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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
23 悪い人達を懲らしめて遊ぼう
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20

 テレンス・ムーアは物心ついた時には、戦士育成施設にいた。


 国名も明かされぬどこかの国の、謎の戦士育成施設で育てられたテレンスは、幼い頃から戦いの技術と知識と心構えを叩き込まれ、八歳で戦場に投入され、十八歳になるまでの十年間、世界中の戦場を渡り歩き、戦い続けた。

 テレンスの幼少時代は、施設の兵士としての生き方以外を許されなかったが、そのことに何の不満も絶望も無かった。物心ついた頃には戦う運命を与えられていたし、自分にはそれが当たり前の人生として受け入れていたからだ。そのうえ、十八歳まで生き延びたら自由を与えるという約束もされていたし、自分も周囲の子供の兵士達も、絶望や悲嘆に暮れること無く、毎日戦いに明け暮れていた。


 ぶら下げられた、自由という希望の餌を心の拠り所にしていたわけではない。彼等の親代わりである教官が、常に希望と情熱を与えてくれたという理由も大きい。


「俺はお前達を戦士として育てる。が、同時に人間として育てる。心の無い殺人マシーンなどに育てる気は無い。そういう輩は弱い。人間だからこそ強いのだ。笑い、泣き、怒り、喜び、遊び、戦い、悩み、迷い、分かち合う。それが人間だ。もう一度言う。俺はお前達を人間として育てる」


 教官はことあるごとにこの台詞を吐き、この台詞を繰り返される度に、テレンスは心を高揚させ、気を引き締めていた。


 テレンスは常に部隊のリーダーを務めていた。普段は温和だが、戦場では指導力と牽引力を発揮し、同じ訓練施設で育った者達の心を掴んでいた。テレンスの指導力と戦闘力の高さによって、部隊は窮地に陥るようなことも少なく、また例え窮地に陥っても、他の部隊と比べて数多くの生存者を出して帰還した。

 施設の子供達は戦うだけではなく、きちんとした教育も受け、定期的に休日期間も与えられ、教官に様々な所へ遊びに連れていってもらった。


「人生を楽しむためにも生き残れ。お前達は戦う運命を与えられたが、戦うことだけが人生ではない。死んだ奴の分まで生きろ。死んだ奴のことは忘れず、死んだ奴の分まで人生を楽しめ。だが絶対に死ぬな。生きろ。死んだら死んだ奴の記憶も無駄になる」


 教官のその言葉を信じ、任期とされた十八歳までテレンスは生き延び、施設から解放された。


 その後、テロリスト組織の海チワワへと拾われたテレンスは、そこで軽く絶望する。戦場でも民間人を巻き添えで殺すことはあったが、テレンスは兵士以外を殺すことに激しく抵抗があった。しかしこの組織は、積極的に民間人を殺しにかかっている。

 組織を抜けるのは簡単な話だが、テレンスはそれをしなかった。この邪悪なテロリスト達は、今後も殺し続けるだろう。それを見過ごすことはできないとした。しかしテレンス一人の力で組織を潰し、彼等を皆殺しにできるわけでもない。そこで彼は、機会を待ち、組織内で暗躍を開始した。


 その後、死と隣り合わせの戦場の日々から、たまに戦闘に借り出される程度の穏やかな日々へと変わった事で、テレンスの心には大きな変化がもたらされた。

 教官の言葉を思い出し、戦うこと以外の経験もいっぱい得ようと考えたテレンスがハマったのは、電車での旅だった。車窓から風景を見続けるのが何よりもテレンスの心に心地好い刺激をもたらした。


 その一方でテレンスは寂しさを覚える。教官は戦うことだけが全てではないと言っていたが、結局自分は人生の大部分を戦場で過ごしていたので、戦うことから離れることができない。それ以外の人生を謳歌する一方で、海チワワの要請で戦いの場に赴く時は、いつもわくわくしている。

 だからといって戦場に兵士として戻る気にもなれない。平和な日常も手放しがたい。平穏と闘争がどっちつかずになって、ただ刹那的に目の前の刺激を味わうだけの日々を送るテレンス。しかしそのどちらでも完全に満たされることがない。


 自分に合った何かが足りない。テレンスはいつしかそう思うようになっていた。その何かを見つけたいと。

 世の中には生きがいという観念を持つ人がいるようだが、テレンスにはそれが理解できない。それを見つければ、それを知れば、自分は満足できるのではないかと考え、探している。


 義久を羨ましく思う。テレンスは直感でわかっていた。彼には生きがいがある。ヴァンダムにいろいろと突っこまれていたのは聞いていたが、義久はきっと今のままが一番いいと、テレンスは思う。彼は裏通りのジャーナリストが似合っていると。


***


 梅子が再び距離を詰めてくる。テレンスがそのタイミングを狙ってカウンター気味に左手を突き出す。左手にはいつの間にかナイフが握られている。

 だがテレンスの左手首が、梅子の右手にあっさりと掴まれてしまう。これにはテレンスも狼狽した。


 その後の梅子の動きに、テレンスははっきりと驚くことになる。テレンスの手首を掴んだまま、まるで鉄棒代わりにするかの如く、テレンスの腕を支点にして半回転して倒立した。


(不味い……。次に来る攻撃は十中八九……)


 テレンスは予感した。最も無防備で、完全に隙を晒している、伸びきった左腕への落下攻撃を。


 予想通り、梅子は倒立してから再び半回転しながら手を離し、膝を折り曲げ、回転の勢いをプラスして、テレンスの伸びきった左腕を蹴りつけてへし折らんとした。

 腕を引っ込める事など到底できない。寸前まで掴まれていたからだ。しかし――


 梅子は体勢が大きくぐらついた。テレンスが予想外の動きをしたせいだ。全身を思い切り前倒しにされたことにより、梅子のバランスは崩れ、空中で最大限の威力を出して踏みつけて、腕を折る目論見が、防がれた。梅子の蹴りは文字通り空を切り、その体は、うつ伏せに倒れたテレンスの前に着地し、その背を晒した。


 この絶好の好機を見逃すテレンスではない。完全な死角から、右手のポケットピストルで二発撃つ。流石にこれはかわしきれず、背中と腰に銃弾を食らう梅子。


「コリをほぐすには丁度いいね」


 至近距離だったにも関わらず、防弾繊維を貫く事かなわず、梅子は振り返ると同時に、大きく足を伸ばして回し蹴りを見舞う。狙いはテレンスの右手ごと銃を破壊することであったが、警戒したテレンスは、すでに手を引っ込めて、大きく身を引いて中腰になっていた。


「まだ若いのにやるじゃない。相当場数を踏んできたと見える」


 立ち上がるテレンスを笑いながら称賛する梅子。


「若くても戦場経験はそれなりに長いですからネ。しかも多感な少年期を戦場で過ごしましたから」


 そう言って、さらにポケットピストルの引き金を引くテレンス。残りは一発だ。狙いは頭部。


 上体を横に傾けてあっさりとかわす梅子であったが、それはテレンスの予想通りだ。かわしたタイミングを見計らい、左手のナイフのスイッチを押すテレンス。銃は囮。こちらが本命である。

 ナイフのブレードが柄から射出され、銃弾をかわすために上体に神経が集中していた梅子の右太ももに、深々と突き刺さる。


「むう……これは見事にやられたね」

「脚のコリも取れましたか?」


 渋面になる梅子に、テレンスが笑顔で言い放った。


「その脚でまだ頑張りますか? 僕は難しいと思いますヨ? 無益な殺生はしたくありませんし、そもそも誤解です。ここで潔く降参してください。そして誤解を解く機会をください」


 穏やかな口調でテレンスに請われ、梅子はしわくちゃの顔に苦笑いを浮かべ、大きく息を吐いた。


「わかったよ。確かにあんたほどの子じゃ、この脚では無理だ。やれやれ……齢百十五にしてようやく初黒星か。しかし……あと十年若ければ、多分私が勝っていたよ? 負け惜しみに聞こえるかもしれないが、事実だからね」

「負け惜しみですネ。今はその十年後ですから」

「可愛くない餓鬼だね。ま、私を殺そうとしない時点で、あんたらが正しくて、私が間違っていたんだろうよ。うちの孫を殺そうとした奴等なら、私を見逃すはずもないからね。さ、行った行った」


 しかめっ面で言いつつ、梅子は携帯電話を取りだし、自分で救急車を呼ぶ。


「そこまで頭が回るんなら、先にこっちの話聞くなり、裏通りだからって一方的に悪者扱いしないで欲しいものだけどな」

「まったくですネ」


 呆れ顔で言う義久に、テレンスがくすくすと笑いながら同意した。

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