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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
24 そろそろ大正時代で遊ぼう
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9

 途中まで帰路を共にしていた波兵とも別れ、累が蜜房の家に帰宅すると、蜜房と綾音が楽しげに談笑している所だった。


「綾音は……僕といるより蜜房といる方が、楽しそうですね」


 冗談のつもりで微笑みながら口にした累であったが、綾音の表情が劇的に変わるのを見て、余計なことを言わなければよかったと、後悔する。


「冗談に決まっているでしょう……。どうして真に受けるんですか……」

「すみません」


 累の言葉に、真顔のままかしこまって謝罪する綾音。それを見て累は、ますますげんなりする。


「綾音ちゃんは、累ちゃんの前では、必要以上にいい子になろうとしている感あるわよー」


 空気が悪くなりかけた所に、蜜房の明るい声がかかって、累も綾音も内心ほっとした。


「ええ、父上の前で失態を晒すのは何より恐ろしいです。そう育てられましたから」

「あらあら、累ちゃん厳しいのねえ」

「僕、そんな育て方した覚え……ありませんよ」


 綾音が微笑んで冗談を口にしたのを聞き、蜜房と累は和やかに微笑む。


「それでは父上、蜜房さん、そろそろ私はお暇します」


 ところがその綾音がまた真顔に戻り、そんなことを口にしたので、蜜房と累の笑みが消える。


(空気が悪くなったのが回復した直後の今、言わなくてもいいでしょうに……)


 こういうのが綾音の悪いところだと、累は呆れる。よく出来た娘ではあるが、たまに微妙に空気を読めない。


 しかし綾音が出て行くのは時期的に考えると、おかしなことではない。

 大体三ヶ月ごとに定期的に累に会いに来る綾音だが、そのまま居つくことはない。理由は、累の方で綾音の存在が疎ましくなるからだ。

 自分の娘とはとても思えないほど真っ直ぐに育ってしまった綾音とは、正直合わない部分が多い。綾音の側からはそうは思っていないようだが、累からすると、時折凄まじく鬱陶しくなる。共にいる時間が長引くと、それらがよく見えるようになる。そのために会う期間は限定し、定期的に会う形に決めた。


「もう行っちゃうのー? もっとゆっくりしていけばいいのにー」


 その辺の事情を承知のうえで、累を意識してわざとらしい口調であてつける蜜房に、累は本を読みながらむっとした表情になる。


「綾音、今回はまだ……しばらくいなさい」


 本に目を落としたまま声をかける累に、綾音が驚く。


「人手が必要かも……しれません。僕はこの国がどうなっても一向に構いませんが、蜜房の立場では……そうも行きませんし、僕は世話になっている身ですから、何かあれば手伝わなくては……なりません」

「わかりました。微力ながら喜んでお力添えをさせていただきます」


 顔が綻ぶのを抑えきれず、綾音は笑顔で承知する。


「ねーねー、累ちゃん、今の、見なかったの? 綾音ちゃんのあの嬉しそうな顔。勿体無い。今のあの顔はちゃんと見ておくべきよ」


 背後から累に抱きつき、にやにや笑いながら言う蜜房に、累は迷惑そうな渋面になり、綾音は赤面してうつむく。


 その後も三人でしばらく雑談を交わし、いつしか日が傾き、蜜房が食事の準備にかかろうとした所で、客が訪れた。

 蜜房の後をついていき、累も玄関に出る。蜜房は誰が来たか知っているようで、露骨に嫌そうな顔をしているのが気になった。


 冴えない風体の中年の小男だった。しかし眼光の鋭さといい、足運びといい、常人のそれではないのが一目でわかる。


「これを――」


 かしこまった態度で封筒を手渡しすると、小男はさらに深々と頭を垂れ、立ち去った。


「今のは……?」

 嫌そうな顔のままの蜜房に、累が尋ねる。


「朽縄担当の、国のお偉いさんの遣いよ。何で私の所に持ってくるかなあ。本家に持っていけばいいのに。ていうか、連絡なら式でも放てばいいのに」

「蜜房が……一応当主でしょう」


 朽縄の当主であるが、一人暮らしの気ままな生活を送り、細かいことは全て朽縄本家や分家の他の妖術師達にやらせている蜜房である。しかし自分に直接指令が来たということは、国家の存亡を揺るがす程の危機が発生しつつあるか、もしくは発生しているのであろうと、蜜房は判断した。


「今夜、白狐、星炭のあの腐れ呪術の分家、銀嵐館とかいうわけのわからん奴も呼集しての、重大会議があるって。よし、累ちゃん達もおいで」


 累に向かってにっこりと笑いかける蜜房。


「僕は……別に呼ばれてないでしょう?」

「この顔ぶれにお呼び出しがかかるってことは、相当な一大事よ。累ちゃんだってそれを予感して綾音ちゃんを引き止めたんじゃないの。最強と誉れ高い雫野流の開祖様が飛び入り参加となれば、心強いと思うわ」


 蜜房の言うことももっともであるし、世話になっている立場で断ることもできないので、累は従うしかなかった。


***


 鉄格子の扉が開き、大男が室内に入ってくる。

 給仕以外の人物がここに訪れるのは初めてであった。しかしそれがよりによって、自分を捕まえた当人であるのを見て、宗佑は恐怖と苛立ちを覚える。


「お前の名は何だったかな」

 宗佑を捕縛した、桃島弾三と名乗った大男が問う。


「神田宗佑」


 くだらないことで意地を張っても幼稚で見苦しいと思い、素直に名乗る。

 いや、それだけではない。この得体の知れない大男に恐怖しているせいもある。その実力もさながら、自分と戦った後のあの意味不明なやりとりの件もあり、つっぱねた対応をしたら、何をしてくるかわからない。


「出ろ」


 短く告げられた言葉に、宗佑の中の恐怖がはねあがった。自分で自分の血の気が引いていくのがはっきりとわかった。


「もう処刑の時間かい?」


 必死で余裕ぶって笑ってみせる宗佑。今まで自分がやってきたことを考えれば、死刑が妥当だ。しかし妖術師という存在は秘匿されねばならないので、裁判など抜きにして秘密裏に処刑されるのではないかと、捕まってからずっと考えていた。


「違う」

 短い言葉で否定する桃島。


「じゃあ何の用だよ。警察よろしく取調べか?」

「取調べじゃない。来い」

「いや、何であるかを言えよ」

「うん」


 用件を問う宗佑に、桃島は小さく微笑んで頷いた。


「いや、うんじゃないだろ」


 こいつは頭がおかしいのかと、苛立ち始める桃島。


「釈放だ」

 桃島が告げた言葉に、宗佑は一瞬頭の中が真っ白になった。


「はい?」


 あれだけのことをやって、どうして釈放される道理があるのか。からかわれているのかと勘繰る宗佑。


「違った。釈放されるかもしれない」

「からかってんのか!?」


 カッとなって宗佑ががなる。


「違う。働き次第で、特別に釈放だ。えっと……その、お前は妖術師として凄く優秀だから、それが見込まれた。いや、俺が見込んだ」

「そいつはありがたいことだ。俺を釈放するってことは、また女を犯して殺し続けるんだぜ」

「大丈夫」


 にやりと笑い、出るように手を振る桃島だったが、宗佑は啞然とした顔になり、動こうとしない。


「何が大丈夫なんだよ。いや、お前は何なんだよ……」

「俺がお前を教育して、心を入れ替えさせる。だから大丈夫」

「え……あ……何を……」


 力強い口調で予想だにしなかった言葉を口にされ、宗佑は言葉に詰まる。


「一目見てわかった。お前は、芯から腐った奴ではない」

「ふざけんなっ! 一目見ただけで何がわかるっ!」


 怒り心頭で喚く宗佑。


「俺の何がわかる! 俺が今までどんな想いをしてきたか! 俺がどれだけのことをしてきたか!」

「大丈夫。何となくわかる」


 力強く断言する桃島に、宗佑は二の句が継げなくなった。


(こいつおかしい……。根本的にいろいろとおかしい……。絶対におかしい)


 啞然とし、混乱し、やがて宗佑の思考もまとまっていき、ほくそ笑む。


(まあいい。このまま牢屋に入れられているよりはマシだ。こいつを利用して、何とか隙を見て逃げてやるさ。そしてまた、殺して殺して殺しまくってやる。俺なんかを勝手に信じて……)


 暗い想念は途中で中断し、宗佑はふとあることに気がつき、愕然とした。


(俺も女を勝手に信じて、裏切られたと思って……それで……。あいつも俺と同じ気持ちになるのか? 俺は、あの女と同じことをするっていうのか?)


 桃島の立場がかつての自分になり、今の自分がかつての恋人になる。そう考えただけで、吐き気がこみあげてきた。


(知るかよっ、そんなこと。俺の知ったことか……)


 口元を押さえ、宗佑は己の考えを打ち消さんとしつつ、牢を出た。

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