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十分とは言えないが、それなりに休憩を取って疲労もダメージも回復できた十夜と幸子は、エントランスへと移動した。
「あれれ、純子がいる」
「あ、十夜君、さっちゃん、ちーっス」
思いも寄らぬ人物との遭遇に、十夜と幸子は驚いた。
「結界が張ってあるのに、わざわざ入ってきたの?」
純子のことだから当然それもわかっていたのだろうと見抜いたうえで、幸子が声をかける。
「そりゃ用事があって来たんだしねえ。出られない結界は、中から解いて出ればいいだけだしさあ」
あっけらかんと言ってのける純子。絶対の自信を帯びた発言のように聞こえて、敵ながら感心してしまう幸子。
「晃はどうしたの?」
十夜が凜に尋ねる。
「あの子はわりと元気だから、引き続き探索に行ったわ。純子が呼んだマウスの援軍と一緒にも」
凜が答えた後、現在に至るまでのいきさつを十夜に話した。その話は幸子も側で聞いていた。
「その百合ってのは何者なの?」
純子を見て幸子が尋ねる。
「んー、結界を築いた張本人だよー。あとはシスターから聞いて」
言いづらそうに頬を指でかきながら純子。
「私も是非聞きたいんだけど。純子とどういう関係なのかをね」
「おおっ、本当に雪岡純子君がいるっ」
「おおっ、魔法少女製造研究部の連中がきたぞっ」
凜が真顔で問うたその時、廊下から何名かの所員がエントランスに現れ、エントランスが騒がしくなる。
魔法少女製造研究部の生存したマッドサイエンティスト達は、郡山や純子の前で、WH4に仲間を殺されたことや、真と累の二人と遭遇したことを報告する。
「同じ部署の研究員が何人も食われたよ。私の見ている前で、生きたまま……」
「奴の体に変化が起こったんだ。獣の姿だったのが、人を食ってから巨大な人型に変形した。女性の体型だったな」
「へー」
生存者から伝えられた報告に、興味を抱く純子。
その後は生存者達に取り囲まれ、あれやこれや質問を浴びせられたり議論を吹っかけられたりと、先程と同じパターンだ。
「純子ってマッドサイエンティストのカリスマって感じだね」
十分近く捕まってようやく解放された純子に、十夜が声をかける。
「んー、そういうのってあまり好きじゃないけどねえ。チヤホヤされるのはネトゲの中だけで十分ていうか」
心なしか疲れ気味な表情で、苦笑をこぼす純子。
「不必要にチヤホヤとか、人が人を崇めるのとか、そういうのに凄く抵抗あるんだよねえ、私」
かつては百合も自分を崇めていたことを思い出し、複雑な表情になる。それを切り捨てた結果が今の有様だ。
「本人の目の前で言うのも照れくさいけど、私も純子に憧れてるよ? それの何が悪いのかわからないな」
と、凜。
「凜ちゃんのそれは崇拝するレベルでの憧れ?」
「いや、そこまではいかないかなあ。好意があって、一目置いているくらい」
恋愛対象としてもわりと好みに合うということは、伏せておいた。レズっ気があることは、あまり他人に知られたくないし、その感情自体もできるだけ抑えている。
「それなら問題無いよー。まあ、私の感情的な問題っていうか、どうしてもそういうのが受け付けないタチっていうだけの話だから」
「そもそもカリスマと呼ばれる人間はどういう人物かね?」
いつの間にか近くで話を聞いていた八鬼が声をかける。
「人類の歴史や、創作物ではカリスマと呼ばれる奴が出てくるが、いまいちピンとこないぜ」
「幾つかタイプがあるね。己を投げうつ他愛主義。ただ大きな結果を出すだけ。ただ人とは違うことをするだけ。全てを包み込む包容力。狂人。勇気ある行動を示したが故に――とかも」
八鬼の疑問に対して、純子は己の考えを述べる。
「私がなるほどと理解して納得できるのは、人には無い長所と、人としてどうかと思うような短所、同時に持つ人かなあ。普通の人にはできないようなことをできるのに、ある面において普通の人を大きく下回る。あるいは欠陥を持つ。こういう人は不思議と牽引力があるんだよ。逆に完璧超人タイプや隙を見せない人って、いまいち、優秀なカリスマにはなれないんだよねえ。それにさ、完璧超人タイプに惹かれてついていこうとしている人ってのは、あまり関心できないかなあ。自分が楽をしたい、依存したいが故に、そういう人にくっついていきたいだけなんだから」
「純子の理屈だと、ヒトラーが強烈なカリスマとなった理由も何となくわかるね」
純子の話を聞いて、十夜が思ったことを口にした。
(意外だな。雪岡純子とはこういう考えをする人物だったのか。中々面白い子だ)
純子の話を聞いて、八鬼は思う。
(マッドサイエンティスト共から人気があるのは、単に才能や成果だけではなく、人柄もあるのかもな。自分達と同族であるという前提のうえで、こういう人物だから、魅力的と映るのかもしれない)
見た目や愛想の良さだけでも、人気を得るには十分すぎる。しかし裏通りで伝え聞く純子のりおどろおどろしい逸話の数々と照らし合わせると、ひどくギャップを感じる八鬼であった。
「相沢先輩っ」
十夜が声をあげ、純子他が十夜の視線の先を見ると、真と累がエントランスに姿を現したところであった。
「雨岸百合と睦月に会った。それと、残る一匹のWH4にもな」
純子の前へ行き、真が探索先であった出来事を全て報告する。魔法少女と交戦したことも。百合がぼろぼろにされたことも。共闘しようと持ちかけたことも。
「雨岸百合という人がラスボスだと思っていたら、それよりさらに厄介な敵が現れたってこわけね」
幸子が難しい顔になって唸る。
「魔法少女研究部のはしゃぎっぷりがイラつきます。奴等が喜んでいる魔法少女とやらのために、何人も死んでいるし、同じチームメンバーも死に、我々もピンチだというのに」
真の話を聞いて、狂喜乱舞している魔法少女研究部の研究員を睨む村山。
「しかしまあ、我々も彼等の立場なら喜ぶだろう。日頃から研究所内でも揶揄されまくり、経理にも嫌な顔されまくってた連中だ」
苦虫を噛み潰したような顔で郡山が言った。
「んー……あの百合ちゃんがねえ。凜ちゃんと戦った後で消耗していたのもあるだろうけど。一日に二度も追い込まれるとか」
「それより真の前ではっきりとその名を口にしていいのですか?」
純子の呟きに、累が突っこむ。
「もう隠してもしょうがないじゃない」
笑顔で答える純子。
「じゃあそろそろ全部話せよ。一体どういう間柄で、何であいつがお前を恨んでいるのかも」
と、真。
「そうだねえ。晃君と来夢君が戻ってきたら、話すとするよー」
「戻ってきたらって……百合の討伐に行ったのでしょう? 討伐できずに戻ってくる前提で話しているんですね」
純子の言葉に呆れる累。
「百合ちゃんに絶対勝てないとか、そうは思ってないよ? 凜ちゃんだってオーバーライフでもないのに、百合ちゃんを圧倒したようだし。でもそれがあるからこそ、今の百合ちゃんは無理しないと思うんだ」
「なるほど……逆でしたか。でも百合の陣営にいる者達は元気でしょうから、そちらと交戦したら、無事で済む保障も無いでしょう?」
累の言葉を聞いて、十夜は晃の身が心配になった。
それからしばらく時間が経過した後、晃と克彦とエンジェルがエントランスに戻ってくる。
「相沢先輩……」
いつもならはしゃいで真に飛びつく晃だが、今回は安堵の笑みを見せただけだ。
「しんどかったようだな。でも生きて帰ったから上出来だろう」
「うん……」
真に声をかけられ、晃は言葉少なに頷く。敗戦や逃走続きで、根明である晃も少し気落ちしていた。
「来夢君と怜奈ちゃんは?」
「怜奈はここだよ」
純子に問われ、亜空間トンネルの中から黒手と共に、体中折れ曲がった怜奈と、意識を失っている亜希子を出す克彦。
「凜さん、かなりヤバい負傷者いるから、みそ頼むよ、みそ」
「みそみそうるさい」
晃に要求され、不機嫌そうな声を発しながらも、治療に応じる凜。
「フッ。久しいな、破壊の天使。あれからまたヒエラルキーを上げたようだな」
「エンジェルか……」
頭の中で嫌そうな顔を作る真。プルトニウム・ダンディーの一員になっていたことは純子から聞いて知っていたので、ここにいることを意外とは思わないが、この男はどうも電波属性なので、苦手としている。昔敗北を喫したことも、多少は尾を引いている。その後きっちりとリヴェンジを果たしたとはいえ。
「亜希子も連れてきたのですか」
気を失っているゴスロリ少女を見下ろし、累が言う。
「途中から共闘したし、悪い奴でも無さそうだし、見捨てるのもどうかと思ってさ。できたら治療してあげてよ」
累と純子の方を見て、克彦が頼む。
「来夢君はどうしたの?」
「俺らを逃がすために残った。すげー強い化け物で、自分のことを魔法少女とか言ってる奴に」
再度質問する純子に、克彦は淀みない口調で答えた。




