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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
24 そろそろ大正時代で遊ぼう
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38

 青葉と左京は再び逃走していた。獣之帝はおらず、手下を全て殺され、敗走していた。


「左京、これはどうなっているのだ……」

「わからぬ」


 山の中を必死で駆ける二人。と、その時であった。凄まじい轟音が鳴り響き、わりと近くの木に雷が落ちた。


「これは……獣之帝の……」


 炎上する木を見て左京が呻いた直後、二人の目の前に、二つの黒い物体が落下し、大きな落下音と共にバウンドする。


「へ、陛下っ!?」


 青葉が叫ぶ。落ちてきたのは黒こげの獣之帝であった。


「くぅあああぁあぁぁ!」


 直雷撃と落下のダメージを負いながらも、獣之帝は立ち上がり、咆哮をあげる。その咆哮を間近で受け、青葉と左京は縮み上がる。


「帝……角が……」


 ふと、左京は、足元に黒い角が落ちている事に気がつき、それを拾い上げながら、獣之帝の角が片方折れている事に気がつき、それが帝の角である事に気がついた。

 不思議なことに、黒こげだった角は、左京の手の中で、元の色へと戻る。


「くうぁあぁっ!」


 叫びながら、獣之帝は黒こげになって倒れたままの累へと飛びかかる。


 それを見計らったかのように、累は獣之帝が自分に攻撃する寸前に空間転移して、自分が倒れていたほんの1メートルほど上空に出現した。つまり、地面に飛びついた格好になっている、獣之帝の真上をとった。

 大きく剣を振りおろし、獣之帝の胴を一刀両断する。その光景を目に焼きつける左京と青葉の二人。


「くあああぁっ!」


 胴を切断されて、大量の血と臓腑を地面にぶちまけてなお、獣之帝は全く闘志を失うことなく、天に向かって指を指し、渾身の力をこめて振り下ろす。そのあまりの壮絶な姿を見て、青葉は涙すら流していた。


 雷が立て続けに落ちる。落雷の衝撃波によって青葉と左京は大きく吹き飛ばされ、二人共意識を失う。

 累は亜空間に逃げ込み、全ての落雷を避けていた。


「くうぅぅぁああぁ」


 獣之帝も、今の攻撃で累を仕留めたとは思っていない。累が現れた瞬間を狙い、地面から白く巨大な円錐状のものを突起させて、累の体を貫く。


「これは……」


 自分の胸を貫いたそれは、氷だった。いや、巨大な霜と言った方が良いか。

 しかもそれは超低温を伴っており、累の体が急速に凍りついていく。


「黒いカーテン」


 黒い布のようなものが累の側で広がり、自分を貫き凍らせていく巨大霜に触れると、一瞬にして吸い込んでしまう。

 黒布はすぐに消えた。術を維持することさえできないほど、累は消耗していた。


(もう……そろそろ限界ですね。再生力も……無限なわけではないですし……。続け様に重傷を負いすぎた……)


 絶体絶命でありながら、累はどうしても笑みがこぼれてくる。


「くぁあぁ!」


 上半身だけになった獣之帝が、血と内臓がなおも撒き散らされるのも構わず、累めがけて飛翔し、累の顔に拳を振るう。


 避けることができず、整った顔面を滅茶苦茶に粉砕されつつ、累は吹き飛ぶ。


 さらにそれを追って飛びかかる獣之帝であったが、そこで動きが急激に鈍くなった。

 再生する前に無茶をしすぎて、自らの体も削るような戦い方をした結果、先に獣之帝の方に限界が訪れた。


 無惨に砕けた顔面の片目だけを先に再生させた累が、それを見て、涙をこぼす。


「あの時の御頭もそうでした……。我が身を省みず……無茶をした結果……」


 死力をふりしぼり、累は立ち上がった。引導は、自分が渡さなければならない。このままただ力尽きて死ぬなど、許さないし許せない。戦士には戦士に相応しい死に方がある。


「くぅああぁぁ」


 倒れて累を見上げる獣之帝は、満足そうに笑いながら、声をかけた。


 累も笑いながら、同時に泣きながら、その喉元に剣を振り下ろす。

 剣の柄が喉にあたる。地面に刀がめりこんでいる。累はそのまま獣之帝に抱きつき、すすり泣き始めた。


「ううう……うぐっ……うううぅ……」

「くぅ~……」


 累が嗚咽を漏らしているのを見て、帝が手を伸ばし、累を慰めるように涙を拭って頬を撫で、微笑みかける。

 獣之帝の手が力を失くし、地面へと伸びた。


 命が失われ、魂が肉体から飛び立つのも、累ははっきりと感じ取る。


『一つの答えに向かうしかない時もある。私は今、一つの答えを選んで向かっている最中だ。間違いか正解かはさておき』


 灰龍の言葉が累の頭の中で蘇る。


(これが……正解か間違いかはわからない、僕が出した……一つの答え……)


 激しい哀しみと深い満足感を同時に味わいながら、累はそのまま獣之帝の亡骸に抱きついたまま、泣き続けていた。


***


 漆黒の空間。その中に机と椅子と本棚が浮かび上がり、椅子には金色の長髪に真紅の瞳を持ち、帽子をかぶったローブ姿の男が腰かけている。理知的な印象を与える、端正な容姿の持ち主だ。

 少し離れた場所では、二畳の畳が浮かび上がり、畳の上には茶釜と湯呑が置かれ、甲冑姿の黒い長髪の男が無造作に寝転がっていた。こちらの人物は、容姿そのものは整っているものの、金髪の男とは対照的に、野性味溢れる印象を与える顔の造りだ。


「まさか妖怪たぁね」


 漆黒の空間の中で倒れる獣之帝を見やり、黒髪の男が言った。


「くぅぅううぅあぁ」


 帝が顔を上げ、空気を絞り出すかのような唸り声をあげ、金髪の魔術師と黒髪の武者を睨む。


「可愛い子ですね。けれども有する力は凄まじい。流石はエンペラーと呼ばれることはある」


 金髪紅眼の男が帽子のつばに手をかけ、興味深そうに微笑む。


「そりゃあなー。累の奴をあそこまで手こずらせたんだからよ。んで、こいつとは話が通じるのかい?」

「言葉は通じなくても、心できっとわかるでしょう。同じ自分同士なのだから」

「言われてみりゃそうだな。どれどれ……」


 黒髪の男が獣之帝に顔を向けたまま瞑目する。帝もそれに合わせるかのように、目を閉じて、穏やかな面持ちとなって唸るのをやめた。


「なるほど、こうしてみると俺にもこいつの思う事全て、手に取るようにわかるな。簡単に伝わりあう。ま、当たり前か。同じ魂を持つ自分なんだから」


 黒髪の男がにやりと笑う。


 獣之帝はすでに警戒を解いている。自分の前に現れた二人が何者なのかも、どんな用件があるのかも、察する事ができたようだ。


「予言成就まであと百五十年から二百年といったところです。私の秘術が完成する」

「お前は弟子に随分と残酷な仕打ちをしたもんだ」


 黒髪の男が呆れきった顔で言う。しかしその呆れる相手もまた自分である。


「あの子の千年分の寂しさは、たっぷりと埋めてくれることでしょう。来世の私がね」


 悪びれた様子も見せず、金髪の男は笑顔で言ってのけた。


***


 意識を取り戻した青葉と左京は、獣之帝の姿を探したが、激しい戦いの跡と出血の痕があるだけで、獣之帝の姿は見つけられなかった。

 帝の亡骸は累が持ち帰ったのだが、そんなことを二人が知るよしもない。


「帝が勝たれたと思うか?」


 青葉の問いに、左京はかぶりを振る。


「信じたくは無いが……勝ったとは思えん。妖怪も人も気配が無い」


 左京の答えの意味する所は、青葉にも理解できた。妖が勝ったのであれば、山の中に妖の気配はあろう。逆であれば、どちらも山からいなくなる。


「先程から何度も占っているが――」


 言いつつ左京は小さな骨を並べて、その上で別の骨を折る。


「占いも、帝の死しか示さぬ……」


 震える声で言うと、左京は手の中の桃色の角を見つめた。


「我等は負けたのだ! 獣之帝は人間共に討たれたのだ!」


 その事実を認め、左京はおいおいと声をあげて号泣しだした。青葉もそれにつられるようにして、嗚咽を漏らした。


***


 高尾山より戻ってから、志乃介と蛙丘と桃島は事後処理に追われ、弦螺は疲れ果てて眠り、綾音と蜜房は蜜房の家へと戻って休んでいる。

 木島一族は降伏して捕縛されている。今後は人として生きると誓い、国家守護に務めるという運びになった。


「雫野累が獣之帝を討たなければと思うとぞっとするな」


 一段落ついた所で、蛙丘は志乃介に言った。


「ええ。天候を自在に操るなど、あまりにも常軌を逸した力です。灰龍らが帝を用いて国家転覆を企んだのは、決して狂気の暴走ではない。実行するに足る力が備わっていた」


 天候を操る事ができれば、大都市の機能を麻痺させ、軍隊の動きを制することも可能である。それは現在の人類の科学力では、とても到達できぬ領域だ。


「範囲と持続力がどれほどかという問題もあったがね」

「灰龍が妖を集めて人類に牙を剥く程でしたから、それだけの力は有ったのではないですかね。まあ何にせよ、一段落ですよ」


 そう言って志乃介は大きく息を吐いた。


***


 累は蜜房の家にも戻らず、波兵の家にいた。部屋の中でぼーっとして、何も言わない。


 波兵はただ黙って累の側にいた。悲嘆に暮れる累は、心をどこかに失くしてしまったような、そんな感じだった。

 今の累にはどんな声をかけても聞こえない。しかし放っておく気にもなれず、波兵はただ側にいた。


「おなか……すきましたね」


 夜が相当更けてから、累はようやく口を開いた。


「なははは、やっと喋ったと思ったらそれかよ」

「ええ……それです。お風呂も入りたいです」


 波兵が笑うと、累も微笑む。


「僕も選択をしました。その……結果です」

「後悔してるのか?」

「ええ、とても……。物凄く悔やんでいます……。何て僕は馬鹿なんだろうと……。でも仕方ないですよ。馬鹿ですから……」


 そのうえ相手も自分と同じ性質であった。他の誰に言っても理解してはもらえぬ、底抜けに愚かな行いであったかもしれないが、獣之帝だけは理解してくれる、理解しあえると、理解しあった結果があれなのだと、累は信じている。

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