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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
4 殺し屋達と遊ぼう
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1

 浅井陽子はその日も寝坊した。


「どうして起こしてくれないの~」

「来年には高三だっていうのに、まだ私が起こしてあげなくちゃいけないの?」


 陽子の抗議に対し、母は食器を並べながら呆れたようにそう返す。


『さあ、ルーレットスタート!』


 父、母、陽子の一家三人で、毎朝見ているテレビ番組を見ながらの朝食。

 今朝も視聴者の中の運のいい者が一人、懸賞のルーレットに挑める機会を得て、挑戦していた。

 ダーツを投げる。ルーレットが止まる。


「お、すげえ」


 思わず父が声をあげた。一番よい賞である賞金1億円のマスに、ダーツが当たったのだ。テレビより高らかに音楽が鳴り響き、歓声と拍手が巻き起こる。


「いいなあ……あれだけで何の努力もせずに一億円だよ、一億円」

 唇を尖らせる陽子。


「本当にねえ。世の中不公平なものよねえ」

 母もため息をつく。


「私もいい彼氏が空から振ってこないかなあ。お金はいいから、せめていい男にくらい恵まれたいよ」


 陽子がそう言った直後、番組の内容がニュースに切りかわる。


『昨夜未明、安楽市内でまた女子生徒が惨殺される事件が起こりました。手口から、八つ裂き魔と呼ばれる連続殺人犯であることは疑いようがなく――』

「安楽市内が多いなあ……こいつ、この辺に住んでいるのか」


 陽介が顔をしかめ、陽子に一瞥をくれる。


 三年程前から都内で起きている、十代の少女ばかりを狙った連続殺人事件。

 全身を鋭利な刃物で体をバラバラにされるという手口から、『八つ裂き魔』などという安易な呼称が定着した。

 性的暴行の危害の痕跡が無いために、犯人は女性ではないかという説も流れているが、真相は定かではない。


「お前も気をつけろよ」

「はいはい、私は夜遊びとかそういうのしないし、心配かけたこと今までに無いでしょー」

「まあ、そうだがな」


 はきはきとした声で返す一人娘に、父は口元を綻ばせる。


「それじゃあ行ってきまーす」

「朝食くらいもっと落ち着いて食べていくようにしなさいっ」


 食事を終えるなり駆け出す陽子を母が叱り声で送り出す。


(今日はいいことありそうな気分だなー。あ、そういや昨日落とした新曲)


 イヤホンをつけ、月那美香の新曲『ハロー明るい未来』を流しつつ、自転車で走り出す。

 常にポジティヴな歌詞で力強いポップの美香の曲が、陽子は大好きだった。


『ハローハロー、幸運な出会いよ。ハローハロー、元気な未来よ』


 曲はいきなりサビから入り、陽子もそれにあわせるかのように力強くペダルをこぎ――直後、派手に転倒した。


『夢と希望に満ちた世界、全ての人が祝福されて生まれ』


 何が起こったのかわからなかった。自転車から転げ落ち、体が激しく打ち付けられた事は理解した。

 見ると、自転車の前輪が斜めにスッパリと切断されている。

 切られた部分がどこに飛んでいったのか、何でこのような事が起こったのか、理解できない。転倒して体が前につんのめり、自転車の前方に吹っ飛ぶような形で転げ落ちた事は理解した。


『悪い事もあるけれど、いい事だって必ずある。くじけちゃだめ』


 流れてくる歌のせいで、陽子は気づくのに時間がかかった。自分が自転車ごと狭い裏路地に転がっている事も、すぐ側に誰かがいるのも。

 転んだはずみで、このような場所に入ってしまったのだろうか? そうとしか思えない。加えて言うと、これは人為的なものだという事も理解した。すぐ側で、笑いながら自分を見下ろしている人物の仕業という事も理解した。


 年は陽子と同じくらい。学ラン姿の男子生徒だった。体の線は細く、非常に中性的な容姿をしている。かなりの美男子だ。服装を変えれば女子にも見えかねない。パーマをかけているのか、それとも天然で癖っ毛がひどいのか、髪はくしゃくしゃだ。透け気味の柔らかそうな栗色の髪そのものは、綺麗に見えた。

 見た目のよさだけは素敵な男子なのに、その顔には狂気に満ちた笑みが張り付いている。陽子はかつてないほどの身の危険を感じた。


『ハローハロー、幸運な出会いよ。ハローハロー、元気な未来よ』


「あはぁ。昨夜の今朝ってのもどうかと思うけれどねぇ。最近派手にやりすぎてるし、もうちょっと我慢した方がいいとは思うんだけど」

 陽子を見つめながら、学ラン姿の美少年が透き通った声で言う。流れてくる音楽のせいで、陽子には完全に聞き取れなかったが。


「沙耶のために、もっと捧げないとねえ」


 少年が呟くと、学ランの袖から、裾から、襟から、長細い曲刀のような刃物が何本も、ゆっくりと伸びて出てくる。

 学ランの内から現れた無数の刃物のようなそれは、少年の前で一度繋ぎあわさると、刃物が長い脚のような形になって、地面に切っ先を着く。その奇怪な姿は、一見して刃の脚を持つ蜘蛛のようにも見えるが、その脚の数は蜘蛛のそれをはるかに越えている。

 また一つ陽子は理解した。走っている自転車を切断したのは、この刃の蜘蛛の仕業だと。直後、さらに理解した。この蜘蛛もどきが自分の方へとにじり寄ってきている事が、何を意味するのかを。


『ハローハロー、運命の出会いよ。ハローハロー、素敵な貴方よ』


 曲のサビの部分が何度もリピートされる。同時に少年が口にした言葉も脳内でリピートされる。昨夜の今朝……。さっきまで見ていたニュースが思い出される。昨夜、市内で起こった事件。


『御覧よ。素敵な未来が、さあそこで、微笑んでいる』


 流れる最後の歌詞を聴いて、陽子は涙があふれた。

 陽子は意識が途絶える直前に理解した。ついさっき朝のニュースで流れていた、少女だけを狙ったシリアルキラー八つ裂き魔と、自分が遭遇してしまった事に。


「あははっ。沙耶、また一つ捧げたよぉ。嬉しい?」


 夥しい量の血だまりの中に、バラバラに切断された無惨な亡骸を見下ろし、少年は優しい声音で何者かに向かって語りかける。

 蜘蛛の刃の脚についた返り血が、まるで刃の中に吸い込まれるようにして消えていく。否、その生き物は、実際に血を吸っていた。返り血を全て吸い尽くすとまた少年の学ランの中へと戻っていき、体を繋いでいた部分を分離させる。


「君を蘇らせるため、もっともっと捧げるから、待っててねえ」


 虚空を見上げ、何者かに向かって少年はにっこりと微笑むと、裏路地から表通りへと出て行った。


***


 平穏な日々が長く続けば、退屈という名の絶対悪へと変わる。それがマッドサイエンティスト雪岡純子とその専属の殺し屋相沢真の、共通する価値観だ。


 真、純子、累の三人は、カンドービル地下にある雪岡研究所に住み、家族のような間柄だった。

 それに加えて、青ニート君と呼ばれる、全身青白くツルツルの肌に、顔が無く、頭から大きな双葉が生えた奇怪なお手伝いさん怪人もいる。泊まりこみではないが、蔵という人物も研究所に毎日顔を出すようになり、五人の人間が研究所にいる状態である。さらに、脳みそだけの状態にされ、培養液に漬けられたマッドサイエンティストも加えるのなら、九人だ。

 家長は当然純子であるが、掃除洗濯食事等の家事の一切は純子が執り行い、真と累とその他大勢はその世話になっているような感じだ。そしてそこにまた新しい家族が加わることとなった。


 研究所内の構造は、螺旋状の通路が続き、等間隔に部屋がある。居住用の部屋、リビング、風呂などは主に入り口近くに配置し、研究施設は奥にある。


「おっはよーごっざいまーすっ」


 朝、真がリビングに入ると、明るい声が響き渡った。純子の声ではないし、累がこんな声を出すはずもない。ましてや蔵であるはずもない。青ニート君は声を出さない。全く知らない人物の声だ。

 声の主の異様な姿を見ても、真は別段驚かなかった。

 全身緑色の鱗で覆われた肌。六本の腕。真ん中の二本の腕は背中から生えているようで、他の二本に比して長い。顔は上半分がお椀をかぶったようになっていて、お椀の下から何本もの角が折れてはね上がって生えている。口には鋭く尖った細かい牙がびっしりと並び、蛇のように細長く先が二つに割れた舌がチロチロと口から出たり入ったりを繰り返している。乳房はサッカーボールのようにはち切れんばかりの巨大さ。長いスカートの下から伸びる、巨大なムカデの下半身。そんな奇怪な怪人女性が、メイド服に身を包んで調理を行っている。


「その子は今日から住み込みで、研究所で働いてもらう、皐月ちゃんだよー。家事はもちろんのこと、私の研究の助手までしてくれる有能な子なんだー」


 すでに食卓について真が来るのを待っていた純子が、いつも通り屈託の無い笑顔で真を迎え、メイド服姿の異形の怪人を指して紹介する。


「今日からここで働く皐月でーす。よろしくねー」

「よろしく」


 甲高い少女の声で皐月が挨拶をする。特に感慨も無く、真も挨拶に応じた。


「その子、昨夜うちに来て、自殺したいから殺して実験台にでも何でもしてくれって言うからさー、説得して思い留まらせて、ちょっと改造して怪人になってもらって、うちで働いてもらう事にしたんだー」


 改造云々の部分には突っ込まない。いつもの事だ。命を粗末にする輩や、命と引き換えにでも何かをしたいという輩は、純子にとって歓迎すべき者達なのだ。そして純子と相対する輩も。


「食事も作ってもらうのか?」

「おはようございます……」


 真が純子に尋ねるのとほぼ同時に、甚兵衛を羽織った累が寄ってきて、真に抱きついてきた。累は外出する際は洋服だが、室内では常に和服姿である。


 雫野累は老若男女問わず、自分が気に入った人間のぬくもりを求める。体温に依存する。

 最初の頃はどこでも構わず平然と、抱きついたり、引っ付いてきたり、手を握ってきたり、こっそり勃起した性器を押し付けてきたりする累に、真は相当戸惑い、恥ずかしくてたまらなかったが、今や慣れてしまい、人前で懐かれてすら何とも思わなくなった。

 自分も累と同じホモだと見られるのも半ば諦めている。いちいち自分から説明する方が面倒臭いし、拒絶すると累はあっさり傷ついて、鬱で塞ぎこんでしまう。そっちの方がずっと厄介だ。


「そうだよー。あ、ひょっとして、私に御飯作ってもらいたいのかなー? 真君は」


 いつも大きく見開かれている目を細めて、にたにたと笑いながら問う純子。真は心なしか照れくさそうに、純子から視線を逸らす。


「うん……まあ、お前の作る食事の味付けとか慣れてちゃったし、一番好きかな」

「え……?」


 正直に答えて席につく真の言葉を聞いて、からかったはずの純子の方が逆に赤面し、言葉を失う。


「うっひょー、朝からおあついですねー。見せつけてくれますねー」

「いや、そんなんじゃないし……」


 からかう皐月に、真は気まずそうに否定する。すでにテーブルには朝食が並べられている。


「この子、いろいろ器用で物覚えがすごくよくてさー、何でもすぐに覚えちゃうんだよ。だから家事だけでなく私の助手としても……」

「うごごごごごごぐげばがあぎゃばばばーっ!」


 純子の言葉は、突然皐月があげた苦痛に満ちた絶叫によってかき消された。

 六本の腕で体をかきむしりながら苦悶し、激しく体をのたうちまわらせる皐月。累が無言で席を立って純子にしがみつき、真も席を立って懐の拳銃に手をかけて身構える。


「ふごっふごっぐぎぎぎぎぎげげぇえぇぇごばああああっ!」


 叫び声の後に、緑色の反吐を噴水の如く口から吹き出し、食卓の上の食事に、そして座ったままの純子の上に降り注ぐ。累と真は後方に大きく跳んでそれを避ける。


「ほあーっほあーっ、あーっ、あー、あー、あー……あー……」


 体内の体液を全て噴射しつくす勢いで反吐を部屋中にぶちまけた後、皐月はその場に倒れると苦しげな声を漏らし続け、小刻みに体を痙攣させる。


「おっかしいなー、何が失敗だったんだろう?」


 冷静にその様子を観察しながら、皐月の体液で全身緑色に染まった純子が呟き、皐月の体液が大量に混ざったシチューを平然と口に運ぶ。

 そんな純子に、累は呆れた眼差しを向けている。


「あれれ? 真君、朝御飯は?」


 無言でリビングを出ようとする真に純子が訝り、声をかける。


「食欲あると思うか?」


 不機嫌な様子を隠そうともせずに吐き捨て、真は足早に部屋を出て行った。


「んー……何で急にご機嫌斜めなんだろ」


 純子が訝って呟いた直後、前世紀からしぶとく続編が出続けている映画に登場する、放射能怪獣のけたたましい鳴き声があがり、次いでおなじみのテーマ曲が室内に鳴り響き、純子はリビングの電話を取った。


「あー、桐子ちゃん。……ふんふん、なるほどなるほど。確かに私が作った子みたいだけれども、その後どういう進化をしたかまではわからないなー。うん、わかったー。丁度私も真君も暇だったし、何とかするよー」


 電話を切り、純子は未だ自分にしがみついている累の方を見やる。


「ちょっと悪いけれど真君呼んできてもらえないかなー」

「はい……」


 純子の頼みにうつむき加減で頷くと、累はリビングを出る。その後も純子は会話を続ける。


「何だよ。外で飯食おうと思ったのに」


 累に手を引かれる格好で、真が戻ってきて文句を言う。依然として不機嫌なままだ。


「今、『中枢』から依頼があったのー。『八つ裂き魔』の処刑依頼。いや、依頼って言うより命令――指令かなあ」

「八つ裂き魔の?」


 その名はもちろん真も知っていた。十代の少女ばかりを標的にしたバラバラ連続殺人事件の犯人。裏通りの住人という説があったため、警察だけではなく、中枢も犯人を捕まえようとしていた。


「最近になって中枢が犯人を突きとめて、処刑部隊を送ったって話題になっていたが、それを返り討ちにしたってことか?」


 裏通りの住人が、表通りに深刻な被害を及ぼすような悪質な犯罪を行った場合は、表通りの法による裁きよりも前に、裏通りを管理する闇の巨大公的機関『中枢』によって処罰される。その際、中枢に所属する選り抜きの殺し屋十人以上から編成された、処刑部隊が送られる。

 純子の元に依頼が来たという事はつまり、その処刑部隊を返り討ちにして退けたという事なのであろう。中枢の処刑部隊を退けるほどの者がいた場合、次に中枢が取る手段は決まっている。裏通りにおいてトップクラスに入る腕利きに、処刑するよう指令を出すのだ。


「処刑部隊を全て退けて、しかも一人も殺さなかったんだってさー。全部重症にして戦闘不能にはしたらしいけれどね。向こうの顔も一応立てたって感じで、計算したのかなー」

「それだけじゃない。殺すよりも殺さないで退ける方が難しい。殺さずに撃退してのける事で、己の技量のアピールもしているわけか」


 つい今まで機嫌の悪かった真が、無表情ながらも楽しげな響きの声をもらす。ほんの一瞬だが真が微笑みを零していたのを、累と純子は見逃さなかった。

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