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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
24 そろそろ大正時代で遊ぼう
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16

 宗佑は定期的に悪夢にうなされる。


 娼婦の息子として生まれた自分。その母親からも捨てられた自分。男娼として惨めな日々を過ごした自分。

 そんな自分が、外の世界に飛び出して、一人の女と出会い、激しく愛し合い、やっと幸福というものを手に入れることができた。自分は完全に救われたと、そう思いこんだ。


 だがその幸福は、さらなる絶望と破滅を味わうための伏線でしかなかった。

 その女は金持ちの男に言い寄られて、あっさりと自分を捨てた。そしてその際の言い合いの数々を、宗佑は一言一句忘れることができない。


「貴方、顔はともかくお金無いから。男妾でもすれば儲かるんじゃない? でもその程度じゃ、あの人にも追いつかないけど」


 かつて男娼もしていた宗佑からすれば、これほど屈辱的な台詞は無かった。しかしそれを口にすれば、さらに追い討ちをかけられるだけの話だ。


「金が無いのがそんなに悪いことかよ。生まれだけで……貧乏に生まれつくか、金持ちに生まれつくかだけで、同じ人間なのに、そんなに差別されなくちゃならないのかよ」


 自分を裏切った女を愛人にしていた資産家のドラ息子を嬲り殺し、その後で女も散々苦しめてから殺した。


「甲斐性無しが、腹いせに私達を殺して、その後も八つ当たりで女を殺し続けるとか、本当に情けないわね」


 殺したはずの女が、自分に話しかける。原型がなくなるほど殴られて腫れあがった顔と、体中切り刻まれた無惨な屍が、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「最低の屑として生まれて、最低の屑として果てる。それがあなたの人生。そんな最低の屑に殺された私達……。ずっと地獄で恨んでいるから。早く死んでこっちに来てよ。地獄に来たら、貴方に殺された人全員で、貴方のことをずっと……嬲り続けてあげる」


 言葉途中に、地面から殺したはずの女達が次々と沸いてきて、宗佑へと向かってくる。

 宗佑は声にならない叫びをあげて逃げ出そうするが、足首を掴まれて転倒する。


 悪夢はいつもここで途切れる。死体の群れにまとわりつかれて、最悪の気分で目覚める。それが定番だった。


 だが今回は目覚めることなく続いていた。死体の群れが自分を覆い、悪夢はなおも続く。


「愚媚人葬」


 聞き覚えのある声が力強く響き、周囲に赤い花びらが乱れ飛ぶ。


 この術も、術名も、声の主も、宗佑は記憶にある。自分が身を持って体験した。

 赤い花びらが付着した死体が、苦悶の表情で絶叫をあげ、己の体をかきむしりながら、塵芥と化して崩れていく。

 死体が全て消えた後、目の前に一人の美しい少女が佇み、美しい緑色の瞳で宗佑を見て優しく微笑んでいた。自分が殺した元恋人に顔立ちは似ているが、その慈愛に満ちた眼差しと表情は、似ても似つかない。


 宗佑が夢から覚める。まだ時刻は夜だ。


 悪夢からの目覚めは、いつも最悪な気分であった。しかし今回は――いつもの悪夢を見たにも関わらず、全く嫌な気分が無い。それどころか逆に、穏やかな気持ちで満たされている。


「何であの女が夢の中に……」


 今日は一日中、修練と称されて散々戦ったので、夢に出てきてもおかしくない。夢の中で使っていたあの術も、昼に目の当たりにした。だが自分を救う形で現れたという事に、宗佑は恐怖を覚えた。

 あんな形で夢に出てくるということは、自分が彼女に惚れていて、救いを求めてすがろうとしているのではないかと、そう疑ってしまったからだ。もしそうだとすれば、それは新たな破滅への伏線ではないかと、そこまで疑ってしまったからだ。


 ベッドから身を起こし、用足しに行こうとして、宗佑は驚愕した。


 目の前に綾音の姿があった。案ずるような視線で、宗佑のことを見ていたが、小さく微笑むと、その姿が嘘のように消える。


(いよいよ……俺の頭がおかしくなったのか? いや……)


 正気を疑いかけた宗佑であるが、妖気の残滓が室内に残っていることを感じ取る。


 ふと、掌の中に何かがある感触に気がつき、灯りをつけて手を開いてみる。

 昼間にも見た、そして今夢の中でも見た朱色の花びらが、手の中にあった。


***


 寝ていた綾音は目が覚める。

 こっそりと宗佑に仕掛けておいた精神分裂体が、ちゃんと働いた気配を感じ取ったのだ。そして目覚めることで、その確認もできた。


***


 雫野の妖術師は、精神の働きに作用する術も多く会得するが故に、近くにいる者の精神の乱れなどにも敏感である。

 寝ていた累は、隣の布団で寝ている波兵の心が乱れているのを感じ取り、目が覚めた。

 波兵がうなされているのを聞き、累が波兵の側へと寄り、顔を寄せる。


「父ちゃん、母ちゃん、ごめん……ごめん……」


 泣きながら口にした言葉を耳にし、累は波兵がどんな夢を見ているのか察した。柘榴豆腐で妖怪になった際、正気を失って両親を殺した事が、波兵の中で深い傷となっているようだ。おそらく定期的にこの悪夢を見てうなされるのだろう。


 不憫に思い、累は波兵の布団の中へと潜り込み、その体を抱きしめる。すると波兵も抱き返してくる。悪夢から解放されたのか、涙も寝言もぴたりと止む。


(よかった……)


 安堵して、累が自分の布団へ戻ろうとしたその時――


「うおおおっ!?」


 突然目を覚ました波兵が、大声をあげて累を押しのけ、布団もはねのけて後ずさった。


「何やってんだぁっ! 雫野っ!? 俺にはそんな趣味ねーって言っただろ!」


 狼狽しまくった声で叫び、暗闇の中で怖そうに累を見る波兵。


「いや……そういうつもりではなくて、悪夢にうなされていて……辛そうだから、抱きしめて慰めて落ち着かせてあげようとしただけ……です」

「それなら普通に起こしてくれるとか、そういうやり方にしろよっ。抱きしめるとか、恋人同士ならともかく、野郎同士でそんな発想無いだろ~」


 弁解する累に、波兵は呆れきった口調で言った。


***


 草木も眠る丑三つ時。住宅街。

 すっかりできあがって、帰路につく酔っ払い。


「にゃー」

「おんや~?」


 着物姿の中年の酔っ払いの前に、一匹の猫が現れ、媚びるようにして鳴く。


「ほーらほーら、おいで~。ふへへ、人懐っこいな、こいつう」

「にゃーにゃー」


 男が上機嫌でしゃがみこみ、猫を撫でてやると、猫も鳴きながら頭を男の手にすりつけて媚びる。


「ん?」

 と、そこで男はおかしなことに気がついた。


「ちょっと……酒が入りすぎたかあ?」


 猫の尻尾が、やたら長いように見える。蛇のように長くうねって伸び、先端は闇の中に消えて見えない。

 目をこすり、頬を両手で叩いて酔いを醒まそうとする。そしそしてもう一度よく目を凝らして見るが、やはり猫の尻尾は妙に長いままだ。


「へ……? これ、どうなってるんだ?」


 男が立ち上がり、異様に長い猫の尻尾の先がどうなっているのか確認しようと、猫の後ろへと歩いていく。猫もそれについていく。


 長く伸びた尻尾の先を辿っていき、やがて闇の中に人影が現れた。

 灯りに照らされ、人影の顔を見て、酔っ払いの男は腰をぬかした。


「にゃーご」


 体は人であるし、人の服も着ているのに、その顔は長い毛の生えた猫。その口元は笑っているようであり、その喉から、しわがれた老人の声で猫なで声が発せられる。

 猫の長い尻尾は、猫顔を持つ男の臀部へと繋がっていた。つまり、猫男の尻尾と、先程の猫の尻尾が繋がっている。


「で、ででで、でたーっ!」

 酔っ払いが叫ぶ。


「ひょっひょっひょっ」


 酔っ払いの恐怖に引きつった顔を見て、妖怪猫爺は心底嬉しそうに笑い、酔っ払いの近くまで歩み寄り、しゃがみこむ。

 人の手だったものが、猫の前足へと変わる。猫手にするのは人を殺す時だけだ。そうでないと不便で仕方が無い。

 猫の足と同じ形状の手が振るわれる。しかしその威力は、通常の猫の引っ掻きをはるかに上回る。


「ひょっひょっひょっ。この一瞬がたまらんわい」


 喜悦に満ちた笑い声をあげながら、酔っ払いの体をずたずたに切り裂いていく猫爺。

 猫爺の生き甲斐は、猫を撫でにきた者を殺すことだった。猫を愛でて喜んでいた者の表情が、恐怖と絶望に変わる瞬間を見るのが、彼の何よりの喜びである。


 酔っ払いはやがて息絶え、切り裂かれた肉塊が道に転がる。


「では、いただきますかな」


 しゃがみこみ、死肉に食らいついて貪る猫爺。爺の本体だけではなく、股間と尻尾で繋がった猫の方も、死体を食い始める。


「おっと、婆様にも御土産を持ってかえらんとな」


 ひとしきり食したところで、猫爺は懐から風呂敷を取り出すと、いそいそと肉の塊を包みだした。

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