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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
24 そろそろ大正時代で遊ぼう
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11

 顔をつき合わせて文句と冗談の言い合いばかりの、人外対策緊急会議の翌日、累は普段通り登校した。


 柘榴豆腐売りは妖怪を増やしていた。国を乗っ取るつもりでいるほどに、妖がその数を増やし、一まとめになっているとなると、やはり柘榴豆腐売りも、その中の一人と考えるのが自然だと、累は考える。


「先生に見つかったら……怒られますよ」


 昼休み、ブリキの戦車の玩具をいじる波兵を見て、累が声をかける。

 中学にもなって、このような幼い子供向けの玩具で、本気で遊んでいるわけではなかろう。きっと何か思い出の品なのだろうと、累は察する。


「これだけ、霞之の家から持ってきたんだ。あ、霞之ってのは俺の旧姓な」


 累の方を向き、明るい表情で波兵は話す。


「俺のお守りみたいなものかな。父親が街で買ってきてくれた。今は俺も街で住んでいるから、こんなもの、その気になればすぐ手に入るけど、昔は田舎に住んでたから、珍しかった。もらった時も、凄く嬉しかったんだ」


 照れくさそうに喋る波兵の顔を見て、累も自然と微笑がこぼれる。


「ま、その父親も、正気を失った俺が食い殺しちまったんだけどね」

「一応教室内ですし、そういうことは声をひそめましょう」


 やんわりと注意する累。


「雫野、ひょっとして俺のこと狂っていると思ってる? 俺のこと、おかしな奴だと……!?」


 不安げに言う波兵の見ている前で、累は己の胸元に手をかざして、波兵だけに見える角度で、鮮やかな緑の炎を手から生じさせてみせた。雫野流妖術における、霊体にのみ有効な、浄化の炎だ。


「僕は……妖怪ではありませんけどね。超常の者であることは、確かです。波兵が見抜いたとおり……」

「よかった。ほっとした。そして実際に見て感動した」


 にこやかに告げる累に、波兵は少し興奮気味な声を漏らし、心底嬉しそうな笑みを広げる。


「見抜いたっていっても、感覚で察したようなもんだしな。俺、側にいる奴の心が流れこんでくるんだけど、漠然としかわからないし、確証は無いからな」

「なるほど」


 波兵の話を聞いて、累はかつて似たような力を持つ娘を、弟子にしようとした事を思い出した。


「あ、一応言っておくけど、俺はもう人を食うとかしないからな。人から化け物に変わった時は正気失っていて、手当たり次第に人襲ったけど、そん時だけだ。まあ、その後も……俺は人に危害加えたけど、理性無くってわけじゃない……し……」


 波兵が言い辛そうに口ごもる。明らかに傷になっているように、累には見えた。


「そうだ。雫野さ、お前、細いし小さいけど、実際はかなり強いだろ」


 口ごもりかけた波兵が、急に別の話題を振る。


「だから安心だよ。俺、結構癇癪持ちだけど、雫野はどう見ても俺より強いし、かなわないだろうから、俺なんかが怒って暴れても、すぐ取り押さえられちゃうだろうからさ」


 屈託の無い笑みを張り付かせたまま、どこまで本気か冗談かわからない口振りの波兵。


「そうですね……。わりと強いですよ。多分この国で一番か二番くらいに」


 累が言った。二番くらいにという言葉を付け加えたのは、謙遜のつもりだった。


「突然大胆になるなあ。でもそれ結構本気で言ってるだろ? 俺には伝わるんだぞ」

「伝わっても問題……有りませんよ。まあ、僕が強かろうと弱かろうと、僕は……波兵と事を構えたいとは……思いません」


 これが自分の本心であるということも、言葉だけでなく伝わっていると信じて、累は告げた。例え波兵が、敵陣営にいるとしても。


***


 買い物に出た綾音は、街でばったりと桃島と宗佑の二人と出くわした。


「よう」

「昨夜はどうも。この辺に住んでおられるのですか?」

「うむ」


 むっつり顔の桃島に、おしとやかな仕草と笑顔で話す綾音。


(顔立ちは似ているが……表情の作り方とか、喋り方とか、そういったものは全然違うな。あいつはこんなに上品じゃなかった。雰囲気だってまるで違う)


 綾音を見ながら、宗佑はかつての恋人と比べる。

 じろじろと無遠慮に見る宗佑の視線に対して、綾音は全く嫌な顔を見せず、睨み返したり視線を逸らしたりするような反応も見せない。まるで宗佑のことを逆に観察するかのように、じっと見つめ返してきている。


(わかんねー女だ。俺がどんな悪党か知っているくせに、俺を恐れもしなければ、軽蔑している気配もない。何なんだ、こいつは……)


 女ばかり狙って殺して、しかもその前に強姦するような自分など、女から見れば忌避と軽蔑と怒りと恐れの対象でしかないと、宗佑は思いこんでいたのに、この雫野綾音という少女からは、一切そのような負の感情が見受けられない。


「こら」

 唐突に、宗佑の頭を小さく小突く桃島。


「何しやがるっ」

「口説くなら紳士的にと言った。じろじろ見るな」

「この女だって俺のことじろじろ見てるだろうが」

「あ、失礼しました。見られているので、急に視線を外しても気分を害されるかと思いまして」


 頭を垂れる綾音の口から、予想外の台詞が発せられ、宗佑は面食らう。


(やっぱり似てないか。あいつがこんな丁寧な言葉を使うはずがないからな)


 似ていないはずなのに、どうしても意識してしまう。そしてかつての恋人の未練による比較よりも、綾音そのものに興味が沸いていることも、宗佑は意識し、自覚している。


「皆で飯食いに行くぞ」

「え?」

「あん?」


 唐突に食事の誘いをかけてくる桃島に、怪訝な声をあげる綾音と宗佑。


「飯だ」

 桃島が力強く再度告げる。


「まだ四時だぞ……」

「私、買い物が終わったら早く帰らないと、父上や蜜房さんが心配しますし」

「使い魔だ」


 綾音の言葉を受け、桃島が宗佑に向かって促す。


「俺、遠くまで飛ばせる使い魔出す術なんか無いぞ」


 悪獣はあまり自分から離せない。そもそも出せたとして、綾音の住処を知らないのだから、どうにもならない。


「いえ、私が出せますから……知らせておきますね」

「早く言え」

「す、すみません……」


 特に責める口調でもない桃島だったが、綾音は謝って人型の紙を出す。雫野流の妖術ではなく、陰陽道の術だ。

 式神に伝言を書いて飛ばした所で、何故ここで食事に行かなければならないのかと、改めて疑問に思う綾音であったが、桃島の放つ断りづらいオーラに圧倒されてしまっている。


「行くぞ」

「何で飯……」


 宗佑がようやく疑問を口にする。


「交流を深めるためだ。仲間として」


 桃島の口から比較的まともな答えが返ってくる。しかし時刻からすると、夕食にはどう考えても早い。


「あの……それでしたら、少し遊びにまわって時間を潰して、それから御飯にしませんか? まだ晩御飯には早いですし」

「だそうだ」


 綾音の提案に、桃島はどういうわけか宗佑に振る。


「勝手にしろよ」

 投げやりに言う宗佑。


「どこへ行く?」

 桃島が綾音に向かって促す。


「それでは活動でもどうでしょう?」


 ついこないだ累とも行ったばかりだが、直後にまた新しい観たい活動写真が上映された。


「活動か……」


 宗佑は活動写真を一度も観たことがない。正直興味はあった。


「気に入らなければ、相撲でも。あるいは少女歌劇とかの方がよろしいですか?」


 綾音は宗佑の反応を見て、あれこれと提案してみる。


(そんなこと言われても……どれも知らん。俺がそんなもんだと無縁な貧乏人てこと知られれば、どうせこの女も態度変えて、俺のこと見下すんだろ……)


 綾音から視線を外して沈黙し、宗佑は負の念を募らせる。


「さっさと決めろ」

 宗佑の方を向いて急かす桃島。


「今まで娯楽に縁が無かったし、活動でいい」


 思わずそう口走ってから、はっとする宗佑。いつしか遊びに行く話に自分も乗せられてしまっている。


「貧乏人だったからな。そういうの全然知らないし、女にも逃げられたし、あげくこの様だ」


 宗佑はそう吐き捨て、ぷいと横を向く。


「これからいろいろ経験すればいい。金はある」


 いつも通りのぶっきらぼうな口調で桃島が言い、宗佑の肩を軽く叩く。


「お前は俺の何のつもりだよ」

「知っての通り御目付け役であり、教育係だ。よし、タクシーに乗るぞ」


 桃島がタクシーを止め、三人はタクシーに乗り込んだ。


(ずっと桃島の言いなりだ……。俺だけじゃない。この綾音とかいう女も巻き込んでるし。こいつはいつでもどこでも、こんな風に人を振り回す奴みたいだな)


 しかし桃島に振り回されるのが嫌かと言えば、そうでもない。


 活動写真館につくと、上映の途中だった。


「次の上映を待ちます?」

 綾音が、桃島と宗佑に確認を取る。


「構わん。途中で入って観て、同じ席のまままた最初から観て最後まで観る」


 桃島がそう決定したので、綾音と宗佑はそれに従う。


「随分暗いんだな」


 初めて活動写真を観に来た宗佑がぽつりと呟く。館内は照明が無く、スクリーンの映像と、横にいる男だけしか見えない状態だ。

 スクリーンの横にいる男は、引っ切り無しに喋って、映像の中で起こっていることの解説をしていた。活動弁士と呼ばれる、無音映画の解説役である。


「上映中ですので、席までこちらでご案内しますわ。皆さん、手を繫いで、私についてきてください」


 懐中電灯を持った女給が頭を下げて、綾音の手を取る。綾音は宗佑に手を差し出す。宗佑は躊躇いがちに、綾音と桃島と手を結ぶ。女給はそれを確認すると、手を繫いだ三人を席まで案内する。


 席についてからというもの、宗佑は無心で映像に魅入り、弁士の解説を聴いていた。


 上映が終わってから、宗佑は生まれて初めての心地好い感触に包まれていた。まるで自分が別の世界に行っていたような、そんな感覚さえあった。


(不思議な体験だった。俺の知らない……こんな娯楽――こんな世界があったんだな)


 爽快感に包まれるが、途中からの鑑賞だったので、さらにもう一度観る。


 再度観終えて外に出る。ふわふわとした気分で、別世界から元の世界に戻ってきたような感覚がひとしおだった。外はすっかり夜になっていたというのに、明るくさえ感じる。これがもし昼間だったらどうなのかと、宗佑は思う。


「よし、丁度いい時間になった。飯を食いながら、各自感想を述べるべし」


 桃島がさっさと歩いていき、綾音と宗佑はそれに黙って従った。

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