃もかわせなかった。だが今は、抜群のタイミングでかわした)


 背中から内臓にまで達するナイフの刺突を何度も食らい、頚動脈さえ切られながら、鋭一は考える。その全てが致命傷だ。


(ロックオン)


 振り返り、荒居の姿を確認してロックオンすると、再び腕を振るう。

 すると荒居の姿がまた消えた。今度は上に気配を感じる。


(なるほど……そういうことか)


 頭上から全体重を浴びせて降ってくる荒居に潰され、地面にうつ伏せで這いつくばる格好になりながら、鋭一は相手の能力の正体が何となく推測できた。


「死ねえええっ!」


 荒居は鋭一の背に乗った体勢から、勝利を確信して大声で叫び、ナイフを首に突きたてようとする。


「お前がな」

 鋭一が呟き、もう一つの能力を発動させた。


「はぎっ!?」


 下腹部に無数の激痛を覚え、荒居は悲鳴をあげて体勢を崩し、ナイフは宙を切った。


「いでえぇええぇえぇっ!」

「なるほど、それがこの四日の間に、会員レベルを5の倍数まで上げて、身につけた能力か」


 悲鳴をあげて転がる荒居に、冷ややかに告げる鋭一。四日待てといった理由はやはり、新しい能力を身につけるまでの時間稼ぎだ。


「そしてその力は、攻撃を受けると自動的に転移といったところかな? だが今の俺の攻撃を食らったところを見ると、絶対に避けれるわけでもない。ある程度は予測しておく必要があるとか、何か条件があると見た」


 鋭一が立ち上がる。すでに傷の痛みは無い。いや、傷自体が無い。荒居に移し終えた。


 鋭一のもう一つの能力は、とある呪術師のひからびた脳を体内に宿し、身につけたものだ。傷や痛みを受けてから十秒以内に誰かに触れれば、相手の触れた箇所へとそのダメージを移すことができる。鋭一の体内に移植した呪術師は、そういう呪術の使い手であったらしい。ただし、鋭一の意識が飛ぶほどの致命傷を食らったら、それでおしまいだ。


(俺のこれが呪術という形式だから、相手の転移も発動しないということもあるかもしれないが。あるいは攻撃がトリガーで転移するのではないのかもな)


 まだ荒居の能力が如何なるものか、完全にわかったわけでもない。


 荒居が転移した。まだ鋭一は攻撃もしていない。あるいは、今の呪術が攻撃という判定になったのかもしれない。


「おい……」

 ライスズメを一瞥し、荒居が声をかける。


「何で戦わないんだよ! 同時にかかればさっさと殺せるだろうし、俺もこんな傷負わなくて済んだろう!」


 ほとんど八つ当たり気味に叫ぶ荒居であったが、もっともな言い分でもある。


「俺は正義の味方だから、二対一などという卑怯なことはできない。そんなことをしたら米が不味くなる。ライス・イズ・ジャスティス!」


 腕組みして構えたまま、ライスズメは堂々たる口振りで言い放つ。


「何しにきたんだ!? お前!」

 忌々しげに叫ぶ荒居。


「案ずるな。お前がかなわないとわかれば、その時助けてやる」

「じゃあもうかなわねーよ! つーか先に戦ってくれよ!」

「もう少し頑張れ。米を愛する者には必ずもたらされるという、米の加護を信じろ」

「ふざけんな!」


 ライスズメが参戦してこないと知り、鋭一は内心ほっとしていた。鋭一の能力の性質上、二人がかりで、しかも二人のどちらかが遠距離攻撃を得手としているのなら、面倒なことになっていた。


 荒居の方に向かって、鋭一は徒歩でゆっくりと向かっていく。

 鋭一の挙動を見て、荒居は目を剥いた。


 脚や腰に負った傷のため、荒居は激しい動きはできそうにない。


「どうした? テレポートして逃げないと、不味いんじゃないか?」

「うぐぐぐ……」


 冷ややかに挑発する鋭一だが、荒居は歯噛みして呻くだけで、逃げようとはしない。いや、できないのだろうと、鋭一は見る。


(攻撃される事が発動のトリガーで、正しいのかな? あるいは攻撃されたとしてもそれが可能か。俺が心の中でロックオンしてから攻撃するように、こいつも心の中で何かしら予備動作を置いてから、その後自動的にテレポートする――そう見ていいか?)


 それを今から、鋭一は試すつもりでいる。


 鋭一は推測する。自分にしろ、荒居にしろ、改造したマッドサイエンティストは同じ純子だ。しかも荒居の新しい能力は、自分との決闘が決まってから与えた代物である。

 あの純子なら、荒居に自分と似たような能力を付与し、それをどちらが先に見抜くかという、そんな遊び心を働かせることも、十分に考えられる。


 ある程度接近してから、鋭一は荒居めがけてダッシュをかけ、おもいきり飛び蹴りを食らわした。


 直後、荒居の姿が消失する。それとほぼ同時に、鋭一は腕を振った。


「ぐはあっ!」


 自分のすぐ横で悲鳴が響く。透明のつぶてが荒居の頭上に降り注ぎ、荒居の体は地面にうつ伏せに倒されていた。

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