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自然と、凜と晃のセットで一匹、もう一匹は八鬼が担当する組み合わせになった。
銃が得物である晃は当然遠距離からの銃撃に集中である。晃と十夜がコンビではなく、晃と凜という組み合わせも多々あるが、その際は凜がなるべく敵の正面に立つようにする。しかし凜とて近接戦闘は本来得手とする所ではない。
相対したWH4の動きを見て、凜は目を剥いた。
動き方は猫そのものであるが、その速度が尋常ではない。虎やライオンをも凌駕する巨体でありながら、まるで体重が無いかのような身軽さで、一度の軽いステップで数メートルを一気に動く。強靭な筋力が発達した四肢によって成せる業であろう。こちらの攻撃を当てられるヴィジョンは見えず、かわすのも非常に困難と思える。
WH4の最初の一撃は、半身にして横へと素早く動いてかわし、同時に黒鎌を振るって攻撃もしたが、WH4は動きを止める事なく、黒鎌は空を切る。
晃も銃を当てるタイミングを見計らっているが、敵の動きが止まる気配が無い。高速で常に動いているため、当てようが無い。
WH4のセカンドアタックは、亜空間の扉へと逃げ込むことでかわした。最初の一撃を見ただけで危険を察知し、すぐに避難できるように開けておいた凜である。
突然凜が消えたので、WH4の矛先は晃へと移る。文字通り目にも止まらぬ速さで左右にステップを踏み、晃の懐へと飛び込む。
「ちょっ……」
死の恐怖に引きつる晃の前に、亜空間トンネルの扉が開いて凜が現れ、直前まで迫ったWH4の左前肢を黒鎌が切り裂いた。
(うまくタイミングがあったと思ったのに、浅い……)
凜が舌打ちする。警戒したWH4が後方に何度も跳んで、二人と距離を置く。
「囮、御苦労様」
「死ぬかと思ったよ~。先に言ってよね」
軽口を叩きあいながらも、WH4から目を離しはしない。大きく弧を描くようにして移動している。回り込むようにして、徐々に接近している。
凜が晃から離れる。WH4の視線が凜の方へと向く。
(警戒心も強いし、どちらがより厄介な相手かも判断できているみたいね)
晃より自分の方に注視しているWH4を見て、凜は思った。
また凜に攻撃を仕掛けると思われたWH4であったが、突然凜から視線を外し、その動きも変えた。八鬼と戦っているもう一匹WH4の方へと駆ける。
八鬼の方に視線を向けると、動きが止まり、顔や前肢や喉元などに無数の負傷を負い、血を流すWH4の姿があった。それをかばうかのように、凜達と相対していたWH4が立ちはだかる。
「相性の問題だ」
自分の方に向いた凜と晃への疑問に答えるかのように、八鬼は言った。二匹のWH4をじっと見据えたままである。
「確かに強敵だ。人間がついていくにはしんどい速さだ。だが勝負は必ずスペックの高い者が勝つわけじゃない。どこでどう転ぶかわからん。うまく隙をつく知恵、相手の動きや地形を利用する知恵。そういったものには人間様の方に分があるだろう」
(そりゃそうだろうけど……どうやった?)
八鬼の言葉はもっともだと思う晃だが、出来ることには限界もある。あの高速の獣を撃退する手が、この男にあるのは明白だ。
凜達と戦っていたWH4が八鬼に飛びかかる。八鬼は避けようとすらせず、悠然と佇んでいる。
WH4の爪が八鬼を薙ぐと思われたその刹那、八鬼の体を覆いった床まで届くマントが一瞬大きく揺らいで、マントの隙間から無数の何かが飛び出し、WH4の体を直撃した。
思わぬカウンターに驚いたWH4が、あからさまに慌てふためいた動きで、横転までしながら逃げて、距離を置く。
「槍?」
凜が呟いた。すでに八鬼のマントの下にしまわれたようだが、八鬼の体から飛び出たのは、十本以上にも及ぶ無数の槍だった。まるで八鬼自身が槍を出すトラップでもあるかのように、手を出したWH4を串刺しにしたのである。
(所詮は獣だったみたいね)
遠巻きに八鬼を警戒し、動きが止まった二匹のWH4を見て、凜は思った。勝利の確信と共に。
凜が亜空間の扉を開き、その中に向かって黒鎌を振るう。
飛沫と化した黒鎌が空間を飛び越え、凜達と戦っていたWH4の喉元へと現れ、下方から刃の切っ先が顎の下から頭頂部まで貫いた。
鎌を引くと、刃が飛沫へと戻り、亜空間の扉から戻ってきて、元の黒鎌の形状になる。
「ウオォォ……」
片割れが崩れ落ちるのを目の当たりにして、八鬼と戦っていたWH4がそれを哀しむかのように、低く短く唸った。
完全に隙を晒しているその残った一匹に晃は銃口を向け、三発ほど撃った。頭部に二発、胴に一発が当たり、横向きに倒れて痙攣しだす。
二匹のWH4が撃退されたのを見て、エントランスが歓声に包まれた。
「貴方がいなかったら危なかったかもね」
凜が八鬼に声をかけるが、八鬼は特に反応しない。
「そのマントの下、どうなってるの?」
「企業秘密だ」
晃の問いに、八鬼は無表情に答えた。
「お疲れ様です。とりあえずの脅威は去りました。貴方方がいてくださって本当によかった」
郡山が三人の下へやってきて礼を告げる。
「ジャアァ~ップゥ」
村山とアンジェリーナもやってくる。アンジェリーナが不服げな声をあげている。
「まだ一匹いるんだよね? しかも完成品とやらが」
晃が言った。今の二匹より厄介なバトルクリーチャーが研究所内をさまよっているなど、ぞっとしない。
「取り込まれたバトルクリーチャー部の者の言葉を信じるなら、そうなりますね」
死んだWH4の体表に浮かんだ顔を横目にして、村山が言った。中の人達も同時に果てたようだ。全てが断末魔の形相で、もう動く気配も喋る気配も無い。
「行方不明の研究員がまだ何人もいる」
他のマッドサエンティストも何人か寄ってきて、声をかける。
「言われてみれば、魔法少女製造研究部の連中の半分以上が来てないな」
「ワシはそこの主任だが、たまたま経理に予算かけあってて、経理の奴等とこっちに来た」
「自分も魔法少女製造研究部です。たまたま部屋を出ていましたが、部屋にいた人達が来ていません」
「できれば探して保護してほしい」
「ていうか、ここに揃って来てないなら、今頃は……」
「魔法少女製作に予算など出せるかと嘲笑していた、経理の連中が死ねばよかったのに」
「何だとッ! このジジイ!」
「お前らは何の成果もあげてないくせに、金だけはせびりやがって」
「魔法少女を作るためには金などいくらあっても足りんのだ!」
「魔法少女の浪漫を理解せぬとは……フッ、愚民がっ、俗物がっ、凡夫がっ」
「ふざけるな! 大体お前ら、ろくなことに予算使わないじゃないか!」
「高名なイラストレーターや漫画家に、魔法少女の衣装デザインを依頼するのは重要だろうが!」
口々に喚き、訴え、あげくは喧嘩まで始める所員達。
「黒幕を見つけるついでってことで、探してみよう。手がかりが見つかるかもしれないしね」
「ええ」
口を開こうとした矢先に、晃が自分と全く同じことを考えて口にしたので、凜は微笑んで頷く。
***
「結局殺すの?」
「ええ、真のお友達ですもの。真が今ここに来たのは良くないタイミングですし、来る前に殺しておくのが理想でしたわ。突き止めるのが早すぎましてよ」
睦月と百合は廊下を歩きながら、会話をかわしていた。
「わざわざ招待状出したのは百合じゃない」
「場所までは知らせませんでしたのにね。ここまであっさり突き止めるとは思いませんでしたわ。しかも葉山をつけておきながら、白金太郎達は失敗しますし」
「ただ殺すだけなら、もっとやり方はいくらでもあるのに、百合もわりと遊び心あるよねえ。わざわざここの危険なバトルクリーチャーを解放するとかさあ」
睦月に言われ、百合は純子の言葉を思い起こす。
「私が面白くないことしかしないと、純子に何度も言われましたからね。正直あれには相当腹が立っていますし、見返してやらねばなりませんわ」
「今やってることが見返すことに繋がるのぉ? それに面白い面白くないなんて、純子に言われたからって、そんな意識しているのも、何だかなあ……」
百合が純子に捉われすぎているのは、一緒に暮らしていてもよくわかるし、百合もそれを隠そうとすらしないが、これは何だか違うような気がする睦月であった。
「純子の価値観に合わせて踊って、百合はそれを純子に褒めてもらいたいの?」
睦月の何気ない言葉に、百合は足を止めた。
「言葉に気をつけなさいな。媚びて褒められたがるのと、驚かせて見返してやるのでは、全く違う話でしてよ」
「あっそ……」
そのわりには今の自分の言葉が堪えたみたいじゃないかと、睦月は微笑をこぼす。
(まあ、百合のこのわかりやすさは、親しみにも繋がるんだよねえ。意識しているわけでもなく、天然ぽいけど)
口に出さずに呟いてから、睦月はふと思った。
(純子だって、百合のことを完全否定していたら、つるんだりしないんじゃないかなあ。気に入っていた部分も結構あったからこそ、つるんでいたんだろうにねえ)
***
命はその超感覚で、己の兄弟とも言える紛い物の二体が死んだ事を感じ取った。
命は悲しさを覚える。紛い物として不完全だったが故に殺されてしまったことを悲しく思う。
命は悲しさを覚える。交流は全くせず、心通い合う事も無かったが、その紛い物の二体を自分の兄弟であったと認識していたし、意識していた存在であった。それが死んでしまったことを、単純に悲しく思う。
産みの親達も死に、産みの親達を殺した兄弟も全て死んでしまった。
しかしその命は、孤独にはなっていない。何故なら――




