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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
24 そろそろ大正時代で遊ぼう
786/3386

5

 東京府北豊島郡王子町。


 林の中に建つ、少し大きめのあばら家。

 夜、全身を毛布でくるんだ怪しい人物が、これまた毛布でくるんだ何かを担ぎ、あばら家へと入って行く。


 あばら屋の中には三人の男女が、首から下を毛布で包まれた状態で転がっていた。いずれも猿轡をされて、声はろくに出せない。すがるような目で毛布の怪人を見上げるが、自分達が助からないことなど、とうに知っている。それでも希望を抱いてしまう。もしかしたら自分は助けてくれるかもしれないと。


 担いでいた毛布を下ろし、めくる。猿轡をされた老いた男の顔が出てくる。

 さらわれてきた四人目。それが何を意味するか、元々転がっていた三人はすでに知っている。


「ここには三人しか置かぬ」


 さらってきたばかりで、その意味を知らない老人に、怪人は教えた。


「つまり、四人はいらぬ。三人にする」


 毛布の怪人が、己の顔をめくると、人ならざる素顔が露わになった。真っ青な肌に、小さなこぶのようなものが無数にもりあがっている。そして口には河童のような嘴が生えている。

 柘榴豆腐売り――毛布の怪人は、そう名乗っていた。どんな病もたちどころに治す、柘榴豆腐を売るという触れ込みと共に、彼は現れた。


 ここにいる者は全て、人気の無い時間帯に、一人で豆腐を買いに来た者だ。それがいけなかった。突然地面の中へとひきずりこまれたかと思うと、気がついたら毛布でくるまれて、さらわれていた。


 ここにさらわれて最も時間が経つ女が震える。ここに四人目が来ると、三人いる内の誰かが殺される。順番からすると自分だ。

 女の予想通り、柘榴豆腐売りは錆びついた手斧を振り上げて、女の首を切断しにかかる。一度では切れず、何度も振り下ろして、女の首が胴から離された。


 ここにさらってきてしばらく置いておく意味は、たっぷり恐怖を与えるためだ。四人目をさらってきたら、一番古い一人を殺す。目の前で殺される、自分より前にさらわれてきた二人。次は自分の番だという絶望。それらの負の感情が、柘榴豆腐売りが用いる呪術の礎となる。


 毛布をめくり、胴体にも斧を何度も何度も振るい、毛布の上で原型を留めぬほど滅多切りにする。斧を振るっている間、柘榴豆腐売りは呪文を唱え続けている。


 長い作業が終わり、細かい肉片となったそれに、柘榴豆腐売りは呪文を唱え続けながら、部屋に置いてあった瓶の蓋を開き、中に詰まっていた粉末を肉片へと振りかけていく。

 この粉末の正体は、人間に殺された妖怪達複数の死体を粉状にして混ぜたものだ。

 人に殺された妖の無念と、妖に殺された人の恐怖、二つを混ぜ合わせ、豆腐へと入れ、柘榴豆腐は出来上がる。それを人に食わせることで――柘榴豆腐売りの呪術は完成する。


 柘榴豆腐を食した者は――個人差があるが、大体数ヶ月以内に妖怪へと姿を変え、強烈な殺意と共に、すぐ近くにいる人間へと襲いかかる。

 人への殺意は持続する者としない者でまた分かれる。中には柘榴豆腐売りを恨み、襲ってくる者もいた。もちろん返り討ちにした。


「首尾はどうだ?」


 あばら屋の扉が開き、柘榴豆腐売りに声をかける者がいた。

 妖怪達の指導者役を務める、灰龍という名の大妖怪であった。


「私の噂があちこちに立っているので、やりづらい。ほとぼりを冷ますために四年ほど年月を空けたが、あまり効果が無かった。やはり私の活動の継続は難しいかもしれんな」


 心なしか疲れたような声で、柘榴豆腐売りは思ったことを口にする。


「とはいえ、私は十分に役目を果たした。そうだろう?」


 灰龍の方を向き、柘榴豆腐売りは小さく微笑む。それを見て灰龍は眉根を寄せる。


「いつ死んでもいいような語り草だな。活動が危険であれば、そろそろ豆腐を売りつけるのは、切り上げて構わん。十分に役目を果たしたのは確かなのだからな。獣之帝の下、人の世が駆逐されて妖の国が築かれるまで死ぬな。私と――帝と共に、妖の世を見よう」


 穏やかな口調で灰龍が言うが、柘榴豆腐売りはかぶりを振った。


「そうだな。しかしそのためには、私ができるだけ頑張って、同志を増やさねば。まだ行ってない地域はある。その辺に足を運んでみる。やれるだけはやってみるさ」

「何故その様な無茶をする?」


 灰龍が問う。柘榴豆腐売りのおかげで自分達の計画は大きく進んだ。十分な成果をあげている。しかしこの妖は、四年前も今も、一旦活動しだすとまるで何かに取り憑かれたかのように、柘榴豆腐を作り、売っている。


「そうだな。話してなかったかな。柘榴豆腐に入れている妖の粉はな、私の妻と子供達なのだよ」


 手にした粉の入った瓶を見つめ、力なく笑う柘榴豆腐売りの言葉に、灰龍は一瞬だがその細い目を見開いた。人に殺された妖怪を粉にして混ぜて呪術にしているとは聞いたが、柘榴豆腐売りの家族だとは、思ってもみなかった。そこまで想像が働かなかった。


「まだ、妻も子も余っている。妻と子を全て使いきりたい。この四年間、活動を控えている間、ずっと瓶の中で妻と子が苦しんでいるかのような、そんな錯覚さえ起こしたものよ。迷惑はかけぬ。私を守る必要は無い。そちらはそちらで計画を進めてくれ。例え捕まってどんな拷問をされようと、灰龍や皆のことは喋らん。誰が人間などに喋るものか」


 破滅に向かっていることも十分にわかったうえで、止められない柘榴豆腐売りの悲しい決意を目の当たりにし、灰龍は大きく息を吐く。


「わかった。達者で。お前の心は……確かに受け取った。気の利いた言葉が思い浮かばなくてすまん」

「十分だよ。お主のそういう不器用な所、嫌いではないぞ」


 言いづらそうに別れを告げる灰龍に、柘榴豆腐売りは爽やかに笑ってみせた。


***


 白狐弦螺は国家に仕える妖術流派の大家、白狐家の本家跡取りの一人として生を授かった。


 白狐弦螺は今年で十三歳になる。昨年、十二歳にして、何人もいる兄達を押しのけて、白狐家の当主としての継承の儀を済ました。白狐の麒麟児と呼ばれる彼は、何百年にも及ぶ白狐家の歴史を振り返ってみても、一人としていないほどの並外れた才を持つ傑物であった。


 当主の継承を済ませてもなお、弦螺は当主の務めの大半を兄や父に押し付け、術の修行に明け暮れている。


 修行も兼ねたうえでの、帝都に現れる妖怪退治に追われる日々を送る弦螺は、最近妖の動きが特に活発となっているが故に、家を離れて行動する事が多い。

 その際、彼はある人物と行動を共にすることが多かった。彼は弦螺にとって兄貴分のような存在であった。血の繋がった兄達よりも、ずっと慕っていた。

 その男の名を倉田志乃介という。白狐と双璧とまで言われている、白狐と同様に霊的国防を預かる妖術流派の名家、朽縄一族の師範代を努める上級妖術師である。


「最近、妖怪が出没しすぎだろう」


 弦螺と並んで夜の街を歩きながら、志乃介が言った。今日も妖怪退治を済ませてきたところだ。


「志乃介、僕に付き合ってばかりで朽縄の方は大丈夫~?」


 自分よりずっと年上で、今年で丁度三十歳になる志乃介を呼び捨てにし、からかうような口振りで声をかける弦螺。


「務めを果たしているんだから大丈夫に決まってる。まあ、師範代としての務めはおろそかだがな……。お前も白狐の当主の務めはおっぽらかしてるじゃないか」

「そうだねえ。朽縄一族はいつも仕事さぼってるけど、志乃介はその中でも珍しく働いているよねえ」

「そういうこと、俺以外の朽縄の前で言うなよ?」


 無駄だと思いつつも、一応たしなめる。才能に胡坐をかいて増長こそしていないが、弦螺のやんちゃっぷりには、白狐家の者も手を焼いている。本能の赴くままに行動し、発言も幼い子供のように遠慮が無い。


「さっき聞いた話、どう思う~?」


 弦螺が話題を変える。妖怪退治だけではなく、聞き込み調査も行っていた二人であるが、非常に気になる話を耳にした。

 青葉村という名の村が、四年前にスペインかぜが村で流行して以来、村人全員が消失したという話。


「スペインかぜで全員死亡ってことも有りうると言えば有りうる」

「そりゃまあ村人全滅って話もあるよねっ。何せ38万人も死んだんだもん」

「おかしいのは、その村の人間の死体がほとんど無かったことだ。そのうえ一つだけ残っていた死体があれだ……」


 一つだけ見つかった亡骸は、井戸の中で白骨化していたという。しかも両腕が無い状態で。元々腕が無いのではなく、切断された形跡があったというのだ。

 そのうえ青葉村の周辺では、腕が四本と角が一本を持つ、青白い肌をした背の高い鬼が現れて、人々の腕を斧で切ってまわったという話が、何件かあった。それらは腕斬り童子などと呼ばれて畏れられている。


「青葉村の人、その妖怪に全て殺されちゃったのかなあ?」


 呑気な口調で言う弦螺。


「警察の人が言うには、村の家屋の中で、血がふき取られた痕なども微かに見つかっているとのことだ。妖怪の仕業かもしれんな。妖怪が村ごと消す話は珍しくもない。問題は似たような話が、最近多発していることだ」


 顎に手を当てて、志乃介が言う。


「腕斬り童子は、青葉村の中から沸いて出たんじゃないかなあ?」


 弦螺の言葉に、志乃介は驚いた。


「その仮説が浮かぶに至った理由は?」

「えっとねえ、僕、別の所で聞いた話があるんだ。青葉村以外で、スペイン風邪が流行して、その後、消えた村人皆消えたって話。しかも複数。で……それらの村には、柘榴豆腐売りが訪れたって、周囲の村で噂されているんだよう」


 柘榴豆腐売りの話は、当然志乃介も知っている。四年前に現れた、あらゆる病を治す柘榴豆腐と、柘榴豆腐売り。そして柘榴豆腐を食した者が、化け物になって人を襲うという噂が立ち、柘榴豆腐売りも姿を消したという噂。

 そして最近また、柘榴豆腐売りが現れたという噂も流れている。


「青葉村の話じゃないけど、人間が妖怪に変わる瞬間を見たなんて話もあるんだ。妖怪になった人もスペインかぜに罹ってたんだって。で、その妖怪になった人は、柘榴豆腐売りが現れた村の人ではなくて、家族が遠くからわざわざ柘榴豆腐売りの現れた村に足を運んで、柘榴豆腐を買って、患者である家族に与えた、と。で、スペインかぜは治ったけど、しばらくして妖怪へと変わって、家族に襲い掛かったんだって。家族は九死に一生を得たから、この話が伝わってるんだけどね」

「柘榴豆腐が人を妖怪へと変える噂、本当なのか……」


 弦螺の話を聞き、志乃介が唸る。


「それがあちこちで起こっている。柘榴豆腐売りとやらが、意図的に妖怪を増やしているというのか?」

「だろうねえ。僕は柘榴豆腐売り一人の仕業とも思えない。だってさ、そいつによって作られた妖怪は、その後どこに行っちゃったのって話だよう? 例えば村人の多くが妖怪になったなら、相当な数だよ? 元村人の妖怪が今暴れているって言われれば、最近の妖怪の増加も納得できるけど、それにしては数が少ないとも言えるよう? つまり、新しく作られた妖怪達はひとまとめにされている可能性がないかなーって思うんだ」


 弦螺の頭の巡りと、そして彼の頭から導き出された恐るべき推測の両方に、志乃介は脅威を抱いた。


「もしも、妖怪達が組織的な動きをしているのであれば、個人では手に余る事件だろう。政府に訴えて、こちらも一つにまとまって組織的に動いた方が良さそうだぞ」

「だねえ。あまり働かない朽縄も、今回は真面目に働かないとだよう」

「だからそれは口にするなと」


 大事にも関わらず、お気楽な態度を崩さない弦螺を、志乃介は笑いながら軽く小突いた。


***


「柘榴豆腐売りとやらが出没したという噂の北豊島郡の王子町、行ってみませぬか?」


 夜、蜜房の家に帰宅するなり、綾音は累と蜜房を前にして切り出した。


(わざわざ蜜房の前で……)


 綾音の発言に、累はこっそりと息を吐く。


「何何? どういうこと? いきなり何の話?」

 興味たっぷりな顔で尋ねてくる蜜房。


 綾音がカフェーで耳にした噂話を、蜜房の前で話す。


「面白そうね。暇つぶしにでも行ってみない?」


 あっさりと乗ってくる蜜房を見て、累はまたこっそりと息を吐く。


「いつも働かない……朽縄の妖術師が、仕事を……するというわけですね」

「あー、そういうこと言うんだー。いや、累ちゃん、ひょっとして悪い予感している?」


 微笑みかけた蜜房であったが、ふと思い至り、真顔になって問う。


「最近、帝都そのものが禍々しい気で覆われて……います。こういうことは、以前にもありました……。国そのものが、邪気で……覆われて、あらゆる災厄が起こった事が。予感というより、確信に近いですね」


 先程の綾音との会話を思い出しながら、累は語る。


「あれとはまた違う形ですが、このまま……放置しておけば、きっとまた災厄の連続が……起こります」

「災厄ならしょっちゅう起こっているけど、それ以上のものが起こるのかしらねえ」


 これは本当に動かなくてはならない時が来たのかもしれないと、蜜房は考える。


「学業を終えた後なら……行きますよ」

 実の所、累も興味はあった。


「累ちゃんもすっかり学生が板についてきたわねえ。あ、そうだ。いっそ綾音ちゃんも東京女高師に入ってみない? 手続きは私がしてあげるから」


 東京女高師とは、東京女子高等師範学校の略称である。


「いえ、私は遠慮しておきます」

「あら、残念」


 瞳を輝かせて世話を焼きたがる蜜房であったが、綾音は丁重に断った。

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