32
人間側は魔法少女の動きを察知できない一方で、魔法少女は人間側の動きを察知して、足を止めた。
「やっぱりそうきたのね」
二つの部隊に分かれて結界の支柱に向かっていることを知り、ほくそ笑む魔法少女。
「残った五箇所全部に分かれて守るわけじゃないみたいだから、先に二つの空いている所を破壊しておこっと」
独りごちると、魔法少女は移動を再開した。
***
結界の力場たる支柱の一つはエントランスにあるが故に、純子、百合、幸子、八鬼の班は、移動せずにエントランスで待機していた。
「ここにいるマッドサイエンティスト達は、前もって全員殺しておいた方がよろしくてよ。魔法少女に吸収されれば、それだけ魔法少女の力が増しますから」
「それは勘弁してほしいかなあ。私の知り合いも多いしねえ」
百合の不穏な台詞を聞いて、純子が苦笑いを浮かべる。
「なら余計に殺した方がよろしいですわ。とはいっても、私が無理にそれを実行しようとすれば、純子もそちらの二人も敵に回してしまいますわね」
「心情的には殺して欲しい所だが、そうもいくまいよ」
百合の不穏な台詞を聞いて、八鬼が無表情に告げる。
「それにしてもこのアンバランスな振り分けは、考えてあってのことですの? それともただの遊び心かしら?」
「どうせ今の百合ちゃんは消耗して大した力も無いし、私が守ってあげようと思ってねー」
「本当に貴女は……私の逆鱗に触れるのがお上手ですこと」
笑顔でおちょくる純子に、百合もにっこりと笑い返すが、百合のこめかみはひくついている。
「私は大分回復しましたわ。しかしそれでも本調子でないことは事実。何ならこの機にとどめを刺してみてはいかが? 絶好の機会でしてよ?」
「もし逆の立場だったら、百合ちゃんは喜んでとどめを刺すのー?」
「冗談じゃありませんわ。他の者ならいざ知らず、純子に限ってはそのような美しくない仕留め方など、ありえませんことよ。徹底的にいたぶりつくして、心をへし折って完全敗北を認めさせてあげませんと」
「んー、その構図が想像できるの? ちゃんと脳内に思い描いてあるの? ただの妄想じゃなくて、ね」
からかい半分に問う純子に、百合は笑みを消した。
「随分と久しぶりだね。こうして二人でゆっくりと話すの」
「船の中でも会話はしたでしょう? 私の知らない間に痴呆が始まったのかしら」
「ゆっくりとくつろいで話すって意味だよー」
「貴女は結局私に心を開いていなかったばかりか、私のことを蔑んでいたでしょうに。私が貴女と普通に会話しているつもりの時も、貴女はきっと私のことを鬱陶しがりながら、話を聞いていたのでしょう?」
「いやいやいやいや、ひねくれすぎだよー」
「そうでなかったら、何だと仰られますの」
そこまで喋った所で、自分がムキになっていた事に気が付き、バツが悪そうに押し黙る百合。
(つくづく人間味ある子だねえ。そして成長の無い子。まあ、オーバーライフには多いタイプだけど)
そんな百合を見て、くすくすと笑う純子であった。
***
真と累、そして凜、晃、十夜のほころびレジスタンスの計五名は、指定された場所に到着し、適度に散開して周囲を警戒する。
「かなわないとなったら、すぐに亜空間トンネルから撤退しましょう。そのために、一つそこに開けておくわ」
「わかった」
凜の開いた亜空間トンネルを見やり、真が頷く。
「ところでさー、累は何で相沢先輩にそんなべったりくっついてるの? ホモなの?」
「はい」
真に密着している累に向かってストレートに尋ねる晃に、累は即答する。
「何かさ、累って晃に敵対心すごくない? そういう視線で晃のこと見てるよーな」
十夜が晃に耳打ちする。
「うん、僕もそう見える。きっと僕のこともホモ扱いして、僕が相沢先輩取ろうとしているとか、そういう意識で見ているんだよ」
「晃さ……せっかく俺が聞こえない声で言ってるのに、堂々と聞こえる声で言うのはどうかと思う」
引きつった笑みを浮かべて、十夜が突っこむ。累の敵意に満ちた視線が、ますます鋭くなっているように見えた。
「相沢先輩もひょっとしてホモなの? 累に抱っこちゃんみたいにされても、そのままにしとくって」
「そんなわけあるか。拒むといじけるわ拗ねるわゴネるわ落ち込むわで、いろいろと鬱陶しいから、僕の方が諦めているだけだ」
遠慮なく尋ねる晃に、真は淡々と答える。この質問もこの答えも、今まで別の人間と何回も繰り返されている。
「そっかー、先輩優しいんだね。そして大変だね。で、累はそんな先輩の優しさにつけこんでいるわけか。それって男としてどうなの? いや、そもそも駄々こねて我侭押し通すとか、男としてどうなの?」
「ひょっとして喧嘩売ってるんですか?」
ストレートに非難する晃に、累が険悪な声を発する。
「最高に情けないよな。少なくとも僕はそう思う。そう思ったうえで諦めてる」
真に容赦ない言葉を浴びせられ、ふくれっ面になる累。しかし真から離れようとはしない。
「ていうか、晃はホモじゃなかったの?」
凜の剛速球な問いに、晃は愕然とした。
「何でそうなるのさっ。凜さん、そんな目で僕のこと見てたの?」
「うん。いつも相沢先輩相沢先輩ってうるさいし」
心外だという表情の晃に、凜があっさりと言い放つ。
「僕のいない所でもうるさかったのか……」
慕われて悪い気はしないが、晃のそれは最早面倒な領域に入りつつあるのではないかと、真も疑い始めていた。同性愛に結び付けなくても、知らない所でいちいち自分の名を出され、はしゃがれているかと想像すると、流石にげんなりする。
「男が男尊敬してるとか、懐いているとか、それだけでそんな風に結びつけるとか、おかしいだろー。女ってすぐそういうキモい方向にもっていくからなあ。なあ、十夜」
「そこで俺に同意求められても、答えようが無いよ」
自分一人で不利になったので、味方をつけようという晃の目論見も見抜いたうえで、困った顔をする十夜。
「お喋りはここまでみたいです」
真っ先に気配に気がついた累が、真から離れて刀に手をかける。
他の四人も累につられるようにして、戦闘体勢に入る。微かにだが、遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえた。
***
「この班の人数のわりあてが多いということは、この班は個々の戦力を低く見られているということなんでしょうかねえ」
怜奈が疑問を口にする。現在この場には、来夢、怜奈、克彦、エンジェル、睦月、亜希子、白金太郎の七人がいる。プルトニウム・ダンディーの四人と、百合の傘下の三名という組み合わせだ。
「エントランスには純子と百合。もう一つの班には累がいる。ここにはオーバーライフはいない。単純に戦闘力だけなら、俺はオーバーライフにも匹敵するんじゃないかと思うんだけど、他の三人よりは下に見られた。そういうこと」
奢るでも誇るでも悔しがるでもなく、それが厳然たる事実だと言わんばかりに冷静な口ぶりで、来夢が言った。
「あなた達のボスの仇の仲間である私達と一緒にするとか、純子の組み合わせ方はおかしいと思わない?」
プルトニウム・ダンディーの面々に向かって、亜希子が控えめな声音で尋ねる。
「逆の意図があったかもしれん。天使の導きとして、共闘させることで、わだかまりを失くす目論見が」
「元々わだかまりはない」
エンジェルの言葉を素っ気無く否定する来夢。
「俺達は獅子妻が狙いだっただけ。君達は獅子妻を殺した俺達を恨んで復讐したいと思うの? そもそも獅子妻を殺したのは魔法少女だけど」
「会ってから片手の指を数えるほどの日数しか経っていない間柄だし、会話もさほど交わしていない相手だから、復讐したいどころか、死んでも大して悲しいと思わないってのが本音だねえ」
来夢の問いに、睦月が答えた。
「そちらは恨みを獅子妻にしぼって、その周囲までには向けないってことなのか。でも獅子妻を助けたのは百合だけど」
「恨みも無いよ。落とし前つけに復讐しただけ」
「へえ? 恨んでもないんだ」
興味深そうに来夢を見る睦月。世界に対して恨みで染まり、その結果自分も多数の人間から恨まれることとなった睦月からすると、信じがたい話だ。
「哀しんではいるけど、恨むってのは俺にはよくわからない。獅子妻が死んで、少しすっきりしたけど、哀しみが消えたわけではない。俺はおじさんと、もっとずっと一緒にいたかったし」
喋りながら、来夢の表情に少し陰りがさす。
「獅子妻に殺されたおじさんはさ、俺が初めて認めることができた、良き指導者だったんだ。短い間だったけど、いろんなこと教わった。俺に光を照らし、俺の心に光を灯し、俺の世界が一気に広がった。もっといろんなこと教わりたかった」
「そっか」
来夢に憐憫の眼差しを向ける睦月。亜希子も来夢の言葉に感じ入る所があり、神妙な面持ちになっている。
(私もママのおかげで世界が広がったのよ。ま、私を閉じ込めてたのも、ママだったけどね~)
似たような話はどこにでもあるものだと、亜希子は思う。
「俺が恨んでるのは、克彦兄ちゃんの方だ。俺の元から勝手にいなくなって……」
「悪かったよ……」
「絶対許さない。一生許さない」
恨みがましい目で睨まれ、克彦は視線をそらして謝罪するが、来夢は容赦しない。
「でも獅子妻に復讐しにいって、その獅子妻に助けられるなんてね。獅子妻には獅子妻で、思う所があったんだろうけど、何を思っていたのかと、いろいろ考えちゃう」
そう言って曖昧な笑みを浮かべる来夢。
「獅子妻はあまり人に心を開かない奴だった。俺らの前で口にしたのは、世の中を破壊したいという願望が強くて、テロって行為を神聖視していたことくらいかな」
克彦が言う。
「でも俺も……世の中の全てが憎かった。壊したくて、テロに加担した」
苦しげな表情で搾り出すように言う克彦の台詞を聞き、睦月の鼓動が早まる。自分と似たような境遇の人物の話になるのかと勘繰ったのだ。そうなら聞きたくない話である。
「克彦兄ちゃんは純子におかしな改造されて、その結果憎しみや怒りが増幅されていただけ。本来の克彦兄ちゃんは、そんなんじゃない。だから気にしなくていい。俺も気にしない」
「そう言われてもな……」
いくら人格改造されたとはいえ、その人格改造を望んだのも克彦であるし、恨みや怒りは克彦の中から派生していた。
「人生をやり直すことができたらやり直したい。犯した過ちを無かった事にしたい」
克彦が口にした無理な願いは、睦月も幾度となく思い、苦しみ、涙した願いだ。
「同じこと考えてる子って、いるもんだねえ」
睦月が口にした言葉に、克彦が驚いたように睦月を見た。
「俺は……」
己の素性語りもしたかった睦月であるが、邪魔が入ってできなかった。
「あはっ、こっちに来たわけだ」
目の前にある階段から現れた魔法少女を見て、睦月が笑う。姿形は異なるが、自分の中のアルラウネが共鳴している。間違いない。
一同、臨戦体勢を取りつつも、戸惑いながら魔法少女を見ていた。
「可愛くなったね」
魔法少女のコスプレをしているかのような美少女に、睦月が笑いかける。
「本当? でも中味は怪物のままとか言うんでしょ。どうせ」
乾いた笑みを浮かべる魔法少女。
「自覚があるなら怪物やめたら?」
「その通りだ。天使になる心がけ一つで、君は救われるし受け入れられるぞ」
白金太郎とエンジェルが続けざまに言う。
「何言ってるのかわからないなー。私は私で有り続けるし、私の望むがままに生きるよ。それが怪物だって言われて蔑まされるのは悲しいけど、仕方ないよね」
「仕方無いで済まさないでほしいものですね」
アンニュイな口調での魔法少女の語り草を聞き、怜奈が嘆息しつつ言い、無線機を取る。
「えーっと、こちら来夢班です。魔法少女が出現しました。え……? はあ? だってこっちにも……」
無線で純子に報告した怜奈の様子がおかしいことに、一同怪訝な視線を送る。
***
「今連絡しようと思ってたいたところだ」
容姿は人間のそれとなり、服装もそれっぽくなった魔法少女を見据え、真は無線の向こうの純子に向かって言う。
「こっちに魔法少女が出現した。すぐに……なるほど。わかった」
純子の報告に驚きつつも、真はいつも通り無表情だ。
「援軍は来ない。ここは僕らで何とかするしかない」
「は? どういうこと?」
真の報告に、凜が眉根を寄せて問う。
「エントランスにも、睦月や来夢がいる場所にも、ほぼ同じタイミングで魔法少女が現れたそうだ。つまりそういうことだ」
真の答えに、暗澹たる空気がその場を支配した。




