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オンボロ工場のアジトには獅子妻と克彦の他に、三人の男がいた。
一人は移民だった。長身で乱れた長髪に髭面。わりとマッチョ体型の中年のヒスパニック系の男だ。名をロドリゲスという。
一人は日本人で、おそらく二十代と思われるが、いまいち年齢はよくわからない。何か大病をわずらった後遺症か、それとも事故か、顔が激しく歪んでいる男なのだ。名を木田という。毒ガステロとして有名なP931事件は、この男が主犯格として行った。
最後の一人の名前は知らない。他のメンバーとは先日挨拶を済ませているが、この男だけは克彦が始めて見る顔だ。顔立ちこそ整っているが、姿勢が悪く、よれよれの服を着た、痩せた壮年の男だった。あるいは中年と呼んでいい年齢かもしれない。
さらにもう一人メンバーがいたらしいが、裏切りが発覚したので処分したと、獅子妻は克彦に語った。
獅子妻もロドリゲスも木田も、揃って怪人系マウスであるとの話だ。
「私がこの組織――踊れバクテリアを作ったルーツは、薄幸のメガロドンの同時多発テロにて、テレビジャックという離れ業をやってのけた、伴大吉に感化されてのことだ。ここにいる二人もそれを見て影響を受けている」
三人を前にして――主に新人の克彦を意識して、獅子妻が解説する。
「雪岡純子のマウス限定という条件で人員を集めているわけではないが、マウス同士のコミュニティというものが一応あってな、個人で卓越した力を持つ者を集めるには、そこを経由するのが手っ取り早かった。しかしその中で、テロ願望のある者限定に絞らなくてはならん。どう探りを入れるか、組織の一員となってくれそうだとどう判断するか、その辺が実に困難で、人の集まりは御覧の通りだ。まあ、少数精鋭で出来るところまでやってみる」
「もう一人いたような気がするけど」
克彦が口を挟む。ちらっと見かけたが、会話はしたことのない、名称不明の謎の男だ。
「犬飼さんか。いや……彼はメンバーではない。アドバイザーのようなものだ。テロに直接関わるわけでもない」
気のせいか一瞬言葉を濁したように、克彦には聞こえた。
実際の所、正式なアドバイザーというわけではない。獅子妻にとっての知己であり、話し相手だ。
「アドバイザーのつもりで、ここにいるわけじゃあないがね。ただの興味本位、冷やかしみたいなもんだ」
その当人が現れ、にやにや笑いながら言った。
テロリスト集団を相手どって、興味本位だの冷やかしだのと言って笑える時点で、この男も只者ではないと、克彦は思う。
「しかし貴方のおかげで、私は今ここにいると言っても過言ではない。貴方から受けた影響は計り知れない」
「そりゃどーも。人前で面と向かって、そんなおためごかし言うのはどうかと思うけどねえ。あるいは、俺の存在をメンバーにも認めさせるための計算かなあ? ま、言葉どおりの意味だと、俺は間接的にテロを煽った大悪人になっちゃうから、心が痛むね」
飄々とした口調と態度で、その男――犬飼一は言ってのけた。
獅子妻茄郎には二人の尊敬する人物がいる。
一人はその行為――行動の結果を尊敬に値すると思っている。数ヶ月前に宗教テロを起こしたあの薄幸のメガロドンの大幹部、伴大吉のテレビジャックと公開殺人と演説。それらに激しく心を惹かれた。
獅子妻が素直に認めた他人の偉業は、これだけだ。この世の多くをくだらないと断じて見下していた獅子妻が、かつてないほど心を激しく揺さぶられた。
しかし伴という人物に関してはよく知らない。あくまで尊敬しているのは、彼の行いにすぎない。
もう一人に関しては、人物そのものに一目置いていた。獅子妻はこれまでの人生の中で、その人物と会うまで、全ての他人を見下して蔑んでいたし、他人を尊敬するといった感情自体を知らなかったが、その人物が初めてその気持ちを教えてくれた。
それが犬飼一である。脳減文学賞を取った有名な作家だ。そして獅子妻は、犬飼の本性と正体を知る、数少ない人間の一人である。
ネット上で知り合った仲であるが、獅子妻が唯一気を置ける相手であり、犬飼も自分がどういう人間かを概ね打ち明けていた。薄幸のメガロドンの幹部であったことも含め。
「薄幸のメガロドンはな、数がいたからこそ、組織力があったからこそ、そして超常の力を持つ恐るべき教祖がいたからこそ、あの同時多発テロを成功させたんだぜ? 特にテレビ放送ジャックなんて、普通に考えればまずできないことだ。途中で電波遮断されておしまいだ。でもそうさせなかったのは、教祖の力だ。一種の反則技だな」
「俺等も一応は、反則と呼べる力を手にしているぞ」
そう言ったのは木田だった。犬飼の言葉に対して、自分の力をアピールしているかのようであった。
「警察も退けるくらいの力なら、反則かもな。だが警察にはお前さんくらいの猛者がうじゃうじゃいる。それ以上の奴もね。ようするに、いくら雪岡純子製改造人間でも、己の力を過信はしない方がいいって話さ」
笑顔かつ柔らかい口調で犬飼が、木田を諭す。木田もそれで引き下がった。
「伴大吉は偉人であるが、片道キップのテロだった。我々は出来る限り生き延びて、世に災厄を撒き散らしたい」
獅子妻が言う。しかしその言葉の裏腹で、この国でテロなど繰り返して、長生きはできないであろうと、諦めてもいる。メンバーの前では口に出さないが。
「新たなメンバーも加わったことだし、そろそろ次のプランを実行する」
一同を見渡し、無表情に告げる獅子妻。
(ま、せいぜい楽しませてくれよ。どれだけできるか、特等席で見物してるから)
ニヤニヤ笑いながら思う犬飼であるが、見物に徹するわけではなく、機会があったらちょっかいをかける気でもいる。
***
純子が帰宅してから、怜奈が早速、始末屋としての最初の仕事を見繕う。
本命である踊れバクテリア討伐前に行う、メンバーの紹介と呼吸あわせを兼ねた簡単な仕事とやらが、果たしてどのようなものになるか、蔵も興味があった。
その間に蔵と来夢は、ネットで始末屋という仕事の学習を行っていた。裏通りのサイトには、そうしたテキストもちゃんと存在する。
「本当に何でも屋って感じだな。文字通りの後始末も多いが、これは人員の足りない我々の組織では無理か」
それらのテキストにある程度目を通したところで、蔵が言った。厄介事の後始末で有名な組織と言えば『恐怖の大王後援会』だ。純子もよく利用しているし、後始末専門の組織の最大手である。
「ええ、私達はフリーの始末屋にでも務まるような仕事がいいですね。そんなわけで、簡単そうな仕事を見つけましたよーっと」
怜奈が自分の見ていたディスプレイを二つに分裂及び反転させ、蔵と来夢めがけて飛ばした。
「候補が複数か。少し考えさせてもらってもいいかな?」
「どうぞどうぞ、ごゆっくり。決めるのはボスですっ。そしてこういうのは複数候補あげるのが定石ですー」
その複数挙がっている候補の数がやたら多かったので、決めるのに時間がかかってしまうというニュアンスで告げた蔵であったが、怜奈に伝わっているかどうか疑わしかった。
「君は今まで他の始末屋組織に所属していたのに、どうしてうちに来たのだ」
興味で聞いてみる。
「クビになりました。トラブル起こして」
あっけらかんとした怜奈の返答に、蔵は顔をしかめる。
「そういうことをあっさり言うものではない。表でも裏でも、トラブルを起こしてクビになった者など忌避される」
「この国はいろいろとあんぽんたんだから、そうですねー。でもね、自分で言うのもなんですけど、私は有能ですし、クビの理由もくだらないものでしたよ」
注意する蔵に向かって、悪びれることなく怜奈は言う。
「ちょっと魔がさして、余計なこと言っちゃっただけですよー。私の悪いクセです。それでボスと喧嘩になっちゃってね。昔からこの口のせいでトラブル起こす性分でして」
まだ出会ったばかりで何とも言えないが、怜奈はそんなキャラには見えない。物怖じせず朗らかで、第一印象では毒を吐くタイプとかけ離れているように思える。しかしそれが本当だとしたら、怜奈の方もわりと問題児ではないかと、蔵は不安になった。
「例えばどんなことを言うんだ?」
「相手の悪いことをはっきりと口にする感じですかねー。あははは。そういうの見えると、言わずにいられない性格なんです」
「オブラートに包んで、相手を傷つけないように口にしているかね? もし気遣いなく口にするようなら、私としてもお引取り願いたいぞ。何でも思ったことを口にして、相手の気分を害するのがお構いなしだというならな」
ますます不安が増大してくる蔵。
「どうでしょうねー。正直自分でもよく判断つかないんです。さっきも言いますが、魔が差してうっかり口にしちゃう感じでして」
「魔が差すなら仕方無い。俺もよく魔が差す」
それまで黙っていた来夢が口を開いた。
「来夢。他ならぬ君が傷つけられるかもしれないのだぞ?」
蔵が言った。正直それが気がかりだった。
「あははは、ボスも遠慮なく言ってくれますねー。私、今までいた始末屋組織をクビになった事も、仲間に嫌われた事も、悪いことしたと思っていますし、死ぬほど後悔もしていますし、私の心に大きな刺となってブっ刺さってますし、もう二度と同じこと繰り返したくもないと思っているんですよー。純子がまたチャンスを与えてくれる形で、ここを紹介されて、ラストチャンスのつもりで来たんですが、またやらかしてクビになったら、今度は立ち直れないかなー。あははは」
乾いた笑い声をあげる怜奈。笑顔ではあるが、今の怜奈は目が笑っていない。
「例え前もって君の事情と性質を明かしたとしても、発言次第では容赦しないからな。どんな暴言を吐くかは知らんが、なるべくやらかさないようにしろ」
言葉のうえでは厳しいが、威圧はしないように静かな口調を心がける蔵であった。
「俺は平気だから、気にしなくていい。おじさんにだけ気遣って」
一方、来夢が驚きの発言をする。
(だから……君を気遣っているのに、その君がそんなことを言ってどうするんだ)
心の中でそう呟きつつも、思っている以上に来夢のメンタルは強いのかもしれないと、蔵は考え始める。
「俺、悪口は気にしない。悪く言われても仕方無い、空っぽの子だからさ」
「そういう自虐はよしたまえ」
「うん……なるべくやめる」
蔵の注意を気にしたのか、少しうつむき加減になる来夢。
「組織名はどうしますかー?」
「実はもう決めてある」
怜奈に問われ、蔵がにやりと笑う。
「『プルトニウム・ダンディー』だ」
蔵が得意げに組織名を発表した。
「ダサ……」
「ダサい」
怜奈が苦笑いと共にこっそりと呟き、来夢は躊躇いなく言い切り、蔵は肩を落としてしょんぼり顔へと変わった。




