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「その様子では、見るのは初めてのようですね」
呆然としている蔵と怜奈を見て、白い毛が混じった髭面初老のタクシードライバーが、小さく笑った。
広大なスペースの広間。そこにはバスが何台か停車しているが、その後ろにあるものを見て、蔵達は驚いた。
戦車。ミニガン付きのジープ。コンテナの数々。そのコンテナの幾つかには見覚えがある。かつて蔵が経営していた破竹の憩いが販売した、マシンガンやアサルトライフルやグレネードといった火器が詰まったコンテナだからだ。破竹の憩いのマークもついている。
(確かに中枢に買い取られたこともあったが……つまり、そういうことか)
裏通りの管理者となるためには、それに見合った武力が必要だ。裏通りの住人達には、拳銃以外の火器を規制する一方で、中枢はそれらをしっかりと揃えて、有事に備えているというわけだ。
「しかしこれ、見せてしまっていいものなんですかねえ」
怜奈が疑問を口にする。
「同じ裏通りの住人相手なら、バレても問題は無いことなのだろう」
そして蔵は理解した。中枢が建物の中に火器兵器の類を所持している事は、恐らく結構な数の裏通りの住人が知っている。しかしそれらが噂になった事は無い。皆自発的に口をつぐんでいるのであろうと。
「人の口に戸は立てられないというが、口は災いの元ともいう」
蔵が呟く。
「その通りですな。私もこのような話、酔っ払ったはずみだろうと話す気になれませんよ。どこで誰が噂したかバレる方が、よほど恐ろしい」
タクシードライバーが笑顔で同意する。
「よくぞ来た! 闇に足を踏み入れし精鋭だぢよっ!」
突然野太い大声が響く。
「何……今の?」
「おもいっきり噛んでなかったですか? だぢよって」
来夢と怜奈が顔を見合わせる。
「諸君らは裏家業に身を窶しつつも、己を律する精神を持ち、かつ、その証明と忠義をするために、中枢の中枢たる我等『悦楽の十三階段』の御許へと馳せ参じた! その意気や良し!」
タクシーの前に立った、背が高く横にもがっちりとした体型の中年男が、両腕を腰に沿え、タクシーを見据えたまま、奇妙な口上を叫び続ける。
「降りなくていいのかな?」
「許可があるまでこのままというルールです」
疑問を口にする蔵に、タクシードライバーが答える。ここには何人も人を送っているという話だ。
「さあ! 降りてその顔を見せよ!」
許可が下りたので、ドアが開き、車の外へと出る三人。
「良い顔つきだ! それぞれに覚悟が見受けられる! まずは合格!」
男が叫ぶと、目の前にディスプレイを投影し、先頭にいる蔵へと飛ばす。
(何なんだ、このノリは……)
呆れながらも、自分の元へと飛んできたホログラフィー・ディスプレイを確認する蔵。悦楽の十三階段との中枢提携の内容が細かく記されていた。
内容は予め確認していて知っていたものの、念のため、蔵は改めて確認を行う。事前情報では記されていない事も、書かれている可能性があるからだ。
「確認をし、了承したならば名前とパスワードを記入の後、最終確認欄にチェックをすべし!」
ある程度時間が経ったのを見計らい、男が叫ぶ。
記入が済むとディスプレイが消滅する。
(わざわざ赴く必要も無い気もするが……。形式的な儀礼か)
相手が一方的に叫んでサインさせるだけでは、儀礼もへったくれも無い気もした蔵であったが、深くは考えない事にする。
「本来なら悦楽の十三階段の代表が一人、毒田桐子が赴く所であるが! 何分毒田は多忙故、代理で許されたし!」
それはそうだろうなと蔵は思う。何しろ十三人いる中枢の最高幹部であり、この安楽市の市長も務めている人物だ。裏通りの一組織との提携などに、ほいほい顔を出せるわけも無い。
「それでは貴様等の邁進を祈る! 精励されたし!」
「何でずっと叫んでるの?」
来夢に尋ねられ、男がぎろりと来夢を睨む。
「知りたいか!?」
「うん」
問い返されて頷く来夢を見て、男はにやりと笑った。
「月那美香のファンだからだ! リスペクトしているのだ!」
誇らしげに答える男。本人が聞いたら絶対怒るぞと、蔵は苦笑いをこぼす。美香は自分の真似をされることを激しく嫌っているが故。
***
「無駄に時間を潰した気がしてならんな。悦楽の十三階段側からすれば、あれは重要なのかもしれないが」
中枢の施設を出て、走るタクシーの中で蔵がぼやく。
「潰した時間を取り戻すためにも、早速初仕事と参りませんかー?」
そう言って怜奈が、後部座席から助手席に向かってディスプレイを飛ばす。
「昨日の候補を改め、新たな候補を挙げてみましたよー。数は少ないですけどねっ」
蔵の顔の前へとうまいこと辿り着いた画面には、怜奈が新しく見繕ってくれた仕事の候補が三つほど並んでいる。
「これまたどれもドンパチ前提の代物だな」
「それでいいんですよ。腕に自信のあるフリーの始末屋はともかく、始末屋組織って多くはできるだけ戦闘を回避する仕事をしたがりますからね。少数精鋭の始末屋組織が新規に発足して、ドンパチも引き受けるというアピールになりますよー?」
「私は君らの戦闘力を知らないのだがな……。まあ、純子が推薦したマウスであるから、信じてよいのだな?」
「私は自信有りですが、来夢はどうでしょうね?」
「頑張る」
言葉少なに主張する来夢。
「人を傷つけることも平気なのかね?」
来夢を意識して、さらに確認する蔵。
「平気。楽しみ」
嬉しそうな笑みをこぼして答える来夢に、逆に蔵の不安は増した。
「そもそも私達の力を見るためというニュアンスもあるのですから、戦闘前提の仕事じゃないと駄目ですよー」
怜奈の言うことはもっともだと、蔵も認めている。純子からの依頼を本番とすれば、そのためのウォーミングアップのようなものと捉えてもいい。
「これにするか。時間指定で……明日という話だが、前日に打ち合わせもしたいと書いてあるな。わりと急な話だが」
蔵が決めた依頼は、『四葉の烏バー』という違法ドラッグ組織の護衛だった。
***
純子は長らくその人物から興味が失せていた。
無数にいるマウスの全てをチェックしているわけでもないが、完全に興味を失くすのは、余程面白くない代物を作るか、さもなければ『ラット』になるかのどちらかだ。
支配欲が乏しく、忠誠という概念も理解しがたく、それらを好まない純子からすると、自分を勝手に崇拝したり忠義だてしたりする輩が、非常に煩わしく感じてしまう。
カリスマになりたいとは思わないし、チヤホヤされるのはネトゲの中の遊びの一環だけで十分だ。現実で実際にチヤホヤされたいなどと露ほども思わない。不快になるということがあまり無い純子であるが、この件に関してだけは話が別となる。途轍もなく純子の心をざわつかせる。
尊敬するとか好意を抱く程度なら別に構わない。しかし崇拝だの忠誠だのといった形で、他者に心を傾倒させる者も、またその有様そのものも、非常に気持ち悪いと感じてしまう。
自身が我の塊であり、強烈な個人主義者でもあるが故かもしれないと、純子は己を分析する。そのため、マウスの中に時折現れる、純子に勝手に魅せられて崇拝する輩は『ラット』として、できるだけ放置するようにしていた。
ラットの一人として区分けされた彼であるが、その中では比較的マシであり、高い戦闘力を持ち合わせ、なおかつキャラが面白いという理由で、この度、特例として純子に登用される運びとなった。言うならば、ラットを取り消してマウスに復帰である。
「こっちも用事が入って、かまってあげられなくなるから、そろそろ蔵さん達と合流してもらえないかなあ」
その元ラットに電話をかける純子。
彼はフリーの始末屋であり、仕事が入っていたために、すぐには動けない状態にあった。
『嗚呼……丁度天使が囁いていた所だ。明日にでも向かおう』
気取った口調で、電話の相手は了承した。




