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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
21 おじさんと一緒に遊ぼう
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9

 怜奈という新たなメンバーが加わり、組織の名前も『プルトニウム・ダンディー』に正式に決まった日の翌朝。


 目が覚めた来夢は、ふと、ある少年のことを思い出す。

 一年前まで隣の家にいた年上の少年。自分の唯一の友人。外出する時はほとんど彼と遊ぶことが目的だった。家族以外では唯一心を開いていた存在で、彼の存在が来夢にとって救いだった。

 彼は来夢にとても優しくしてくれた。気弱だがお調子者な一面もあって、得意ぶっていろいろと来夢に教えてくれた。変わり者の自分を、変な目で見る事も無かった。自分を受け入れてくれるだけでも嬉しかった。心の底から慕っていた。


 しかし彼はある日突然消えた。

 消息を絶ったきっかけに、心当たりはある。もしかしたら自分のせいかもしれないと来夢は思う。


 彼を失ってから、来夢の精神状態は悪化の一途を辿った。来夢の心にぽっかりと穴が開いたようであった。

 たまに心の中で彼を作り上げ、喋りかけてみる。しかしそんなことをしても虚しいだけだと、来夢もわかっている。


 蔵と来夢の二人で、遅めの朝食をとる。食料はたっぷりと組織の冷凍庫に入っている。


「朝は弱いか?」

 元気の無さそうな来夢に、蔵が声をかける。


「それとも家が恋しくなったとかかな?」

「どっちもハズレ」


 蔵の指摘に、小さく息を吐く来夢。当たるはずなど無いが、こういう時に見当違いのことを言われるのは、何となく白ける。

 蔵が自分にあれこれと気をかけてくれるのは、ありがたくも思うが、一方であまり特別扱いしないでほしいと、もっと突き放して欲しいというのが、来夢の正直な気持ちだ。


「おじさん、俺のことはちゃんと部下として扱ってくれていいよ。子供扱いしなくていい」


 この先もこんなノリだと息が詰まると思い、来夢は要求したが――


「生意気言うな。それができないと判断しているからこそ、相応の扱いをしているんだ。もし君が一人前と判断できるようになったら、君に言われずとも対応は変える。君に口で言われて、私の対応が変わることなど有りえん」


 厳しい口調でぴしゃりと拒否されたが、来夢は不服も不満も覚えなかった。

 蔵が口にしたことは完全に正論であったし、それが非常にわかりやすかったので、来夢は逆に感心してしまった。年齢的には反抗期に入る所であるし、来夢は人一倍反抗的な性質を持ち合わせてもいるが、今の蔵の言葉は素直に受け入れることが出来た。来夢の心に響く説得力があった。


「どうした?」


 食事の手を止めて、ぼーっと自分を見ている来夢を見て、蔵が訝る。


「なるほど――と思って」

 来夢が言い、食事を再開する。


 来夢の目から蔵がどう映るかというと、自分の父親のように誠実で優しい人だという印象。それでいて清濁併せ呑める人でもある。特にこれは大きい。

 まだ出会ってそう時間は経っていないが、信ずるに値する人だと、来夢は思い始めている。


 食事が終わって一時間と少々過ぎた午前九時。怜奈がアジトへやってきた。怜奈は自宅通勤だ。


「来夢はアジトに泊り込みなんですかー?」

 タクシーで通う形の怜奈が尋ねる。


「家出したから他に泊まる所が無い」

「そうですかー」


 来夢の答えに、適当な相槌をうつ怜奈。


「怜奈が見繕った仕事の前に、まずは『悦楽の十三階段』と契約に行こう」


 蔵が来夢と怜奈を前にして言った。


「えつらく?」

 来夢が尋ねる。


「『中枢』の最高幹部達だ。詳しくは私も知らないが、裏通りの組織が、中枢と密接な関係を結びたいと考えた場合、中枢の最高幹部に挨拶をして媚を売り、忠誠を誓う儀式のようなものを行うらしい。もっとも多忙な最高幹部に直に御目にかかれるわけではない。その一つ下くらいだ。その一つ下の構成員まで含めた中枢の中枢が、悦楽の十三階段に含まれる。ややこしい話だが」


 同じ集団で二つの呼び名を扱わず、どちらかに統一すればよいのにと、蔵は思う。


「ちゅうすう?」

 来夢が尋ねる。


「うん……君はもう少し裏通りの勉強をした方がいいな」

「これでもしてる」


 唇を尖らせる来夢を見て、蔵は微笑みをこぼす。


(子供らしく感情を表している部分を見せるとほっとするな。真は無表情でも実際には感情豊かなのが、接していてわかるが、この子はいまいち理解が難しい)


 来夢は別に感情に乏しいというわけではないのはわかるが、特殊な感性の持ち主であるようなので、読み取るのが難しい。


「所謂、中枢提携ですね。やらない組織の方が多いですよねえ。中枢との協力関係を強めて、優先的な庇護や仕事の斡旋を受けられる代わりに、いろいろと制約も多いんでしょう?」


 怜奈が尋ねる。


「裏通りの住人は必要以上に縛られたくない者ばかりだからな。ただでさえ中枢の決めたルールに縛られたくない者が多いのに、中枢提携した者には、さらに様々な制約がつくのが嫌なのだろう」


 メリットも大きいが、裏通りの住人は損得勘定だけで生きているわけではない。そもそも損得勘定だけ考えて生きられるのであれば、裏通りなどに堕ちてはこない。


「長いものに巻かれるのはやっぱりダサい感じしますしね」


 怜奈もどことなく不満げのようであった。


「まあな」


 正直蔵も気乗りしなかったが、どういうわけか純子が強く勧めたのである。何か企みがあるのだろうと蔵は受け取り、その話に乗ることにしたのだ。


***


 三人は闇タクシーで、安楽市絶好町へと向かった。


「仕事の候補だが、これは本当に楽なのか? 結構キツそうなのが多いぞ」


 蔵がディスプレイを開き、昨日怜奈が候補としてあげた最初の仕事を指して問う。実はまだ決めかねている。


「はい、楽なのを選びました。今回はクリーンな仕事ですが、次回からどーしますー?」

「クリーンて何だ?」

「始末屋は二通りいます。仕事を選ぶタイプと選ばないタイプです。選ばないタイプは、とんでもなくダーティーな仕事も引き受ける事になりますよ。そのため、仕事には困らなくなりますし、儲けも良いものとなりますが、裏通りでの評判はすごく下がります」

「ああ……」


 解説され、蔵は思い出した。悪評判の始末屋は他のジャンルの犯罪組織からも、あまり支援を受けられないと。

 信用問題というより、素行の悪さに不快を受けてという話であるが、蔵自身は始末屋の世話になったことがあまり無いので、詳しい話は知らなかった。


「表通りの犯罪の隠蔽や、裏通り間での殺しは、わりとダーティーな部類ですねー。犯罪の隠蔽も、納得したもののみ引き受けるタイプの始末屋組織もありますが、中には仕事選ばずという組織もあります。例えばこれとか」


 怜奈が蔵の方にディスプレイを反転させて飛ばす。

 その内容を見て蔵は顔をしかめた。表通りからの依頼が多い。気に入らない部下が仕切っているプロジェクトを、事故に見せかけて失敗させろ。強姦事件で係争中の相手を、脅迫して黙らせろ。学校内で起こったいじめを隠蔽するために、いじめられっ子を自殺に見せかけて始末しろ。その他いろいろ。


「昔のヤクザそのものだな。いや、もっとひどいか……」

「中枢提携した場合は、ダーティーな仕事を続けていると警告されそうですが、大丈夫でしょうか?」

「それ以前にダーティーな方は回避しよう。気分の悪い仕事しかないじゃないか」

「私はそのダーティーな方で仕事していたから平気ですけどね。仕事として割り切っていましたし、どうせ自分が手を汚さなくても誰かがやるんですから」

「その考え自体を改めてくれないか? そうでなければ、一緒にやっていけない」


 蔵の言葉を聞いて、怜奈は言葉に詰まり、能面のようなポーカーフェイスになる。


「わかりました。ボスの意に従います」


 硬質な声で述べ、軽く頭を下げる怜奈を見て、蔵は不安を覚えた。


(有能ではあるかもしれんが、やはり彼女も問題児ではないか? 暴言云々以外に、汚れ仕事にも抵抗が無いとは……)


 純子が、頼りになるが性格に難があると言っていた事を、蔵は思い出した。


***


 安楽市絶好町繁華街。絶好駅の北口にあるバスターミナル。

 その前にある横幅の広い巨大な建物。高さはさほどでもなく、巨大なシャッターが道路と直結しているため、バスを入れる建物ではないかと市民の多くは勝手に思っている。実際、シャッターが開いてバスやその他の車が入っていくのを見た者もいる。


 だが実際の用途は異なる。この建物は裏通り中枢の施設の一つだ。


 シャッターが上がり、蔵と来夢と怜奈を乗せた闇タクシーが中へと入っていく。

 建物の中は真っ暗闇であったが、タクシーが入ると同時に灯りがついた。

 中にある物を見て、何故わざわざこのような建造物を作ったのか、蔵には漠然と理解できた。そしてこのような場所を悦楽の十三階段の拠点の一つとしたかも。

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