12
純子と真と累の三名は、バトルクリーチャーの製造管理室へと訪れていた。
散乱する死体は、研究員のものと、バトルクリーチャーの双方である。
「晃達の仕業か」
真が呟く。
「床の岩がえぐられていたり、バトルクリーチャーのそれとは違う毛が散乱していたり、いろいろと謎が多い現場だねえ」
しゃがみこんで低位置から床を見渡していた純子が、興味深そうに言った。
「飛沫血痕とかを見た感じ、バトルクリーチャーと交戦だけではなく、別の戦いもあったんじゃないかなあ」
言いつつ純子は、床に飛び散る血痕を指先で床ごとえぐり取って採取していく。えぐりとった床と血痕は、小さなビニールシートに入れてから、白衣のポケットに収める。
「誰か来ますよ」
累が声をかけた。真と純子もすぐに気配に気がつく。
「おや、貴女は雪岡純子さんではないですか」
現れた白衣姿の薄目の男が、落ち着いた口調で声をかける。コミケスキー・小宮だった。
「皆避難したのに、こんな所で、一人でうろうろしていていいのー? 危ないよー?」
一見気遣うかのような口ぶりの純子であるが、その言葉の裏に微妙な刺が隠されていることに、真と累は察した。明らかに怪しんだうえで、声をかけている。確かにこの状況でもって一人で動いているのは、非常に怪しい。
「私はこの部署の担当なのです。まだひょっとしたら生存者がいるかもしれないと思って、様子を見に来ただけですよ。この後でエントランスに向かう予定です」
落ち着き払った物言いで答える小宮。実際その言葉に嘘は無かった。もし生存者がいて、真相を暴露されたら困るので、念入りにチェックしにきたのだから。
「これは人間ではありませんよ」
真と純子にだけ聞こえる小声で、累が告げる。
「うん、死体人形だねえ」
「死体人形?」
純子の言葉に反応する真。わかっていながらもあえて知らないアピールも兼ねて聞いてみる。そうすることで、新たな情報も知る事ができるかもしれないとして。
「内臓も脈も脳も全て生きた人間同様に機能しているし、食事も排泄もするし、思考力も有るし、生きた人間と何も変わらないけど、魂だけは入っていない。感情や精神の類は存在しない人形だよー」
製作者が誰なのかは、純子も累もわかっている。当然、真も。
「始末しておくか、それとも情報操作に利用するか、どっちがいいかな」
「私達だけなら後者でいいけど、凜ちゃん達もいるからねえ。凜ちゃん達はその情報を知らない状態だろうから、警戒もできないし、何か悪い作用をもたらすかもしれないよー?」
「じゃあ始末か」
銃を抜き様に、小宮の頭部を撃ち抜く真。
その場に倒れるより前に、ぼろぼろと細かい破片となって崩れていく。どういうわけか血も凝固し、体中の水分が失われたかのようにして乾燥してばらばらになって崩れ落ち、後には粉々になったごみくずのようなものが、床に残っていた。
「生命維持ができなくなると停止する条件も、生きた人間と一緒だけど、その死に方だけは違うんだよねー。術で無理矢理死体を動かしているから、そこまではどうしても再現できないみたい」
(由美の時にちゃんと死体を確認しておけば、その異変にも気がついたかもしれないのに。いや、確認しないようにマインドコントロールされていたわけか?)
かつての担任教師も死体人形だったと告げられたことを思い出す。死んでも死体を見ないように――あるいは見てもわからないように、操られていたのかもしれないと思ったのだ。
(いや、僕のマインドコントロールは途中から解けていた。単純に僕があの時、気が動転していただけだな。間抜けな話だ)
「凜ちゃん達と合流したい所だけどねえ」
「うろちょろせずに、エントランスで待っていた方がいいんじゃないか? 戻ってくるとしたらあそこだろう」
「それなら二手に分けましょうよ。僕と真で捜索組。純子はエントランスで待機」
「う、うん、そ、そうだね……」
露骨に真と二人きりになる組み合わせを提案する累に、純子は少しどもりながらも頷いた。
***
凜と晃の二人はエントランスを離れ、研究所の二階へと上がった。目的地は魔法少女製造研究部だ。
「僕ら連戦でお疲れだし、あのルシフェリン・ダストの男を捜索にあたらせて、僕らはエントランスでガードの方が良かった気がしてきたよ」
「言われてみればそうだけど、実際疲れてるの?」
「いやー、それほどでも。気力は漲ってるよ」
先程の自分の醜態を思い起こすと、自分に渇を入れたい心境の晃であった。
「依頼者の小宮があの中にいなかったのが気になるのよね」
「あの人が怪しいとか言われてたけど、もう僕の中で九割くらい、あいつは敵な気がしてるよ」
私は最初からおかしいと思ってた――と、言葉に出さずにつけくわえる凜。
「黒幕の目的が私達であるなら、小宮もその黒幕の手下で、私達をここに誘き寄せたと考えられるものね」
廊下を歩きながら喋っていると、前方右にある階段から、二人の男女が姿を現した。
どう見てもここの研究員とは思えぬ姿の二人組だった。一人は白いソフト帽にレースをあしらった白いドレスとスカート、さらに白手袋という白ずくめの若い貴婦人。もう一人は学ラン姿でもじゃもじゃ頭の美少年だ。百合と睦月である。
「噂をすれば、かなあ?」
足を止め、懐に手を入れる晃。
「貴女がこの仕掛けの黒幕?」
直感ではあったが、凜も百合を見てそう思い、ストレートにぶつけてみる。
(ただものじゃないのはわかる。途轍もなく毒々しく、そして儚く不安定なヴィジョン)
百合から見えるヴィジョンを見て、凜は息を飲む。赤黒くてぼろぼろの蝶の翅が、角度も大きさも不規則に何十枚も生えて、翅と同じ色の毒々しい鱗粉を撒き散らしている。
(もう一人も随分と不安定ね)
睦月の方を見て思う凜。血が流れ続ける真っ黒な複数の十字架と逆十字が、それぞれ有刺鉄線で縛り付けられて重なっている。十字架の下では、黒い火が頼りない残り火のようにちろちろと燃えている。
「ええ、そうですわよ。私の名は雨岸百合。葉山達を退けたというので、中々手強いと踏んで、黒幕の私自ら手を下してあげることにしましたの」
凜に向かってにっこりと笑って答える百合。
「で、目的は何?」
「あらあら、先程からつまらない質問が続いていますこと。それを聞いて答えると思っていますの? 仮に聞かれて答えたとして、それを鵜呑みになさるの?」
「黒幕であることは答えてくれたから、全部答えてくれるんじゃないかと思ってね。第一、貴女のその答えも大して面白くないし、つまらない奴につまらないと言われても、滑稽さしか感じないんだけど?」
からかう百合に、露骨に煽りだす凜。
「こっちの子、男の格好してるけど女の子だよね?」
晃が睦月を見て問う。くせっ毛頭同士だと、凜は見て思ったが、くせっ毛の多さは睦月の方に圧倒的に軍配が上がる。
「どっかで見たことあるなーと思ったら、タブー指定されて睦月じゃない? 相沢先輩にボロ負けした掃き溜めバカンスの一員で、本人もとんずらこいた後にタブー指定されたっていうさ。中枢に知らせたら喜びそう」
凜を見習って煽ってみせる晃。
「あはっ、失踪している期間長かったし、俺のことなんて裏通りでも忘れられた存在かと思ったら、そうでもなかったんだねえ」
晃の口から自分の名が出て、睦月は照れくさそうに微笑む。
「中枢に知らせてもいいけど、ここを運良く生きて出られたらの話だし、知らせた所で足取りはわからなくするよ? まあ、わりと街の監視カメラとかにも映ってるし、それを中枢も知っていると思うけどねえ。挑発としてはいまいちじゃないかあ。あははっ」
「自分が所属していた組織がディスられたことも何とも思わないの? 組織に思い入れが無いのかな? 僕は同じこと言われたら凄く嫌なタイプだけどなあ」
「あはぁ、それなら尚更、そういうことは言うべきじゃないんじゃないかなあ? 俺の中ではあいつらは最高の仲間だったし、初対面の何も知らない小僧如きにどうこう言われた程度じゃ、心が揺らぐことは無いねえ」
笑顔できっぱりと言う睦月に、晃はバツが悪くなって笑みを消した。自分で煽った内容に自己嫌悪の念が沸き起こってきたのだ。
「それもそうか。悪かった」
自己嫌悪を打ち消すニュアンスで謝罪しておく晃。
「それとさあ、真のこと先輩とか言ってるけど、どういう関係?」
知ってはいるが、あえて聞いてみる睦月。
「ちょっと睦月、お喋りが過ぎませんこと?」
「ん? 真のこと触れたのが不味い? 別に不自然じゃないだろ? 俺と真の抗争は裏通りでも知られてるんだしさぁ」
百合に声をかけられ、睦月は少し挑発的な口調で百合に言い返す。
「馴れ馴れしく下の名前で呼んでいるのは、不自然だと思うぜぃ」
にやにや笑いながら晃。
「先輩とは師弟の間柄って感じかなあ。こっちも答えたから、そっちも答えてよ。是非知りたいよぉ~? 元恋人ぉ? それとも片想い~?」
無邪気に茶化す晃に、睦月の顔色が変わった。
「おおっと、最後のが図星かなぁ。先輩の趣味じゃないし、仕方無いよね~」
「百合、俺がこの子にお仕置きしてもいいかなぁ。ダメって言ってもするけどねえ」
晃を睨みつつ、不敵な笑みをこぼす睦月。
「お好きになさい。私は……白黒対決となりますのね」
百合が凜と向かい合う。
「あはっ、言われてみればそうだねえ。白百合vs黒薔薇って感じ」
睦月が小さく笑う。
「私薔薇なの?」
睦月の言葉を聞いて、晃に尋ねる凜。
「んん~……黒薔薇っていうより、僕の中では黒蜥蜴ってイメージかな~。痛っ」
晃の言葉を聞いて、凜はかなり強めに晃の頭を殴った。




